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すつる神あれば引きあぐる神あり

作者: 月城 月華

とろりとした乳白色の液体が、酒瓶から落ちて注がれる様はどこか官能的で背徳感があると、重野忠行はぼんやりと思った。

グラスを持ち上げてぐっと一気飲みすると、まろやかな米酒の甘さが広がり躰がカッと熱くなった。

どこか恋に似ている。と少し感傷に浸りかけて、眉間をぐっと抑えてその感情を振り払う。

自分はそれを忘れるためにここに来たはずだ。

顔を振って何かを振り払い、美しいグラスにもう一度、今度はなみなみと酒を注いだ。

あえて選んだ濁り酒の白にグラスを通して光が乱反射して表面が薄青や薄紅に染まっていた。

ゆらゆら、ゆらゆら揺蕩う水面から目をそらし、窓の外を見やると、森の緑と幅広の川の対比が美しい風景が一面に広がっていた。

ーー美しい。

素直にそう思った。


暫くその風景を飽きもせずに眺めているとブブっと、この原風景にふさわしくない音が鳴り響いた。

しぶしぶ携帯をとると、そこにはおおよそ三年ぶりに見る名前が表示されていた。

少し逡巡し、しかし久しぶりにその男と話したくて電話を取った。


「はい、重野です」

「おーー、出た出た。良かった。俺だよ、礼音だ」

「オレオレ詐欺か、切るぞ」

「うぉっと、荒れてんな。つーか、オレオレ詐欺するほど困ってねぇよ」

「……相変わらずむかつくやつだな。それで?今更俺に何の用だ」

「ーーーーまあ、話をきいてな。心配になった」

こいつのこういうところが嫌なのだ。素直にざまあみろと言ってくれれば金輪際連絡を取らずに済むものを。

「そうか。ーーそうだな、お前の言うとおりだった。お前の言うことを聞かなかった俺はここにこうしてやさぐれているというわけだ。いい気分か?」

「……俺もさ、この話が分かったときに『ほらみろ、俺の言ったとおりだっただろ?』ってなればよかったんだけどさ、なんでかな、ただお前のことが心配でな」

自分の感情をどこか持て余しているようなこの男の言葉に、俺は何とも言えない気持ちになった。

「まあ、なんだ、重野。思ったより俺はお前と絶交したの気にしてたっつーか、仲直りしたかったっつーか……、あんときはごめん。なんとなくそう思うってだけでお前の気持ち無視して」

早口でまくし立てて謝ってくるこの男の様がなんとなく懐かしい。思えば、小学校時代にケンカした時もこうしてこいつが早口で謝ってきてくれていたのだ。

「いや、俺もあの時、お前の話をちゃんと聞けばよかったと思っている。ーーすまなかった」

そう俺が謝るのを聞いて、電話の向こうで相手が息をのむのが聞こえる。

ややあって、脱力したように大きく息を吐き出したのが聞こえた。

「良かった、ただっちと仲直りできて。俺、ずっと気がかりで」

気がかりなら、連絡してくればいいものを、相変わらずの意地っ張りだなと少し意地の悪いことを思いながらふわっと笑う。

すつる神あれば引きあぐる神ありとはよく言ったものだ。

「……なあ、礼音。離婚めでたく離婚した記念だ。お前もこっち来ないか?」

「えっと、行きたいけど、お前どこにいるんだよ」

「佐賀県姫野だ」

「遠い!!お前、会社辞めたと思ったらそんなとこにいるのかよ」

「ああ。お前も知ってると思うが、元奥さんの不倫相手といっしょに仕事するのは気まずくてな、ちょうど良い転職先が見つかったタイミングでもあって辞めたんだ」

「……一日待って。俺有給たまってるし、使えって言われてたからいけると思う」

「了解。ーー礼音と久しぶりに話せてよかった。こっち来たら酒をおごるよ。ここの酒うまいんだ」

「おう!!楽しみにしてるぜ」

ツーツーツー

切れた電話から目をそらし、もう一度窓の外を見やる。

すつる神あれば引きあぐる神あり。

この原風景で一度童心にかえり、また一歩を積み上げていこうと素直に思ったのだった。

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