社畜、張り出す。
「よし、これを毎日読んで、自分を見つめなおして、さらに働こう!」
マサトはどこからともなく一枚の紙を取り出し、ギルド掲示板にベシィン!と貼り付けた。
「ちょっと! 勝手に掲示物を貼らないでくださいっ!」
受付から光の速さで飛び出してきたマリーベルが、怒声を上げた。
「ここは依頼票やギルド通達を貼るところなんですから!」
「でも、D級の依頼も少なくなってるから、場所が空いてるじゃないですか」
「あなたがアホみたいにクリアするからです!」
「だったらいいじゃないですか」
「よくありませんっ!」
マリーベルの剣幕に、マサトは肩をすくめ、仕方なく張り紙をペリっとはがした。
そして、冒険者たちの憩いのテーブルに置き――
「ここならいいでしょ?」
と笑った。
「まぁ、そこは……冒険者の皆さまのものですから……いいですけど」
そういうことをすると他の冒険者の迷惑になるかもとマリーベルは思ったが、特に誰も異議を唱える空気はない。すでに周囲の冒険者は社畜の言動について『触らぬ神に祟りなし』状態だった。
「それで、それは一体なんなのですか?」
「ふふふ、これは仕事に生きる者のバイブル。その名も『社畜道』です!」
「しゃ、社畜道……?」
「はい! こんな感じです――社畜道十箇条――――――ッ!」
一ッ! 台風・大雪・地震でも出社しろ。電車が止まったら歩け!
二ッ! インフルやコロナに罹るな。なったら気合で治せ!
三ッ! 食事は仕事しながらコンビニ飯。立ち食いソバはギリセーフ!
四ッ! 上司の罵声、顧客の暴言、すべて仕事の栄養素!
五ッ! 睡眠三時間、立ち寝上等!
実に頭のおかしい内容だ。
「やめてくださいマサトさん! 他の冒険者がドン引きしてます!」
「ご安心ください、まだ折り返し地点です」
六ッ! 休日など、都市伝説!
七ッ! ボーナスゼロは、わが身の名誉!
八ッ! 限界は超えるもの。徹夜は勝利、休憩は敗北!
九ッ! 働くことがすべてに優先! やりがい重視より、やりすぎ重視!
十ッ! ノルマは愛! 業績は魂!
「お、おかしい……全てがおかしいわ……ッ!」
「あれれ、ご理解いただけない? ……そんなに難しいことではないのですが。では、もう少しご説明いたしましょう」
そしてマサトは――
「雨にもまけず、風にもまけず、台風だろうが大雪だろうが地震があっても出社し。
春の花粉、夏の酷暑、秋の気候変動、冬の降雪にもまけぬカラダをもち。
金銭欲はなく、パワハラ・モラハラ・モンスタークレーマーにも動じず、いつも激務を笑ってこなす。
一日に立ち食いそばとコンビニ弁当とエナドリを平らげ、上司の理不尽な叱咤に応え、部下の突き上げに耐え。休日もなく睡眠三時間で起床し始発に乗って。
東にお怒りのお客様がいれば行って『ここで腹を切ります』と頭を下げ、西に疲れた同僚がいれば『限界は突破するためのものだよ』と激励し、南に辞めそうな部下がいれば『諦めたらそこで人生終了だ』と見つめ、北に部門間の喧嘩があれば『営業の言うことが正しいんだ!』と諭し。
一人孤独を楽しみ、賞与がゼロでも――当然だろうと笑っておれる」
つらつらとまくしたて、最後をこう締めくくる。
「そんな『社畜』に私はなりたい! という思いを詰めたマイ社訓です」
まるで東北地方の朴訥な詩人が刻んだポエットのもじり。
労働基準監督官がいたら、マッハでグーパンを叩き込んで来るだろう。
まぁ、この世界にはケンヂも労基も存在しないが。
「もっとわかりづらいですっ! ああ……聞かなきゃよかった……」
だが、内容が狂っているというのは十二分に伝わってはいるようだ。
「そして! なんとこの大原則は誰でも実践できるものなんです。これを実践すれば誰でも社畜になれるんですよ! あ、マリーベルさんもご一緒しませんか?」
マサトは嬉し気に「さぁ、あなたも立派な社畜になろう!」と高らかに叫んだ。
「なりませんっ! そんなもの実践なんかできません! 貴方だけで、勝手にやってなさいッ!」
「それは残念です……しかし、この世界に来てからは、睡眠時間は3時間もいらなくなりました。他にも色々手直ししないといけないところがあります」
「もう好きにして下さいな……」
働けば自由になれるばかりに、命を等価交換する社畜十箇条――
大幅アップデートは不可避だった。