花瓶と絆創膏
小林 緑は使われなくなった屋敷を一瞥し、地図を見る。言わば記されていない集落──廃村だ。
他の家屋は倒壊し、かろうじて現存している家も時代を感じさせるものだった。
越久夜町からかなり離れた、とある山の中に廃村はある。名家が管理している屋敷にある物を査定して欲しい、と頼まれたのだった。
「御屋敷だけまだ人が住んでるみたいだね」
「ええ、女中さんが住んで管理しているみたいです」
佐賀島 辰美が当たりをキョロキョロしつつもついてくる。
「壺って、いわく付きなんじゃ」
「至って普通の品ですよ。屋敷の親族がたまに家財を骨董に出しているようです」
呪われた廃村の壺、なぞというオカルト的な想像をしていた彼女はなんだと苦笑した。
「じゃあ、行きましょう」
例の品は古めかしい割に対した値段ではなかったが、こちらで商品にする事になった。
女中は贋作などどこでもありますからねえ、と朗らかに微笑み、高価そうな菓子をくれた。
「お二人とも。道が悪いですからお気をつけて」
そう言って見送ってくれた。
「良い人だったね」
「まあ」
「独りで寂しくないのかな…あの人」
振り返り、ポツリと呟く。
「あっ」
石に躓き、緑は転けてしまった。骨董品は辰美が持っていたから無事だったが、腕を強打してしまい、呻く。
悪路だとはいえ、足元の石を失念していた。
「大丈夫?!」
咄嗟にワイシャツをめくられ、ため息を着く。
「な、なにこれ?!」
血は滲んでいたが、他の傷を見られてしまった。「緑さん、ストレス溜まってるなら私に相談してよっ」
身に覚えのない自傷行為の跡を目撃され、困る。
「ストレスは溜まっていませんよ。ただ、たまに気が狂うだけです」
「ええっ…それ、ともかく!絆創膏」
ポケットにしまっていた絆創膏のカバーを剥がすと、出血した傷に貼ってくれる。
「私ね。緑さんが好きだよ」
「は?」
「だから、自分を傷つけないでね」
泣き笑いのような表情を見せられて内心、戸惑う。彼女はたまに理解不能な発言をする。
「花瓶、割れなくて良かったです」
「花瓶なんだこれ…」