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社畜、飲む。

 ギルド近くの居酒屋――マサト、クルード、それに冒険者やギルド関係者たちが、ひとつのテーブルを囲んでいた。


 頃合いと見たクルードが、ゆっくりと立ち上がる。


「今日は、よくぞ集まってくれた。――まあ、『死なない男』の昇格祝いだ。来ない理由なんて、ないよなァ!」


 冒険者たちに微苦笑が沸き上がった。


 この頃のマサトには結構人脈が出来ている。


 実のところ彼は、冒険の合間の手隙な時に、他人の手助けまでしていたようだ。

 少々おせっかいな性分ではあるが、そのおかげで命を救われた者も少なくない。

 だから、意外にもマサトにはそれなりの人望があるらしい。


「なんだ皆、その微妙な笑いは…………さて、さっさと乾杯といきたいところだが――その前にご本人様――死なない男から一言もらおうか」


「ああ、はい――――」


 クルードに促された、『死なない男』マサトは自然体で皆の前に立つ。


「皆さん、今日も無事に仕事を終え、そしてB級冒険者に昇格できたのは――ひとえにギルドへの思い、仕事への情熱があるからです!」


 会社のミーティングやプレゼンでの経験があるから、こういうことは手慣れた風であるが、冒頭からまさに社畜の物言い――だが。


「ですが、この世界で働けるのは、こんな私を受け入れてくれた皆さん――いつもあれやこれやでご迷惑をおかけしている皆さんのおかげだと思っています」


 そこでマサトは丁寧に頭を下げた。


「へぇ、仕事の事しか見えていないようでそうでもないんだ」

「迷惑かけてる自覚はあるんだなぁ」

「迷惑行為と有難み――差し引きちょい赤字ってところかな?」


 やや面食らいながらも、宴の参加者たちは皮肉まじりに受け止めた。


「そして今回の昇格は、クルードさんにはB級ランクの仕事を回してもらえなければ、1か月くらいは遅れたでしょう――」


 それを聞いたクルードは「一カ月かよ、まぁいいさ」と肩をすくめた。まぁ事実だから仕方がないだろう。


「それにパーティに受け入れてくれて、久しぶりにチームワークを感じることができました」


 基本ワンマンアーミーなマサトだが、クルードらB級冒険者とのパーティは結構楽しかったらしい。勝手に突っ走っておおよそ自分だけで解決したのをパーティと言うのであればだが。


「ギルドの皆さんにもたくさんの仕事を回してもらっています。仕事をくれるギルド――そして幹部格にまで引き上げてくれたギルドに感謝! ギルドに足があったら、舌でペロペロしても感謝しきれません!」


 ギルドへの歪んだ忠誠心を披露したマサトは改めてギルド関係者に頭を下げた。それを聞いたサラームスギルド長などは「言いたいことは山ほどあるが、功績は認めるよ。足は舐めなくていいが」という風である。


「そして特に………………あれ?」


 そこでマサトがあたりをキョロキョロと見まわし、言葉を失った。一番、感謝を告げたい相手が見当たらない。


「ええと……あの……」


 これまでの饒舌が嘘のように挙動不審に陥るマサト。

 皆は「おおん、誰を探しているのかなぁ?」とか「あら、どこかしらね?」やら「ははっ、主を探す犬みたいだなぁ?」などと笑った。


 そして彼らは視線で「あ、そ、こ」などと誘導する――


「あ…………そこの柱の陰におられる方には、平素より大変ご迷惑をおかけしており、頭をいくら下げても足らないほどです」


 マサトがそう言うと、柱の陰に隠れていたマリーベルが「そうですよ、ものすごい迷惑なんですぅ!」と言いながら姿を現した。彼女はちょっとばかりの仕返しといわんばかりに悪戯を仕掛けていたのだった。


「迷惑、迷惑、本当に大迷惑なんです!」


「たはは……誠に申し訳ありません」


 ビシッと物申しされた社畜は直角90度の最敬礼――


 マリーベルは今回の悪戯が意外なほどにマサトに効いていることに少し驚き、また彼が自分の事を明確に認識していたことに複雑な気持ちを抱きながらもこう言った。


「でも、それが私の仕事です――もう慣れました」


 社畜の担当者――ギルドで最も苦労する女性の端的な言葉――だが、その言葉には突き放しつつもどこか満足するような色もある。そして彼女は酒も入っていないのに少しばかり頬を赤らめ押し黙った。


「ありがとうマリーベルさん! 私はこれからも働き続けます! だから、じゃんじゃん仕事を回してください!」


 マサトが改めて感謝の言葉を掛けると、マリーベルの頬はさらに赤くなる。周囲は「ほぉ……」とか「やだあれ、あれってば、あれなの?」やら「これは目があるかもしらん――まぁいいさ」など、内心で茶化しに茶化す。


「よし、マサト。そろそろ乾杯の音頭を取らせてもらっていいかな?」


「あ、はい」


 口上としては十分だろうとクルードが後を引き受け――


「じゃあ、マサトのB級昇格――そのほか諸々を祝って、乾杯だっ!」


 クルードの音頭に、「ザンガリア!」「ミスルン!」「ゴブレット・フェスタ!」といったファンタジーな乾杯の雄叫びがあがる。

「ワッショイ・ラグナロク!」と叫びつつ酒瓶を一気飲みする輩もいれば、「プロシュート!」という謎の掛け声でグラスを叩き割る者も――

 

 そうして宴が始まった。


 ガブリと一杯目を飲み干せば、麦酒や葡萄酒といったお酒がドンドン注がれる。


 当然異世界の食べ物――ハムとチーズとシチューなどの冒険者定番のお食事から、マンガみたいなマンガ肉とか、ものすごくグロテスクだけど食欲がわく香りがする川魚やら、キノコ型モンスターの姿焼なども供されている。


