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シュテン童神  作者: 追川矢拓
第二章
20/61

プリキュア

 ルシュルゥ・ミュルン・ガーグの三人は院長代理という青年アルトの歓待を受けていた。


「この度は我が孤児院への差し入れ、誠にありがとうございます。俺もここ数か月、串焼きの味なんて忘れていましたよ。ははは…」

「喜んで頂けて嬉しいです。それに元はウチのシュテンが悪かったので…」


 そういうルシュルゥも子供にしか見えないハイエルフだが、本当にちょっと嬉しそうだ。本人も気付いてなさそうだが、他人にシュテンの親であるとアピールできる事に幸せを感じているのだろう。本当に只の親バカである。自分からすすんでチート能力を使わないルシュルゥだが、シュテンの要請があれば躊躇なくこの孤児院の食糧難も解決してしまうだろう。

 昔のお澄ましで取っ付き難い少年はどこに行ったのか、と改めて首を傾げるミュルンだ。

 

「それに少なくない寄付まで頂いてしまって…」

「こういう時は有り金全部差し出すのが漢ってもんス」

「どうせ、一回歌って踊れば稼げるお金だもん。気にしないで」

「アハハ…恩恵を受けてなんだが、ここは子供の安易な金銭感覚を正すべきなのかな?」


 アルト青年も苦笑するしかない。


「このファイリンザー孤児院はスラムが近い事もあって、昔から男の子は半グレギャングどもに引き抜かれ易かったんですが、三ヵ月ほど前に院長先生が亡くなってからゴッソリ男の子たちが出て行ってしまいまして…。まあ、俺達卒院生が満足に食べさせてやれなかったのも悪いんですがね」

「ああ…それで女の子ばかりなんだー」

「ええ…残った男の子達は幼児ばかりで、彼女達もグレてしまった兄弟たちの二の舞を避けるべく弟たちには過保護と溺愛を注ぐようになって…。まあ、悪い事した時の鉄拳制裁も苛烈になっちゃったんですが…」

「「「ああ~…」」」


 三人揃ってポン!と手を打つ。


 シュテンが失礼をかました時の制裁は、ミュルンの眼から見てもまさに電光石火だった。反射的に躾が身に染み付いているお姉ちゃんの習性だったのだ。


「そういえば…ここもスラムに呑み込まれそうって聞いたんですが?」

「ああ…そんな事まで言っちゃったんですか…。確かにウチは躾の利いた女児が多いってことで人身売買組織に目を付けられたみたいで…その所為で俺が安心して冒険者の仕事を続けられなくなってしまい…」

「対応策は考えてるの?」

「卒院生に手紙を送って他に先生になってくれそうな人を探してます。しかし、みんな自分の仕事や新しい家族の事で手一杯で、たまの仕送り以上のことはなかなか…」

「大変なんスね…」


 今度は皆そろって、ハァ~と溜息を吐く。


 霊峰歌撃団にはこれ以上関わるほどの縁も無いのだが、どうにも遣る瀬無い話である。勿論、ルシュルゥやミュルンのチートじみた能力を使えば幾らでも打開策はあるのだが、今は無き神々から受け継いだ力を使う理由が只の同情っていうのはどうにも弱い。世界を護る”守護者”の能力を人の社会に使っても、代わりに他の誰かが不幸になるだけ。幸不幸の配分をかき混ぜるだけの虚しい後味になると、そこそこある人生訓で思い知っているのだ。


 ただし、唯一の例外がシュテンである。


 どんなに愚かな選択でも、シュテンの意志で決めたのなら歓んで理外の力を使おう。親となり、リーダーと仰いだその日から力の在処が定まった。その結果、たとえ不幸になる者が増えたとしても…一緒に泣いて後悔し、一緒に罪悪感を背負ってやろう。無邪気で気分屋、ごちゃごちゃと理屈を考えない。それこそが神の力の正しい在り方なのだ。



