猫人の宿屋
皇都の城門は人通りが多いせいか、衛兵のチェックもなく素通り出来た。
城門を潜ると、真っ白な三階建ての石の建物が並ぶ大通りが目の前にあった。
どこまでも見渡せる大通りの先には、皇城らしき白亜の城が聳え立っていた。
「ふわあ…凄い!建物がでかくて真っ白ッ!いろんな獣人がたくさん!ルタンバの王都より大きいっ!ここが皇都かぁ!」
「ぴっきゅ~!」
シュテンとその頭に乗ったスライムが感動の声をあげた。
そんな主従を見つめる矮躯の鎧が、ハンカチを噛み締めるポーズで不満を表している。
「この皇都の近くには大理石の採石場があってな。力自慢の獣人の主な仕事になってんだ。火事の心配もねえし、子々孫々に遺せて街の特色にもなってんだぞ。我ながら良い采配したと思うぜ」
かなり自慢気な獣皇様がちょっとウザイが、確かに自慢したくなるのも頷ける。
「うんうん…ガオルンが造ったとは思えないほど立派だよね」
シュテンと仲良く手を繋いだルシュルゥが、ちょっと塩味が利いた感想で応える。
大人は調子に乗らせると、結構面倒臭いから。
「おいおい、ルシュルゥそりゃないだろ!俺だって、三百年前はシャンとしてたんだぜ」
「ほほほ…そうよねぇ。一時期は私が近寄るのも許してくれないくらいだったものね?」
「それはお前がすぐに癇癪起こして、あちこち破壊しまくってたからだろ!」
ファラネールの厭味に、反論がてら声を荒げるガオルン。
「父ちゃん、声が大きいッ!誰かにアタシ達の正体がバレたらどうすんのよ!」
「おっと、そうだった!スマン…」
そう言うと、この国では超VIPな紅髪親子は、フードを深く被り直して猫背でキョロキョロ周囲を伺った。
現在…家出中の二人はこの国で最高ランクのお尋ね者なのだ。見つかれば国民総出で飛び掛かって、皇城に連れ戻されるに違いない。
こういうのを見ると悪戯好きなシュテンが大きな声で二人の名前を呼んでしまいそうだが、皇都の大きさや絶景に素直に感動しているので今のところは安全だった。それにコゴローは除くとして、これでもファラ姐やおっちゃんという頼もしい大人がいることに少なからず安心感を覚えているのである。
調子に乗るので言葉にはしないが…。
皇都の住民は様々な種類の獣人だけでなく、ほぼ獣の姿だったりまるっきり普通の人間もいたりする。種族の多い獣人事情もあるだろうが、皇都を造ったガオルンのおおらかな気質がよく表れている街だった。
「さあさあ、俺の行きつけの宿屋はこっちだぜ。アイツ等は義理堅くてチクったりしねえから安心していいぜ」
「俺達はチクられて困るような事はしてねえもん」
「ふふっ…だよねー♡」
その言葉にキョドったのは、コソ泥ムーブのミュルン(皇女)だ。
「ア…アタシには役職無いから、別に悪い事してるわけじゃないもん。父ちゃんと違って!」
「ほんとねぇ。獣皇様が仕事を放棄しちゃ駄目よね~」
天下のフェンリル様にこんな塩対応が出来るのも、娘とファラネールとこの兄弟くらい(ほぼ全員)なものである。プリンセスは役職では?と誰もツッコんでくれないが…。
優しいガーグが腰をポンポンと叩いてくれる。
「……ぐすん。コゴロぉ~…」
「ぶにゃ~」
中年男性の悲哀に浸るガオルンは、いつものように抱えた”推し猫”に癒しを求めるのであった。
◇
「ここが俺の贔屓にしてる宿屋”ニャン虎亭”だ!」
「おお~…」
それは大通りから一つ二つと曲がった通りにある隠れた名店らしい。
表通りと変わらぬ大きな店構えに、漂ってくる料理の良い匂い。お客の入りも良いのか中々の喧噪だ。名前の所為か、出入りする猫獣人の割合が多い気がする。
しかし、シュテンの主な興味はそこではなく、円らな瞳は大きな白い壁に向けられていた。
それに不吉な予感を感じて、叱れないお兄ちゃんが頑張って注意する。
「シュテン、落書きしちゃ駄目だからね。めっ!」
ここに来るまでも白い壁を見てウズウズしていたので、どんな欲望を抱いているのかは丸分かりであった。
「うっ…ら、落書きなんてしないよっ!俺はお利口な幼児だもん!」
「くっくっく、クソ餓鬼くん!お前の絵が上手いことは知ってるが、ここの景観は国民の民度と調和によって成り立ってんだ。子供の落書きが許される余地なんて…」
「うっせー!しないって言ってんだろ!それにおっちゃんだって、国民を裏切って家出の真っ最中じゃん。他人様に説教できるとでも…」
「わわっ、馬鹿ッ!」
「んむぅ~ッ!?」
慌ててシュテンの口を塞いだガオルンが、ガーグの陰に隠れるようにしゃがみ込む。
「俺が悪かった!確かに説教する資格はなかったですぅ。だから、大人しくしててね?ね?」
「……うぇ…」
ダメ親父の変わり身の早さに、さすがの五歳児もドン引きである。
愛娘も頭痛を堪えるように額を押さえていた。
そのままガオルンはシュテンを抱えたまま宿屋に飛び込んだ。
「いらっしゃいませ~!」
穏和そうな声をかけたのは、エプロンを着た子供サイズの二足歩行の藍色猫…に見える猫人の女将だった。
女将はガオルンの顔を見た途端、顔色を変えて棒読み口調になった。
「あ…あらあ、ガルさんじゃないの。いつもの部屋なら空いてるわよ。あなた~、ガルさんがいらしたわよ~!」
「ッ!?」
奥の厨房でがらがっしゃん!と騒々しい音がした直後、サバトラ毛のケットシーが飛んで来た。
「これはガオ…ガルさん、ようこそおいで下さいました!ささ、部屋は空いておりますので、どうぞ三階へ…」
「おう、また世話になるな。ちょっと人数が多いんだが…」
「すぐに御用意致します!」
調理中だったようだが、こちらにかまけてしまっていいのだろうか?
