己の味方は己しかいない
開闢軸の緑さんと有屋 鳥子さんの会話。
緑さんは目の前に置かれたアイスコーヒーを眺め、有屋 鳥子が遠慮なく同じくオーダーしたアイスコーヒーを飲むのに視線を移した。
「バーでアイスコーヒーを飲むなんてイカレてると思っているでしょう?」
「いえ、運転は飲酒厳禁ですから」
佐賀島 辰美に毎夜レイプまがいの行為をされ、いつものように放心していたこちらを有無を言わせずに車に乗せ、見知らぬ土地のバーへ連れ込まれた。
落ち着いた雰囲気の、大人の空間。男女が静かに愛を囁きあっている。
それを横目に辰美の囁きや艶めかしい手つきがフラッシュバックする。もはや抵抗はしていないが、どうも気持ちが悪い。
「貴方は同性同士に恋愛感情や肉欲を抱かない方でしょうから、辰美さんの感情は理解できないわね。理解する必要もないけれど」
「理解できませんでした」
「それが世の中では普通よ。生物としても」
有屋は無表情で静かに言う。
「あちらの貴方を知っているの。一度、会ったでしょ」
「…あちら」
「辰美さんにも先輩にも会っていない、貴方」
(そんな世界もあるのか)
「未来、貴方は彼女と出会うわ。その時に…ある時に貴方は嫉妬に潰されるか否かで、か弱い小林 緑の運命は変わる」
訳が分からなかった。未来に、その小林 緑と出会う?
「どん底から這い上がれる力がある。自由になる権利がある。まだ、小林さんにはそれが残されているの」
緑さんは純粋に首を傾げた。
「意味がわかりません」
「最高神にも、辰美さんにも秘密よ。私は魂を運ぶ舟でもあるの。貴方をこの世界から逃す力を有している」
「…それは」
乾ききった唇が震える。いきなり希望を差し出され、どうしていいか…。
「未来、遠い遠い途方もない未来に、最初に立つ貴方に出会う。そうして共に過ちを繰り返さないよう突き進む」
「…は、はは」
笑いがもれた。「おとぎ話のようです」
「ええ。でも本当に起きるわ。だからあきらめないで。今は黙って機会を伺うのよ」
有屋 鳥子は無表情を緩めて人らしい光を灯した瞳をした。
「自分の味方は、自分自身しかいない」
(…この人も、そうやって生きてきたのだろうか…)
喉が渇いていたのを思い出し、コーヒーを口にした。「甘い」
「ごめんなさい。マスターに好みの味を覚えられちゃって、多分、めんどくさいから同じ配分にしたのよ」
「…苦いよりは良いです」
有屋さん、意外と良い人だと私は思っています。良い人故にずる賢さがなくて、役に立ちにくいタイプみたいな。
悪く言えば中途半端な人なんです。




