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社畜、見つける。

 マサトが、また徹夜明けのままギルドのカウンターへ直行してきた。


「おはようございます!」


 言葉だけは爽やかだが――


「視界が黄色になってます! 徹夜明けの醍醐味ですね、ハハッ!」


 『常識を超越した何か』を感じさせる社畜アルアル大全開。

 視野が黄色いのは、徹夜疲労による眼球貧血だ。


 ここまでくると、普通は死ぬ。


 だが社畜は――死なない。折れない。止まらない。

 労災認定、待ったなしでも、なお辞めぬ。

 

 だから『死なない男』。

 最近、マサトはそうあだ名されていた。


 さて、そんな男の襲来を待ち構えるマリーベルは素敵な笑顔で――


「おはようございます……今日もお顔が……いえ、元気そうですね。……コホン!」


 社交辞令を挟もうとしたが、途中で無理があると気づいたようだ。


「もともとがあまりイケてないのでセーフです!」


 そんな軽口に、マリーベルは(少し休めば、もう少しマシになるのに……)と苦笑した。


(というか、C級依頼を連続でこなしたのに、徹夜明けで平然とギルドに来るなんて……すごい……かも)


 と、呆れを通り越して感心してもいる。

 最初のころと段違い、驚くほどの高評価である。


 だが、その変化にもマサトは一切気づいていない。


「今日もC級の依頼をドーンと一つ! いや二つ! いえいえ三つ!」


 要求数を勝手にインフレさせていくマサト。

 いつもなら、マリーベルが「仕方ありませんねぇ。一つだけですよ」と、依頼票を渡すのだが――


「……依頼は、ありません」


「えっ?」


 端的に言い放った。

 さっきまでのどこか感心したような表情はすっかり消えている。


「今、なんと?」


「依頼はありません」


 口の端を歪め、どこか病的な笑みをヒクヒクさせながら、もう一度言った。


「一つもありません! まったく、一切! ひっとっつもぉ!」


 マリーベルは断言した。


「な、なにゆえっ!?」


「なぜって、ぜーんぶあなたが片づけてしまったんだからぁぁぁぁっ!」


 マリーベルは、何かをかなぐり捨てるかのように叫び、


「もう、これっぽっちも、カスみたいな欠片すら、ないんですぅぅぅぅぅぅぅッ!」


 と、怒りと悲しみのミックスフレーバーを吐き出した。


 まあ、社畜がアホみたいな速度で依頼を片付ければ、そりゃ枯渇もする。


「え……ええええええええっ⁈ 本当にっ!?」


 マサトは顔面蒼白。瞳孔は開き、呼吸は浅い。餌を目前で消されたワンコみたいな顔で震えている。


「う、嘘だッ⁈ 嘘だと言ってください!」


「ギルドの受付は、嘘は申しません! C級依頼なんて、月に十本あるかないかなんですよ! それを一週間で全部潰されたら、残るわけないでしょ、自業自得ッ!」


 普段は比較的おだやかなマリーベルも、ここは我慢の限界だったらしい。声色は完全にバグっており、ストレス、怒り、絶望、諦観のブレンドが爆裂しているのが見て取れる。


「くっ……わかりました。だったら、D級依頼でもいいです! 仕事があるなら何でも!」


「却下です。あなた、D級以下の依頼はもう受けられません!」


「な、なぜぇぇぇぇぇっ?!」


「なぜならば、ギルドの規定ですからっ!」


 マリーベルは、胸の前で両手を組み、神託を下す神官のように告げた。


「もう、ギルドの正規メンバーなのですから、自重してください! それに、他の冒険者にだって仕事は必要なんです!」


「うぐっ…………」