「ふおおお、猫のおっさんかぁ!なんとなく長靴を穿かせてみたい!」
「えっ、なんで長靴?」
人間のように表情豊かな猫の亭主に、猫嫌いかと思われたシュテンも興味津々だ。どうやら、コゴローという個体が天敵であるだけで、猫種自体を毛嫌いしているわけではないようだった。
「なるほど、その原種猫のお嫁さん探しにいらしたという事ですか?」
夕食後…話を聴いた亭主猫は、なんとも言えぬ顔をしていた。
ここは三階の二つしかない富裕層向けのVIPルーム。たまたま空いていたということでもう一つは霊峰歌撃団の貸し切りである。
ガオルンのお勧めらしく、夕食もとても美味しくシュテンも御機嫌た。
それもついさっきまでだが。
「おう、そういうこった。ついてはケットシーの年頃の娘を集めてお見合いをしたいんだが…」
「……分かりました!命に代えても明日までには年頃の娘を集めてみせますっ!」
「おいおいニャルカス、気負い過ぎだっつの。ただのお見合いなんだから、もっと気楽にしてくれや」
「いえ、大恩ある獣皇様に我等ケットシーがお役に立てることなど、滅多にありませんから!」
「……なんか人身御供でもやりそうな勢いだな…。絶対、俺の名前は伏せておけよ」
「えっ!?そんなぁ…」
やはり、生贄を差し出すつもりだったらしい。
約三百年前、ケットシー(猫人)とコボルド(犬人)は穏和だが弱い魔物と見做され、人間達(冒険者)に毛皮を目的に狩られる存在だった。ところがヴォルセニア獣皇国建国後、全ての知性ある種族は人権を与えられ、憎き冒険者組合も世界中で廃止されてハンターギルド・傭兵ギルドに造り変えられた。
これら全てが獣皇の偉業である。まさしく、彼等にとってガオルンは神なのだ。
ケットシーだけでなく、元々獣神フェンリルを祀っていたコボルドも喜んで命を投げ出すだろう。
まあ…そんな英雄皇も、現在は覇気を亡くした只の中年親父なのだが…。
そして、そんなやり取りを傍から見ているシュテンだが…大好きな兄の膝にすっぽり納まりながらも、やはり面白くない顔をしていた。
「ふん…コゴローなんぞにお嫁さんなんて勿体ないぜ」
「まあまあ…コゴローも霊峰の大切なお友達なんだから」
「俺は生涯の天敵だけどね!」
そんな不貞腐れた頬をつんつん突くのは、少し寂しそうな顔をしたファラネールだった。
「あらあら、御機嫌斜めね~♡ 私もお別れしたくなくて、結構悩んだのよ。でも、オス猫がずっと独り身ってのも不憫でねぇ。独身の寂しさはよく判ってるから…」
しんみりした独白だったが、シュテンはそのワードを聞き逃さなかった。
「別れる?…って、コゴローが霊峰から出て行くの?」
「たぶんね。お嫁さんにあんな辺鄙な所に来てもらうわけにもいかないし、コゴローが婿入りするしかないでしょうねぇ」
「…っ!?」
その瞬間、シュテンの脳裏には祝福の鐘が鳴り響いた。
生まれてからずっと目の上のたん瘤だった天敵を、合法的?に追放する方法があったとは!
まさに目から鱗が落ちたような気分だった。
「わはははっ!ファラ姐、おっちゃん…今回だけは俺も手伝ってやるぞ!勝てぬなら、追い出してしまえ、ホトトギス。ここはコゴローの為に一肌脱いでやるぜい!」
「あらあら、うちの仔豚ちゃんはほんと判り易い性格してるわね~」
「ううっ…全て僕の教育の不徳です…」
「ふふん!ルシュくん、判ってないね。そこがボスの良い所じゃないの♡」
「ミュル姉は揶揄い甲斐だけで言ってるッスよね?」
無邪気なやらかしをフォローする立場のガーグとしては、単眼(モノアイ)でジト目になるのも仕方がない。
普通にコゴローとも友達な彼の見解は、「お願いだから関わらないであげて」だった。




