不倶戴天
本日投稿三回目。
コゴロー=モーリという名の茶トラ猫。
このクソ猫はどうにも異世界の匂いがぷんぷんしているんだよな。
名前の由来は、俺達を拾ってきたファラ姐(ドラゴン乙女)が秘宝・鑑定祭壇で確認したから間違いないだろう。
おそらく名前の元ネタは、名探偵コナンのおっさんキャラ:毛利小五郎からの引用と思われる。良いとこ取りのモブ野郎ってところが、実にアイツらしいお似合いの名だと思う。ならばコイツは異世界転移したって話になるのだが…。
まあ、そっちは割とどうでもいい。
最も重要な問題は、俺が生粋の犬派で奴が狡賢い猫野郎だって事だ。
そう、俺とアイツは相性が最悪なのだ!
お互い媚びる性質と生態が被るうえ、奴はここに三十年も住む古株だ。加護も複数もっているらしく、俺が喉から手が出るほど欲しい”不老”をも得ているっぽいのだ。そして、図々しくも俺を差し置いて、ルゥ兄ぃにニャンニャン媚びを売ってはメシをたかる。
まあ…古株の奴から見れば俺の方が、縄張りを荒らした泥棒犬なんだろうが…。
そんなわけで同じ天を仰げぬ宿敵同士、互いの意地と信念と生活を賭けるこの戦いはどうあっても避けられぬ運命なのだ!
「てなわけで…ちねや、おらーっ!!」
俺は本気でぶっ殺すつもりで棒切れを振り下ろす。
ひょい…
カツン!
「うぬぅ、かるがる避けおってぇ…にゃまいきなっ!」
よちよちどたどた…すかっ、カンッ!
非力な三歳児ゆえ上から振り下ろすことしか出来ず、頭が重いので身体のバランスも悪い。これでは四つ足の畜生に追いつける道理はないが、俺には持久力に優れたルゥ兄ぃの加護がある。
たとえ勝てずとも、ルゥ兄ぃにコゴローを会わせないだけでも俺の勝利は成立する!
俺は保護者の浮気を阻止し、奴はお昼ごはんを食べ損ねて敗北感とひもじさを味わうのだ!
俺が初めての勝利の予感にほくそ笑んだ時だった。
それまで余裕で避けていたコゴローが、僅かなイラつきを顔に出して後ろへと距離を取った。
そして、カッと大口を開けると…
ぽわっ!とバレーボールくらいの炎の球体が出現した。
「なっ!?」
見るのは初めてだが知っている。ファラ姐の加護・ドラゴンブレス(微)だ。
ふわふわの火球は速度も見かけ通りだったが、ぽっちゃり三歳児のフットワークはそれ以下だった。
ぼぶぁふッ!
「ぎゃぶぉ!?!」
直撃を喰らった俺が、爆風に呑まれた。
炎が纏わりついたのは一瞬で、直後に俺は尻餅をついていた。
「あ…ああ……………あ、ありぇ?ッ!?い、いったぁあああぁーいっ!!」
手を見るとちょっと赤くなった程度だが、齢三歳のむちむちお肌にはその程度の火傷でも生まれて初めて感じる激痛だった。
「あひいぃーっ!あうぅァ、イダダダダァアアアーーッ!!」
一瞬で心が折れて、泣いて転げまわる俺。
たとえ加護の御蔭で数十秒で治ると知っていても、ほんの少しの時間さえ耐えられないのが俺に前世なんて無い証拠だ。正しく俺は、頭でっかちなだけの幼児なのだ。
「シュテンーっ!どうしたのっ!?」
俺の悲鳴を聞いて、ルゥ兄ぃがハウスから飛び出して来た。
「びええぇ~~ん!るぅにいぃ~!こごろぉにいじめられたぁ~~っ!!」
「……………」
ルゥ兄ぃはしばし俺達を交互に見やった後、うんと頷いてから手にした皿をコゴローの前に置いた。
「コゴロ~、絶妙に手加減してくれたんだね?ありがとう。君はお利口さんだね♡」
あろうことか…ルゥ兄ぃはクソ猫を褒めながら喉元を撫で始めた。
まさか…ルゥ兄ぃに裏切られたぁ!?
