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社畜、戦う(後編)

「なっ、なぜ、貴様らまで動けるのだっ⁈」


 魔王に動揺が走る。


「ば、馬鹿な……」


 立ち上がったのはマサトだけではないからだ。


 これには、さすがの魔王も固まった。詠唱の言葉が、喉の奥で止まる。


 『まぁいいさの兄弟』が――


「ああ、腰が痛ぇ。最近寝起きはいつもこうだぜーーまぁいいさ、身体が動けば十分だ。おい、兄貴、大丈夫かい?」


「くはっ、右手が折れたままだ。左目も開きやせん――だが、まぁいいさ、いけるいける、問題ナッシング・オールだ!」


 ――他の冒険者たちも、次々とムクリと起き上がる。


「筋肉が、俺の筋肉が帰ってきた! やはり筋肉は裏切らないッ!」

「神の声が……また聞こえる……か、神――――――――――――ィ!」

「ふははっ……見える。世界のスキマで……魔素が……踊っている……!」


 戦士やら僧侶やら魔法使いたちが、力を取り戻していた。


 マサトの訓練に最後まで残った5名も同様――


「「「社畜戦隊、総勢5匹――健在!」」」


 無駄に元気いっぱいだ。


「ちぃ…………おのれ女神めッ!」


 魔王様は、事態を察したようだが――――我々下々には何のことかさっぱりだ。


 だから、一応説明しておく。

 以下、女神への直撃インタビュー。


「女神様、女神様、これは一体どういうことなんですかッ! 読者に言うべきことはッ!?」

 

「あ、あの、すいません。社畜だけを回復したつもりだったけど、あいつら、みんな社畜だったとは……気づかなかったのですわぁん」


 などと自称女神は供述しており、天界県警は本日、業務上過剰回復の疑いで事情聴取を開始した。

 なお同容疑者は女神等級詐称および異世界過失転送罪の嫌疑も上がっており、同日、女神庁は遺憾の意を表明――。


 残念駄女神であることは変えようもないし、こいつが部下だったら、さっさと放逐するところだが、今はグッジョブと言っておこう。


「よしっマサト! 魔王は魔法の最終段階――硬直状態。今が、チャンスだっ!」


 サンジェロの一喝――冷静な状況判断力が光る。

 さすがA級冒険者、さすが大ベテラン、抜け目がない。


「マサト。お前の号令で一斉にぶっ叩くっ!」


 クルードが集団を瞬時に統制下に置く。

 ――中年親父の渋いバリトンボイスが頼もしい。


「はい!」


 そしてマサトは、百匹の社畜の視線を受けて、叫ぶ!


「皆さん! 出勤を打刻して、業務をはじめましょうッ!」


 その号令とともに、社畜冒険者たちは一斉に動き出した。


 戦士は、己の腕の筋肉を裂断させながら、重戦斧を叩き込む。

 僧侶は、自分自身に『神の残り香』をコールした神聖魔法をぶっ放す。

 魔法使いは、魔力がマイナスに落ち込む勢いで、全力酷使無双。

 耳長の弓手は、ダダダダダダッと、嘘みたいな連続射撃で急所を狙い撃つ。

 忍者マスター・ザックは、体術を駆使し――首狩り投げを超敢行!


 魔王に向けて、あらん限りの攻撃が叩き込まれる。

 続けて他の冒険者たちも、ありとあらゆる得意技を容赦なく投げつける。


 さすれば、さしもの魔王も――――


「ぐわぁっ!」


 と、叫ばざるを得ない。


 ダメージが――確かに通っている。

 最大魔法の詠唱中で、魔法障壁が一時的に弱体化しているようだ。


 さらにもっとも社畜病が進む5名が――


「「「「社畜戦隊・参上!」」」


 赤・青・桃・黄・緑のオーラを身を纏い、妙なポーズをキメていた。

 社畜病とレベルアップにより、彼はすでにA級クラスだから、闘気を纏っても不思議ではない。


「陽が昇り、陽が沈んでも、我ら社畜は止まらない!

 納期を守り、会議を制し、クレームを握り潰すッ!

 残業も徹夜も喜んでッ! 休日出勤、大歓迎ッ!

 なにが定時だ、甘えを捨てろッ! 

 大事なギルドを護るため――――社畜戦隊、ギルドマンッ!」


 けれんみタップリな名乗り口上と同時に背後で謎の大爆発――

 戦隊モノに必須の謎エフェクトが舞い上がった。

 

 そして五人が一斉に前に踏み出し、各自の持ち技を魔王に叩き込む!


「稟議書が通らないぞソードッ!」

「タイムカード・ブレイクショォォォット!」

「子どもの卒業式に行けない悲しみフィニィィィッシュッ!」


 などの社畜らしい必殺技が矢継ぎに魔王を捉え、爆炎と黒煙が上がった。

 

「グワァッ!? ふ、ふざけた技を――――」


 どれもこれも、社畜の悲哀を昇華させ、ワークライフバランスを崩壊させるような、本当にふざけたネーミングだが、大ダメージには変わりない。


 そして、それはまだ序ノ口にすぎなかった。

 5人の社畜は、いずこから取り出した『大型魔導攻城砲』を、お神輿ワッショイみたいに肩に担いだ。


「社畜の心を一つに合わせ――!」


 オーラがスパークし、気力・体力・知力に魔力、ついでに時の運まで変換した凄まじいエネルギーが一点に集中ッ!


