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シュテン童神  作者: 追川矢拓
第五章
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ガオレス皇子


 大盛り上がりなプリンセスライブを終えたミュルンとシュテンは、またも適当な変装で観客席に戻って来ていた。


「いや~、大勢の前で歌うのって、ちょっと気持ち良かったよ!戦闘よりも緊張したけどね」

「ミュル姉、とってもカッコ良かったっス!」


 耳と尻尾を消してフードを被っただけのミュルンが、清々しそうに笑っていた。


「ふん、俺としては今の状況が不本意だけどな!」


 御機嫌なミュルンの膝に抱えられ、ニンジンをぽりぽり食べさせられているシュテンが不満そうに呟く。


 シュテンはほっかむりを被ってはいるがその体型だけは誤魔化しようがなく、ミュルンも笑顔と太腿が眩しい美少女だ。なので周りにも正体はバレバレなのだが、周囲に転がる一部空気の読めない馬鹿共の屍(気絶)が良い警告になっていた。


 準決勝が終わったというのに何故にまたシュテンが捕獲されているかというと、ひとえに次の決勝で当たるであろう白ドレスの女の攻略法が思いつかないからである。弱点や弱味を見つけられないなら最高戦力のミュルンをぶつけるしかなく、こうして御機嫌取りをしているのである。

 まあそれも、これから行われる準決勝第二試合で白ドレスの女の攻略法さえ見つかれば、苦いニンジンを吐き出すことも出来るのだが…。


「さあ、それではミュルネシア様のライブで興奮した皆様も落ち着いたところで、準決勝第二試合を始めたいと思います!」


 先の試合と比べれば観客の盛り上がりはイマイチだったが、そんな事を気にしないほど白ドレスの女はテンションが高かった。

 またもスカートの裾から四本のマジックハンドを伸ばし、虚空から大剣を取り出していた。


「それでは私の勇気一刀流奥義をお披露目しましょう。せいぜい、良い練習台になってくださいませ…ですの!」


「ん!?今、アイツ何て言った?」

「え…歓声がうるさくてよく聞こえなかったけど、ナントカ一刀流とか?」


 なんとなく重要なピースを見つけた気がしたシュテンが身を乗り出した時…

 目の前に長身の青年が立ちはだかった。


「おいっ、邪魔だぞ!目の前に立つなよっ!」

「あっ、ガオレスじゃん。やっほー、久しぶりぃ!」

「「「えええっ!?」」」


 十年ぶりにしてはあまりに軽過ぎる挨拶に、紅髪の青年はしばし眉間を押さえて呻いた。


「姉上っ!それが十年ぶりに会った可愛い弟に言う台詞ですか!?」

「え~…だって今のガオレスは全然可愛くないし…」

「うぐっ…可愛くなくても、結構カッコ良くなっているはずですっ!?」

「う~ん、趣味じゃないなぁ」

「…っ!?」


 がっくーんと膝を落として嘆きのポーズをとるガオレス。

 

 ミュルンと同じ顔立ちの偉丈夫であり、紅髪の上から白いケモ耳と腰にも白いふさふさ尻尾が生えていた。

 御年二十五歳というにはまだ十代にも見えるこの長身の美青年こそ、このヴォルセニア獣皇国の宰相でありこの国最強と名高いガオレス皇子である。その真面目で堅物な性格をよく揶揄されるが、全ての国民に慕われる優しい皇子でもある。

 まあ、カルト的とも云える姉の人気には敵わないが…。


 崩れ落ちるガオレスに同情した仲間達は、あまりに冷たい姉にドン引きである。

 しかし、それも事情を知れば納得である。シスコンを拗らせて何度も求婚を迫ってくる弟がいれば、少々冷たい態度になっても仕方ないだろう。


「……姉上、私の事はこの際おいておきましょう。まずは…その膝の上に乗っている小僧との関係を教えて下さい!」

「え~、貴賓席から見てたんじゃないの?しっかりアタシのライブ見てたよね」

「あ、はい!とても可憐で素晴らしい歌とダンスでしたっ!まるで女神の降臨そのものでした!」

「あれは全部ボスのレッスンの御蔭だよ」

「はぁッ!?まさか…いや、歌唱力は一流でしたが…」


 貴賓席から観戦していた時の感想は、「なんか自分達とは違う法則で生きている幼児」である。そうでなければ獣人ばかりの武闘会で勝ち進めるはずがない。

 それに…


「あぐぐ……ぽりぽり…」


 ニンジンを口にツッコまれながら太々しい顔で睨み上げてくるその姿は、確としたトラウマと既視感を感じさせた。


「ラ…ラスティ!?」

「くっくっく…そうそう、あの子に似てるよね~!」


 口にニンジンを押し込みながら丸いお腹を撫でるその仕草は、ミュルンのかつての愛ペット…首狩り兎(ヴォーパル・バニー)のラスティを愛でていた時とそっくりな光景だった。


