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社畜、行進する。

 他の冒険者たちと再合流したマサトは、第二・第三の四天王を次々にブッ倒し、ついに魔王軍が占拠する要塞へとたどり着いた。


 なお、展開が異常な理由は――


「納期の前倒しだ!」


 さっぱり理解できないが、社畜のことだ、気にしてはいけない。


 なお、ぶっ倒した四天王はどうせ風とか水とかのアレだろうから、読者の想像力で補完していただきたい。


 占拠された要塞の手前でマサトはピタリと足をとめた。

 要塞は熱を帯びた濃密な闇を漂わせ、まるで生き物のように脈動していた。


 冒険者たちが呻きを上げる。


「ぬぁっ……空気が違う」

「魔力が目に見えているだと……こ、これまでのとは比べ物にならんぞ」

「多分、土とか風とか水の奴らは最弱カテゴリだったんだ」


 いや、それはとんでもない誤解なのだ――

 土も風も水も、どれも災厄級の化け物だったのだ。

 だが、あまりにアッサリ処理したせいで、感覚がマヒしているに過ぎない。


 だが、確かにこれまでとは違うプレッシャーであることには変わりがない。暴走社畜が歩みを止め、遠巻きに要塞を眺めていることからもうかがい知れる。


「マサト、これはまずいぞ」


 サンジェロはA級冒険者の中でも稀少な魔法策士。

 敵の戦力――特に魔法戦闘に関するものであれば、状況を見誤ったことが一度もないという男が断言した。


「ええ、これは……危険ですね」


 マサトは静かに頷きながら、微かに震える手を抑え、腹式呼吸でスゥ……と息を吐き出す。

 押し寄せる緊張を、必死にコントロールしようとしていた。


「ここまでやれば十分だろう。あとは連合軍の主力部隊に任せておけばいい」


「兄貴の言う通りだマサト、俺たちの役目はこれまでさ」


 サンジェロ兄弟の言葉に間違いはない。

 すでに足止めどころか四天王の三人までを倒した。

 時間は十分に稼げている。


「……ここまでってことですか」


 あとは攻勢準備を整えつつある連合軍主力――強力な魔法の武具を揃えた騎士団やお抱えの上級冒険者らを投入すれば、数と質の力で魔王軍を撃退できる公算は高い。


「……なるほど」


「納得してくれたか……」


 サンジェロが安堵しかけたそのとき、マサトの表情に違和感を覚えた。

 剣を握るその手はギリリと音を立て、口元には荒ぶるような笑みが浮かんでいる。


 マサトの眼差しは、燃え上がる闘志をたたえ、要塞をまっすぐに見つめている。


 サンジェロが目を細める。


「……行くのか?」


「いやはや、我ながら度し難いとは思うのですが」


 そして、マサトは――


「ついてこなくていいですよ」


 と、告げた。


 場の空気が一瞬で凍りつく。


 超危険地帯である要塞に、まさかの単身突入を決め込もうとしているのだ。

 それは自殺行為……いや、それ以上の蛮行だ。


「だがまぁ、君らしいセリフだ」


「まったく……だな」


 サンジェロ兄弟は、肩をすくめて苦笑した。


「なら、俺たちは――」


「ああ、私たちは――」


 ……これ以上は付き合えない。

 そう続けるだろうとマサトは予測していた。

 いや、心のどこかでそう言ってくれることを、期待していたのだが――


「着いてゆくよ」

「着いてゆくさ」


 兄弟は声を揃えて言ったのだ。


「いいのですが、ここから先は――」


「あぁ? 地獄? 悪い、聞こえなかったな」


「ああ、弟の言うとおりだ。そんな言葉、耳に届かんよなァ」


 マサトが何を言おうと、サンジェロ兄弟は止まらない。


「仕事から逃げるなんて、人間としてありえませぇぇぇぇぇんッ!」

「帰る理由が、思いつきませんな! 帰宅という選択肢が存在していませんから!」

「私たち、もっと変態社畜になりたいんですぅぅぅぅ!」


 当然、社畜病ステージ3――いや既に5を発症している三名は、定常運行中。


 ……それどころか、周囲の冒険者たちも完全に同化していた。


「バカにするなよ、俺たちだってやれるぜ!」

「サポートは任せろ! お前は全力で戦え!」

「ははっ、死なない男の最後を見るまでは、死ねねぇよ!」


 などと叫んでいる。

 

「し、しかし……」


 社畜は珍しく目を白黒させながら、彼らを見つめた。サンジェロはA級冒険者だから、もしかしたら大丈夫かもしれないが、B級以下の冒険者にはどう考えても荷が重すぎる。むしろ足手まといになりかねない。


