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社畜、”や”る。

 D級への昇格から数日が経ったある朝。


「おはようございます!」


 いつものようにギルドのカウンターへやってきたマサトはとやたらと元気いっぱいに、徹夜明けでドロドロの顔を見せる。


「おはようございます」


 マリーベルは挨拶を返しながら、心の中で(うん、今日もなんて素敵な酷い顔)とつぶやいた。悲しいことに、これが日課だ。


 最近ではすっかり“社畜担当”になってしまっており、同僚たちからは「無理。私なら辞めてる」と哀れみ半分で押しつけられてもいる。


 そんなことは露知らず、マサトはとある依頼票を取り出した。


「この依頼に関して、ちょっと教えてほしいんです」


「これは街道を行く隊商の護衛任務ですね。複数人で護衛や見張りを交代しながら普通に警備する仕事です」


 町から町へと移動する隊商が冒険者を雇うことは別段珍しくない。


「でも、この手の仕事は、もう経験済みですよね?」


「はい、そうなんですが……最近この依頼、増えてますよねぇ」


「たしかに街道では盗賊による被害が増えていますわね。物価も影響してじわじわと上昇していますし、特に高級品は」


「ええ、ポーション、高くなりました」


 そこでマリーベルはハッと気づいた。


「ああ、それで……じゃぁ、依頼を同時受注するのですか?」


「いえ、カラダは一つしかないですから、さすがにそれは無理ですな。自分があと10人いれば全部受注するのですが」


 これにはマリーベルも(社畜が10人もいれば、治安は良くなりそうだけど)などと苦笑い。


「では、何が疑問なのです?」


「はい、聞きたいのはこの類の依頼に関しての規定です。襲ってきた盗賊はどのようにしても構わないということでしたね?」


 この世界の人権意識は薄い。

 それに対して正当防衛しても良い。

 徒党組んでの強盗行為が行われれば、その場で処断するすら容認されている。


「でも、可能な限り生け捕りにせよという規定もありますわ」


「でも、たとえば護衛中に盗賊団に囚われて、アジトに連行されて、身代金目当ての人質になった場合とかは?」


 マサトは「そんな仮の話です」と前置きしてからこう尋ねる。


「命の危険を護るため、盗賊を“やっちゃって”もOK?」


「ううん、それでも可能な限り……ですかねえ?」


 マリーベルは額に人差し指を当てながら小首を傾げる。

 マサトは少し顎に手を当て考え込む。


「では、あくまで仮の話ですが……マリーベルさんが捕まって、“いろいろ”されそうになったら? ああ、“クッコロ”展開的な意味で」


「クッコロ……」


 マリーベルは一瞬の間をおいてから――


「“や”っちゃってください!」


 つい断言。

 クッコロだもの仕方がない。


「…………って、あっ!?」


 慌てて口を押えても後の祭りだ、もう遅い。


「ふっふっふ!」


 満面の笑みで拳を握りしめたマサトが「言質は取りました!」と微笑んだ。

 