 十年前のミュルンの家出は、老衰で死にかけたペット(ラスティ)をルシュルゥに診てもらうために霊峰を訪れたのがきっかけだった。ルシュルゥの御蔭で数か月は生き永らえたものの、ラスティが息を引き取ってからミュルンは霊峰に引き篭もってしまったのだ。


「アイツは姉上を独り占めしたどころか、さんざん俺を蹴りまくってくれた怨敵だっ!」

「ふふっ、そうだねぇ。喧嘩で部屋を滅茶苦茶にされた時なんか、二人を仲良く逆さ吊りにしてたっけ…」

「ミュー、お前…」


 いつも愉しそうに俺を吊るし上げるのはそういう事だったのか…と口内同様に苦い気持ちになるシュテン。


 同時に、目の前のシスコン野郎があの宰相であり、自分の壁画を塗り潰そうとしている悪の親玉であることに気付いた。


「やいやいやい、お前が俺の傑作を塗り潰そうとしている悪党だな!」

「えっ、悪党!?私が…?」


 古今東西、善政を敷いているという評価の宰相なので…当然、幼児に私的な恨みをもたれる覚えがあるはずもない。そもそも違法に落書きをしたシュテンが悪いのだが、端から幼児に遵法精神を期待しても意味がない。


 ミュルンは上司の敵意を感じたのか、シュテンを肩車して立ち上がり目線を無理矢理合わせてやる。

 根拠のない無謀な幼児の気勢に、かつてこんな小動物に死ぬほど蹴られまくったトラウマを思い出し、無意識に怯んだガオレスは一歩後退った。


「つまり、てめえは俺の敵ってわけだ。なあ…ミュー、今コイツを皆で凹れば俺の作品は守れるんじゃね?」

「アハッ♡そういうのも有りかも…」

「ひいっ!?」


 一国の皇子であり、宰相をボコるとか信じられない!

 だが、愉快犯的な性格の姉なら平気でヤる。それに仲間達(常識の向こう側にいる幼児・喋るゴーレム・超絶美しい少年エルフ)も姉と同類の匂いがする。

 愛する姉ではあるが、今は鳩尾がガラ空きなのが恐ろしい。この十年で筋肉もかなり厚くなったが、未だに姉のパンチに耐えられる自信がない。


「こ…今回は退かせてもらうけど、次こそは姉上には城へ戻ってもらいますからねっ!そして、ゆくゆくは私のお嫁さんに…」

「我が弟ながら…キモッ!」

「これは確かにキモいな」

「聞きしに勝るキモさですね」

「独りよがりでキモいっス」


 四人揃ってキモいを連発され、ガオレスはたちまち涙目になった。


「あ…姉上の意地悪ううぅーっ!でも、絶対に諦めないからなあああぁーっ!!」


 ガオレスは男泣きに捨て台詞を吐いて、走り去ってしまった。


 それをポカンと見送るシュテン・ルシュルゥ・ガーグ。

 眉間を押さえて「情けない…」と嘆くミュルン。


 しかし、そんな宰相の姿を見ても、周囲の国民の視線は生温かだった。

 子供の頃から姉に求婚するガオレスの”禁断の恋”は、国民の誰もが知るゴシップだ。若い男性と一部の女性以外…主に老齢の国民には応援されているのだ。


 なんとも締まらない退場劇に、一行が二の句を告げられなくなっている時だった。


「勇気一刀流 ブレイブ斬ーっ!!」


 大舞台で白ドレスの女が必殺技を叫んで、相手の大盾を真っ二つにしていた。


 沸き上がる歓声の中、怪しい反応をしたのはこの二人だ。


「………ガーくん…今の台詞、聞いたよな?」

「………聞いたッス。裏切りの香りがぷんぷんするッス…」


 二人で顔を見合わせ、次の瞬間大声で笑い始めた。


 そして、シュテンはルシュルゥの膝にぴょん!と飛び乗ると、大好きなお兄ちゃんに宣言した。


「ルゥ兄ぃ!次の決勝戦、勝ち筋が見えたよ!俺、絶対優勝するからねっ!」


 隣のお膝に出張していたのが余程不本意だったのか、兄の胸に抱き着いてすりすり頬擦りする弟。


 ルシュルゥは勝ち筋とやらの正体に気付いていた故に、一応の釘を刺しておく事にした。


「うん…でも、あんまり酷い事はしないでね」

「ん?…大丈夫、俺はいつも良い子だから!」

「………」


 釘が刺さってないとすぐ気付いたが、お兄ちゃんは弟の善性に期待してそれ以上は何も言わなかった。


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