表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/33

社畜、並走する。

 マサトは為すべきことを心に刻み、ギルドを彷徨った

 だが、カウンターにも事務室にも姿が見えない。


 間違いなく、マサトを避けているのだろう。


 そして、うつうつとした、紋々たる日々が始まる。


 ただ、依頼を受け続けるだけの毎日。

 そうしないと、死んでしまうから。

  

 彼に、いま、出来るのはF級依頼――『道路工事』。

 

 いつもであれば、「道幅4メートル、3層構造。ローマ街道みたいな設計でいこう」 などと、勝手に決めて、真っすぐな道が正解だと、山を掘り抜き、無許可で橋までかけたりと、暴走するに違いない。


 だが、今のマサトは、ただ篤実に、作業をするだけ――


 背中には見えない十字架が重くのしかかっている。

 決して折れない男の心が、折れそうにもなっている。

 

 謝罪できない――

 会いたい――

 マリーベルに――


 謝罪すべき女性に出会えないという、深い悲しみを抱えながらの労働。

 いや、それは労働ではなく、贖罪の時間だった。


 そんな社畜がギルドを出ようとした。

 顔を伏せ、なにかを隠すようにして――


「仕事前にすまんが、少し時間をくれんか?」


 ギルド長サラームスだった。


「ギルド長……」


 マサトは即座に背筋を伸ばして直立した。

 悲嘆にくれる日々が続き、落ち込んではいたが、培った礼儀と言うものは、反射的に出てしまう。


「では、あとで、私の部屋に来てくれ」


「承知しました」


 そしてギルド長室――

 

 扉を開けるとそこは応接室仕様となっており、ソファが並ぶ。


 すでに先客がひとり。

 金髪の美人受付嬢が座っていた。


 「「あ…………」」


 二人は口を揃えて声を漏らし、そろって口を閉ざす。

 まるで時を止める魔法を掛けられたような沈黙――


 しばらくして社畜が口を開く。


「……マリーベルさんも、ここに?」


「ええ……ギルド長に呼ばれました」


 二人の声は少し硬く、またしても沈黙が落ちた。


「あの、ええと、道路工事のほうは、順調のようですね……」


 先に口を開いたのはマリーベルだった。


「はい……」


 また沈黙が落ちる。

 会話は続いているのに、どこかぎこちない。

 

 その気まずさを断ち切ったのは、ギルド長サラームスだった。


「ああ、二人とも。待たせてすまないね」


 そう言ったギルド長は二人の様子をチロリとながめ、「ふむ……」とだけ、小さく唸った。


「さて、話に入ろう」


 サラームスが静かに切り出した。


「君たち二人にある任務を与える」


 そこでマリーベルは(ええっ、マサトさんはともかく、私にも?)と思ったが、ギルド長の言葉を遮るでもなかった。


「うむ、ギルド中央本部の訓練所へ向かってもらいたい。任務の内容は到着後に伝達される」


「……内容の分からない任務ですか」


「言うまでもないが、A級たる冒険者には相応の特典が与えられている。そしてその代償として、重要な任務も課されるのは知っておるな?」


「はい、もちろん」


 重要な任務と聞いたマサトは否応もなく同意し、「内容を教えてください!」と目を輝かせながら言った。

 

