現実逃避
ある世界の緑さんと現実逃避。
「素敵って──」
あれだけ頑丈な木であった刀は細粒砂と化した。それを前に、緑さんはしばしフリーズする。
砂浜が広がり海が唸っている。たくさんの武器の残骸が、これまで破壊されてきた自分自身の物だと無意識に理解した。
「ベリーベリーハッピーな日々を過ごしましょう!それにはキレキレの武器を手にしなくては!」
クルクルと潮風を身に受けて、彼女は愉快に謳う。対岸の崩壊した世界は灰色で淀んでいる。あれは…。
気を抜いたら波にさらわれて、あちら側へ連れていかれてしまう。
「いや、幸せな日々に武器は必要ないのでは」
「何を?貴方、まさか…無力な状態で幸福な生活がおくれるとでも?」
半月の目つきがギラついた。怖気付くのは癪で睨み返すも、あちらは嬉しそうだ。
「無抵抗ではいけませんよぉ??武器をチラつかせながら、道を歩かなければ──」
紳士な手つきで腕を引き寄せられ、社交ダンスの体勢になってしまう。波打ち際、冷たい塩水が足を冷やす。
「私のように痛い目にあいます。さあ!始めましょう!我々の反撃のダンスを!!」
「声がでけえよ」
「わあ。嬉しいですねえっ!お叱りいただきました!」
無理やり踊らされて怒りに足を思いっきし踏んでやった。しかし向こうは痛覚がないのか、ニタニタしている。
(気色悪…私の顔でそんな振る舞いをするな)
「お嬢様。ダンスがとっても下手くそですな」
「あんたが無理やり動かすからだろ」
「シャルウィーダンス?ダンスダンス〜〜~」
「あー、ウザい。もう何も言わない」
ふ、と騒々しい夢を見ていた。静けさに視界をさ迷わせると、己はベッドの上で爆睡していたらしい。
脳裏にああやって、誰かとダンスをした思い出があるのを今、自覚した。
祖父でも母でもない。ましてや三ノ宮 妙順や姉でもない。越久夜町へやってくる前である。
下手くそにダンスをして笑いあった。あれは…。
(案内人は知っているのだろうか?)
案内人なら終始無言を貫くだろう。
(無駄に疲れるのなら、思い出さなくていい。私には…小林骨董店を守るのが精一杯なんだ)
生きるのに精一杯だ。死なないように、補強された日常を綱渡りしてきた。小林骨董店を、祖父と母の思い出を無くさないように強固に心を閉ざしてきた。
ユートピアを恋焦がれる乙女でいられたら、小林 緑はもう少し人格が美しいだろう。
(あの案内人は私に何を押し付けるつもりなんだろう)
これまで善意や悪意を押し付けられてきた。町の商店街内での視線、三ノ宮家からのお節介や──
「ただいま。帰りが遅くなったわ〜」
芽々子が帰宅し、こちらへ笑みを向けてくる。
「部屋が寒いわね。暖房、あげようかしら」
(この人にも甘えっぱなしではいけない…しかし越久夜町には…)
帰りたくない。なぜだろう?
(記憶喪失にでもなって第二の人生でも歩めたら良かったのにな)
壊死した心では帰りたくない理由も追求したくなかった。
(帰りたくない。私は小林 緑でなくてもこの世に存在できる…そうだろ)
案内人、と問いかけそうになり舌打ちしそうになった。
「今日は豚汁でも作るわ!一緒に食べましょ!」




