社畜、5Sする
「飛行モンスターはいつ来るかわかりませんし、山道は足場も悪い! いやぁ、ワクワクが止まりませんねぇッ!」
出発当日、B級冒険者クルードのパーティーに補佐として加わったマサトは、妙なテンションで叫んでいた。危険な任務だというのに、まるで遊園地にでも行くかのような笑顔。
「……何だこのテンション」
仲間たちは一斉に引いた。
だがリーダーのクルードだけは、いつもの調子で苦笑する。
「鍛えとるのは見りゃ分かるがな」
B級クラスにもなれば、冒険者の格は一瞥でわかる。
「確かに……C級の動きじゃねぇな」
「妙に底が知れん……」
「目がイッてるのが怖い……」
――奇人変人、だが侮れない。それが全員の共通見解だった。
一行が向かったのは、切り立った崖が続く山岳地帯だった。
岩場の高所には、巨大なロックバードやグリフォンが巣を構えている。
いつどこから襲われるか分からない飛行モンスターは、魔法や弓で制圧するのが定石だ。
到着するなり、マサトは崖を駆け上がった。
その筋力も反射も、C級の域を大きく超えている。
「バカかっ⁉ 魔物に襲われるぞぉっ!」
ロックバードやグリフォンがいつ急降下してくるかもしれない。
そんな場所に、安全も確保せず、マサトはダイブイン。
モンスターが襲ってくれば彼はわざと爪やくちばしの攻撃を受け止め「痛ってぇ! でもこういうときこそ冴えるんですよぉぉ!」などと宣ってから、一撃で魔物を叩き落とす。
いつもの社畜の定常運転であるが――
数匹のモンスターを屠ったところで、アクシデントが発生する。
崖の近くで巨大なモンスターと戦っていた時に、無理な体勢からとどめを刺したところで、断末魔の爪攻撃を浴び、マサトが弾き飛ばされたのだ。
「うおおおおおおおおッ⁉」
「バカ野郎ォォォッ、そっちは崖だぞォォォ!」
絶叫と同時に、マサトの身体が重力に引かれて崖の縁へ。
その瞬間、クルードが地面を蹴った。
「ぬんっ!!」
全力の踏み込み、クルードは片腕で宙に飛び出したマサトの手首をガシィィ! と握り込んだ。
「そのまま動くんじゃねぇ! グラビティ――」
クルードは彼独特の重力スキルを放つ。
それは本来、自重を軽減するための剣士のスキルであるが――
「プラァァスッ!」
彼は自らの体重を軽減するのではなく、加重した。
そしてそのまま、ばたりと地に倒れ込み、クルードは己の体重と摩擦でマサトの慣性を殺す。
空いた左手は重圧を特化し、そのまま地面に抉るように叩きつけ、支点を作る。
「しっかり掴まってろぉ――!」
ぐぐぐぐ……と腕に圧がかかり、双方の顔が土煙にまみれる。
そして、グッと勢いが止まった。
「うおぉぉぉぉらぁぁっ!」
クルードが全身の力を込めて、片腕だけで一気に引き上げ、マサトを崖の上に転がした。
さすがはスキル持ちなだけでなく、常人の数倍という膂力を持っているのがクルードという男。さすがはB級冒険者だけのことはあった。
「た、助かった……!」
「バッカヤロウがっ! 落ちたら終わりだろうがァ!」
「も、申し訳ありません……」
助けられて平身低頭なマサトが、申し訳なさそうにする。
「お前、止めを刺すにしても、もう少し考えろ! まぁ、あのタイミングでなかったら、仕留められず逃がしていたかも知らんが……つーか、恐怖心ってもんは、ないのかよ」
「いえ 今の、すっっっっっごく怖かったです! 玉ヒュン指数が過去最高記録を更新しました!」
「玉ヒュンってなわかるが、『指数』ってなんだよ……」
「当社比とかで使うやつです! とにかくありがとうございました!」
地面に転がったまま、心底嬉しそうに笑うマサトだった。
その横で、クルードは荒い息を吐きながら呆れを通り越して笑うしかなかった。
そして山に入ってから、そんなこんなで数日が経った。