 そんな人知れず孤児院の運命を握っているシュテンの現況は…


「シュテンちゃん、お肉美味しかったよ~。ありがとね。チュッ♡」

「もう、この頬っぺのプクプク感が堪らない!このままボク達の弟になっちゃいなよ~♡」

「シュテンちゃんは痩せるときっとイケメンになると思う。でも、このふくふくしさの方が百倍可愛いけどね。ぷにぷに♡」

「ねえ、シュテンくん♡お姉ちゃんが嫌なら、お嫁さんになったげようか?」

「ダメ~!シュテンお兄ちゃんのお嫁さんはあたちがなるの~!!」

「ズルイ!あたいもお嫁さんになりゅ~!!」


 ただでさえモチぷよで第一印象抜群だったのに、餌付けまで済んだお姉ちゃん(一部妹)たちの好感度は爆上がりだった。餓えにより本能が磨かれ、シュテンの将来性を見抜いたのだ。

 ただし…この早過ぎるモテ期を五歳児が喜べるのかというと…


「ぅああ……おねえちゃん………こあい…」


 スキンシップの激しい女児たちの攻勢で成人男性の苦労を味わった五歳児は、急激にやつれてぐでーんと死んだ魚のようになっていた。

 幼女の拷問技…拾った仔犬を可愛がり過ぎて衰弱させてしまうアレである。

 ちなみに…数多のキスマークや歯形の中の目立たぬ位置ふくらはぎに、複数のお姉ちゃん達に女のプライドを刺激された誰かさんの牙の痕があったりなかったり…。


 その誰かさんは仲間達とひそひそ相談していた。


「………ねえ、ルシュ君。ボスを助けなくていいの?」

「う~ん…人の一生は短いですから、こういう苦労も貴重な経験かと…。それに物心つく前からコゴローと争っていたシュテンは、見かけと違って負けん気が強いんです。心配要りませんよ」

「ふーん…」


 過保護であったりギリギリまで突き放したり、ハイエルフ少年の教育方針はフェンリル少女には理解不能である。ただ…一つ異議があるとすれば、あの我侭なボスが普通に人の一生に甘んじるとは思えないのだが…。都合の良い願望かもしれないが、ミュルンの女の勘が微かにそう囁くのだ。


「オヤビ~ン……諦めたらそこで終了っスよ~」


 女児たちのパワーに脅えたガーグが、やや離れた場所から控えめな声をかけている。たぶん、異世界の名台詞を言ってみたかっただけだろう。


 だが、死んだ魚の眼がぼんやりとガーグを…その背負った小さめのリュックを捉えた時、引火したガソリンの如く消えかけていた命の炎が燃え上がった。


「うおおおおおおおっ!!」

「きゃあっ!?」

「なになにっ!?」

「きゃん!?」


 纏わりついていたお姉ちゃん達を振り落とし、闘志を奮い立たせたシュテンが立ち上がる。


「俺を弟と呼んでいいのはルゥ兄ぃだけだ!いや、それ以前に寄ってたかって俺にマウントを取りやがったのがちょー許せん!今日この場で上下関係というものを確定してやるぞぁ!……ガーくん、あれを持ていッ!」

「ははーっ!!」


 ノリの良いガーグが時代劇風に恭しくリュックから取り出したのは、二つの紙芝居台本だった。

 王都のお友達にマウントを取るためにリュックに忍ばせていたシュテンの集大成であり、大切な商売道具となる作品だ。ちなみにリュック用途のメインは、みんな(ガーくん以外)が食べる三時のおやつの収集・保管用である。

 

「ふむ……」


 シュテンは差し出された台本二つの前で、しばし考える。


 台本のタイトルは『ヤッターマン』と『ふたりはプリキュア』だ。一般的に受けが良いのはヤッターマンだが、このファイリンザー孤児院は女児が多い。プリキュアの方がより良いだろう。