 だが――


「大丈夫! 俺たち、レベルアップしちゃってるから!」


「おお……これがS級の境地ぃ……! かつては決して届かぬ場所だと思っていたが……」


 サンジェロ兄弟――オヤジが二人そろって、スッゴイマッチョなボディビルダーのような肉体美を晒してポーズをとっていた。

 当然、ワセリンテカテカ、ツヤツヤだ。

 謎の輝きをまといながら、誇らしげに微笑んでもいる。


 周囲の冒険者たちはといえば――


 戦士であれば「ウッホ、ウホウホ、ウッホホ! 膂力100倍だぜ!」とゴリラじみた姿で、体育会系のダンスを踊って、威圧感だけでモンスターを倒せそうな勢い。


 神に仕える僧侶などは「いま、私は神と直接リンクしていますぞ! 神ぃ――――!」と涙を流しながら、神の恩寵について説法を始めている。


 魔法使いは、ヤバゲな魔法のオーラを滲み出しながら頭をガリガリと掻いて「魔力が滾る! 今なら第10階の禁呪でもいけるぞぉ――――ッ!」とか吠えていた。


 弓矢使い達は静かに佇み、「我ら不死の耳長族、いずれは戦場で死すかもしらぬが、今日はその日ではない」とニヒルな笑い。恰好良さが爆発している。


 「キェェェェェッ!」とした声を上げている元スカウト職――クルードのパーティメンバーザックさんは、片手で刀印を行い魔を打ち払う術を行ったり、「クリティカルHit!」などと手刀で首を落とすような動作をみせている。どう考えても忍者であり、マスタークラスにしか見えない。


「これは、一体……」


 社畜のマサトをして目を丸くするような事態だ。


「マサトが四天王を倒したことで、パーティ全体に膨大な経験値が入ったんだろうな。つまり、パワーレベリングってやつだ! ハハハ、フハハ、ウワハッハ!」


 もしここにレベル鑑定士がいたら、間違いなくS級・A級認定の乱発である。


 ちなみに、S級に自動昇格したサンジェロは「俺は、人間をやめたぞォォォォッッッ!」とか言っている。


「そういうことさ。だから、俺たちも付いていける!」


「ああ、そういうことだぜ!」


「な、なんと……そんなことが……」


 部下が知らぬ間に成長していたという現象。

 社畜界隈では、管理職社畜あるあるとして知られる現象だ。

 上司が部下をちゃんと見ていない証拠である。


 マサトは「失礼なことを申し上げました」と深々と頭を下げた。


 さて、こうなってしまえば――


「ガンガンいこう! 足を止めるな! 魔力を惜しむなッ!」


 マサトの号令と同時に――突入――開始!

 要塞へと果敢に突き進み、そのまま怒涛の勢いで扉を蹴破ったァッ!


 要塞の内部は、外界とはまるで異なっていた。

 そこは重苦しい魔力の空間――

 炎のオーラが空間中に揺らめき、異形の怪物たちがその気配を潜ませている。


 だが――


「キルオール、キルオール、キルゼムオール!」

「王国の為に! ギルドのために! 世界のために!」

「人間を舐めるなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 マサト率いる冒険者たちは、キシャァァアな化け物異星人と戦う宇宙海兵隊や、民主主義に魂を売った軌道降下猟兵が如く、勇ましい叫びとともに、モンスターどもを一網打尽ッ! 根切りとばかりにジェノサイドォ!!

 

 要塞深部に進むにつれ、あたりを覆う暗黒の魔力が一層その存在感を増していっても、彼らにはまったく躊躇と言うものがなかった。

 マサトの社畜ぶりが乗り移ったかのよう。

 いや、もう間違いなく、こいつら全員社畜病にかかっている。


 101匹の社畜による大行進は、虫けらを踏みにじるが如き勢いで前へ、前へ。


 そして最後の四天王が現れ「回復してやろう……」などと悠長なことを言う。

 だが、そんなものはガン無視のマサト一行は、各自の必殺技を叩きつけた。


「う、ぼ、ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 狂戦士に率いられた101匹の社畜を前に余裕をかますのが悪い。


 そして、マサトたちは――

 魔王軍に支配されていた要塞を、完全に奪還した。


 ……「足止め」とは一体なんだったのだろうか?


 だが、社畜が101匹も存在するという悪夢のような現実を認めれば、

 この結果にも、多少の納得はつくのかもしれない。


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