ファイリンザー自警団
シュテンが王族と致命的なトラブルを起こしている頃、ファイリンザー孤児院でもちょっとした事件が起きていた。
「うぅ…痛ぇよぉ…」
「な、なんでこんな…バケモンが…」
「ひぃいい!赦してくれぇ…」
「お、俺の腕がぁ…」
襤褸切れのように地面に討ち捨てられたゴロツキ共が、亡者のような呻き声をあげている。
「ふぅ~…撃退完了っと。それにしてもいくらスラムのヤクザだからって、孤児院を襲撃するなんてやり過ぎなんじゃない?」
「僕には誰かを探してる風に見えたんですが…孤児院の女の子を攫うのはついでのような…」
ほぼ一人で二十人近い荒くれヤクザを制圧した紅髪少女に、それを静観していた絶世のエルフ美少年が疑問を投げかける。
スラムに近く、少女ばかり居残ってしまったファイリンザー孤児院の危機的状況は聞いていたが、こんな真昼間から襲撃をされるほどに切迫していたとも思えない。
「ちょっと調べてみますか…」
ハイエルフの少年ルシュルゥは己の勘が導くままに、リーダー格と思われる暴漢に自白作用のある花の花粉を振りかけた。
そして、数分後…
「あへ…あへへ……金髪の餓鬼を攫って殺す。ついでにメス餓鬼も攫ってガッポガッポ…くへへへ…」
効果が速効で強力な分、精神崩壊も早かったようだが悪人に同情はしない。
「まさかウチのボスが狙いだったなんて…あの子、そんな悪い事してたっけ?」
「シュテンは必要以上にトラブルを大きくしちゃうけど、陰湿な恨まれ方をするような子じゃないです!」
「ハイハイ…」
育ての親として、剥きになって反論するルシュルゥ。
その辺はミュルンも概ね同意だが、幼児のくせに破天荒なボスはいつも想定以上にやらかすので逆恨みされている可能性もある。
「依頼人は判らなかったけど、僕はシュテンの出生が関係してるんじゃないかと思う…」
「ああ…将軍のお爺ちゃんが気にしてたよね」
どこかの貴族の落とし胤という線は強いが、こうまでして命を狙う理由が判らない。
幸い、今日は朝ごはんを孤児院で食べてすぐに弟妹たちを連れて大樹に突撃して行ったので、ゴロツキ達の穴だらけの監視から上手く脱け出したようだ。護衛にはガーグが付いているし、大樹の中にいればまず安全なので大した心配はしていない。
半殺しにしたヤクザものを積み重ねた前で、二人はそんな事をこそこそと相談していた。
孤児院の子供達に知られると非常に不味いからだ。
いつか…もし…シュテンが種族としての時間の流れの違いに絶望して「お山を下りて人間の街で暮らしたい」と言った時、今の所このファイリンザー孤児院は有力な候補の一つである。
勿論、あのシュテンがそんな繊細な神経を持ち合わせているとは思っていないが、万が一のことを考えて手を打っておくのが保護者の心意気というものである。
そんな真実を隠蔽する後ろめたさがあった所為か…
「あの……師匠?」
「「ひゃい!」」
アリアに後ろから声をかけられただけで、二人は飛び上がった。
「あ…アリアか、何か用かな?」
「うんうん…ここはもう大丈夫だよ?」
「…?」
二人の態度に首を傾げるアリア。
その容姿は二週間ほど前と比べれば、かなりの変化を齎している。
以前は少ない食糧を弟妹たちに分け与えていた為、成長は止まりかなり痩せ細っていた。背丈もミュルンと同じ十歳児前後だったが、現在は少し背が伸びて肉付きも良くなっている。短期間の内に十二歳相応の成長と肉体を取り戻したのは、ひとえにルシュルゥの生命魔法の成果である。アリアほどではなかったが他の女児達も成長が遅かったり病の兆候があったりしたので、ミュルンの訓練の傍ら個々の成長や治療・栄養管理に尽力していたのである。
