ドリーム・シフト
[ミュルン視点]
「ぎゃあっ!?」「ぐへっ!?」「ひぃいい!助けて…」「殺せええぇーっ!!」
真昼間からスラムの悪党組織にカチコミかけたアタシは、ヤクザ連中を半殺しにしながら欠伸を噛み殺していた。
ちょっと昔はこんな血生臭いことにも多少は興奮していたんだけど、ボスに出会ってより高度な娯楽を知ってしまった所為で価値観が一変してしまった。そもそも、こんな面倒臭くて後味の悪い世直しなんて興味も無かったもん。
アタシが一番弟子のアリアに頼まれたのは、自警団をやるから護衛をして欲しい…というものだった。絶対に質の悪い連中が絡んでくるから、自分達を囮にしてスラムの掃除をしていくという無謀な計画だ。そんなの上手くいくのは最初だけだし、ああいう連中の恨みを買ったら碌なことにならないのが定番だ。
なので、少々お節介を焼くことにした。
頼まれた役目をルシュくんに譲って、アタシは単独で大人の犯罪組織の撲滅に奔走している。可愛い弟子のために…ってのは建前で、本当の目的はファイリンザー孤児院に大きな恩を押し売りしたいだけである。もしかしたら…万が一だけど…”ボスが人間の街で暮らしたい”と言い出したときの布石だった。
「あ…しまった」
「ひぃ…ぎゃあああっ!!」
ちょっと手元が狂い…二階から表通りに投げたヤクザが腹這いに落ちてしまった。
し、死んでないよね?
アリアに手足一本ずつと言い付けておいた手前、作業効率のために膝から落ちるように通りへと投げていたんだけど…ちょっと上の空だったみたい。悪党に同情は要らないけど、あまり殺しはしたくない。こいつ等の審判はスラム住人に任せればいいのだ。
先程はボスと別れる話をしたが、アタシやガーたんがそれを素直に受け入れられるかというとちょっと怪しい。変に責任感のあるルシュくんは陰で泣いて我慢しそうだけど…。
進化形紙芝居・血沸き肉躍るアニソン・予測不能な気まぐれイベント・ゾクゾクするお仕置きタイム…今やアタシ達はボスを中心に遊び、泣き笑い、歌い踊る生活を知ってしまった。正直、ボスに出会う前の生活を思い出そうとしても、何故か灰色に彩られた記憶しか出て来ない。
エンターテイメントにかけては達人級のガキ大将…異世界の知識があるとはいえ、これは紛れもなくボスの才能である。伊達に獣神フェンリルの娘にして三十路にもなる皇女(自虐)が、生意気な五歳児を群れのボスと認めているわけではない。
ヤクザ連中の処理が終わり、アリア達に書いてもらった地図を取り出す。
犯罪組織を潰して回る怪人の情報が知れ渡る前に、あらかた処理しておきたい。地図はあまり正確とは言えないけど、近くに行けば悪党の臭いが鼻を衝く。暴力と血の匂い、乱暴された女の匂い、性根の腐った連中の漂わせる瘴気としか言えない何か…。
守護者にして獣神フェンリルの鼻を嘗めないでよね!
「く、来るなぁ……ぎゃあああーっ!!」
「お、俺等が何をしたってんだぁーっ!!」
顔に伸びたナイフを首を傾けて避け、拳を握る。
「うっさい!悪党に人権が有るわけないでしょッ!」
バカァン!
次の組織(暗殺系盗賊ギルド)は地下にあったので、半殺しにした連中を上の通りまで担いで行かなければならなかった。面倒臭いけど、自分ルールを守る事は大切だ。あんた等も今まで暴力で甘い汁を吸ってきたのだから、文句は言わせないよ。
因果応報…今のアタシにとっては都合の良い言葉だ。
しかし、そんな事よりアタシに薄っすら危機感を与えているのは、孤児院の少女達がうちのボスのマウント上位に君臨している事である。この間もボスの全身に歯形を付けて、彼を深い絶望に叩き落としていた。ボスが一番可愛いと思える瞬間である。
くっ…ボスを弄っていいのはアタシだけなのにッ!
彼女等が何かとお姉ちゃんぶってボスに絡む理由は、本能的にボスの将来性を嗅ぎ取っているからだと思う。つい最近まで生存を脅かされていたから、そういう嗅覚が鋭くなっているんだろう。
やっぱ、もしボスがお山を下りたら、ここだけはやめた方がいいのかもしれない…。
シュッ!