「内容は、私にも伝えられてはおらんのだ」


「極秘の任務ですか。そいつはときめきますね……」


 いつもより力ないが、マサトは快活な笑みを漏らした。


 マサトを眺めたマリーベルは(あ、変なスイッチが入っちゃったわ……)と呆れたが、それよりも彼女には知るべきことがあった。


「よろしいでしょうかギルド長、私が同行する意味はあるんですか?」


「ああ……」


 マリーベルの問いに、サラームスは、ほんの一瞬だけ目を伏せ、そして重たく言葉を紡いだ。


「ほれ、こやつを一人だけでギルド中央に送り込むとする。すると道すがら、ものすごい危険なイベントが発生する――想像してくれ」


「はぁ……」


「普通は迂回する。だがマサトは喜んで突っ込む。君なら分かるはずだ」


「ま、まぁ、そうですわねぇ」


「よろしい、マサトなら解決はするだろう。だが、その結果、トンデモない副作用や弊害が出ると思わんか?」


「否定……できません」


 マリーベルはマサトをチラッと眺めてから首肯した。


「つまり、私の任務は『お目付け役』?」


「さすがは我が支部一の才媛、察しがいい。なお、これは決定事項だ」


 サラームスは「君ならできる! いや、君にしかできんのだ」と、どこかで聞いたような殺し文句をキメた。


 とはいえ、ギルド長の決定であれば、否応もない。

 マリーベルは、静かに首肯した。 


 さて、ギルド中央本部へと向かう段――


 通常であれば乗合馬車のようなもので向かうところだが、マサトはギルドから支給された葦毛の馬にまたがり、馬具の点検を行っていた。


「指先確認、革の締め具、あぶみの調子、荷物の固定もヨシッ。移動準備完了です」


「はい、こちらも問題ありません……」


 社畜に同行するマリーベルも、黒毛の馬にまたがっていた。

 その装いは、いつもの受付嬢とはまるで別人だった。


 身体に沿って仕立てられた濃紺の乗馬用ジャケットは、肩から腰へと美しいラインを描き、袖口にはギルドの紋章が控えめに縫い込まれている。

 豊かな胸元を包む白いシャツの襟がちらりと覗き、腰には細身の革ベルトと小ぶりなサイドポーチ。

 深い茶の乗馬パンツ、ぴたりと足に馴染んだ黒革のロングブーツ。


 そのブーツの先で馬の腹を軽く蹴るたび、馬がリズムよく反応し、蹄が草地を小気味よく叩いた。


 無駄のない機能美と、自然な優雅さが調和する騎乗姿。

 凛とした金髪美人のその佇まいは――まさに、『旅の人』だった。


「では、このルートで進みます」


「……はい」


 ルートは、馬車では通れない起伏の激しい山道や林道を通るショートカット。

 モンスターが多少出没する危険なルートではあったが、A級冒険者であるマサトがついていれば特段の問題はない。


 二人は馬に跨りパッパッパと駆け出した。

 手綱を握る姿はやたら様になっている。


 最初は、二人とも黙っていた。

 マサトの無自覚さ、マリーベルの涙――

 二人ともそれを思い出していた。


 だが、素晴らしいスピードで駆け抜ける二人だ。

 解放感溢れるシチュエーション――


 そうともなれば、少しずつ、わだかまりが落ち着き――


「……馬に、乗り慣れてるんですね――」


 マサトは、そっと会話を切り出した。


「……実家で飼ってたって言ったでしょ?」


「そ、そうですね……」


 ピシャリと言われたマサトは、顔をしかめたが――


「でも、こうして並んで走るなんて、思ってませんでしたわ――」 


「あっ……そうですね」


 マリーベルは特段怒っているわけでもないらしい。


「それよりマサトさんは――どこで馬の乗り方を? 馬の世話をしていたのは知ってますけど。あと、その乗り方って独特ですね……」


「ああ、これですか、馬の負担が軽くなるらしいですよ」


 マサトは現代競馬の騎手がやるような、尻を浮かせてつま先で馬の腹を抑えるような、いわゆるモンキー乗りをしている。なお、彼は別段、競馬学校出身というわけではない。


「自分のカラダに独自開発の『魔法』を使っています」


「魔法?」


「はい、私はマクロ魔法と言っています。カラダの動きを完全に自動化するというものですよ」


 それは、扉を開いた社畜の魔法――身体制御魔法。 

 マサトの異常な戦闘能力――それはこの魔法に寄与するところが大きい。


「それからこの馬にも使っています」


 葦毛の馬は「ぶひぃん」と鼻を鳴らしながら、舌をベロベロさせている。

 ときおりものすごい変顔までするものだから、あの不沈馬を彷彿とさせる。

 多分、"金色旅程"から派生した"黄金船舶"とかいうコードを使っているのだろう。


「はぁ、独自魔法ですか…………」


 マリーベルは首をひねったが、マサトのことなので、それ以上は続けない。


 それよりも彼女には告げるべき言葉が残っていた。

 それをマサトに手渡すべく、彼女は、こんな言葉を紡ぐ。


「わたし……その……」


 マリーベルはそこで少しだけ、口を閉じた。

 でも、意思を振り絞って言葉を続ける。

 それは告げるべき言葉を紡ぐための、会話の助走。


「ええと……その、あのですね……」


 頬がほんのりと色づくのに気づいてもいる。

 鼓動が高鳴る。

 そして最後の助走の一言――


「あの時……」


 実のところ、マリーベルは後悔していたのだ。

 マサトもマサトだが、アレは言い過ぎだったかと。


「私――」

 

「マリーベルさん」


 マサトが、ふいにそう言った。


「あの時――あの時のこと――」


 マリーベルは思わず視線を向けた。

 マサトはいつもとは違う、思いつめたような顔をしている。


「俺は……間違っていました」


「……え?」


 マリーベルは目を白黒させる。

 マサトは間違いを認めるような男だったろうか。

 そして――


「ごめんなさい」


 それだけ言ったマサトは、そっと顔を背けた。

 見えずとも、気恥ずかし気な表情がありありと見える。

 頬を赤くしているのが分かる。


「…………」

 

 マリーベルは、声をかけることができなかった。

 こんな時、男の顔を振り向かせるなんて、ただの辱めだとわかるから。

 自分に告げるべき言葉があったとしても、いまは、ただ。


 馬の蹄が刻む音が、どこか心臓の鼓動にも似ていて――

 まるで――何かが少しずつ、動き始めているような気がする。


 彼女には、この瞬間が――とても大切なものに思えた。

 ぬくもりのような、この時間が、心地よかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