その間、シュテンは弟妹合唱団に付きっきりだったので、分業が上手くいっていたと言えるだろう。まあ、今や王都の人気者になりつつある弟妹合唱団に比べたら、お姉ちゃん達の変化に気付く人間は少ないかもしれない。
しかし、ひっそりとだが確実に、ファイリンザー孤児院は武闘派への道を突き進んでいる。
「いえ…あの…その人達はどうするつもりですか?」
「コイツ等?このままスラムに捨ててくるつもりだけど?」
「え、それって…」
「うん、コイツ等の行いが良ければ助けてくれる人もいるかもだけど、たぶん身包み剥がされて殺されるだろうね。死体も貴族の飼ってる魔物なんかの餌にされちゃったり?」
「…っ!?」
武術の師になって以来、ついついミュルンはこんな弟子の反応を試すような言動をしてしまう。弟子の器を測っては修行内容を考えるのが愉しいのだ。
そして…今の所、孤児院の少女達の中で最も有望な一番弟子が…この生真面目なアリアなのだ。
アリアは一瞬表情を蒼褪めさせるが、何故か覚悟を決めた顔つきになった。
「師匠、ルシュルゥ様…この襲撃の御蔭でやっと私達の覚悟も決まりました。これだけお世話になっておきながら心苦しいのですが、どうしてもお願いしたい事があります!」
「あ~、その…今回の事はそんな思いつめなくても…ね?」
「あわわわ…か、可能な限り…善処します…」
後ろめたい真実を隠している二人には、アリアのお願いを断る選択肢は無いのだった。
◇
スラム街を入って最初の広場に、荷車を曳いた十人ほどの少女が現れた。
木製とはいえそれなりの武装は、スラムを歩くなら当然の備えと言えよう。
少女達が手にした武器を置いて荷車の片側を持ち上げると、生臭い荷がべちゃりと地に落ちる。
ソレをなるべく見ないよう無表情を装いながら、少女達はまた木剣・木槍・木盾を拾い上げて周りを警戒する。
ああ…うぅ…たすけ…ひぃ…あぅ…
捨てられた生ゴミは苦痛の呻き声を洩らし、自力で立てないほど衰弱している。幼い子供を攫って売り飛ばすような輩なので同情の余地はないが、少女達もザマァと思えるほどには達観していないお年頃である。
それでも今回のミッションに参加したのは、「自分達が食い物にされる悪い流れをここで断ち切っておかねばならない。弟妹たちの為に…」というアリアの言葉に納得したからだ。
そして……今まで行方不明になった兄姉たちの復讐の意味もある!
少女達が布陣を敷いて間も無く、彼女等を包囲するように粗末な武器をもった少年達が距離を縮めて来ていた。この辺りを縄張りとしている半グレ集団である。
その中の一人、十五…六の一段身形の良い少年が、先頭に立つアリアに厭らしく話しかけてきた。
「ようようよう…アリアじゃねえか?てめえの収穫はまだ先のはずだったんだが、孤児院の連中を引き連れてスラムまで来るなんてなあ。口減らしに自ら売られに来たのか?それとも、俺達にえっちな御奉仕でもしてくれる気になったのかぁ?」
「……フレッド、相変わらず下衆なようね。性根の腐り具合が顔に表れているわ」
「なんだとっ!?」
普段から他人を煽る奴ほど、己は耐性が無いものである。
フレッド他見覚えのある数人が今にも飛び掛かりそうになりながらも、アリア達の背後を見て警戒心露わに踏み止まった。
「……おい、そいつ等はボルクス組のヤクザどもだろ。まさか、お前等がヤったってわけじゃないんだろ?ハンターやってるという若い院長代理がやったのか?」