最後の生ゴミを肩から下ろした瞬間、背後に現れた暗殺者のナイフがアタシの首に触れた。
「…ッ!?」
「ざ~んねん♡」
アタシの首で金のオーラが刃を防いでいた。
手首を掴んだまま、思いっきり両膝を蹴り折っておく。
怯んだところで右肘も折って転がしておく。
今のアタシが獣耳も尻尾も出して察知全開じゃなかったら、ちょっとヤバかったかもね。この強さだと、恐らくこの盗賊(暗殺?)ギルドのギルド長なんだろう。この状態でも、運が良ければスラム住人から逃げ切れるかも。
まあ、この怪我じゃ同業者から逃げられるとも思えないけど…。
お気楽ハッピーなアタシ達にはこんなムーブは似合わないけど、アタシじゃなければこんな汚れ役は出来ないとも思う。
ボスは幼児だし、ガーたんは勇者(合体ロボ勇者系)だし、ルシュくんにはヒロイン度で負けてるし…。
アタシだって、れっきとしたお姫様なんだけどねっ!
さてさてお次も詰まってるし、どんどん巻いていこう。お夕飯も孤児院でわいわいしながら食べたいもんね。
昔、弟と騎士団の宿舎に突入して、片っ端からおつまみを強奪していた頃が懐かしい。
今回は後味の悪い仕事だけど、愛弟子たちの笑顔のためならば頑張れるってもんよ!
帰ったら、ボスにはアタシを目一杯笑わせてもらうつもりだし。
王都の汚点が集まるスラムの悪人・犯罪組織にとって、今日という日は災厄と恐怖の日として語り継がれる事になるだろう。
◇
「あ…皆も帰って来たんだ。やっほ~!」
黄昏時、そろそろスラムを出ようかという辺りで、足を引き摺るようにして歩く一行に合流した。
「あ…ミュルンちゃん先生だ…や、やっほ~…」
美人系である三番弟子のダーナちゃんが力なく手を振ってきた。
ルシュくんがいるから怪我の心配はしてなかったけど、あっちも大変だったようである。なんせ歩いてるだけで悪人ホイホイ出来ちゃう女児集団なのだ。体力よりも精神的にちょっと参ってそう。
元は孤児院を追い詰めたスラムの自業自得とはいえ、暴力で反撃するってのは少女達には倫理的にハードルが高い。アタシの特訓で耐性を付けているからこの程度で済んでいるのだ。あと正義の代名詞としてプリキュアの存在も大きいかも…。
今後何があるか判らないから、お山に帰る前にもう少し修行レベルを上げちゃおうかな。
一行の中、美少女ばかりの集団でもやっぱり一番の可愛子ちゃんはレベルが違った。
「やあやあルシュくん、君なら囮として申し分なかっただろうけど…どうだった?」
気障なナンパ風に肩を組んで尋ねたら、ぺしっと手を叩かれた。
「僕を女の子扱いしないで下さい!どうって…まあ普通でしたよ…」
ぷいっと目を逸らすが、その真相は他の子が教えてくれた。
「そんな事ないですっ!警戒して喰いつきが悪い連中もいたけど、ルシュルゥ様のフードを取ったらホイホイ簡単に引っ掛かってくれちゃって……」
「ハハハ…私達も多少は可愛いって…自信あったんですけどねぇ…」
年長の少女達が、ハァ~と揃って溜息を吐く。
うんうん…男の子に色気で負ける悔しさは痛いほどよく判るよ。こちとらプリンセスだっての!