「じゃあ、行ってきます!」


「は、はい……お気をつけて」


 マリーベルの目に映った社畜の背中には、「み・な・ご・ろ・し♪」という不穏なオーラが文字になって漂っていた。


 マサトは隊商の先頭に立ち、街道をゆく。

 盗賊団が多発する危険地点が近づくと、背後に続く別の冒険者が「この先の山道によく出るんだよな……」などと危惧する。


「ほほぉ、そろそろですか」


 マサトはひとり呟いた。


 山道を越えようとしたところで、隊商が盗賊団に襲われる。

 盗賊たちは複数で奇襲をかけ、一気に荷を奪おうとしてきた。


 そこにマサトが立ちふさがる。


「どうも、D級冒険者のマサトです! よろしくお願いいたします!」


 盗賊たちは突然の自己紹介にたじろいたが「D級なんて雑魚だぜ! やっちまえ!」などと集団で弓を放つ。

 それを真正面から受けたマサトは「くっ、痛い! だから目が冴える!」と、いつものセリフを口にしつつ、前に踏み込んだ。


 結果は言うまでもない。

 狂気の社畜パワーの前に、盗賊たちは一瞬で沈んだ。


「さて……」


 マサトは半ば気絶している盗賊の一人を強引に引き起こし、微笑を浮かべながら問いかけた。


「改めて自己紹介を――D級冒険者のマサトと申します。少しばかりお時間をいただき、お話をさせていただきたいのですが」


 盗賊は「ば、バカな……D級の冒険者が、なんでこんな……」と震えた。


「それはどうでもいいことです。時間が惜しいので単刀直入に――あなたたちのアジトの場所、教えてもらえませんか?」


「なにぃ……? お前馬鹿かっ! 言うわけないだろっ!」


「なるほど…………これは、少し”お話”が必要ですかねぇ」

 

 笑みを深くしてたマサトは、そのまま盗賊を地面に押し付け――


「ねぇ、君はさっき私を“D級”だって言ったけれど……そんな肩書き、正直どうでもいいんです。もっと上の仕事に興味があるんです。私にとって――仕事こそが私で、私こそが仕事なんです。ああ、仕事は最高だ……!」


 そこでマサトは一息入れると、さらにまくしたてる。


「でも、仕事にはエナドリ――もといポーションが必要なんです。あなたがた盗賊のせいで、経費が余計にかかるんです。だから早く隠れ家の場所を吐いてください。吐かないなら余計に時間を食って、私の残業の快感が加速するだけ――いいのですか? 私このまま残業モードに入りますよ? でも、君も付き合ってもらいます。仕事を“処理”するまで帰れません。定時なんて幻想です。ようこそ、無限残業エンドレス・オーバーワークの世界へ!」


 ものスッゴイ狂気が乗った異世界社畜の意見表明――

 それはまるで「吐かないと殺す」というような響きが乗っているようだ。

 いや、間違いなく乗っている。


「さぁ選びなさい。私の“仕事”が早く終わるために吐いてしまうか。それとも延々と残業に付き合うかっ! 私はどちらでもかまいませんよぉ――――キャハハハハハハハハハハハハハハッ!」


「ひぃぃぃっぃ!?」


 狂気の高笑い――いや、もはや狂気の具現化したかのようだ。

 それが精神を侵食し――

 盗賊は震える手で地図を指し「ここです……」と涙目で答えるほかなかった。


「ご教示ありがとうございます。これで“仕事”がはかどります!」


 そしてマサトは脱兎のごとく飛び出して、盗賊団のアジトに向かった。


 見張り台や矢狭間が設置された盗賊団のアジトには罠だってたくさんあるだろう。

 普通なら騎士団とか、冒険者を集めたうえで、慎重に攻略するのが常識だ。

 でも、いつもどおり、マサトはそんな常識はない。


 彼は、既にアジトの中にいる。

 そしてこう叫ぶ。


「あっ、ここはどこだ⁈ と、盗賊団のアジトだって――ああっ! なんてこった、捕まってしまったァ――――!」


 アジトの中心で社畜が「どうぉしようぉぉぉっ⁈」と叫ぶ。

 偽札工場を偶然見つけてしまった埼玉県警の警部のようだ。


 当然、盗賊たちに見つかるのだが――


「やめてくれ、殺さないでぇぇぇぇぇっ!」


 などと言ってから「正当防衛! 正当防衛! 正当防衛!」などと大立ち回り。


 盗賊団の頭目が「きさま、何者だァ⁈」と叫んべば――


「私はどこにでもいるただの社畜です。うわ、なにをする! やめろ死にたくないっ! 死にたくな―――――い!」


 そんな社畜はあまりいないと思うが、ともかく頭目はドゴァッ! と正当防衛される。全力で、完膚なきまでに。

 

