異世界からの侵略
暗い昏い闇の奥。
肌寒く深い迷宮の底。
数多の英雄と怪物の怨恨の吹溜りといえる最下層。
深淵の闇の中…ぽつりと輝く白い球体が宙に浮いていた。
それは一般的に”ダンジョンコア”と呼ばれており、特定の知識者からは”次元の特異点”とも名付けられている。その名の通り、ダンジョンコアは迷宮の核というだけでなく他次元との接点ともなっており、過去多くの侵略者を排出してきた。無限の資源を与える財の象徴でありながら、ときに凶悪な禍を産み落とす存在…それが迷宮なのである。
静寂に満ちた闇の中、突如ダンジョンコアの下の空間が揺らいだ。
揺らぎは人影を生み、やがて輪郭が定まっていく。
ソレは一人の少女の姿と…いや、小さ過ぎるので幼女と呼ぶべきか。白いワンピースのドレスを着ているが、よく見ると豪華な刺繍が施された一級品であることが判る。
幼女に付き従うように銀色のキューブが続いて現れるが、それ以外は保護者らしき存在は現れなかった。
「はぁ~…これが異世界?なんて重苦しい空気なのかしら。まるで、今の私の気分そっくりですの」
『姫様、おいたわしや…。せめて、この爺が話し相手になりますれば…』
「気を利かす必要はないですの。星帝国の第五十八皇女ともなればこんな扱いも今更だもの。それにしても…この不快感の原因って、この異世界の魔力のせいですの?」
その言葉に幼女の頭ほどの大きさのキューブは、首を傾げるように体を傾ける。
『ふむ?この疑似体では何も感じませぬが、先程までのダンジョンとは違うのでしょうな。そもそも私達の世界には魔力など存在しませぬし…』
「うんうん…だからこそ、私がこの移次元世界に派遣されたんですの。次元を繋ぐダンジョンの把握とモンスターの調査、未知のエネルギーである魔力の解明…そして、新世界侵攻の布石として…」
『セレスティア様…あまり気負いめさるな』
幼い彼女が残酷なほど聡明なのも、生まれてより絶え間なく強制された睡眠学習の所為だった。夢を視ることも許されず、ひたすらニルヴァウム星帝国の歯車となるために育てられた。知識を植え付けられる度に耐え難い頭痛と、命を脅かすような高熱に苦しんできたのもよく覚えている。
元は引退間近の皇宮内務官(執事)である爺が、この幼い主の為に身体を捨ててサポートキューブへの機械化処置を受けたのも、ひたすらこの不幸な皇女への同情心からであった。
セレスティアはぽてぽてと短い脚でコアルームの出口まで歩き…そっと部屋の向こうを覗いてみた。
「うわぁ…あ、あのボスは…なんかすっごく見覚えがあるよぉ(震え声)」
銃武装満載のずんぐりボディに、獣の後肢のような太い二脚で歩くタンクタイプだった。
『陸戦汎用歩行戦車G5629…歴戦の名機ですな。ほっほ…さすがボスともなると、嫌なところを突いてきますな』
「脳天気に笑ってる場合じゃないですのぉ!主観的に非道な裏切りですの~!(泣き)」
見覚えがあるはずである。向こう世界のダンジョンを攻略して最下層まで先導してくれた頼もしい歩行戦車と、全く同機種のものだったのだから。
星帝国の数年に及ぶ偵察と研究の結果、ダンジョンには主な特性が二つある事が知られている。
異なる世界を繋ぐダンジョンは、繋ぐ先の世界の生態系を参考にしてモンスターを生成する。ただし、それは生物であるかは関係なく、強さや存在力が基準となるらしい。最下層へのダンジョン行でも、ニルヴァウム星系にいない凶暴なモンスターが常時襲い掛かって来た。
そして、ダンジョンのもう一つの特性だが…次元を渡った後は最下層から上層に上がって行かねなばならないが、強さ=存在力の大きさがそのまま”負荷の呪い”として撥ね返ってくるのだ。つまり、道行き後半の方が最下層到達より辛くなるという事。それらを踏まえて物量で階層を制圧しながら上層に上がって行くのが常道だが、無限に襲い掛かって来るダンジョンの全階層×往復分だと時間も資源も膨大なものになってしまうのだ。
ちなみに…ダンジョンを攻略し異世界への橋頭保を築く事を、侵略される側では一般的にスタンピードと呼んでいる。
そんな訳で白羽の矢が立ったのが、戦闘力も存在力も極小な幼皇女セレスティである。別位相に武器を保管するエンデオからは一切の戦闘力を排除して存在力を削り、セレスティにはその武器を扱うためのマニュピレータという最低限の装備のみ許されている。
要するに…五歳の幼女を敵中に放り込んで戦わせる、極めて非人道的な計画なのだ。
この作戦が失敗すれば、第二・第三のセレスティ…妹達が投入されるだろう。侵略の一番槍の栄誉は皇族の特権であるらしい。ちなみに女児である理由は、幼少期の精神的成長と強さがこの孤独な作戦にも順応し得る…とクソなAIが弾き出したからだ。
孤独な戦いに挑まねばならない小さな背中を、銀色のキューブが物憂げに見守っている。
やがて…その震える両手がスカートを摘み、そっと持ち上げる。
ぎゅるるるるっ!
スカートの中から四つの黒い腕…マニュピレーターが鎌首をもたげた。
太さは幼女の脚とほぼ同じ。その関節は無限機構なのか無数にあり、どんな方向にも曲がるようになっている。
「いつまでも怖がっていられないですの!妹達のためにも侵略のお仕事を成功させなくては…ね」
『…ですな。不詳の身ですが、私も命を懸けてサポートさせて頂きますぞ!』
ヴヴゥンン…
キューブが発光し、数十倍の体積になる球体に変化した。
実際はエンデオの周囲に位相空間への出入り口を出現させたのだ。
直後、発光体の中に四本の黒腕が飛び込み、すぐに何かを引き摺り出して戻っていく。
四本の機械腕には幼女とほぼ同じ大きさのゴツイ武器(バズーカ砲やミサイルランチャーっぽいモノ)が握られていた。
『あ、姫様。一つだけですが朗報がございました』
「……なんデスの?」
緊張でガンギマリな幼女が、殺気を吐き出しながらギロリと睨み上げてくる。
キューブは身体があった時のように、慇懃にかつ涼しい声で宣う。
『あれが我がニルヴァウム星帝国の武器を完全模倣しているならば…AIの方もポンコツという事です』
「あ………ぷっ…それは間違いなく安心材料ですの♡」
過去に何度もAIの大叛乱を経験した星帝国は、決してAI(人工知能)に人間以上の自由な思考力を持たせない。どんなに命令に忠実で精密な計算が出来ても、圧倒的に柔軟性に欠ける…と星帝国では定番の陰口となっている。
エンデオが肉体を捨てて現在の姿になる際、あらゆる物理干渉機能を徹底的に排除(一部は存在力の削減)された事も星帝国のAIアレルギーからくるものだった。
「爺の御蔭で気が楽になったですの。…ありがとう♡
さあ、まずは侵略の第一歩…ですの!」
程良く気負いも解け、笑みを浮かべたセレスティアが闘志を瞳に宿して戦場へと踏み出した。
未来まで闇の中にいる健気な幼女は…数日後、全てを覆すような運命の出遭いがあることを…まだ知らない。




