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社畜、メガハラする。

「いいか、俺から仕事を奪うなんて、たとえ女神でも絶ッ対に許さねェ!」


「な……!?」


「天国ってのはよ、誰にも邪魔されず、無限に仕事ができる場所であるべきだろうがっ! わかってんのか、この駄女神ッ!」


「ちょ、ちょっと、なに言ってるんですか……⁉ 待って、待って!」


 女神は止めようとするが、社畜エンジンはレッドゾーンへ突入済みだった。


「待つか、聞けッ、駄女神ッ!」


 マサトは女神の衣の端をさらに強く握り込み――


「俺は、仕事がない場所には絶対にいかんぞっ!」


 唾を飛ばしながら神の衣をグイグイと引っ張った。


「ひいぃっ……!?」


 傍から見れば危ない男が女神を襲っている構図。

 だが、マサトは手を放すどころか――


「俺には仕事が必要なんだ! 仕事は俺のっ――俺が信じる仕事を信じた俺を信じろぉっ! 俺が仕事だぁあぁぁぁぁッ!」


「ひぃぃ、どこのアニメ主人公ですかぁっ!?」


 完全に支離滅裂。女神は恐怖におびえ、思わず目をそらした。


「目をそらすんじゃねぇッ!」


「ぷぽぉっ⁈」


 マサトは目を背けた女神の顔をぐいっと掴んでにらみつけ「天国に送ろうとしたら、オマエヲ……殺す」などと言った。


「うへひぃ……」


 言われた方は間の抜けたうめき声を上げるしかない。


 これぞ女神へのハラスメント、略して『メガハラ』の完成だ。


「で、でも、天国送りは決定事項なんですぅ……変更は出来ません……」


「『できない』なんて言葉はこの世に存在しねぇッ! 『やれます、できます、休みは要りません』――それがブラック企業の三種の神器だッ!」


「し、知りません……私ただの3級女神……それに、そんな神器はもってません。むりですぅ……」


 女神は涙目になりながら懇願するような視線を投げるが、言ってしまった言葉が最悪のものだとすぐさま思い知ることとなる。


「お前、今、『無理』っていったなァ⁈ 『無理』っていうのは、嘘吐きの言葉! 途中で止めてしまうから、『無理』になるんだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「ひぃぃぃぃぃぃっ⁈」


 どこぞのブラック企業の会長の様なセリフ――


「だからお前は3級なんだ! いや3流だ! お前の代わりなんて、いくらでもいる! 無理なんて言葉は自分の数字を見てから言え! 進捗率を見ろ! 一歩も進んでねぇじゃねぇか、オイッ!」


「はぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 マサトはブラック上司ワードを乱発――詰める、詰める、女神を詰める。

 パワハラ上司が唾を飛ばしながら新人を追い詰めるごとき勢い。


 女神の言葉がよほど気にいらなかったのだろう。

 そして進捗率はともかく確かに話は一歩も進んでいない。


「進んでないどころじゃねぇ! 仕事のない天国なんてマイナスだぞ、1000万の仕事を200万で取ってきたような――あのT大出の言い訳マン部下と同じムーブだ! デケェマイナス晒しやがって! ついでに結果はド炎上だ! 恥を知れぇぇぇっ!」


「何ですかそれぇぇぇぇっ?!」


 ダバダバ降りかかる言葉と唾――自分の嫌な汗も交じって汁ダクマシマシになった女神の顔に完全なる恐怖が浮かんだ。

 まさか人間にここまで威圧されるとは想像もしていなかっただろう。


「ちょっ……ちょっと、ま、て……くださいぃぃぃぃ……」


「待てというなら、代案を出せ! 誠意を見せろ! 意味のない言い訳じゃなく、カウンタープランをだッ!」


「で、で、で、でぇは……じ、地獄はどうでしょうォォ⁈」


 神としての威厳を完全に失った女神は、『こちらの商品は大変お買い得です。使い物にならないという点を、見て見ぬ振り出来れば、ですが』という、もはや詐欺みたいな提案を口走った。


「なんと、地獄には仕事があると申すか……っ!」


「ええと、地獄の責め苦とか……拷問を受けるとか……なら?」


「あ? ――それじゃお客様だろうがっ! 駄目だ! 駄目だ! 駄目ぁぁぁっ!」


 まぁそう言う見立てもあるかもしれない。


「ならば、俺を地獄の獄吏にしろッ! 働けるなら場所なんてどこでもいいッ!」


 女神は青ざめた。

 仕事の鬼を地獄の鬼にしたら、地獄が崩壊するのは目に見えていた。


「ごめんなさい、ごめんなさいっ! それもできませ――」


「『できない』っていうなぁぁぁ――」


 社畜地獄のループが始まった。

 女神はもう何が何だか分からない。

 思考は完全にバグり、脳が思考停止。


「考えるのを放棄すんなッ!」 


 と、言いながらマサトは衣を引きちぎりそうな勢いで女神をブンブンと揺さぶる。

 女神は「はへぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」と断末魔一歩手前な悲鳴を上げ、威厳どころか今にも神性の光がかき消されそうだ。