「さあね。あんた等には関係ないでしょ」
「この…くそ女ぁ…」
そう、今までファイリンザー孤児院が比較的無事だったのは、卒院生にハンターや傭兵が多いことで抑止力になっていたからだ。時々、多額の寄付をポンと置いて行く卒院生もいるが…近年、王宮に補助金を打ち切られたことを知る者はまだ少ない。腕の立つハンターや傭兵ほど辺境やダンジョン周辺を生活圏にしている者が多いからだ。
本当に…内情を知られて得になる事など一つもない。
数年前、スラムから拾われたはずのフレッドが、院長に隠れて孤児達を暴力で支配しようとした事件があった。その時はアリアが率先して抵抗し、フレッドやそれに加担した少年等を追い出す事に成功した。今の孤児院が女児ばかりなのはその所為である。
しかし、問題はその後である。
十五になって孤児院から街に働きに出ていた姉の一人が、帰宅時に散々乱暴され殺害される痛ましい事件が起こった。さすがにそれが全てフレッド一党の仕業とは言い難いが、その後の態度から推察してみると情報を流したのは間違いなくフレッドだと確信に至った。
「………もうアンタ等のようなクズに脅かされるのはうんざりなの。だから、私達は自警団を結成することにしたわ。スラムから逃げるんじゃなく、こっちから掃除してやるためにね」
「…は?プッ…ぎゃはははーッ!お前、頭がおかしくなったのか?てめえらのようなメス餓鬼に何が出来るってんだよ!身体の隅々まで食い物にされて下水に浮かぶのが落ちだぜっ!」
このスラムにはフレッドのような半グレ勢力が幾つもあり、それを束ねるヤクザや犯罪組織もある。王城の政策が上流階層への優遇に偏っているため、スラム等底辺層は放置されている現状だ。多少、助っ人を呼んだところで殺意の波に呑み込まれて消えるだけだ。
「ふん、予想通りの反応ね。よっぽど他人の幸せや努力、成功が妬ましいのね。ほんと浅ましい…。でも、お生憎さま。私達には幸運の子豚ちゃんが付いているの。もう、今なら何をやっても大成功する予感しかないわ」
「はあ!?寝言言ってんじゃねえぞ!ごらあーっ!!」
とうとう年下少女の煽りに耐えられなくなったフレッドは、ナイフを振りかぶってアリアに襲い掛かった。
それを合図に他の半グレ達も下卑た笑みを浮かべて少女達に襲い掛かる。
しかし、少女達が悲鳴をあげて逃げ惑う姿を想像していた半グレ達は、予想外の悲鳴を聞くことになった。
「やあーっ!」 「おごっ!?」
「せいっ!」 「げえっ!?」
「ていやっ!」 「ぐはぁっ!?」
十代前半…中には十歳前後の少女からの突きや打撃を急所に受け、もんどり打つ荒くれ少年達。
彼女達の武器は木製だが、鋼鉄並みに硬くて重いのだ。
そして、フレッドも…
「ごぱあ!?」
真正面からアリアの正拳突きをくらい、前歯を全損させていた。
「ぐっ…くひょお!」
崩れた姿勢からアリアの首にナイフを差し込むが、先程と同じように紙一重で躱され、その手を取られて捩じり上げられる。
「今更あんたの懺悔なんか聞く気はないわ。ただ、鬼師匠の言いつけを果たすのみ!」
ボギィッ!
「ひぎゃあああーっ!!」
折れた腕を抱えてのたうち回るフレッド。そして、それと同じような光景があちこちで起きていた。
木剣や木槍、木盾などで少女達は情け容赦なく敵の腕を折っていた。
「うちの鬼師匠には無理なお願いをしちゃったから、私達が言いつけを破るわけにはいかないの。たとえ、本心ではやりたくなくてもね」
とてもそうは見えない笑みを浮かべ、アリアは魔力による身体強化全開でフレッドの膝を踏み抜いた。
ボギンッ!