「ここはプリキュアで…いいよな?」


 一瞬だけ、なんか変な予感を感じた気がしたが…ルシュルゥほど勘の鋭くないシュテンはあまり気にしなかった。

 この選択を後日…シュテンは後悔することになる。







          *****************







『♪ プリキュア プリキュア プリキュア プリキュア ♪

 ♪ プリティでキュアキュア ふたりは プリッキュア~! ♪


 ♪ 一難去って、また一難 ぶっちゃけありえない!! ♪

 ♪ 制服着ててもふたりは むちゃくちゃタフだしぃ ♪

 ♪ お互いピンチを乗り越えるたび 強く近くなるね~ ♪


 ♪ your best! my best! ♪

 ♪ 生きてるんだから 失敗なんてメじゃない! ♪

 ♪ 笑う門には福来るでしょ! ネガティブだって ブッ飛ぶぅ~! ♪

 ♪ 生命いのちの花 咲かせて 思いっきり~ もっとバリバリ!! ♪


 ♪ プリキュア プリキュア プリキュア プリキュア ♪

 ♪ プリティでキュアキュア ふたりは プリッキュア~! ♪』


 俺が『ふたりはプリキュア』のオープニング曲”DANZENふたりはプリキュア”を歌うと、床に座って俺を見上げるお姉ちゃん達がポカンとした顔をしていた。

 くくく…初めて聴く速い曲調に初めてのポップな歌詞だ。度肝を抜かれるのも無理はない。まあ、第一話終了後にはアンコールの嵐だろうがな。

 その時は第一パートだけじゃなく、第三パートまでフルで聴かせてやってもよい。


 op曲が終わると俺達は進化形紙芝居アニメモドキの講談を開始した。

 当然、ナレーターが俺シュテン。キャラ声優はキュアブラック役をミュルン。キュアホワイト役をルゥ兄ぃ。敵のザケンナーをガーくんが担当している。特に配役の練習などしていないが、これはイメージ通りのハマリ役だと思っている。ルゥ兄ぃはちょっと恥ずかしそうにしているけど、それが清楚なお嬢様役にはぴったりマッチしていた。


 概要は敵役の魔物ザケンナーを魔法の力で変身した少女二人が、決めの必殺技以外ほとんど格闘で戦うスーパーヒロイン系のお話だ。力のブラックと技のホワイトの友情や葛藤が女児の共感を得やすい。一部ファンの間では”原初にして最強”との呼び声も高く、後のプリキュアシリーズと比べても断然人気のある名作である。


 そんな名作だから最初の呆けたポカン顔から興奮のキラキラ眼になるのもあっという間で、俺にマウントを取っていたお姉ちゃん達は今や俺の言葉に一喜一憂だ。俺の描いた効果音バリバリの漫画風カラー紙芝居&アニメを意識した声優の台詞や演技の完成度にもメロメロである。碌な娯楽も芸術も無かったこの孤児院には、俺たち霊峰歌撃団の講演は正しく青天の霹靂だったのだろう。

