勇者テンマの真実
ハイエルフの少年は、愛しい弟を胸に抱えて穏やかな光に包まれていた。
顔面から鮮血を垂れ流すおバカな弟は、ビクンビクンと瀕死?っぽい状態である。
「もう~、シュテンはコゴローに関しては本当に学習しないよね!」
物心つく前からずっと続けてきたルーチンに、兄であるルシュルゥは呆れるばかりだ。しかし、そんな弟の傷を癒すときこそ自分が最も必要とされる時であり、自身の呪われた運命を多少なりとも肯定できる瞬間でもあった。
「あらあら、ふふふ…私の仔豚ちゃんは相変わらずねぇ~。でも、そんなところがまた可愛いのよね…」
「ボ・ク・の・シュテンですけどねっ!ファラネールはただの乳母なのでッ!」
「フフフ…ルシュくんママも大概よねぇ」
「なっ…ぼ、僕はシュテンの育ての親でお兄ちゃんですからねっ!ある意味…パパと呼べなくもなかったり…」
どう見ても父性より母性の方が強いお兄ちゃんである。シュテンが果てしなく自由奔放に育っているのは、この包容力と過保護を裏付けとした放任主義の影響であるのは間違いない。
そんな感じで保護者マウントの火花を散らす二人だが…対照的にあっさり親権を放棄した父親が憎々しげにかつての我が子を睨んでいた。
そして、とうとう我慢できずに怒声をあげる。
「ええい、貴様等は知らぬのだ!そ奴はユニークスキル”異世界記憶”をもつ転生者なのだぞっ!我等人類が憎むべき敵であり…」
「あ、それ間違ってますよ」
国王の発言を挙手してインターセプトしたのは、過保護で絶世エルフのお兄ちゃんだ。
その瞳には、国王に対しての明確な敵意が宿っていた。
「”異世界記憶”は勇者召喚時の異世界人の記憶をコピーしたもので、神々が”叡智の宝宮”を構築する時に再利用しただけです。その後の勇者とは何の繋がりもありません。それは学術的にも証明されているはずですが?」
「ぐっ…それとてこの時代の通説に過ぎぬ!現に歴史を見れば(自称)転生者の起こした事件は幾つもある!」
国王の強弁にルシュルゥはわざと呆れた表情で応えた。
「幼い時から他人の知識にアクセスし続けたら、誰だって洗脳されるに決まってますよ。だから、親がしっかりと愛情をもって教育し、子供の自意識を育んでいかねばならないんです。貴方はそれを最初から放棄してシュテンを捨てた。親である資格も無いし、国を導く王の器でもなかったという事です」
「なっ!?無礼者めッ!」
わなわなと怒りに震える国王だが、権力も武力も効かない相手には何も出来ない。
国王は怒りを無理矢理抑えこみ、朗々と言葉を紡ぐ。
「……貴様等は知らぬのだ。鑑定台で知ったそ奴の正体は、あの叛逆の勇者テンマ=サカザキであるぞ!全人類から神遺物を奪ったアヤツの生まれ変わりならば、もはや生まれた事が大罪なのだ。たとえ、それが可能性の段階であろうともなッ!」
やや演出の混じった国王の言葉に、疑惑と不信に駆られていた貴族達から同情の声が出始める。
「うむ…あの大罪人”テンマ”の係累ならばやむを得ぬ話だ」
「まあ、私とて同じ立場になれば…」
「未だ迷宮からの侵略に脅える人類に、もし神遺物があったならば…」
「うんうん、この大陸は我が国だけの統一国家になっていたであろう」
政治に長けた国王の口元が、微かに上がる。
武力で敵わぬ人外が複数もいては強硬策は打てぬ。ならば理をもって人類の正当性を主張すればいい。もし、この怪物どもに殺されたとしても、名誉と誇りは保てる。己の命よりも王としての体面…この誇りこそが彼の信じる王の資格であり、怪物どもには無い人類の覚悟なのだ。
国王への非難に傾いていた場の雰囲気が逆転した…その直後だった。
暢気そうに片手を挙げて、人外筆頭お姉さんが告げる。
「あ、勇者だったテンマちゃんなら現在もピンピンしてるわよ」
「「「「「………エッ!?!?」」」」」
国王や近衛騎士・貴族の面々が一瞬、突発性の難聴になった。
場の空気も読まず、ファラネールが続ける。
「テンマちゃんが人類からレガリアを奪った理由は知らないけど、今は”叡智の宝宮”の管理人をしてるわよ。何度か宝宮を狙う侵略者の撃退に駆り出されたもの。”守護者”にとっては人類のスキルなんて結構どーでもいいってのに、自らビンボーくじを引きたがるなんてほんと気が知れないわぁ」
「おー、そうだよなぁ。俺も獣人には関係ないって言ったら、世界のバランスがどうのって説教かましてくんだぜ。あの野郎、拒否ってたらレガリア使ってせこい嫌がらせばっかしてくんだぜ」
なんの裏表も無い言葉は、真実を知りたくない者たちの脳にもしっかり浸透していった。
大罪人だと思っていた人物が、実は人類守護の要だった?
