社畜、昇格を祝われる
「これが新しい冒険者証です」
「おおぅ、随分と豪華なものですねぇ!」
マリーベルが微笑みながら手渡したのは、白銀製の冒険者証。
B級――『白銀級』の名に恥じぬ一品にマサトは目を見張った。
「昇格、おめでとうございますマサト『様』」
「ありがとうございますって、あれ? 『様』って?」
「B級からは、ギルドの上級メンバーになるんです。マサト様」
B級は、ギルドにとっても、あだやおろそかにはできない冒険者を指す。
そのため、ギルドはB級を下級とはいえ幹部のような扱いにしている。
「命令系統が事務方とは違いますから、どちらかというと専門職系の上位ポジションに近いかもですけど」
「おおっ、つまりマネージャー級! 私、なんちゃってエリアマネージャーやってましたから、階層構造には一家言ありますよ! つまりプロフェッショナル職ってことか!」
などという会話をしていると、『まぁいいさのクルード』が葉巻を吹かしながらやってきた。
「おお、マサト、もうB級に昇格か」
「ありがとうございます、クルード先輩」
「はっ、先輩だって? 嬉しいことを言ってくれるじゃないかね」
クルードはまんざらでもない表情を浮かべてから、こう続ける。
「んじゃ、お前の昇格祝いをしてやらんとな。こないだの討伐報酬、あれが結構残ってるんだ」
クルードは他意のない笑みを浮かべて言った。
カウンター越しにそれを聞いたマリーベルは(飲み会? あのマサトさんが参加するのかしら?)と疑問を抱いた。
「飲み会ですか? いいですよ!」
しかしマサトはあっさり快諾。横で耳をそばだてていたマリーベルが「えっ!?」と驚きの声を漏らす。
「飲み会も仕事の一環ですからね! 飲ミニケーションは立派な仕事です!」
「のみにけーしょん? ……まあ、いいさ。じゃあさっそく今夜どうだい?」
「はい、今日中に終わらせる仕事が山ほどありますけど、5倍速で片づけます!」
マサトの力強い返答にクルードは呆れ半分、安堵半分という顔をする。そしてここで一件落着――かと思いきや、マサトがふと神妙な顔つきになってこう言った。
「ただ……飲み代は自分で出しますね」
「あん? オレが誘ったんだから、こっちで用意するのが筋だろ」
「いやいや、先輩といっても同格になったんです。同僚に自腹を切らせちゃダメなんです!」
「でもそれはちょっとなぁ……俺の顔ってものもあるし。ほら、こないだの報酬はお前がほとんど作ったようなものだぜ?」
「正当な契約でしたからいいんです。補佐だけで5パーセントも貰えました!」
「だが、それだけじゃ俺の気が済まんのだ……」
顔を突き合わせ、妙に真剣な押し問答を続けるマサトとクルード。
『社畜理論』と『普通の気遣い』はかみ合わず、
周囲には「どうでもいいがね……」と、あきれた空気が漂った。
「はぁ……じゃあ、こうしよう」
根負けしたらしいクルードは「お前さんの分というか、1人分はお前さん持ちで良いよ」と言った。
「だがその前にちょっと教えてほしい――」
クルードはブワリと葉巻を吹かしてから、片目を細めてこう尋ねる。
「今回の昇格、いや、これまでのお前の功績は、お前さんだけの力によるものだと思ってるか?」
「ええと、依頼をくれる依頼主のおかげ? あと、ギルドのおかげとか?」
「お前さんなぁ…………」
「すいません、冗談です」
クルードが少しばかり苛立ち気味になったので、マサトはあわてて――
「サポートがなければ、無理でした」
と言った。
「ふん、それは誰のだ? 誰が一番サポートしてる?」
「はぁ……ええと……」
クルードは「なんだよ。さっさと言えよ――いつもみたいに、まぁいいさとは言ってやらんぞ!」と促した。
「ええと……それは……その……マリーベルさんのサポートです」
マサトはそう言って、マリーベルに向き直り「いつもありがとうございます!」と真摯に頭を下げた。
「ええっ? 私ですか……?」
「そうですよ! 依頼の事務処理だけじゃなく、ドロップアイテムの手続き、宿舎の件――本当にありがとうございます!」
この感謝の言葉は大変丁寧なもので、スッと上げた目には実に誠実な光がある。
「えええ……」
改まって、そんな態度を取られると、ちょっと恥ずかしいのかもしれない。
マリーベルは少しばかり頬を赤く染めて「ど、どうも」と言う他なかった。
「なら、何かお礼しなきゃいかんのじゃないか? そうだな、今回の宴にマリーベルも招待しろ。彼女の飲み代は、お前さん持ちだ!」
クルードの「これで丸く収まるだろうが」との言葉に、マサトは表情を輝かせた。
「なるほど! それはいいですね。確かにマリーベルさんにはお世話になりっぱなしですし、日頃のお礼をするいい機会です。よし、決まりですね!」
「っていうわけだマリーベル。マサトが『お礼』をしてくれるらしいぜ」
「え、え? 私? いえ、別に……そんなお気遣いなく……」
「ああん? この社畜様にはいつも迷惑してんだろ? 迷惑料だと思って、ガッツリ取り返しとけや!」
「それって、ええと……」
マリーベルは戸惑いながら――
(マサトさんの担当として振り回されっぱなしで、メチャンコストレスも溜まっているのは本当だもね……)と思った。
「ええと、私が行っていいものなら……」
マリーベルは最終的に小さく頷いた。
「ご一緒させていただきますマサト『様』」
「あ、『様』はやめてください、恥ずかしいです!」
マサトは慌てて手を振りながら「いつも通りでお願いします!」と言うと、マリーベルは「ふふっ、分かりました」といつもの営業スマイルではない――本当の笑顔を見せた。
クルードは目を細め、ふぅと葉巻を吹き出す。
「へぇ……マリーベルが、そんな笑い方するとはなァ」
「そ、そういうことではありません! こ、これも仕事なのです……」
マリーベルはなぜか焦りながら言い訳を試みたが――
クルードは肩をすくめて言った。
「何言ってんのかわからんが、まぁいいさ!」
こうしてマサトとクルードたちは、ギルド近くの居酒屋で『社畜のB級昇進祝い』を開催することになった。
果たしてその宴がどんな大騒ぎになるだろうか――
いや、大騒ぎは確定として、問題はどこまで被害が出るか、なのかもしれない。