意外なことにマサトは、クルードらと協調して冒険を進めていた。
暴走超特急な部分は多分にあるが、パーティプレイができているから驚きだ。
「ふむ、依頼討伐数が不足だ」
現在クルード率いるパーティの討伐数は、明らかに不足というものだった。
「もう食糧が尽きそうだ。ポーションも少なくなったか……」
クルードが冷徹な判断を下している。
数日間とはいえ、厳しい山岳地帯での冒険。
パーティ全体に疲労がたまってもいた。
「よし、山を下りるぞ。戻れるときに戻るのが良い冒険者ってやつなんだからな!」
即断即決が身上のクルードである。
パーティメンバーに「もう夜になる、野営の準備だ! 陽が上がったら、下山するぞ!」と号令をかけた。
「…………」
それを、マサトは無言で見つめていた。
そして、どこか殊勝な感じの表情を浮かべ、クルードに近づいた。
「あのぉ……クルードさん」
「どうした?」
「今日の夜の見回り、私がやりますね」
「おいおいおいおいおおい! お前全然寝てないだろ。いくら『死なない男』だって、そいつはまずいぜ。というか、見ているこっちが辛いんだ! 今日は見張りはせんでいい!」
はっきり言ってマサトは全然寝ていない。
そのドロドロな顔を見たクルードは懇願するかのようにそう言った。
「……そうですか。では、お言葉に、甘えさせていただきます」
マサトはクルードの言葉に素直に従い、岩場の陰に向かった。
「おう、早く寝ろよ若造!」
「ええ、そうさせていただきます」
クルードは「ふん、まぁいいさ」と呟いた。
おとなしく引きさがったマサトに、他のパーティメンバーも胸をなでおろす。
そして夜のとばりが落ちる――
夜の警戒に当たっているのは、クルードとスカウト職のザックだった。
「しかし、あの死なない男をよく躾けましたね。最初のころは暴走しまくってましたが、今は抑えている……さすがはクルードさんだ」
「おい、躾けってなぁ……犬っころじゃあるまいし」
ザックの言いように「まぁいいさ」とクルードは応えた。
「意外に、パーティに馴染んでくれてもいるしな」
クルードは『意外』という言葉を強調して苦笑いを見せ、岩陰を見やった。そこでは死なない男――マサトが毛布にくるまり横になっている。
「動きもしねぇし、いびきもねぇ……ぐっすり寝ているようだな」
「ええ、さすがに疲れたのでしょうね……不眠不休とききましたが、アレはデマだったようです」
「うむ、そんなもんだろう。ま、実力は認めてやる。今回、最初にあいつがデカイのを止めてくれなかったら、目も当てられなかったしな」
それは事実だった。
マサトが仕留めたものは、結構な大物だったのだ。
「たしかに。でも、やはり不足ですよね?」
「まぁ、そう言う時もあらぁな。大丈夫、報酬の配分は考えてある」
「また……ご自分の報酬を減らすのですか、ポーション代で赤字になりますよ?」
パーティの頭目は通常メンバーの3倍程の割合で報酬を受け取るケースが多い。
しかしクルードは、その比率を限界まで落とし、パーティメンバーの報酬を確保しようというのだ。
『まぁいいさ』だけでなく、『お人よし』のクルードとも言われている所以だ。
「まぁ、いいさ。皆が無事ならな」
「まったく……」
ザックが(それだから、貴方との冒険は……)などと、思ったときだった。
突然、彼は、闇夜の奥をじっと視線を注いだ。
「どうした、ザック?」
「……いえ」
すわ夜襲かとクルードが剣を抜きかけるのを、ザックはサッと制止した。
「何かが闇夜に紛れて……上の方で動いたような気がしました。ああ、モンスターの気配はありません。気のせいでしょう」
(疲労のせいだな? やはり、早めに降りる決断をして正解だったか)
クルードは山を下りるという判断に間違いはなかったと確信した。
