転がる運命のタイヤ
タイヤ館行った時に思いつきました。
「おーい、太一!そっちのトラクタータイヤ、頼むぞ!」
父の大きな声がタイヤ屋の作業場に響く。山田太一は汗を拭きながら、「わかってるよ!」と返事をした。巨大なトラクター用タイヤは人ひとり分ほどの重さがある。だが、職人歴15年の彼にとっては慣れた仕事だ。
作業場の床に転がされた新品のタイヤは、つやつやとした黒いゴムが陽光を反射している。それをリフトで持ち上げ、ホイールに取り付ける作業を進めていく太一。しかし、次の瞬間、リフトが突然軋んだ音を立てた。
「えっ――」
バランスを崩したタイヤが、まるで意思を持ったかのように太一に向かって転がり落ちてきた。反射的に逃げようとするが間に合わず、彼の視界は一瞬で真っ暗になった。
異世界への目覚め
暖かな日差しと草の香りが鼻をくすぐる。
「……生きてる?」
太一はゆっくりと目を開けた。そこには青い空と広大な草原が広がっていた。見たこともない動物たちが草を食み、遠くには中世風の城壁が見える。
「ここ、どこだ……?」
辺りを見回すが、タイヤ屋どころか見慣れた建物すらない。体を確認すると、作業着姿のままだが、怪我一つない。死んだはずでは――と考えたとき、頭の中に奇妙な声が響いた。
《スキル “タイヤ生成” を取得しました》
「スキル? なんだそれ?」
不思議な感覚が彼の中に芽生える。言葉にしがたいが、「何かを生み出せる」という直感だけははっきりしていた。試しに手をかざしてみる。
「タイヤ……作ってみろってことか?」
念じた瞬間、地面に転がっていた石がみるみる変形し、黒いゴムの塊に姿を変えた。あっという間に出来上がったのは――タイヤだった。
「すげえ……これ、本当に作れんのかよ!」
目の前の異常事態に驚きながらも、職人の血が騒ぐ。太一はタイヤを持ち上げ、細部を確認する。「これ、ちゃんとゴムでできてるな。トレッドパターンも完璧だ……」
だが、喜んでいる場合ではない。ここがどこなのか、どうやって生き延びるのかを考えなければならない。遠くに見えた城壁のある街に向かうことを決めた太一は、タイヤを持ち歩きながら、未知の世界へと足を踏み出した。
数時間歩き続け、ようやく街の入り口にたどり着いた。門番が槍を構えながら問いかけてきた。
「見ない顔だな。旅人か?」
「まあ、そんなところだ。入れてくれるか?」
言葉が通じることに驚きながらも、太一は冷静に答えた。しかし、彼の格好を見た門番は眉をひそめる。
「その奇妙な装備はなんだ?」
太一が作業着を見下ろすと、門番の視線は手に持ったタイヤに向いていた。奇妙な物体を不審がる門番に、彼は思わず笑った。
「これか? ただのタイヤだよ。まあ、説明するのは難しいけどな」
門番は困惑しつつも、「変な奴だが害はなさそうだ」と門を開けてくれた。街に入った太一は、中世ヨーロッパ風の風景に圧倒される。石畳の道、木造の家々、露店の賑わい――異世界だという現実が徐々に迫ってきた。
そのとき、突然背後から声がした。
「ねえ、あなた! その……丸いの、何に使うの?」
太一の運命の歯車、ならぬタイヤが動き始めた。