もしかして、人類から神遺物を奪ったのも何か理由があったんじゃ…?
「ま、まさか…我等は何かとんでもない思い違いをしていたのか?」
「早まるな!獄炎竜と獣皇が嘘を言っている可能性もあるぞ」
「ふむ…あの脳天気な二人が、そんな小細工をしそうな御仁に見えるとでも?」
「しかし、勇者テンマが健在であるなら、第四王子の転生者疑惑も完全な冤罪ではないか!」
「未遂とはいえ、親が子を…これが民衆に知られれば…」
「どのみち国の象徴である王城を雨曝しにされたこの状況では、国民にも他国にも面子丸潰れだ」
貴族の中には国王の敵対派閥もいるため、今回の失態はどれだけ箝口令を敷いても国中に噂となって拡がるだろう。そうでなくとも、尖塔のほとんどを失った王城が丸見えなので隠蔽など不可能だった。
一方、真実を知った国王ジューダスは床に手をついて、絶望に打ち震えていた。
今まで信じていた正義が覆され、過去行ってきた悪事に正当性が無くなった。更に公衆の面前でプライドを踏み躙られ、貴族どもの嘲笑に晒される屈辱を味わっている。もはや、国民や貴族どもに王座を引き摺り下ろされることは確定であり、そうなる前に自ら隠居するしか選択が…。
ポタポタ…
知らず知らず…悔し涙が流れていたのか?床を水滴が濡らしていた。
四十を過ぎてまで男泣きするとは、自分にもそんな感情がまだ残っていた…のか?
「っ!?何だこの臭い…は?」
じょろじょろろ~~
液体は自分の眼からでなく、頭から零れ落ちていた。
それもどことなく嗅ぎ慣れた臭いに、悪い予感とともに顔を上げる。
そこには国王の…いや、人の尊厳さえ崩壊させる残酷な現実が降り注いでいた。
「ふい~ぃ…快感だじぇ~♡」
今、シュテンは五年の人生で最高の放尿に感動していた。
先程まで、顔面の痛みでビクンビクン昇天し掛けていた幼児とは思えない変わり身の早さである。
強烈な負け犬の臭いを感じ取って意識を覚醒させたシュテンは、小犬の本能のままにマウント行動に走っていた。それは主にコゴローに敗北した心の傷を癒す代用行為ではあったが、今回の騒動に対する決着である事もちゃんと理解していた。
もっとも実のところ…シュテンに自分を捨てた父に対する復讐心は全く無い。ルゥ兄に育てられた五年間はずっと幸せに満ちていたし(コゴローの存在は除く)、今は最高の遊び仲間にも恵まれている。寧ろ、捨ててくれてアリガトウ…というのが本音である。
あくまでも、ここに来た目的は慰謝料請求と悪縁を断ち切ること。
復讐する権利は我にあり…その態度を強く示すことが後の慰謝料請求に繋がるのである。
とはいえ…周囲に映る今の状況はドン引き一色である。
貴族や近衛騎士は目の前の現実が信じられなくて動けない。いくら余人の入り込めぬ復讐劇といえど、どう見ても一国の王が受けていい辱めではない。
常識の外にいる超越者二人さえ、身内のしでかした奇行にちょっと蒼くなっている。
一方、シュテンの奇行に慣れているパーティ仲間は…
首をふりふり肩を竦めつつ、無謀な主を守れる位置にそっと移動する勇者ガーグ。
額を押さえて呆れつつも、上司の大物っぷりに上機嫌に尻尾を振るツンデレ姫ミュルン。
両手で顔を覆ってゴメンナサイを繰り返すのは、盛大に躾を失敗してしまったルシュルゥお兄ちゃんである。
茫然とするかつての父親にこれ以上ない絶縁状をぶっ掛けた幼児は、きちんとオチンチンをチャックの奥にしまってから、胸とぽんぽこお腹を張って上から目線で言い放つ。
「わっはっは!捨てられた恨みは特にないけど、慰謝料と手切れ金は貰ってやろう。それで綺麗さっぱり水に流してやるんだぜい!」
いや、あんた…ここまでやっといてソレ言うの?今、とても水に流せない事してたよね?国の象徴(王城)も雨ざらしなんですけど?
恨みがないなら、この騒動はいったい何だったの?
その場の誰もが思った事だが、この傍若無人な五歳児にそれを言っても真面な答えが返ってくるはずもない。その場のノリで生きている幼児に理屈は通じないのだ。
ただ…これが転生者ってのは無いな、と誰もが確信したのだった。