 そして――


「仕事完了しました!」


「ひぃ、なんですか、その血まみれの姿はっ!?」


 ベットリ血まみれのマサトは、全身真っ赤っかっかだった。

 白い髭を生やせば、恐怖の殺人サンタに見えなくもない。


「それより、この辺りの山中に盗賊団のアジトがありました」


 マサトは地図を指さし報告した。


「全員”や”っちゃったから、もう危険はないと思います!」


「え、ほっ本当に、”や”っちゃったんですか……!?」


「はい、全員“や”っちゃいましたァ! 30名くらいかな? あはははは!」


「嘘ッ――!?」


 マリーベルは青ざめ絶句――――

 その怯えた目は、空気を吸うようなノリで人をコロコロできる殺人狂を見ているかのようだった。


「盗賊って他にもいるのかなぁ? よーし、残りも“や”っちゃおう、ぜ!」


 マサトは「キャハハハハハハッ!」と危ない笑い声を上げながら、こう続ける。


「マリーベルさん。この依頼書も、”や”ってイイデスカァ?!」


 ギラつく目をした社畜が、盗賊関連の依頼書をベシンッと叩きつけた。


「剣は私が構えましょう。狙いも私が定めます。なんなら複数同時受注もいけますよ? でも、受理するのは貴方の仕事だ――さぁ、ハリィハリィハリィ!」


「ひぃ……」


 どこぞの大旦那みたいに、殺しの免許証を求めるマサト。

 これにはプロ根性を持った受付嬢マリーベルだってドンドンビキビキ――


「こ、こないで、近づかないでぇぇぇぇぇぇっ!」


「なにを……怖気づいているのです…………?」


「や、やめ…て……」


「なんです……その眼は……」


 マリーベルの目はグルグルグルっと回っている。

 ボッロボロで血まみれの殺人狂がグイっと顔を近づけてきたら、そらそうなるのも仕方がない。ぶっちゃけ、逃げ出さないだけ偉い。


 そして彼女は――


「そんなに返り血を浴びても、まだ殺したりないなんて! いくら盗賊だって、ポーション代の為に、皆殺しにする必要があるんですかぁぁぁ! もう、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 などと、大絶叫の大号泣。

 そら、エナドリの為に人殺しをする何て、この世界でも許されない。


「はぁ? 返り……血? 皆殺し?」


 それを聞いたマサトは血まみれの自分の姿を眺め――

 ピコーン! あっ、理解した! とばかりの表情で、スッと肩をすくめる。


「あのォ、これって全部自分の血ですよ? いやだなぁ一人も殺していませんよ! 全員、裸に後ろ手に縛って、放置しただけです!」


 マサトは夥しい血は返り血ではなく自分の血だと説明した。

 30名からの盗賊団と交戦したのだからといえば、たしかに説得力はある。

 そして、それは事実だ。


「ええっ…………本当ですか?」


「本当です! 社畜は人は殺しませんッ!」


 マサトは人殺しなど言語道断とばかりに力説――


「〇して良いのは、〇す覚悟がある人だけです。そんな覚悟はありませんッ!」


 マサトは意外にモラリストだ。

 異世界に転移したから悪人は〇してもOK! むしろ俺TUEEEでモテモテじゃん! などという病的なメンタリティもない。

 

「信じてほしい! 労基法以外の法律を遵守するのが立派な社畜なのだ、とッ!」


 36協定破りとか、それはそれで大分問題だが、人をコロコロするよりは大分マシ。


「で、ではなんで、“や”っちゃうなんて……言ってったんですか」


「ああ、単に依頼の範囲を越えた働きをしても良いいのかなって? 別に報酬は要りませんが、」


 なるほど、そういうことだ。


「ああ、そうか……そんな風に見られていたのかぁ……ちょっと心外だなぁ」


「あ、いえ、すみません……だってそんなに血まみれだし……私てっきり……」


 ドエライ勘違いをしていたことを理解したマリーベルは、素直に頭を下げた。

 ……だが、彼女が悪いわけではない。

 赤いちゃんちゃんこを来た殺人鬼みたいに「もっと殺す……」などと勘違いさせる社畜の方が、どう考えても悪い。


「では、受理してください。この依頼」


「はい…………」


 そして街道の安全が根本から覆る。

 盗賊どもが一網打尽、御縄となれば――

 自由で開かれた通商路が、文字どおり爆誕する。


 社畜は、ポーション代が下がってご満悦。

 受付嬢は、ひきつった笑いを堪えるのに大変苦労したそうな。


 一件落着、とっぴんぱらり。

 明日も仕事が山のよう。

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