「あぎゃあああああーっ!?」
続いて…他の少年達の足も動揺の処置が施され、幾つもの絶叫がこだました。
苦痛に身悶える半グレ達を見下ろし、アリアが鬼師匠の言葉を伝える。
「鬼師匠の言いつけはこうよ。『性根の腐った連中は手足を一本ずつ折って、スラムに捨てときなさい。それなりに慕われていれば誰かが助けるだろうし、そうでなければ…ね♡』」
「「「「「ッ!?」」」」」
周りを見渡した少年達が、自分達を狙うハイエナの気配を感じ取って命乞いを叫び始めた。
その中にはフレッドも混じっており、涙を流してアリアに哀願している。
少女達は全てを無視して、その場を立ち去った。
しばし歩くと、背後から複数の断末魔が聞こえてきた。
周囲から押し寄せたスラム住民に全てを剥ぎ取られた半グレやヤクザどもは、死体さえ余すところなく有効利用されるに違いない。
惨劇が行われている広場を後にした少女達は、路地裏を入ったところで立ち止まる。
振り返ったアリアがフードを被った少女に頭を下げる。
「私怨に走り、お見苦しいところをお見せしました。ルシュルゥ様…」
声をかけられた者がフードを外すと、鮮やかな銀髪と絶世の美貌が現れた。
「い、いえいえ…大変勇ましくて、僕が介入する隙なんてなかったですよ。あっ、誰か怪我とかしまてませんよね?」
「はいは~い、棒で叩かれてお尻を打ち身してま~す!ルシュルゥくん、治して~♡」
「ミーズ、あんたそれ訓練の時のヤツでしょ!ずるいわよ!私だって太腿が…」
「ほらほら、ルシュルゥさんが引いてるわよ。でも…私もアリアに残酷ショーを強要させられて心が…ルシュルゥさんに頭撫でて欲しいな♡」
「「「カマトトぶってんじゃねえっ!!」」」
「うぅ…モクレ姉、ひどい…」
ダシにされたアリアが涙目になっている。
リーダーとしての決断力も行動力もあるが、ここにいる半数のお姉ちゃんには絶対に頭が上がらないのだ。機嫌を損ねると甘えさせてくれないので…。
乾いた笑いを浮かべるしかないルシュルゥだが、内心彼女等の愛情の深さに舌を巻いてもいた。
ミュルンの地獄の特訓では防具無しで本気の打ち合いを強要させられ、怪我をさせると打った方が泣き出してしまっていた。まあ、ルシュルゥの能力ですぐに癒せるのだが、勝者が泣き出してしまう習性は今も変わらない。
そして、そんな深い愛情だからこそ、シュテンを任せる事も出来るのだ。
先日、サイクロプスの”城壁崩し”討伐から帰還した時、シュテンは弟妹達へと盛大な自慢話をしていたが、お姉ちゃん達の感心は主にミュルンの話す”仔豚の丸焼き刑”だった。
その後、食欲を刺激されたお姉ちゃん達に襲い掛かられたシュテンは、モチモチお肌に二十近い歯形を付けられて放心状態で絶望していた。お姉ちゃん達の過剰な愛情表現は、シュテンにはマウントを上書きする行為と認識されるらしい。
叱るのが苦手なルシュルゥや基本的にシュテンを上位に置いているミュルンからしても、孤児院のお姉ちゃん達は頼もしい人材なのである。シュテン一人に振り回されている自分達からすれば、多くの弟妹を従えるお姉ちゃん達は躾の大先輩と言えるのかもしれない。
今となっては、ルシュルゥにとっても仲の良い友人達である。
一番の不安は少女たちの精神状態だったのだが…どうやら要らぬ心配だったようである。
「……さて、こっちは思ったより順調ですが、ミュルンの方は………羽目を外し過ぎてないといいんだけど…」
スラム中の悪党組織(大人限定)にカチコミに行った少女が……今頃、久々の暴力に酔い痴れている事を想像して、ルシュルゥは小さく嘆息するのだった。




