敵地潜入
陽が昇って少しした頃、街中を王城に向かって歩く三人だけの一行がいた。
通行人の誰もが立ち止まり、その一行から目が離せなくなる。
この三人にはそれだけの理由があった。
先頭を歩くのは、見るからにお姫様然とした美少女だ。まだ十にも満たない年頃だというのに、黒と赤の豪華なドレスは大人びた印象を与えていた。羽扇子で口元を隠すように歩く姿も、高貴な身分の出身であることを表している。そして、何より特徴的な紅髪に白い獣耳と尻尾を見れば、他国においてもその正体に気付く者も多くなる。
姫から二歩ほど後に続くのは、執事服を着たプラチナブロンドのエルフ少年だ。しかし、ただの従者とは思えないのはその絶世の美貌だ。それは主である姫の立場さえ脅かしかねないほどなのだが、主従が気にしている様子はなかった。
更に二歩ほど後ろに従うのは、二メートルを超える大きな騎士である。全身甲冑らしき体はマントに覆われているが、兜の中で光る赤い一ツ眼が少々異様である。背の高い位置に背負った行李(木の箱)が、護衛兼荷物持ちである事を容易に想像させた。
やがて、目立ち過ぎる一行は王城を囲う城壁の門まで辿り着いた。
訝しそうに門番が声をあげる。
「ここはヘイアン王国の国王が住まう居城ぞ!許しの無い者は帰られよ!」
国内の有力貴族のほとんどを記憶している門番としては当然の反応で、ましてや門前まで徒歩で来るような身分の者を通すわけにはいかないのだ。
たとえ、それが只者ではなさそうな姫の一行であろうとも…。
「ふふふ…この私の紅髪と獣の証を見ても察してくださらぬとは、この国の殿方の眼は節穴なんでしょうか?我が国では城を一歩出た瞬間に、皆が膝を折るというのに…」
「……うっ、な…名前と身分を…」
少女の穏やかながらも高慢な態度にタジタジになりながら、門番の一人が名と身分を問う。
記憶の片隅で鳴る、甲高い警鐘を聞きながら…。
「ふむ。門番ごときに名乗る名などありませんが、証を立てる必要はあるようですね。まあ、コレを見て気付かぬようならば、貴方の首を刎ねるとしましょう」
「え…!?」
今、とんでもなく傲慢で不穏な言葉を聞いたような気がして、二人の門番が身を強張らせた。
姫は羽扇子をパチリと閉じ、天へと伸ばす。
そして、その全身から怖気の立つような金色のオーラが立ち昇った。
その腕が振り下ろされれば、容易に門番たちの首は刎ね飛んでしまうだろう。
走馬灯の瞬間、曖昧だった門番たちの記憶が明確な情報へと上書きされた。
「獣人の姫…紅髪に白い獣の証…フェンリル…」
「ヴォルセニア獣皇国の姫君にして…獣神の後継者…ミュルネシア姫…」
震えあがる門番等を見て、冷ややかな笑みを浮かべる姫君。
「あら?思い出したのね。それなら慈悲を与えなくもなくてよ。後は…解るわね?」
「ひぃいいいっ!失礼しましたぁ~っ!!」
「た…直ちにお伝えしますぅぅ~っ!!」
門前で残るべき二人が、悲鳴をあげながら城内へと駆け出した。
「緊急報告ーっ!ヴォルセニア獣皇国のプリンセス…」
「ミュルネシア姫様が御来訪なされました~っ!!」」
ひっくり返したような混乱と上も下もない接客を経て、一行はひとまず応接室へと通された。
扉の外に怯え切った侍女一人を残し、三人はひとまず安堵の息を吐いた。
「ふぅ…それにしてもミュル姉って、他国にはかなり恐れられてるんスね?」
「どうせミュルンの事だから、パーティ会場で暴れたとかいうんでしょ?」
「なっ、違うわよ!?アタシじゃなくて父ちゃんが怖がられてんのっ!」
ルシュルゥの言った事も身に覚えがないわけでもないが、このヘイアン王国へ最初に恐怖を刻み込んだのはもう三百年も前の事になる。当時、戦闘力はあるが社会性の脆弱な獣人種は、その多くが奴隷に近い扱いをされて蔑まれる存在だった。そんな窮状を見かねたミュルンの父ガオルンが獣人等をまとめ上げて建国を促し、周辺国との戦争も圧倒的な力の差を魅せ付けて勝利と独立を捥ぎ取った。獣人達はただただ神狼フェンリルの強さに心服し、果ては崇拝に至って…皆で嫌がるガオルンを皇帝に祀り上げた、というのがヴォルセニア獣皇国の建国記であった。
その当時、完膚無きまでに叩きのめされたのが、主にこのヘイアン王国だったというだけの話である。ほぼたった一人に軍隊をボッコボコにされたヘイアン王国では、隣国の皇帝はダンジョンのモンスター以上に忌み嫌われ恐れられている存在なのだ。
ある意味、ここは敵地と言えなくもないのだが、そもそもここには殴り込みに来たのである。そして、その言い出しっぺは未だに無言だった。
ミュルンが巨人化ガーグが背負う行李に、訝し気な顔を向ける。
「それにしても…さっきからボスが大人しくない?」
「あはは…暗くて狭いところだと、あの子はすぐ眠っちゃうので…」
「通りで…魔力の変換と供給が不安定なので、”筋肉巨人”の維持が大変ッス」
数日前、シュテンに命を狙う敵の存在と、それがこの国の王族である可能性が高いことを伝えた。
おそらく敵は肉親…幼児には酷な話だと、それに至るまでルシュルゥとミュルンは大いに悩んだのだが…意外にもシュテンの第一声は歓喜の叫びだった。
「いやっふぅーっ!これで高額慰謝料ゲットだぜい!」と。
肉親に一切の夢も希望も抱いていないというのは、果たして幼児として正常なのだろうか…。
今回、こうして強引に乗り込んだのも、国王や王族の前にシュテンが突然現れた時の反応で疑惑に確信を得る為なのである。
「言い出しっぺが呑気なもんよね。でも…余計な緊張が無いと喜ぶべきなのかな?」
「うちの子は胆力だけは勇者なので…」
「でも、そろそろ起こしておくべきっスかね?」
三人で顔を見合わせ、うーんと唸った直後…
ばぁん!