俺は大いなる絶望を経て、更なる大号泣に突入した。
「うびゃあああぁぁん!!ぎゃおおおぉ~~ん!!」
いやまあ、嘘を吐いた俺が悪いのは理性じゃ理解してるんだよ。でも…だからってこんな仕打ちはないと思うんだ。
コゴローめ、気持ち良さそうに喉を鳴らしやがって!それは俺の特権なんだぞ!
ぐぬぅ、美味そうにルゥ兄ぃの手料理を喰いやがってぇ!
嫉妬と怒りと復讐心が、ボッキリ折れていた俺の心を一瞬で溶接した。
幼児の心は脆い代わりに復活も早いのだ!
「ふんっ!」
俺は嫉妬を糧に立ち上がると、一瞬で半ズボンとパンツを脱ぎ捨てた。
くるっと向きを変えてしゃがみ込むと…
ぷりぷりぷりぃ…
「ッ!?フゥッシャアアアーーッ!!!」
「うわあ!?こらシュテン!ウンチはおまるにしなさいってあれほど…」
すまん、ルゥ兄ぃ。これはプライド無き縄張り争いであり、あらゆる手段を尽くさねば生き残れぬケダモノ同士の生存競争なのだ。
俺の最終兵器に全身の毛を逆立てたコゴローだが、一瞬だけ口惜しそうに餌皿を見つめ…げんなりした顔になると臭いから逃げるように元来た方へと走り去った。
「ぐしゅ…ん…くへへへ……きょうのとこりょは、いたみわけにしといてやるじぇ」
ルゥ兄ぃの水魔法ウォシュレットで尻を洗われながら、コゴローに捨て台詞を投げかける。
ふふん、生存を賭けた戦いに卑怯も汚いもないのだよ。
……アハハハ…
……ん?どこからか笑い声が聞こえるような…
**********
「あーははははっ!!何、あの子、すっごい面白いんだけど~!ひーっ、おかしーっ!!」
神獣の娘ミュルンは久しぶりに笑った。
いや、もう抱腹絶倒ってくらい笑い転げていた。
ルシュルゥが溺愛している子が気になっていたのは確かだが、あそこまで無茶苦茶な子だとは思わなかった。どうせすぐに大きくなって山を降りていくんだと思っていたが、あんなに面白い子なら仲良くなっておくのも悪くないかもしれない。たとえ、いつか別れが辛くなろうとも…。
「それにしても、あのいつもお澄ましさんだったルシュ君が、あんな優しい顔をしてるなんてね。それもあの変な子の御蔭なのかな?」
「ルゥ兄ぃはおりぇのママンだからせかいいちやさしいにゃ。なんかきこえると思ったりゃ、おりぇのことをわらってんのきゃ?」
「へっ!?」
突然聞こえた声に振り返ると、そこには見覚えのある幼児が一人。
それも下半身丸出しの状態で仁王立ちしていた。
どうやらあの後、間を置かず駆けて来たらしい。
あんな大声で笑い転げていれば当然である。
「ちかづけば逃げまわりゅし、隠れてこしょこしょするちぃ……そこになおりゃあ!おりぇが根性たたきなおちてやるらぁーッ!!」
「えっ!?ちょま…せめてパンツを…って、きゃあーっ!!」
丸出しスタイルで飛び掛かってきたシュテン。
ミュルンが思わず眼を背けたため、首っ玉に取りつかれてへそ出しルックのお腹にプニョンとお粗末なモノまで押し付けられた。
「ひいいいぃぃーっ!!」
脆弱よわよわ幼児に怪我をさせそうで下手に手で払えず、四つん這いになって逃げるしか出来ないミュルン。そして、そんな尻尾を巻いて見せる獲物に、犬派の幼児は調子に乗って八つ当たりを加速させる。
「うらーっ、てんちゅーじゃい!」
がぶり!
犬系統獣人の弱点であるケモ耳に、シュテンは思いっきり噛み付いた。
「ふっぎゃああああぁーーっ!?!」
全身硬直の後、ミュルンは白目を剥いてバタンと倒れた。
だが、その程度じゃ我儘な三歳児のフラストレーションは治まらない。
ガジガジと敏感なケモ耳を蹂躙し続ける三歳児の下で、獣人幼女は泣きながら全面降伏の白旗を上げるのだった。