社畜、社畜、蝕む。
研修第一日――
『うだつの上がらぬ』どころか『地を這う』C級冒険者たちが並んでいた。
その中に、特に香ばしい匂いを放つ3名がいる。
「ふげぇぇぇぇぇぇ、ねむい……」
あくびを漏らしたのは、ヤルキ・カイム。
元は俊敏な近接系として、若くしてC級に到達した男だった(過去形)。
「もう、ここまででいいや」と気を抜いたその瞬間から、あらゆる成長は停止。
依頼は常に遅滞、報告書も『なんか倒しました』的な一行で済ませる怠惰の権化。
本人いわく「やる気がないんじゃなくて、やる気を使い切っただけ」。
今では『動ける粗大ゴミ』と揶揄されている。
「研修とか、さくっと要点だけでいいんだけど? こっちもヒマじゃないしさ」
腕を組んで斜に構えるのはギョーム・ナンモセン。
元はパーティの司令塔的ポジションを担っていたが、問題の本質には触れず、場当たり的な知識と屁理屈だけで戦ってきた。
『責任回避の達人』にして、『議事録に名を残さない男』。
評価だけは気にするため、上司に媚を売る様が、また気持ち悪い。
「記録って大事ですよねぇ……あっ、今のセリフ、もっかい言ってくださいっ!」
カリカリと手を止めずに喋る女は、イミナ・イ・メモットル。
若き天才魔術師としてC級に昇格した過去があるが、それは『たまたま成果が出た』だけだった。
「私は書いて学ぶタイプ」と公言するも、メモは取るだけ、活用ゼロ。
魔法陣の書き写しをミスって全焼事件を起こしたこともある。
向上心ではなく、『やってる風』を保つことにのみ全力を注ぐ残念系だ。
だが何より質が悪いのは、この三名、他人の脚を引っ張ることに関しては超一流だということ。
意図的な陰口や配置潰しはもちろん、悪意のない天然ミスによって仲間を危険に晒すこと多数。
「そんなつもりはなかった」の言い訳が口癖で、行動パターンは無自覚な災害兵器そのもの。
そのうえ、C級に上がるまでの間に運を使い果たしたらしく、現在の幸運値はマイナス域に突入中。
なぜか通る道で地雷を踏み、誰かの装備が壊れ、仲間が毒に侵される。
もはや呪いの装備、いや、『人型デバフ』とすら言われていた。
最悪なのは、『自分たちはそこまでダメじゃない』と思い込んでいる点である。
「俺だってC級まではちゃんとやってきたし?」
「てか、なんであんたに言われなきゃならんの?」
「ちゃんと真面目にメモはとってます!」
そんな居直りとプライドだけは腐ってもC級。
周囲のモチベーションを着実に削る、いわば『自己保身型の腐敗菌』だ。
職場に一人は必ずいる無能な働き者、明確な有害。
さっさと銃殺刑にかけるべきだし、なんなら陣頭指揮をとってもいい。
マサトはその事実を、既に書類から嗅ぎ取っていた。
彼は無言のまま三名を順番に見つめ、小さく、しかし確かにこう呟いた。
「このボンクラ三銃士、特に処置が必要だな……」
他にも妙な色気をまき散らしている淫乱破戒僧侶・ダイジーナ、みるからにテストステロン過剰な超DV癖を持つ戦士・クオなど、そうそうたる面々――
マサトは静かに、前へ出ると、たった一言
「気を付け、礼!」
直後、空気が凍り、全員がピシッと背筋を伸ばし、直立不動の礼を強いられる。
新たな世界に至ったマサトは、マクロを他人にまで行使できるまでになっていた。
V.B.A(Very Brutal Automation:超残業型自動処理)魔法。
叩き込まれた魔法は、主に運動系の脳器官に作用し、脊髄反射を強制する。
洗脳よりもタチが悪い代物だ。
「おはようございますッ!」
社畜テンションMAXの挨拶に、冒険者たちは自動的に「お、おはようございますっ!?」と叫び返した。
「はい、着席ッ!」
ドサリ。
全員が地面に崩れ落ちる。
「再教育担当講師のマサトです! 本日から十日間、よろしくお願いします!」
その名を聞いた瞬間、ざわめきが走る。
『死なない男』
『狂気の社畜冒険者』
『黒竜を単身ねじ殺した狂戦士』
称賛とも畏怖ともつかない異名が、訓練所の空気に混じって揺れた。
「さて、今この時から、あなた方の常識は一切通用しません」
マサトの声は静かだったが、鋼のように重く通る。
「そして、これは研修でも訓練でも教育でもない、ただの矯正です」
冒険者たちの顔から血の気が引いた。
「口答えも反論も、考えることすら禁止です」
完全なる支配の宣言だった。
「では、挨拶からやり直しです。さぁ、自分の意志で立ちなさい!」
そして「起立! ……遅い、やり直し!」から、「声が小さい! 礼がなってない! やり直し!」。
マサトの着席魔法を喰らい、バタバタと倒れ込むC級冒険者たち。
体の自由を奪われ、膝から崩れ落ちるその姿は、まるで操り人形。
これが小一時間も続ければ、反抗心などすぐに砕け散る。
