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シュテン童神  作者: 追川矢拓
第四章
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因縁の邂逅


「ヴォルセニア獣皇国・皇女ミュルネシア様、御入室~っ!」


 謁見の間への扉が開くと、数多くの視線が突き刺さった。


 豪華な赤い絨毯を進む一行を左右から出迎えるのは、一癖も二癖もありそうな貴族の面々。急の来訪なので主に官僚貴族ばかりだが、見るからに権威主義を語り出しそうな面構えの面々である。

 過去に照らせば潜在的な敵国皇女を迎えることになる。バカな貴族の中には姫を捕らえて人質に…と可能性の一つに挙げている者もいるだろう。

 ただ…とある老将軍だけが、一行の面々を見てあからさまに顔を引き攣らせていた。


 大人ぶったドレスを着たミュルン・絶世の少年従者ルシュルゥ・巨人モードのガーグが、奥に座すヘイアン国王ジューダスの前まで歩み寄る。

 一行の実力を知るギネーブ将軍は、冷や汗だらだらである。


 傍に控える近衛が反応した場所で一行は止まったが、誰も膝は付かなかった。

 官僚に何か言わせる前に、ミュルン…皇女ミュルネシアは完璧なカーテシーを披露していた。


「ヘイアンのおじさま、お久しぶりにございます。ヴォルセニア獣皇国のミュルネシアにございますわ」

「……うむ、お主はほとんど変わっておらぬな。フェンリルの血統がエルフ並みの寿命を持つというのは真のようだ。昔から武勇伝が絶えぬ姫ではあったが…」

「ほほほ…レディの過去は無暗に明かさないで下さいまし」


 敢えて親しげな雰囲気を醸す上流階級の会話に、皇女一行の無礼に憤りかけていた貴族連中が目に見えて落ち着き始める。

 その一行とやらは、ミュルンの言葉遣いの違和感に身震いしていたが…。


 国王としてもいちいち無礼を咎める気も無い。ミュルネシア姫は言わずもがな、従者のエルフ少年に至ってはその美しさはもはや人外の域である。エルフの王族と言われても不思議ではなく、若い王子や貴族達が見惚れてしまうのも無理はなかった。護衛らしき全身甲冑の巨人も、赤い独眼が非情に不気味だ。割と本気で、サイクロプスでも入っているのではないかと思う。

 威圧の意味も兼ねて近衛の数を多めに配置しているが、この一行を近付けたのは流石に不用心だと思わずにはいられなかった。


 半ば近衛に囲まれる状況でも笑みを崩さない姫の胆力に舌を巻きつつ、国王は目上としての主導権をちらつかせながら話を誘導していく。


「…して、そろそろ貴殿がここにやって来た理由を聞かせてもらえるか?まさか、ライナス(第二王子)が愛おしくて参ったというわけでもあるまい?」

「ほほほ…御冗談を。本人も与り知らぬ噂にはこちらも迷惑しているのです。私のような幼い身形の姫に懸想する変態(・・)などおられますまい」

「う…うむ、そう…であるか」


 さしもの国王も、これには渋い顔になる。

 ポンコツ王子にも強烈な皮肉が届いたのか、顔を引き攣らせていた。

 

 ジャブに続いてストレートを打つべく、物憂げを浮かべるミュルン。


「私がここへ赴いた理由は…先日、この王都で大量の暗殺者に襲われまして…」

「なッ!?それは真であるかっ!?!」


 他国の姫が襲われたとあっては、国としての外聞が悪過ぎる。


「とはいえ、どうやら真の狙いは私の上司だったようで…」

「む?上司…とな?」

「ええ…とても自分勝手で気分屋で、かなり太々しいお方なんですが…」

「ほう…」


 成人したばかりの王族が修行の一環として官僚に就職する事はあるが、ここ十年ほど行方知れずになっていたミュルネシア姫がどこで働いていたというのか?


「なんでも…その暗殺の依頼人がこの王宮にいるらしく、私がここを訪れたのも実は犯人を見つけるためなのです」

「なんと…それは申し訳ないことだが、本当にこの王宮にそんな者がいるというのか?いや、確かに宮廷は闇が深いゆえ、疑うに値する場所と言えなくもないが…。何か証拠はあるのか?」


 どこか困惑した表情で問いかける国王。

 まさか、”幻の第四王子”の暗殺と被ってしまうとは…。下手に騒がれて、王家の事情まで掘り起こされては堪らなかった。出来るなら、早々にお帰り願いたい。


「……いいえ。暗殺者の一人が王城までの尾行を成功させたようですが、厳重に顔を隠していたそうで…それ以上の情報はありません」

「そ、そうか…」


 『暗殺一つまともに出来んのか、愚か者がっ!』と心の中でその馬鹿貴族を罵倒する。…が、ある意味その程度で済んで良かったとも思う。依頼人まで辿り着く可能性は低そうだし、辿り着いたところで王家に飛び火する話でもあるまい。


「ただ…」

「ん?」

「ただ…私の上司が依頼人と出会えば、必ずなんらかの反応があると思いますわ。依頼人の殺意は相当なようですから」

「むぅ、しかし…」


 部外者を宮廷内で闊歩させるのは論外だ。

 国王がなんとか断る口実をひねり出している時…空気を読まぬ声が響き渡った。


「ちょっと待ったぁッ!!」


 兄弟を押しのけて進み出たライナス王子が、唾を飛ばしかねない距離まで姫に詰め寄る。


「ひぃ…!」

「ミュルネシア姫!その彼とはどういう関係なのですかっ!?まさか、親密な関係などとは…」

「………ふっ…」

 