 それから異世界定番の串焼きもある――奴隷や身寄りのない子を懐かせるための、古来より伝わる餌付けアイテム。

 ――平たく言えば、ヤキトリだ。


 そうして夜の帳が降りる頃、ギルド近くの古びた居酒屋の中は騒々しい歓声と笑い声で満たされていた。


 なお、宴会なのだからと社畜があちこちに酒を注ぎまわっていることは勿論である。


「よぉマサト、お酌係もいいが、酒は足りてるか?」


「ありがとう――そこそこ飲めてますよ」


 クルードが話しかけるとマサトはにこやかに頷きながら少し酔った様子で答えた。


「よし、もっと飲め!」


「いただきます!」


 先輩冒険者が酒を注ぐと、もちろん社畜はそれを一気飲み――先輩に酒を注がれたらそれが社会人の礼儀である。


「いい飲みっぷりだぜ!」


「どうも、ではこちらも」


 酒を飲み干したマサトは酒を注ぎ返し、クルードはこちらも一気飲み。すると冒険者たちに自然と拍手と笑顔が広がった。


「しかしあれだな。お前さんとこうして飲めるとは――ああ、飲みも仕事だったか?」


「ええ、仕事の事はひと時も忘れていませんよ!」


 そういったマサトは「新社畜10か条! 発表!」などと叫んだ――


「第一条! ギルドは冒険への始発駅! 社畜はギルドを離れず! 転職、離職、独立はすべて禁ず! 魂は契約のもとに縛られる!」


「第二条! 睡眠時間は一日1時間! 休息なんて幻想に過ぎない! 休みたいなら、モンスターと戦いながらすればいい!」


「第三条! 昇格とは、責任という名の首輪を増やすこと! 昇格のたびに、鎖は太く、重くなる! だがそれがいい!」


「第四条! 納期は命日! 遅れるくらいなら宝を捨てよ! 生きて報告せよ!」


「第五条! 依頼は天の声――中身が間違っててもYes! 理不尽にYes! 仕様変更もYes! 明日の早朝が納期なら逆にYes!」


 などと言う物だったから、苦笑いとともに「社畜の宴会芸かよ」とか「またか……」やら「まぁいいさ。やらせておけ」などと失笑が漏れる。

 イカレに酒を飲ませるとこうなるという良い実例だ。


 そして宴会芸は続く――


「第六条――ファイト一発! ポーションあれば、全回復!」と言いながら取り出したポーションをがぶ飲みにすれば、疲労はしゃっきりポン! と回復したりする。目の下のクマはなかなか取れないが。


「第七条――グレートソードは戦士の印、24時間戦えます!」と言いながら、巨大剣――知らんうちにマサトは戦士職になっていたらしい――を取り出そうとすると、皆はあわてて「街中ではやめれ!」と取り押さえる。


「第八条――残業は最強の法儀式!」などと言いながら、タイムカードを改ざんする魔法を披露したりもする。この社畜、知らないうちに独自の魔法体系を習得したらしい。多分関数とかマクロで作成された合理化魔法だろう。


「第九条――社畜は戦闘から脱落することを永遠に放棄する! だが、納期のための逃走はこれを妨げない!」というのは、どこぞの憲法のもじりだろうか。


 そして10か条の最後――「ギルドに感謝! そして皆さんに感謝!」と深々と礼をして宴会芸? を締めくくるものだから、やんや、やんやの大喝采と相成る。


 そんな宴会芸タイムの中マサトを睨んでいる女性がいた。

 勿論それは金髪美人のマリーベルなのだが、いつもと様子が違う――


「おぉら、社畜ぅ! 飲んでるかぁぁぁぁぁっ!」


「うおわっ……」


 突然、マリーベルは獲物を取り押さえるがごとくマサトの首に腕を回して「ほら飲めよ! これも仕事だろ!」などと叫んだ。


 すでにかなり出来上がっているらしい。

 実のところ彼女は酒癖がちょっとばかり悪いことで有名だった。

 まぁ、普段のストレスがマッハだし、マサトがアレだし、見逃してほしい。


「飲めっ!」


「うがっ……!」


 マリーベルはマサトの口にワインボトルを突っ込む。「うぼぉ――――!」という叫び声が聞こえたような気もするが、社畜は意外に酒が強く、それを嬉しそうに飲みほした。


 そして、宴も佳境をとうに越えた数時間後――居酒屋の一角でマリーベルとマサトが静けさの中でとなり合っていた。マリーベルの目はトロンとしており、いまにも落ちてしまいそうだ。


「マリーベルさん、飲みすぎですよ」


「いいじゃない、ストレスがたまってるんだからぁ……あなたのせいで」


「ああ、それは申し訳ない」


「申し訳ないって……本当に分かっているのかしらね……」


 受付嬢は、くるりと目をマサトに向けると、少し悩むような表情で口を開いた。


「私、心配でたまらないんですよ……あなたの働き方で、いつか壊れてしまわないかって……」


 マリーベルは目を伏せながらそう言った。


「分かってくださいとは、言いません。

 でも……分かってほしいとは、思ってしまうんです――」


 いつもはマサトに切れ気味な彼女だったが、このときばかりは――

 ただ静かに、そう言葉を重ねた。


「……マサト、さん」


 そう名を呼んでから、コトンとそのまま寝入った。


 マサトは、穏やかに眠る彼女の顔を見つめる。

 ふざけもせず、騒ぎもせず、ただ静かに。


 マリーベルの言葉を――心の中へ、そっと収めた。

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