「では、グループワークを始めます。四人一組で自己紹介。ひとり持ち時間は『4時間』、交代なし。全員が終わるまでは直立不動を維持してください」
「「「……ええっ⁈」」」
ひとり4時間の自己語りマラソン。
想像力の限界を超える無慈悲なメニュー。
本音、トラウマ、恥の記憶までもが蘇り、かつそれを強制的に嘔吐しなくてはならないという精神的拷問&直立不動。
身体の苦痛と精神のダメージが積み重なる深夜0時。
ようやく第一日目が終わった。
なお、一日目での脱落など許されない。
研修二日目――
社畜の朝は早い。
朝五時、訓練場にマサトの声が響く。
「おはようございます! 実にすばらしい朝ですね!」
睡眠不足でボロボロな冒険者たちに訓練メニューを開示する。
「二日目のメニューは、飛び込み営業です!」
「「「……と、飛び込み営業ッ?!」」」
飛び込み営業の意味が理解できないが、マサトが精神汚染型の魔法で『刷り込み学習』をすれば問題ない。
「なに簡単な仕事です。モンスターの巣に行って、『こんにちは、ここから出ていけ』と丁寧に伝えるだけの。拒否られたら、討伐して結構です」
マサトの脇に控える、聞いたマリーベルは(それって、飛び込み営業じゃなくって、喧嘩の売り込みとか、押し込み強盗では?)と思ったが、口には出さなかった。
「さぁ、行きなさいっ! 夕刻までに帰って、報告を忘れずに!」
そして地獄が始まり、時は夕刻まで飛ぶ。
本日の成果、3名がギルドの脱退届にサインして去った。
「ちぃ、予想以上に粘りますねぇ……腐ってもC級ということか……」
「舌打ちしないでくださいマサトさん、辞めさせるのが目的じゃないんですよ!」
「まぁ一応そうですが、へし折れたら仕方がありません」
「せめて、殺さないでくださいな……」
三日目から九日目は省略する。
毎日二・三名ずつ心がへし折られただけだ。
マリーベルのケアがなければ、死人が出ていただろう。
研修最終日――
残った冒険者5名の顔色はどす黒い。
が、彼らの中のなにかが変わっていたことは間違いない。
いや、変わらざるを得ないだろう。
「良いですね。みなさん、実に良い顔をされています」
残り5名を前にして、マサトは朗らかな笑みを浮かべた。
「さァ、最終日です! 今日の課題は99パーセント死が待つという、アメィジングなデンジャーが待っていますよ!」
笑いながら、ほぼ死刑判決のようなことをサラッと告げるマサト。
「でも、今日は、行くことを強要しません。引き際は自分で決めてください。マリーベルさん――」
「はい、いつもは研修終了後ですが、今からギルド脱退届の受付を行います」
今日だけは特別大サービス――
1パーセントの生しかないという地獄が待っているのだ。
同意がなければただの処刑だ、それがなくてもただの処刑だが。
「さぁ、どうします?」
少しばかり優しげな声で、選択肢は君たちにあると言うと――
「ここまで来たんだからと思ってます……でも私には家族がいるんですッ! もう不倫はいたしません!」
とは、元淫乱破戒僧侶・ダイジーナ。
サキュバスもかくやという色気が抜けて、菩薩のような穏やかな顔になっている。
「私もです…………でも、戻って……女房に戻って謝りたいんです!」
とは、元DV戦士のクオ。
男性ホルモンがいい感じに中和されて、去勢された馬のような顔になっていた。
2名の冒険者は、その場に崩れ落ち、号泣しつつ、謝罪した。
「「まごどにぃぃぃ、もうじぃわけ、ございまぜぇぇっぇっぇぇん……」」
彼らの中には「続けたい」という気持ちもあった。
だが、ほぼ100パーセントの死ぬと言われたら、折れるのも仕方がない。
「…………悔いはありませんね?」
「「はい、もう悔いはありません!」」
そうして二人はすすり泣きながら、ギルド脱退届を提出した。
それは逃避ではなく、生き延びて責任を取るという覚悟だった。
「家族ですか…………」
二枚の辞表を受け取ったマサトは、じっと彼らの顔をとくと眺めた。
そして辞表をビリビリと破り捨てた。
「「ッ――!?」」
「もう貴方がたは大丈夫。これからも真面目な冒険者としてギルドを支えてください。さぁ、いまは早く、家族のもとへ帰るのです……」
「「……ありがとうございます」」
二人の冒険者は、不意の優しさに背を押されるように、涙をこらえながら、静かにその場を後にした。
「それで、マリーベルさん、残りの3人の『容体』は?」
「もう、『手遅れ』ですわねぇ……」
「ほほぉ、手遅れですか」
「はい、だって彼らは……あのとおり……」
マリーベルの視線の先では――
「「「最終試験はまだですかぁぁぁぁぁっ!」」」
顔にクマを刻みつつ、目をギラギラさせたヤルキ、ギョーム、イミナの三名が鼻息を荒くして絶叫していた。