 たしかに下のランクの依頼を受けることは、下のランクの者たちの職域を侵害する行為だ。

 そんな社畜的モラルくらいはマサトにもあるから、うめき声を上げつつ、社畜の鉄則「我慢」を発動する。


「ぐぐぐ…………な、ならばB級だッ! B級依頼を受けさせてくださいッ!」


「もっと駄目です! あなたはC級! B級の依頼は、B級に昇格してからッ!」


 マリーベルは、指をピンと立てながら叫ぶ。


「ハウス! おあずけですッ!」


「そこをなんとかぁぁぁ! 何でもします! 何でもしますからぁぁぁッ!」


 マサトはガバッとカウンターに乗り上げるや否や、


「神様・仏様・マリーベル様ぁぁぁぁぁぁ!」


 と絶叫した。


 そして、驚くほど美しいフォームで大土下座を披露した。

 必殺技――社畜究極奥義・超必殺ドゲザ一閃ともいう。


「何卒! 何卒ご寛大なる御心をもって、この哀れな社畜に仕事をッ!」


 もはや一種の芸術、神域に入った懇願芸。

 

「そんなことをされても、規則は! 曲げられませんッッッ!!」


 マリーベルは、怯むことなく即断即拒否。


「うおおおぉぉぉぉぉんッ!?」


 マサトは、両手で顔を抱え、ムンクの叫びの如く崩れ落ちる。グネグネした謎の動きと共に、床をのたうち回った。


 マリーベルは(うわ……想像の三倍キモい……)と心の声を漏らしながら、冷静に言い放った。


「いいから、カウンターから降りてください。仕事の邪魔です!」


「し、仕事の邪魔……」


 その一言に、マサトは静かに立ち上がり、すごすごとカウンターを降りる。

 業務妨害は社畜の一線である。


 だがこの瞬間から、マサトは『休み』判定に入った。

 女神の呪いにより、胸のあたりがズキズキと痛み始める。


「規則……規則……仕事……しごと……」


 ブツブツと呟きながら、電池が切れたロボットのような足取りで、マサトはカウンターから離れていった。


「ふぅ……」


 マリーベルはさすがに肩の荷が下りたようなため息をつくが、『過去の経験』が悪い予感を呼び起こす。


 果たしてあの男がこのまま大人しく引き下がるだろうか? 

 嫌な予感が拭えない。

 何しろ過去に何度も『常識』をくぐり抜けてきた男だ。


 案の定――


 少しばかりの時が経ち、目を血走らせたマサトが再びカウンターに戻ってきた。

 手には分厚い書類の一部を抜き出したものが握られている。


「ふっふっふ、見つけましたよ、マリーベルさん」


「見つけたって、な、なにを……」


「うまい具合の『裏口』を」


「う、裏口……」


「ほら、『特定条件に限り、B級未満の冒険者でも、B級依頼に補佐として参加可』。たしかに、ここに記されていますよ」


「そ、その条項は……」


 それは、『補佐参加』規定だった。

 人員が足りない時などに、ギルドの承認と、上位冒険者の同意があれば、下位でも参加できるという措置である。


「か、簡単には認められません」


「だが、仕事がない、なれば同意するのが本道」


 珍しくマサトが正論を吐く。

 たしかにギルドは冒険者に仕事をあっせんするのが仕事だった。


「でも……上位冒険者が本当にあなたを補佐に迎えたいかどうかは別ですわよ?」


「それは私のあずかり知らぬところ――って……」


 そこで、社畜は、言葉に詰まった。

 B級冒険者が受け入れてくれねば話は始まらない。


「あ……」


 マサトはソロ冒険者としてはアホみたいな成果を上げている。

 だが、そのハチャメチャが押し寄せて来るような破天荒ぶりを受け入れるような、奇特な御仁はおられるだろうか?