 約三十分の講演の終盤になると、二十数人のお姉ちゃん達は感動の涙をだばーっと流しながら最後まで視聴しようと必死に眼を開けていた。

 なんか思ったより突き刺さってるようで、ちょっと怖くなって来るんだが…。


 講演が終わった直後、俺達は涙と鼻水だらけのお姉ちゃん達に取り囲まれた。


「うえ~ん!シュテンちゃん、すっごく良かったよぉ~!!」

「ぐすっ!すん!こんなの観たことないよ~、わああ~ん!!」

「感動したよっ!!世界には夢が拡がってるんだって!!」


 あまりの剣幕に圧され、ちょっと引いてしまう俺。


「そ…そうか。喜んでくれて良かったぜい…」


 まあ、ここまで感動してくれるのは素直に嬉しい。

 よくよく聞いてみると、孤児院出身の女子なんて碌な将来を期待できないらしく、せいぜい当たり障りのない男を見つけて結婚するしか夢と呼べるものはなかったという。

 しかし、俺達の講演を観て眼からウロコが落ちてしまった。知ってしまった。夢とは無限に拡がっているのだと…。


 ただ…異界の知識を得ることの功罪をよく知る俺としては、些か収まりが悪い。もしかしたら、無謀で残酷な夢を植え付けてしまったのかもしれないのだ。


「わたし…プリキュアみたいに強くなりたいっ!!」

「ぐすん…あ、あたしも強くなるんだからっ!!」

「っく、すん…身体強化を鍛えれば…なれるかなあ?」

「ね、シュテン君はどう思う?」


 なれるわけない、とは絶対に言えない雰囲気だ。

 それに、都合良く俺の隣には代案が転がっていた。


「そ…そうだな。これでもミュルンはAランク相当の実力があるから教えて貰うといいかも?」

「えへへ…がってんだよ、ボス♡」

「「「ほんとぉッ!?!」」」


 くふふ…数多の尊敬と感謝の眼差しにあてられて超気持ち良い。

 俺のマウント奪取の逆転劇はここに成れり!

 もしかしたら、チワワから柴犬くらいにはランクアップしちゃったかもしれない。


「あ…でも、私たちいっつも腹ペコで痩せちゃってて…」

「ガリガリのヒロインなんて可愛くないよね。ぐすん…」


 おいおい、俺の前でネガティブ発言なんてポポイのポイだぜ!


「そんなもん、中庭に無限に成る果樹でも生やせばいいだろ?ルゥ兄ぃ、いいよね?」

「ふふっ…歓んで引き受けるよ、シュテン♡」

「えっ?はあッ!?」


 疑問符を浮かべるお姉ちゃん達の前で、中庭に出たルゥ兄ぃが奇跡の一端を披露した。

 ぎゅるぎゅると伸びる樹木に花が咲いてたわわに果実が実ってゆく。中庭が小さな豊穣の森に生まれ変わっていく奇跡は、慣れ親しんだ俺の眼にも神聖な光景である。

 顎が外れそうなアホ面になるお姉ちゃん達を見て、なんだか楽しくなってきた。


「ぃよぉーし!この際だ、なんか困ってる事があればついでに解決してやるぞ。勿論、俺達に出来る程度のことだけ…だがな」


 こんな奇跡を見せておいて判断基準も何も無いだろうが、どうやらお姉ちゃん達には共通の悩みがあったらしく急にもじもじし始めた。


「あの…こ、これでもなるべく身体を拭いてたんだよ。でも、出来れば毎日水浴びしたいなって…」


 恥ずかしそうに言ったお姉ちゃんの後に、全員が顔を真っ赤にして顔を隠してしまった。

 俺より年下の弟妹連中は、不思議そうに自分の服をくんかくんかしている。

 別にお姉ちゃん達に囲まれても臭くなかったし、あんまり気にしないでもいいと思うけどな。

 だが、そっち本面ならちょうど大得意な子がいた。


「ガーくん、浴場って造れるかい?」

「任せといて下さいッス、オヤビン!早速、院長代理に改造できそうな部屋を聞いてくるッス!」


 力仕事はもちろん、簡単な土魔法も使えるガーくんに任せておけば間違いない。


 それから…感動のあまりまた俺に飛び掛かって来そうなお姉ちゃん達を牽制すべく、早速マウントによる命令を行使した。


「それじゃ、お姉ちゃん達はルゥ兄ぃのところに行って収穫を手伝うように!弟妹たちには特別任務を与えてやるからこっちな」

「「「「「ええぇ~っ!!」」」」」

「「「「「やったーっ!!」」」」」


 不満の叫びをあげるお姉ちゃん達をおいて、弟妹たちが駆け寄ってくる。

 その数はよちよち歩きの二歳児♂を入れて六人。妹が二人に弟が四人か…。


 くっくく…何気にお兄ちゃんって響きが俺のテンションを上げてくれるんだよね。

 お前等は俺の理想の兵隊に育ててやろうじゃないか!


「諸君!今日より君たちを”弟妹合唱団”に任命するっ!!俺がちょいと苦手な綺麗系のアニソンやバックコーラスをいろいろ覚えてもらうからなっ!!」

「「「「「「ひゃっはーーっ!!うぉおおおーーっ!!」」」」」」


 ほほう…思ったよりノリの良い弟妹たちじゃん。

 お兄ちゃんもなんか嬉しくなってきたぞ~!



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