「エネルギー充填120%! ブラック指令、稟議は、稟議はトオリマシタカッ⁈」


 社畜たちは、『社畜ブラック』ことマサトに一斉に視線を向けた。


「稟議は――――もう通ってる! 奇跡の一発決裁だッ!」


 社畜人生の中でも、たまには奇跡も起きる。


「社畜バズーカ・オーバーロードォ――――ブラック・ファイアッ‼‼」


 五人の社畜が、気合と怒気と未提出の業務報告を込めて引き金を引いた。


 轟音。閃光。爆炎。


「ごあはぁっ――――!?」


 魔力と労力が融合した巨大な光線が、魔王の全身を包み込む――!

 その輝きは、まるで決算月末最終営業日の本社フロア。


「「「社畜最強ッ!」」」


 やりきった感たっぷりに、キメ台詞を決める社畜戦隊ギルドマン。

 理屈で考えてはいけない、社畜を感じるんだッ!


「き、さ、ま、ら……」


 ゴボッと鮮血を吐く魔王様。

 ここまで来ると、魔王そのひとよりも、読者の体力が心配だが――気にしないッ!

 

「――まだだ、まだ仕事(バトル)は終わらんよッ! 徹夜で付き合ってもらおうか、魔王ォッ‼」


 グリードが全身の力を一点に集中し、重力を操るスキルを限界まで高めていく。

 空間が軋み、地面が波打ち、彼の周囲に重圧の奔流が渦巻いた。

 強烈な負荷がグリードの肉体を蝕み、筋肉も神経も悲鳴を上げるのだが――

 

「俺は、パーティを背負ってんだ! 自分の稼ぎを削ったって、仲間を護らなければならん立場なんだッ!」

 

 残像が残像を生み、そのすべてが質量を持つ実体として魔王を襲う!


「パーティリーダー流・奥義――ッ! 超責任『自腹(じばら)』斬――ッ!」


 繰り出される一閃――いや、『一撃にして十撃』にも見える超加速の斬撃。

 重力と質量と責任の斬撃が、魔王の身体を根こそぎえぐるッ!


「ぐはっ――――! き、さま、人間の分際でぇぇぇッ!」


 エッゲツないダメージが入ったようだ。


「ええい……み、皆殺しにしてく――」


「どこを見ている魔王、会議(バトル)中によそ見は行けないなァッ!」


 魔王の死角で、サンジェロが額に左手をかざし、右の眼を爛々と光らせていた。


 右手はへし折れ、左目がつぶれたままの彼は――


「歳のせいか、カラダの治りが遅い…………だが、弟が――仲間たちが――あいつが見てるんだ。ロートルのケガ人だからって、休んでられるかッ!」


 残った自分の目に全身の魔力をぶち込んだ。

 網膜が焼け付き、視神経が悲鳴を上げるのも構わず、魔力を限界以上に圧縮。


「無能な経営陣に振り回される上級管理職の悲哀を知れっ!

