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シュテン童神  作者: 追川矢拓
第三章
33/61

仔豚の丸焼き

 城壁崩しの異名を持つ極悪サイクロプスは、完全に死を迎えるまで十数分悶え苦しみながら逝った。


 膝を付き天に向かって四つの腕を伸ばす姿は、命乞いなのか天への恨み言なのかはっきりとは判らない。

 だが、それを眺める人間やモンスターはとても晴れ晴れとした表情をしていた。


 俺も大金星を挙げた功労者として、めっちゃ鼻が高いぜ!


「そう…功労者なんだからちょっとくらい…いいよね?」

「まさか、オヤビン!?い、今はマズイっス!もう少し待って…」

「もう、辛抱堪らんッ!」


 俺は本能に促されるように、ガーくんとの合身を解いた。

 そして…お決まりのルーティンをするべく、すっぽんぽんになって変身ポーズをとる。

 俺の中で、この大勝利は尿意じゃ治まらないレベルなのだ。匂いが取れないくらい強烈に、我が勝利の歴史に刻み込んで(マーキングして)やるのが敗者への手向けにもなろう。


「ああ、オイラ…オヤビンのこれだけは肯定できないッス…」

「…すまんな。俺の中のフェンリルが叫ぶのだ。”本能を満たせ”とな…」

「へぇ~…でも、それって卑屈な”チワワ”の本能だよね?」

「んなっ!?ちみぃ、それはちょっと失礼な物言いじゃないの…か…ね…?」


がしり!


 振り返った瞬間、不吉な笑顔が見えたと思ったら目の前が真っ暗になった。

 いや、この頭蓋骨が軋む痛みも、足元が消失する感覚もよく知っている。

 顔面をアイアンクローされて宙吊りにされる…最近ではお馴染みなお仕置き前の導入であった。


「ボスぅ…風評被害はやめてって前にも言ったよねぇ?それにボスに然るべき天罰が落ちないと治まりつかない人がいっぱいいるんだよ。ボスのお仕置き担当としては本当に辛いんだけどね♡」


 いや、いつお前がそんな担当になった?


「というわけで…オ・シ・オ・キ・だべぇ~~っ♡」

「いやぁああああぁぁああああああああ~~っ!!」





          ◇





「びえええぇえええ~~ん!!ごえんなざぁぁ~~い!!びゃああああ~ん!!」


 先程まで戦場だった場所に、幼児の甲高い泣き声が響き渡る。

 その有様を見れば同情で心を痛める者も多いだろう。


 すっぽんぽんで大きな槍に手足を縛り付けられた幼児は、背中を下に宙ぶらりんとなっていた。

 さらには下から焚火で炙られるという、実に残酷で美味しそうな光景だった。


「名付けて…霊峰歌撃団お仕置きメニュー・”仔豚の丸焼き”にございます」


 スカートも佩いてないのに、見事なカーテシーを披露するミュルン。


オオオオオオオオーーッ!!


 それを見て盛り上がるのはハンター・傭兵・騎士などの人類はもちろん、本来は殺し合うようなオークやオーガにトロールといった魔物たちも愉しげに加わっていた。


 霊峰暮らしの悪童に人間も魔物も分け隔てなく散々追い回され、悪戯の限りを尽くされた。性質としては単眼巨人とあまり変わらない愉快犯だった。そんな悪童と単眼巨人の脅威から生き延びた仲間として、人間と魔物の間に連帯感のようなものが生まれていた。

 ここでないどこかで出会えば殺し合う相手だからこそ、この希少な時間を無碍にしようという者はいなかった。



 そんな被害者たちの遥か後方では、かつて”城壁崩し”と呼ばれた四つ腕のサイクロプスが炎に包まれていた。

 今も体内に巣食った”邪神の宿り木”が巨人の血肉を喰らって可燃性の体液に変換しているので、緩やかな炎はいつまでも消えず巨人の全てを燃やし尽くそうとしていた。


 そして、それに対比するように悪童も大泣きしながら”仔豚の丸焼き”にかけられているのだから、これで盛り上がらないはずがない。一応、単眼巨人討伐の功労者なので、お仕置きショーまでで赦してね♡というミュルンの意図もよく解っている。ただ、ユーモアを知らない魔物たちにもこの皮肉の利いた構図が大変受けてしまい、ミュルンが薪の量を増やしたり調理方法を工夫したりと調子に乗っているのが現状だ。


「がっはっは、ほんに美味そうな仔豚じゃのう!こんがり焼けたら儂も一口頂こうかのう…」

「やだぁあああ!!もぅ~しないがら~、うあぁあああ~~ん!!!」


 老将軍もすっかり悪ノリに便乗していた。

 上半身裸になった両肩には、匂いのキツイ湿布が何枚も貼られていた。スキル込みとはいえ、超威力の複数投射は老体にかなり堪えたようである。


「オヤビン…心の底から申し訳ないッス…」

「ううぅ…ごめんねぇ~、シュテン~。僕がちゃんと叱れないばっかりに…」


 共犯者であるガーグは自分だけが罪を免れたことに…ルシュルゥはキツイ躾が出来ない自分に涙を流していた。

 もっとも、ガーグは命令されただけだし、悪戯のスケールが大きくなり過ぎて誰もルシュルゥの『めっ!』では納得してくれないだけだ。


 一応、炎が直接当たらないようにルシュルゥが風をシュテンの身体に対流させているのだが、どれだけ熱を逃がしても遠赤外線でじりじり焼けてしまうのまでは防げない。ミュルンに治癒は禁止されているので、自分が火に炙られる以上に辛くて泣いているのだ。


 しかし、そんな心を痛めている仲間とは裏腹に、”仔豚の丸焼き”を肩に担いで支柱となっている下僕一号と二号はどうかというと…


「……く…ぷっ……ぷぷ…」

「……ふへへ……にへら…」


 クリーバスは必死に笑いを堪えており、アゼンタは顔が緩むのを止められないでいた。


 忠誠を誓ったとはいえ威張りんぼで生意気な主人の大泣きはとてもスカッとするし、特殊性癖の探究者であるアゼンタに至っては新たな扉が垣間見えていた。勿論、彼女の性的対象が十歳前後であるのは変わらないが、この泣きっぷりはSの嗜みとしてとても心に染み入るのであった。


ジュッ!ジュバッ!ジュジュ~ッ!