……また、それが狙いでもあった。
武の鍛錬に一番の障害は、異性との色恋沙汰である。女としての自信喪失とやるせない怒りは鍛錬のモチベーションに変換されるし、逆にルシュくんに本気になったら理想が高過ぎて己を高める道しか残らない。ふっふふ…既に君達は罠にかかっているのだよ。
暴力に対抗する道を選んだのだから、半端な鍛え方をするつもりはないのだ!少しくらい行き遅れになっても、周辺国からロリコン御用達の三十路皇女と揶揄されてるアタシに比べたら……あいたたた、心が痛い…。
思わぬダメージを押し殺しつつ、みんなで孤児院の門に到着した。
そこではボスとガーたん、弟妹合唱団の皆がお迎えに出ていた。
ただ、今日はいつものように「お帰りーっ!!」って飛び込んでは来ない。
ボスの合図でそれぞれの楽器を持った男の子たち(四歳児)が、ちょっと拙い伴奏を始める。
「あれ…このイントロは…」
「くぅ~っ、このタイミングでこれとは…さすがボス!抜け目ないというか、ほんとエンタメ強者だよね!」
おそらく留守番組の子に襲撃の件を聞いて、私達が何をしていたのかを予想したのだろう。そして、疲弊したお姉ちゃん達を励ますためにこの曲で出迎える事にした…と。
ほんと未だにおまるを卒業できないくせに、こういう心憎い演出だけは大人顔負けなんだから。これがマウントを奪還するためじゃなければ、手離しで褒めてあげる所なんだけど…。
「くくく…お姉ちゃん達よ、心して聴きやがれっ!絶対無敵の応援歌『ドリーム・シフト』だぜい!」
そして…弾むような演奏の中、無垢で元気な弟妹たちの声が響き渡る。
『♪ 大事なことなんて 自分で見つけるよ ♪
♪ 教室の窓から見てる 青空の下 ♪
♪ やりたいことばかり たくさんありすぎて ♪
♪ 机の前になんて じっとしていられない ♪』
この”ドリーム・シフト”はボスの進化形紙芝居でもプリキュアの次に大人気な、”絶対無敵ライジンオー”のオープニングである。光の戦士エルドランに地球の運命を託された子供達が、合体変形ロボットの”ライジンオー”と”バクリュウオー”を操縦して敵と戦う物語だ。
どことなく雰囲気がこの孤児院と似てるせいか、多くの子が共感していたと思う。団結力だけは初めからMAXだし…。近いうち、変形する校舎の代わりに絶対無敵のセキュリティを誇る大樹を譲渡する予定だから、ますますこの歌がしっくりきちゃったりするかもね。
『♪ 非常ドアを 開けるたびに ♪
♪ 胸がなぜか ドキドキする ♪
♪ 新しい世界へ 飛び出すスリル ♪
♪ 君にも 教えたいよ ♪
♪ ひとりじゃないさ くじけそうなときは ♪
♪ 闘う勇気を ささえてあげるよ ♪
♪ 未来はいつも 僕らがヒーロー ♪
♪ 夢見る力は 絶対無敵ファイリンザーッ ♪ 』
うわ、しかも最後だけ名前を孤児院名に変更してる。
こんな小粋な事をされたら、感受性の高い少女達なら感動せずにはいられない。彼女達はボスが歌の作者だと思い込んでいるから、正式にファイリンザー自警団の団歌として贈られたと思うだろう。
少女達の尊敬と感動を受けるボスも得意顔だ。精神的に優位に立った御蔭で過去に刻まれたマウントも払拭され、お山の大将に登り詰めた気分でいるのだろう。
そう…この瞬間だけは…。
じりじりと愛に満ち溢れた野獣が、ボスや弟妹たちを包囲しようとしていた。
もはや諦観の眼差しで無抵抗に脱力する弟妹達と違い、ボスは徹底抗戦する構えだった。
「勇者ガーくんよ、俺を護ってくれ!」
「合点承知ッス!」
ボスを門扉に押しやって背後を塞ぎ、両手を拡げて背水の陣を敷く勇者ガーたん。(ただし、異世界勇者系ではなく合体ロボ勇者系)
「きゃーっ、ガーグちゃんったら可愛いッ!」
「ひんやりして頼もしいわ!」
「ある意味、理想の男性像よね~!」
三人の少女達に抱き着かれ、頬擦り攻撃を受けるガーたん。
触覚の無いガーたんならへっちゃらで耐えられそうなものだが…
「はらへら…うにゃあ~……っスぅ…」
あっさり腰から砕け落ちた。
むぅ、やりおる!
どうやら、あそこまで愛情が深いと魔力にまで愛が宿るらしい。女児ばかりいた弊害か、愛情の暴走は既に母性の領域まで達していそうだ。
「うぅ…オヤ…ビ……ごめ…がくり…」
「ガーくううぅ~んっ!!」
ボスの号泣は友情とか関係なく、100%保身からくる哀願の叫びだろう。
既に弟妹たちは姉一人に二人ずつゲットされ、ぷにぷに頬っぺを煙が出るほど堪能されている。
これで六人の愛獣が足留めされた。
案外頼りない勇者を乗り越え、ボスに迫るは四匹の愛獣。意外なのは、その中にアリアも混ざっていた事だ。普段は真っ先に拳骨やチョップを落とすくせに、今回は自分に正直に行動するらしい。さっきまで一番頑張ってたから、自分への御褒美ってことなんかな。
それより……アタシもめっちゃあそこに混ざりたいんだけど…。
「ルゥ兄ぃ、助けてええぇ~っ!!」
やれやれ…せっかく獲得した上位マウントを死守したいのは分かるけど、ボスも勉強しないよね。
こういう対処に困る案件の時、お利口なルシュくんの行動はいつも決まっているのだ。
溜息を吐きながら後ろを見ると…
背を向けてしゃがみ込んで両手で耳を塞いだ少年が、必死で聞こえないフリをしていたのだった。