 だから彼女は思わずこう言ってしまう。


「じゃぁ、代わりにどこか別の世界へ飛ばしますぅぅぅぅっ! それでいいでしょぉぉぉぉっ! だから許してぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 哀願とか懇願というべき切実な願いであった。

 そしてそれは、決して選んではいけないが――出来てしまうことでもあった。


「別の世界……だとっ⁈ おい、そこには仕事があるんだなァ――――⁈」


「え、ええ……たぶん、きっと……」


「社会人が憶測でものを言うなぁっ!」


「は、はひぃ……仕事は絶対にありますぅぅぅぅぅっ!」


 すると、マサトは「なら、それでいい」と鼻を鳴らしつつ、こう続ける。

  

「ただし、条件がある!」


「じょ、条件……?」


「死なない身体にしてくれ。死んだら元も子もない――俺は生きながら働き続けたいんだよっ! こいつは天国行きを降りる代償だ」


 自分で天国行き断っているのに、トンデモないディールを仕掛けるマサトだった。


「そ、それは無……」


 女神はそこでわずかに残された精神力を国家総動員して言葉を押しとどめた。

 それを言ったら「無理って言うんじゃねえ!」と、社畜の永久機関がまた始まることが明白だったからだ。


「わ……わかりました! できるかぎりやってみます! いえ、やらせてください! やらせてほしぃですぅぅぅぅぅぅ! おねがいですぅぅぅぅぅぅっ!」


 女神は完全に押し負け、涙を流しながらそう言った。

 まるでアレコレされて完全屈服したエロゲのヒロインの様だ。


「……よし、お前の本気を見せろ、本気の本気をだ」

 

「ううう……ちょっとだけまってぇっ!」


「待つぞ……ただし10秒だけだがな――いいちぃ……! にぃぃぃ……!」


 ものすっごい『上から目線』でマサトは承諾した。

 どこぞの帝王様風で超偉そうだ。


「さぁぁぁぁん!」


「ひぃ…………」


 お前の命は後10秒――

 テンカウントが響く中、女神は自分の力でどのように願いを実現できるか脳みそフル回転。


 そして、ギリギリの状態だからこそ本当の自分が見えてくる。

 

「あの……ええと……いいですか、落ち着いて聞いてください……私の力で死なないカラダにするためには…………制約があります」


「ほぉ……言ってみろ」


「働いてる限り死なないけど、休むと激痛が走るカラダ。あと、精神は普通に壊れます……あと、粉みじんになったらオワ……それが限界です」


「…………なん……だと?」


「お、怒らないでぇっ!」


 女神は一つどころか、いろいろ条件をブッこんでいたが――――


「うわぁおっ! そいつはむしろご褒美じゃないかぁっ! 働いてりゃ死なない! それは最高だ! しかも休めない、いや休まないでいいカラダだとッ!」


 マサトは「女神、やればできるじゃないか女神! やっぱりお前は、やればできる奴だったんだっ!」と、無茶ぶりをなんとかこなした部下を褒める上司みたいに大興奮した。


「でも、それでいいんですかっ!? そんな無茶なカラダ、精神が壊れるかも……」


「そいつもご褒美だ! 自分と戦い続ける――それが仕事だッ!」

 

 トンデモ条件だったが、むしろ大歓喜するマサトだ。

 女神は(もう、嫌……っ!)と思った。

 気持ちは痛いほど分かる。


「さっさとやります! ええい、南無三――――ッ!」


 女神が手を振った瞬間、眩い光がマサトを包みこんだ。


「これで、お望みのカラダになりました…………」


「くくく……痛みが……痛みが、気持ちいい……ヒッヒッヒッ!」


 マサトの体に走る激痛は、彼が“仕事”をしていないことの証明だった。

 ただ女神をメガハラしているだけ――それは彼の仕事ではない。

 

 痛み、痛み、痛み。休みに入ると激痛が走るという狂気の沙汰である。

 だが、それだけに働いていれば死なないという実感が湧いた。


「よし、次は仕事のある世界――さっさと転送しろ」


「い、言われなくてもぉぉぉッ!」


 女神が再び手を振ると、マサトのカラダが浮かび上がり、姿が薄れてゆく。


「おおうこれが転移ってやつか……テンション上がってきたァ!」


「さっさと行ってぇぇぇぇぇッ!」


「じゃあ仕事に、行ってきますッ!」


「二度と戻ってくるなぁぁぁぁぁッ!」


 女神の絶叫と共に、社畜は異世界へ飛んでいった。


「はぁ……はぁ…………これで……よかったのかしら?」


 転移の残滓を見つめる女神。


 心の中には言い知れぬ不安が、ノアの大洪水のように押し寄せていた。


「もしかして私、やっちゃいました?」

 

 やらかした、それはもう手ひどく。


 まあ、いまさら駄女神様が後悔しても、もう遅い。

 24時間365日不眠不休で働く社畜が、異世界に解き放たれたのだ。

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