 シニア・マネージャーが最終兵装――朝令暮改式・老眼白内障光線ッ‼」


 白く濁った水晶体から放たれた魔力の涙が、まるで神罰のごとく魔王を直撃した。


「なっ、我の障壁を……ッ!? か、貫通しただとォッ⁉ ぐはっ――――!」 


 魔王の胸が爆ぜるように焼き裂かれ、黒煙と叫びが天に轟いた。

 さすがの魔王も、これには堪えきれず、血反吐を吐きながらぐらつく。


「マサト……お前になら、任せられる」


「ああ、。最後は――お前のターンだ……!」


 全てを出し切った『まぁいいさ』の兄弟たちが、静かに背を押す。


 マサトは、ゆっくりと前へと歩み出る。

 その姿は――既に人間を超えていた。


「魔王よ……私はあなたを倒す」


 カラダに、魔力だか気力だか、神力やら根性やら、ありとあらゆる概念的エネルギーが収束し、真紅から白、そして青白へと熱を増し、空間がうねった。


「に、人間風情が、我を倒すだと……っ」


「ええ。ある人との大切な約束を守るために」


 すでに熱量は限界を超えていた。

 灼熱の気流が吹き荒れ、周囲の岩が焼け、溶け始める。


「約束――それは一体、何だというのだ……ッ⁉」


「帰って……感謝を……想いを……伝えるんです」


 その言葉とともに、マサトは姿勢を低く構えた。


「私が、こうして働けるのは……その人のおかげだから!」


「なっ、なにを言っているかわからんぞぉ――――!」


「理解できなくともかまいません――――いきます!」


 全身から火花が散り、皮膚がひび割れ、マサトの身体が焼け焦げる音がする。

 限界を超えたエネルギーが、彼自身の肉体すら壊しながら――


 次の瞬間。


 灼けつく左拳が、魔王のボディを真正面からぶち抜いた。

 閃光。轟音。衝撃。

 拳が突き抜けた先で、魔王の身体がのけぞり、骨が軋み、空が裂ける。


「かっ…………かはっ!?」


 魔王の横隔膜が悲鳴を上げた。

 これまでとは別格のダメージが入っている。


 しかし、そこは魔王様――


「グガガガ……こ、これで終わりか、ではこちらも――」


 と、反撃の狼煙をあげようとするのだが――


「退勤は打刻しました。でも、いや、だからこそ、仕事はこれからだッ!」


 社畜の残業は始まったばかりだ――――――

 勤怠上は退社をしても、それで業務が終わるとは限らない。

 まだ、マサトのターンは終わっていない。


「打鍵、打鍵、打鍵、打鍵、打鍵、打鍵――確定! Ctrl+C!」


 ――あとは、己の意思を、上書きするだけだ。


「Ctrl+V! V・V・V・V! さらにVッ!」


「がっ⁈ ぎぃぁッ! ぐぉっ!? げえっ! ごぼぉ!?

 まて――や、やめ――――――んごぉっ!?」


 乱舞、乱舞、社畜の乱舞。


 連撃がコピペされ、拳が、肘が、膝が、かかとが、絶え間なく魔王を叩く。

 そのたび、魔王の肉体からは煙が上がり、皮膚が裂け、魔素が爆散。

 それはまるで、深夜残業中のワードプロセッシング地獄がごとし。


 だが、強烈な打撃はマサトの身体にも影響してもいた。

 マサトの右手首でビシィバキッとした嫌な音が鳴った。

 腰痛と並ぶビジネスマンの宿痾、腱鞘炎が発動したのだ。


「たかが、腱鞘炎ごときッ!」

 

 事務用輪ゴムをリストバンドがわりに手首に巻き、激痛を気合で抑え込み――――


「痛みはログだ! 無視すれば応答しないだけッッ!」


 そのままマサトは、腕を振り上げた。


「即効マクロ発動ッ! Sub(3) Rock(6) |Protocol_Override《協定破り》 ()――」


 労組も真っ青な、掟破りのV.B.A(Very Brutal Automation:超残業型自動処理)。

 

 On Error Resume Next――エラー強制回避の構文を含むから――

 人事が止めても、止まらない!


 On Error GoTo 0――エラー処理の再起動を忘れているから――

 労基が止めても、止まれないッ!!


 脳が焼け、筋繊維が破断し、神経が断ち切れ、骨にヒビが走っても――

 社畜は、誰にも、止められないッ!!!


「スライド一括変換ッ!」


 ――レイアウトは、勝利のための布陣。


「テキストボックス一括選択! 高さ調整、左右整列、中央配置――!」

 

 凄まじいオブジェクト打撃によって魔王の身体が右へ左へ、天へ地へ――


「ごはぁぁぁぁぁぁぁ――っ⁈」


 精密な位置調整を受けた魔王が、画面の中央でピタリと止まる。


 そして世界が、静止した。

 過負荷により表計算のプログラムがフリーズしたのだ。


「Ctrl+Alt+Delete……ッ! タスク強制終了だ……さらば、相棒ッ!」


 弔いの言葉を掲げたマサトは、おのれの中の勤怠システムを再起動――


「怒りの残業ッ! 涙のサビ残ッ!」


 ――誇りを捨てた、家族も愛も。


 そして全身が光に包まれる。

 スーツの袖が焼け、タイが風に舞う。


「俺が仕事だ! 仕事が俺だッ‼」


 マサトは最後の力を指先に集めた。


「徹夜明け・モォニング・コーヒーブレイクゥ――――」


 右人差し指を天高く掲げ、天と地と労基を貫く覚悟で振り下ろす――


「エンタァァァァァッ‼‼」


 Enterキーを押すが如く、魔王の顔面に指先が突き刺さる。

 退勤打刻が上書きされ、その時刻32:35――――超過勤務16時間35分!


「これがッ! 俺のッ! 真の最終打刻、だああああああッッ‼‼」


 魂を燃やし、人生を捧げる、社畜の最後の承認押印オーケイ


 ド  ゴ  オ  オ  オ  ン  !!!!


 悲鳴のようなアラート音と共に大爆発。


  すべての戦いが終わった。


 空気が、信じられないほど静かだった。

 まるで、世界ごと一度止まったかのように――


「さぁ……帰ろう」


 どれだけ血を流しても、どれだけ働きすぎても、

 それでも――帰る場所がある。


 たったそれだけの奇跡を、

 マサトは、あの人に、伝えたかった。


 足元に広がる焼け野原を、

 泥と血と、涙で汚れた道を踏みしめながら――


 社畜は、家に帰る。


 それが、彼にとっての――

 本当の、勝利だった。

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