 いや、おるまいて。


「仕事……仕事を……出してよ、マリえモォォォン……!」


「誰がマリえモンですか⁉」


 縋るマサトと、突き放すマリーベル。

 今にも社畜のループがふたたび始まりそうだったその瞬間――


「話は聞かせてもらった!」


 低く、渋く、野太い声が割って入った。


 現れたのは、ベテランB級冒険者、クルードであった。


 ほんのり白髪混じりのナイスミドル、葉巻をくゆらせるその姿は『豪腕かつ寛容』なリーダー然とした風格に満ちている。



「おい、『死なない男』。これを見てくれ」


 クルードは一枚の依頼書をマサトに差し出した。


「ええと……ロックバードにグリフォン、大量発生……」


「モンスターの強さはB級でも上位、数も多い。キツい。だが、誰も手を挙げんのだ」


 そして、堂々とクルードは言う。


「なら、お前に頼んでみようかと思ってな」

 

 仕事をくれるというのだ。

 地獄に仏とはこのことだ。

 実に奇特な御仁であるが。


「それに、お前さんに興味があってな。お前、死なねえんだろ?」


「ええ、いまのところ、生きてます」


「がははっ、生きてるなら死なねえってこったな!」


 大笑いするクルード。豪快な笑いと共に、マサトの肩をバンバンと叩く。


「あとな、実力もあると踏んでんだ」


 以前からマサトの社畜っぷりにいささか興味を持っていたクルードは、C級に上がってきたら使ってみようなどと前から考えていたらしい。


「俺は実力があるやつなら、なんでも使うんだ」


 マサトのイカレっぷりではなく、実力に着目したという。

 クルードは実力主義を標榜する男であり、中身がどんなイカレであってもそれを使いこなせる才能と器がある男だった。

 はっきりいって上司に欲しい。


「どうだ、やってみるかい?」

 

「もちろんやりますよ! 仕事があるなら、靴でも舐めます!」


「そうか、良かった。あ、いや、靴は舐めないでいいぞ? だが、まぁいいさ」


 マサトは速攻で同意を告げたことに気を良くしたクルードは、こう続ける。


「じゃあ、臨時にうちのパーティに入ってくれ」


「臨時雇いってことですね。全然問題はありません! 業務委託でもOKです!」


「あん? ぎょうむいたくって、なんだ?」


「社保も健保も労災保険も雇用保険もないし、労働基準法の適用すらないのに雇用関係があったりなかったりするような法律のグレーゾーンです!」


「ぐれぇぞぉん……?」


「あ、任せてください、私一応、そっち系の国家資格持ってますんで!」


 社畜に労務系の国家資格を持たせてはいけない。

 労基法の隙間を突くどころか、間違いなく世界の法則が乱れる。


「なんだかわからねえが……まあいいさ」


 マサトの言葉にクルードは多少面食らったようだが、葉巻の煙と共に口ずさむ。


「それで、出発は今日ですか?」


「おいおい気が早いな。それなりに準備をするから出発は1日後だ」


「準備……なるほど準備も仕事の内ですよね」


「へぇ、分かっているじゃないか……だが、いつもは準備しないで冒険に飛び出ているみたいだが?」


「心外だなぁ、いつも準備しているつもりですよ?」


 実のところそれは一応正しいようで、マサトは最低限の準備はいつもしている。

 本当に最低限で、普通の冒険者から見たら、呆れるほどだが。


「ふふふ、まぁいいさ……おい、マリーベルの嬢ちゃん。こいつとパーティ組むから手続きをたのむ」


 クルードは、マリーベルに諸々の手続きを取るよう依頼した。


「いいんですかクルード様…………多分、後悔しますよ」


「後悔先に立たずか? だが、背に腹変えられずとも言うんだ。気にしていたら、冒険者などできんよ」


 通称『まぁいいさのクルード』――

 目端が利いて懐が広く、リスクテイカーで、責任感溢れるベテラン冒険者だ。


「なぁに、何かあったら責任は俺が持つ」


「クルード様が、そうまで、おっしゃるのであれば……」

 

 マサトが暴走したとしても、彼ならなんとかしてくれるに違いない。

 そう信じられるだけの雰囲気が確かにあった。

 信じることと、それが叶うかどうかは、また別の問題ではあるが。


 ともあれ、こうして社畜は『裏口』から、一歩上の労働地獄へと足を踏み入れたのであった。

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