 ミュルンは羽扇子に口元を隠し、ニヤリと嗤う。


「さぁて…いつも歌って踊っている仲ではありますが、どこまでが親密と言えるのやら…」

「くっ、ダンスをともに!?ぐぬぬぅ」

「まあ、彼はムードメイカーなので一緒に遊ぶのもとても楽しいんですよ。生まれが良いのか異様に統率力もあって、不思議なカリスマに溢れているというか…」

「くああああああぁーっ!!」


 聞いていられなくなったのか、ポンコツ王子が雄叫びをあげた。


 先程の反省か、ガーグが機敏な動きでライナスの前に立ち塞がる。


「……よかろう、連れてきたまえ。この私が確かめてやろうじゃないか!その者がミュルネシア姫の傍に侍るのに相応しいのかをなッ!」


 絶対、難癖つけて決闘を申し込むつもりだろう。頭はポンコツだが、獣皇国の姫と寄り添うために身体は結構鍛えているようだ。


 そんな宣言に対する返答は意外なところから聞こえた。


「……っるせーんだよ!」

「ん……貴様、何か言ったか?」


 目の前の巨人へ、訝しげにポンコツ王子が問う。


「…っ!そ…空耳じゃないッスか!?」


 慌てたように首と両手を振って、否定するガーグ。

 だが、背後の声は遠慮なく続きを宣っていく。


「ひとが気持ち良く寝てたってのに大声で起こしやがって!思わず、頭打ってタン瘤が出来ちまったじゃねえかッ!」


バシュウゥッ!


 突然、ガーグの背中の行李の蓋が天へと吹き飛んだ。


 謁見の間の全員が呆気に取られてそれを見上げる最中、行李から小さな影が飛び出した。

 影はガーグの頭を踏み台に、ポンコツ王子へと放物線を描いた。


「これが幼児の怒りじゃーっ!!」

「ぷげっ!?」


 頭上からのドロップキックを顔面に喰らい、無様にすっ転ぶポンコツ王子。

 ちょっと鈍臭そうな影もころんと転げ落ちるが、半分くらいに縮んだガーグに受け止められた。


「ナイスキャッチだ、ガーくん!」

「段取り滅茶苦茶っスが…オヤビンらしい登場っスね」


 そんな登場シーンに落ちをつけるように、天井近くまで吹き飛んで落下した蓋がライナスの額にガン!と直撃していた。

 踏み潰されたゴブリンのような悲鳴をあげた王子は、あっさり気絶した。


 あまりに予想外な登場に呆気に取られている聴衆を前に、いち早く正気を取り戻したミュルンが国王に紹介を始める。


「少々お騒がせしましたが…こちらが私のボスにして幼馴染のシュテンにございます」

「…ッ!?ま、まさか…こやつは…」


 三人の息子を見てきたからこそ判る。少しふっくらモチモチしているが、間違いなく自分の息子…幻の第四王子だと!

 ここにきて国王ジューダスは、ミュルネシア姫の探している暗殺の依頼人が自分である事に気が付いた。やむにやまれぬ事情はあれど、傍から見れば子殺しは明らかに極悪人だ。当然だが、こんな醜聞は家臣にだって知られるわけにはいかない。

 よって…ジューダスは即座に知らぬ存ぜぬを決め込んだ。


「ほ、ほう…金髪とは珍しいな。歳は五~六歳といったところか。どこの子であるか?」


 まだ混乱する頭の中では、「上司って、なんでそうなった!?」「お前、実はアラサーのくせに五歳児と幼馴染って…!?」「どこまで真相を知ってんの!?」と叫び続けている。


 対する姫はニヤつく口元を隠しつつ…


「生まれはこの王都。育ちは大霊山オーエヤムですわ」


 ザワッと周囲の貴族がどよめいた。

 大霊山オーエヤムはかつて世界樹があったとされる場所であり、現在はあの迷惑な獄炎竜ファラネールの棲み処と言われている。大樹海の生物にとって、不吉の象徴とも言える山だった。


 そんなやり取りと、騒めく貴族等を黙って見ていたシュテン。

 やがて、玉座へとスタスタ歩き出した。


 次第に貴族達の私語は止み、この型破りな幼児の一挙一動に注視していく。

 誰かが無礼を咎める直前で足が止まる。


 静まり返る謁見の間。


「………」

「………」


 互いの顔をしげしげと確認する国王と幼児。

 ジューダスとて、血を分けた息子に何の感慨も浮かばぬわけではないのだ。


「ふぅ…」


 小さく溜息を吐いた幼児の心情は、仲間を含めて誰にも思い至らなかった。

 なぜなら…直後、ビシッと指を突きつけて爆弾を投げ込んだからだ。


「やいやいやい、幼児の勘にビンビン来ちゃったぜ!てめえが俺の親父だなっ!?五年前、大樹海に俺を捨てただけでなく、今になって大量の暗殺者までよこして来やがってぇ!いい加減にしろよ、この極悪人野郎がぁ!!」

「んなあッ!?!」


 知られたくない不祥事を一気に大暴露されたため、権力で握り潰す暇もなかった。


 案の定、宮廷は蜂の巣を突いたような大騒ぎとなった。


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