実のところ、彼自身も疲労がたまっている。
その上クルードは冒険者を始めて30年近く、そろそろ引退する日も近い。
彼は霞む目を揉みしだきながら――
「すまん、ちょっとだけ仮眠を取らせてくれ」
と、言って岩場に確保した寝床でしばしの休息をとる事となった。
さて、そんなクルードたちを高所から眺めている男がいた。
「…………ふぅ、さすがB級冒険者パーティのスカウト。見つかるところだった。危ない危ない」
それは当然マサトである。
どんな魔法を使ったかは知らないが、スカウトの目を欺いていたのだ。
まぁ、社畜とは夜の住民だから、としておこう。
「さてさて、『夜勤』にむかうとしましょうかねぇ……」
社畜はしずしずと山道を登る。
向かうのは昼間の間に目星をつけていたグリフォンの巣。
ここから先の詳細は省くが、グリフォンの巣に忍び込んだ社畜が地獄の5S活動(索敵、侵入、掌握、殲滅、制圧)を展開するのは間違いがなかった。
そして朝――
「大戦果で大釣果でした!」
「はぁ………………?」
ドカッと置かれたのは、大小のグリフォン多数、ついでに近場にいたロックバードが3匹ほど。
これにはクルードもパーティメンバーも目を白黒させるほかない。
「あの、おまえ……あの、これ、ええ?」
「いやぁ、夜の散歩で巣穴に出くわしちゃって……偶然って、ほんと怖いですねぇ」
混乱収まらぬクルードたちを前に、マサトは『偶々、大戦果で大釣果でした!』と高らかに宣言した。
「お、お、お、お、お、お前…………」
「これでノルマ達成、報酬の件も問題ありませんね!」
マサトは全く悪びれるところがない。
むしろ「やはり、ノルマは達成してこその社畜ですから」と胸を張る始末。
単独行動、独断専行の極み。
だが、クルードに怒られると分かっていても、マサトにとって『ノルマを果たせない』というのは、死ぬよりもつらいことだから仕方がない。
「むぅ……」
実際、この成果は、パーティを率いるクルードとしては大変に嬉しい。
それが死なない男の独断専行であっても。
「…………よくやったとは言わん。それから討伐報酬はパーティメンバー全員に割り振るからな。あと、お前の取り分は変わらんぞッ!」
少しばかり怒気を孕んだ声でクルードはそう告げた。
ただ、悪いとも言っていない。
「もちろん、それで構いません。借りも返せましたから。満足です」
危険を冒してまで助けてくれたこと。
その恩義だとばかりに、爽やかな笑みを浮かべた。
「そうか…………」
クルードは、一言、いや二言くらい言いたい様子でもあるが、マサトの笑みを見て、「まぁいいさ」と、どこか満足気な笑みを浮かべた。
「よし、帰還しよう。みんな、帰るぞッ!」
一路、B級冒険者と人外社畜が帰路につく。
討伐報酬の確認を終えたクルードが、ギルド長サラームスと会話する。
「討伐は成功した。通常の8割増しって、とんでもねぇ数字だ。まぁ、マサトが一人であらかた片づけたんだけどな…………」
クルードは苦笑まじりに話した。
「ほぉ、やはりそうなったかね」
「やはり……って、あんたこうなることが分かってたなァ?」
「否定はせんよ。それはさておき、彼はどうだった?」
「死なない男か……まぁ、思ったよりは悪い奴じゃなかったよ。でなかったら、あのマリーベルの嬢ちゃんがあそこまでなつくわけがねぇ」
そこでクルードはギルドの受付カウンターを見やった。
そこでは、徹夜明けの顔に笑みを浮かべたマサトが「次の依頼はありませんか」と尋ね、マリーベルが「残念! 品切れです!」と、掛け合い漫才のようないつも通りの会話をしていた。
「ああ、あの子は人を見る目があるからね」
「見る目がね…………なるほど」
クルードは「まぁ、いいさ」と、満足気な笑みを浮かべたのだった。