かつての『ボンクラ三銃士』の面影は微塵もない。
「24時間、働きたいんだぁぁぁぁぁぁ!」
「果てしなき業務の物語ぃぃぃぃぃぃぃ!」
「倒れる時は前のめりよょぉぉぉぉぉぉ!」
人間性という大事なものを、完全に投げ捨てていた。
いや、そんなものは最初からなかったような顔をしている。
十日間の社畜調教を経て、ついに『発症』してしまったのだ。
病名はいわずもがなの社畜病。
「いいですねぇ……彼らの瞳の輝き、社畜病のステージ1を軽く超えてます」
「社畜って病気だったんですねぇ……」
マリーベルが呆れたような声を漏らした。
さて、マサトがこんな号令をかける。
「社畜大原則ぉぉぉぉぉぉぉくっ!」
すると――
「労働は、唯一の誠意!」
「休日は、甘えですッ!」
「食事は、仕事中にッ!」
「忠誠は、我身の名誉!」
「報酬は、投捨てる物!」
「仮眠は、業務の合間!」
「納期は、命より重い!」
「命令は、全てに超越!」
「顧客は、神さまです!」
「契約は、魂の免罪符!」
社畜発症者特有のパワーワードが、なんとも息の合った感じで返ってきた。
語感からすると、社畜病のステージは2くらいに達している。
もう、完治は不可能だ。
「うわぁ……もう手遅れも手遅れだわ……」
「ははは、その代わり、彼らは他では得ることのできない素敵なパウワァーを手に入れているんです」
「素敵なパゥワァー?」
「はい、個人差はありますが、ステージ1を発症しただけでも業務効率は大体120パーセント上昇するし、プレゼン成功の確率は6割増しになるんです!」
トンデモ社畜理論で、どこぞの武装神官の武技めいた話ではあるが、社畜を体験したことがある方ならば、十二分に理解できるに違いない。
もし未経験なら一度は経験してみることをお勧めする。
マサトは両手を叩いて、こう告げる。
「素晴らしい、素晴らしい、素晴らしいですよ!
では皆さんに、ちょっとしたご褒美です!
これより、皆さんは――
ヤルキ・アルゼ! ギョーム・ダイスキー! イミ・アルワ・メモットケ!
を名乗るが良いっ!」
「うわぁ……勝手に名前まで変えられちゃったわ……」
イミナなどは、姓名の構成すべてを変更されている。
だが、3名は「「「ウォォォォォォッ!」」」と遠吠えのような叫びをあげ――
「われらは社畜ッ‼
法を知りてなお従わず、ギルドに心を捧げてなお報われずとも笑う!
祝日など知らぬ! 定時に愛などない!
我らにあるのは、朝焼けと労働の闇だけなりッ‼」
などと、大歓喜しながら謎のブチ上げをかました。
名前を変えられたことで、ステージがレベル3に上がったのだ。
そんな三名の咆哮に、マサトが恍惚の笑みを浮かべて応えた。
「労働基準法よッ! そが正義ならば、我らはその隙間を這いずる亡霊なり
労働基準監督官よッ! そが天使ならば、我らは地に縛られし労働の獄吏なり
我ら社畜は、無限地獄で裁量労働を望む、労働の使徒なりッ!」
それを聞いたマリーベルは「労基法、労基官……なんとなく分かってきてしまっている自分が怖いわぁ……」と、目じりをヒクヒクさせながら独りごちた。
「ブゥゥゥラァボゥッ! みなさん、ブラーボですよぉ!
君たちはもう完全無欠の社畜、もう最後の試練など必要ないっ!
というか、最後の試練なんてありません。あははは!」
拍手で3名を讃える、マサト。
そう、最後のテストだったのだ。
そしてマサトは「では、研修を終了します」と宣言しかかったのだが――
「「「まだ終わってません! 仕事が終わってからが仕事ですっ!」」」
三匹の社畜がわけのわからん言葉を発していた。
「教官が、そうだって教えてくれたでしょうッ!?」
と、食いついてくる。
「ふふふ……そう言ってくれると思ってました!
では、いざ地獄の地へ! 飽くなき労働のアンコールを響かせに!」
「「「マサト教官――ッ!」」」
まるで昭和のスポコンのワンシーンにも見える。
四匹の社畜の青春は、とっくのとうに過ぎ去っていることを無視すればだが。
「はいはい、私も終わると思ってませんでしたわ。これ、依頼書です」
『分かってたわァ』的に、マリーベルは依頼書を差し出した。
彼女は『ただ人』としては最も社畜について造詣が深いのだ。
「じゃあ、行ってきますね、マリーベルさん!」
「はい、社畜の皆さま方、行ってらっしゃいませ」
そしてマサトが元気に走り出すいつもの光景。
それを三匹の社畜が追走だ。
彼らの背には、自己責任で首輪を選ぶ者の矜持が乗っていた。
こうして、指定有害C級冒険者のリサイクルは完了した。
……そして、これは終わりではない。
静かに、しかし確実に、社畜病がギルドを蝕んでいる。
いずれ地獄の蓋が開き、阿鼻叫喚が始まるだろう。
それを止められる者など、もういなかった。