勢いよく扉が開かれた。
「おおおっ!我が愛しの婚約者ミュルネシアよ。とうとう僕の元へ来てくれたんだね!」
「ひぃえ!?」
闖入者の青年にいきなり手を取られて、ミュルンが嫌そうな悲鳴をあげる。
「ん…婚約者?」
「こんな奴、知らないっての!キモいから手を離してぇ~!」
「ああっ…まさか、十年ぶりだからって僕を忘れたのかい!?僕は一日たりとも君を忘れた事は無いのにっ!」
青年はショックを受けたように胸を押さえて、よろけながら数歩後退った。
「ほらっ、僕だよ!この国の第二王子ライナス=フォン=ヘイアンだよ。十年前も、君は照れ隠しに似たような反応をしていたよね♡」
「ああ…そういえばこんなのいたわ。何を言ってもへこたれないキモい奴が…」
ミュルンがうんざりした顔になって、舌を出した。
歴史の復讐&獣神の血を手に入れようと画策した国王が、第二王子を敢えてポンコツにしてまで教育してきた結果である。押しの一手で隣国の姫を恋愛脳に落とす手法は、古来よりプリンセス攻略の有効な手段なのだ。
まあ…当時のミュルンでも、実年齢二十歳のナンチャッテ幼女だったが…。
「それにしても…十年経っても相変わらず君は美しい。その幼さこそが純真と無垢の証だよ。あっ、安心して…お互いに流れる時間は違えども、僕の愛は永遠に衰えることは無いから♡」
「ロリコン、キモい…。う~…吐きそう…」
王子が引き連れて来たメイドも、不自然なほど幼い者ばかりである。
生理的な苦手意識から従者姿のルシュルゥの後ろに隠れたミュルンだが、そんな事をすれば汚染が拡がるだけである。
「おおっ!君はエルフの少年か?な、なんと美しい…。私が獣皇国の王配になった暁には、君にも私の世話をしてもらおうではないか!公私ともにっ♡」
「け、結構ですっ!」
ハグしてこようとしたポンコツ王子を必死で躱し、今度は二人揃ってガーグの後ろに隠れた。
殴り倒すことは可能だが、出来るなら触りたくないし変態の視界に入るのも願い下げだった。
「うう…ッス…」
対処を任されたガーグは、仲間の気持ちを汲むべきか政治的配慮をするべきかで迷っていた。勇者を目指す身としては正論で諭すべきだろうが、どう見ても会話が通じるような相手には見えなかった。
王子の方も全身甲冑の大男が邪魔で、これ以上二人を口説くことが出来ない。騎士を呼んで排除したら国際問題になるのは必定で、そこまで大げさにする話でもない。
無言で睨み合う二人だったが、この無意味な攻防を止めたのは一人の中年女官だった。
「皆様、謁見の準備が整いました。これより謁見の間まで御案内致します」
「「「あ…はい」」」
思わずロールプレイを忘れて、素で応える三人。
「うむ。僕は来賓(君達)を迎える準備があるので先に行って待ってるぞ。正式な婚約の話は父上を交えて話し合おうではないか。はっはっはーっ!」
幼いメイド達をぞろぞろ従えて、第二王子ライナスは帰って行った。
「ふぅ…なんとか切り抜けたッスね…」
「「ぶー!ぶー!」」
「へ…?」
安堵の息を吐いたのも束の間、ガーグの背後から不満のブーイングが沸き上がった。
「ガーグはちょっと優柔不断だよね。あそこは友情を示す為にもガツンと行って欲しかったよ!」
「ガーたんは真面目過ぎるの。あそこは心のままに正義の鉄拳でしょ!」
「ええ~!?」
二人ともぷんぷんしている所為で、ここに来た目的をさっぱり忘れているようだ。とんだとばっちりである。
弟分とは、貧乏クジを引かされるお役目なのだった。