「プ~…クスクス、ボスったらお洩らしぃ?もうちょっと出さないと火は消えないよぉ~ん♪」

「ひっく…うぇえ…もう~ゆるじてえええぇ!ぶぇええええ~~ん!!」


 こうして霊峰歌撃団と獄炎竜ファラネールのやらかしから始まった大規模スタンピードは、最悪の四つ腕サイクロプス”城壁崩し”を討伐することで有耶無耶に大団円を迎えることになった。


 人類・魔物双方に大した被害もなく、ただ五歳児の心に小さなトラウマを残しただけで…敵味方・種族を越えて皆が笑い合うという奇跡の一日となったのであった。







          **************






 薄暗い執務室。

 奥の机に座った男が報告書を手に全身を震わせていた。


「……や…やはり、余の判断は間違ってはいなかった。唯一の失敗は大樹海への廃棄でなく、確実に息の根を止めねばならなかった…」

「父上…親として非情になり切れぬのは当然です」

「陛下。殿下…心中、お察し致します」


 報告書の提出者はジオニダス=ギネーブ将軍であり、先日北の砦でスタンピードを抑え、その原因と目される”城壁崩し”なるユニーク種のサイクロプスを討伐した功労者だ。王国の重鎮としても信頼のおける人物であり、今回の報告にしても一切疑う余地はなかった。

 だからこそ、彼等には大問題なのであるが…。


 報告書の内容は…周辺国を悩ませていた”城壁崩し”討伐の功績はそのほとんどが霊峰歌撃団のものであり、彼等がいなければ王国は大きな被害を免れなかったであろう…というものだった。

 そして、そのリーダーが五歳の幼児であり、怪しげな術でもって魔物と合体して、モンスターだけでなく人類陣営までも引っ掻き回した。将来性は抜群過ぎる連中だが、下手に取り込もうとすれば絶対痛いめに遭うのでやめておくように…との進言もあった。


「やはり鑑定台で視た”異世界記憶”はかつての勇者転生の証だったのだ!でなければ、五歳児がこのような戦闘集団のリーダーにおさまっている事の説明がつかぬ!」

「ですが、陛下…世の言説ではユニークスキル”異世界記憶”の保持者は、幼さ故に己を転生者と勘違いした被害者だと…。それに”異世界記憶”は勇者になる前…異世界召喚時の記憶を切り取ったものであり、過去の勇者の方々とは連続性が無いという結論に…」

「ええい、それも今現在の言説というだけではないかっ!時代が変わってもその説がひっくり返らぬと断言できるのか?」

「い…いえ…」


 宰相が反論の余地もなく口を噤む。

 迷信というのはまるきり根拠が無いわけでもないから恐ろしいのだ。


 王子も父王の側に立って話を進める。


「実際、過去に幾度も災厄級の被害が出ている以上、言説の正誤など大した意味も無いでしょう。大切なのは我が王家に凶事の種が生まれてしまったという事実だ。ギネーブ将軍もその子供の風体から、王家との繋がりをそれとなく探ってきておりました」

「なんと…成長すれば更に余に似てくるとか……笑い話にもならんな。やはり、そんな噂が立つ前に早々に決着をつけねばなるまい」

「しかし、守護者が…」


 宰相が言い切る前に王子が口を挟む。


「王家との繋がりを疑われる前だからこそ、今の内に始末せねばならないのです。決して足がつかぬ相手を選んで、事故に見せかけて…ね」

「はぁ~…殿下、貴方にとっても弟でしょうに…」

「おやおや、私に帝王学を教えたのはどなたでしたっけ?こうやって瑕疵を一つ一つ潰してきたからこそ、今の王室(われわれ)が存在するんですよ。五年前の陛下のようにね…」

「ははは…どうやら私の生徒は想像以上に優秀だったようだ…」


 宰相が自分の弱気を認めて全面降伏した。


 確かに王族に生まれたからには身内で殺し合うことも、権謀術数で非情になり切る事もあるだろう。政権の中枢にいるつもりだったが、まだまだ王家の傍観者でいた自分に気が付いたのだ。王族への遠慮もあったのは確かだが、手を汚すなら自分が率先するべきだったのに…。


「もう、迷いません。それでは暗殺の手配は私がしておきます」

「うん、ありがとう。さすが宰相だ」

「うむ、手間をかける…」


 親子二代の教育係を務めてきた男は、非人道であっても二人を誇らしく思った。


 しかし、宰相は自分で教えておきながら一つ忘れていた。

 決断において最も重要な事は、非情になり切ることでも覚悟を決める事でもない。

 最も重要で難しい事は…引き際を見極める事である、と。


 この時点で自分達が引き際を誤っている事に…彼等は未だ気付いてはいなかった。


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