【番外編】ミハイルがユーグと学友になったばかりの頃
「ミハイル様とユーグ様って、本当に仲がよろしいんですね。今までに喧嘩をされたことって、ないんですか?」
皆で勉強会をしていたある日、ふと気になって聞いてみた。
ユーグ様は学年が違うので、いつも他の課題をやりながら、私たちの質問に答えてくれる。
ミハイル様がユーグ様に質問しているのを見ていて、急に疑問に思ってしまったのだ。
ミハイル様って、よくユーグ様に質問されてるなって。先生よりもユーグ様に聞くほうが多いのではないかしら。
ユーグ様のことを、ミハイル様は特別信頼しているみたいだ。
「急になんだい、ナタリー。ユーグと喧嘩? いや……どうだったかな。ないと思うけど」
少し気まずげに言葉を濁したのはミハイル様。
「喧嘩というほどのものは、ないですかね」
余裕の表情でそう答えたのはユーグ様。
その二人がチラリと目を見合わせて、少しだけ困ったように、だけどなんだか楽しそうに笑って、それ以上なにも言わなかったので、私もそれ以上深く聞くのをやめたのだった。
*****
~~ミハイル王子が5歳の頃~~
リラリナ王国の第二王子、ミハイル王子が5歳になったとき、これから一緒に勉強していく学友として、ルクセン侯爵家の嫡男、ユーグが選ばれた。
普通なら同じくらいの年齢の学友が選ばれるものだが、ミハイル王子よりも3歳も年上のお兄さんであるユーグが選ばれたのには理由がある。
何人もの学友候補の貴族の子どもと一緒にミハイル王子を遊ばせてみたものの、同年代の子どもは誰も王子の遊び相手としてついていけなかったからである。
それこそ赤ちゃんの頃から、色んな子どもが連れてこられたけれども、ミハイル王子が走り出した頃に、同じ年頃の子はまだハイハイをしていた。
ミハイル王子が普通に会話をし始めた頃、他の子たちはまだ、一言、二言くらいしか話せなかった。
少し年上のお兄さんたちも、他にも何人か候補にいたけれど、自分よりも小さなミハイル王子にあらゆる面で抜かされた子たちは皆、泣き出したり、拗ねて帰ってしまった。
――お兄さんといっても、その時せいぜい5歳やそこら。まだまだ、幼かったのだ。
唯一ルクセン侯爵家のユーグだけが、3歳年下のミハイル王子に抜かされることもなく、泣いて帰らず、遊び相手になっていた。
そのユーグがそのままミハイル王子の学友になることは、誰もが納得する人選だった。
大好きなお兄さんであるユーグが学友に選ばれて、ミハイル王子は子どもらしく飛び跳ねて喜んだ。
一緒に勉強が始まってしばらくは順調に、教師たちが驚くほどの早いペースで勉強が進んでいった。
しかしそんなある日のこと――
「つまんない。やーめた!」
「な、急にどうされたんですか、ミハイル王子!?」
「今日はもう勉強する気分じゃなくなっちゃった。遊んでくるよ。じゃーね!」
数学の授業中、突然そう言ったかと思うと、ミハイル王子はユーグや先生の返事を待つこともなく、勉強を投げ出し、あっという間に走り去ってしまった。
「……やれやれ、またミハイル王子の悪い癖がでましたな。ユーグ君と一緒に勉強をし始めてからはこんなことはなかったんですがね」
ユーグと一緒の残された初老の先生が、ため息をついた。
「そうなのですか?」
「ええ。ユーグ君が学友に決まったときは、それはそれは嬉しそうにされていたのですが。……まあ仕方ありません。もともと気まぐれな方ですから。……おや、ユーグ君。その問題、分からなかったのですか。急に難しくしすぎましたな。ではお教えいたしましょう」
「……いいえ、先生。自分でやってみます」
「そうですか? 私はもうすぐ帰らせていただく時間なのですが……」
「大丈夫です。もう少し、自分で考えたいんです」
「分かりました。では次の授業のとき、見せていただきますね」
「はい。ありがとうございました」
*****
数時間後、もう大分日が落ちてきた頃、勉強部屋のドアをそーっと開ける人物がいた。
授業の途中で抜け出した、ミハイル王子だった。
「ユーグ、もう帰っちゃったよね」
その表情は、授業を途中で放り出したせいか、不安げに曇っていた。
ユーグと二人で勉強していた机には、まだテキストとノートが置かれたままになっていた。
「あれ、忘れていっちゃったのかな」
いつもしっかりとテキストとノートを家に持ち帰って予習や復習をしているユーグには珍しく、今日は出しっぱなしで帰ってしまったようだ。
――もしかしたら、僕が途中でいなくなったから、怒って帰っちゃったのかな。
悪いことをしたと思いながらも、ミハイルはどうしても、あの時勉強部屋に居続けることができなかったのだ。
テーブルの上の勉強道具を片づけようと近づいたミハイルの目に、ユーグのノートが飛び込んできた。
「あ! ユーグあれから問題解けたんだ!」
ユーグのノートには、何度も計算し直した跡があった。
だけど最後には、問題の正しい答えにたどり着いている。
「やっぱりすごいなー、ユーグは」
「いえいえ。すぐに解けたミハイル様のほうがすごいですよ」
「え、ユーグ!? 帰ったんじゃ……」
「勉強道具を出しっぱなしにしたまま帰りませんよ。それに絶対にミハイル様が戻ってくると思っていましたから」
とっくに帰ったと思っていたユーグが、部屋のすみのほうに残っていた。
ご丁寧にドアから入ったらすぐには見えない部屋の角に、わざわざ椅子を移動させて、手には本を持っている。
読みながらミハイル王子を待っていたのだろう。
「ご、ごめんなさい」
――これでユーグも、僕と一緒に勉強するのがイヤになってしまっただろうか。
同年代の多くの子どもたちが、ミハイル王子と遊ぶことを嫌がって帰ってしまったように。
いや、ユーグはそんなことはしないかもしれない。
――だけどもしもユーグが兄上みたいに、悲しそうな顔をしていたら、嫌だな。
「なにがごめんなさいなんですか?」
「……授業の途中で、いなくなったこと」
「それは僕にじゃなくて、先生に謝ることじゃないですか?」
「そうだけど。……ごめんなさい」
「なにがですか?」
「…………」
――3歳年上のユーグよりも、問題が早く解けてごめんなさい。
そんなこと言えない。
ミハイル王子はなにも言うことができず、うつむいてしまった。
「もしかして、僕よりも先に問題が解けたことを気にしているんですか?」
「!? ……あ、いや、違う……」
ユーグの言葉に、思わずビックリして大げさに顔を上げてしまった。
今の言葉が図星だということが、きっとユーグにはバレてしまった。
――どうしよう。せっかく一緒に遊べる友達ができたと思ったのに!!
「ミハイル様、絵を描くのはお得意ですか?」
「え? ああ、絵。それほどじゃないかな……」
「実は僕、絵を描くのがとても得意なんです。それはミハイル様に負けないと思います」
「うん。知っている」
「数学もまあまあ得意なほうではありますが、ミハイル様のほうが得意かもしれませんね」
「……うん」
「剣術や乗馬なんかはミハイル様と同い年のジャックロードのほうが、たしか優れていましたよね」
「うん」
「皆それぞれ得意なことがある。それでいいじゃないですか。できることを隠す意味がありますか? ましてや謝る必要なんてありませんよ。あなたはこの国の王子様なんだから、ユーグより先に解けたぞ!! って喜んでください」
「…………」
「そうしたら、僕は悔しがって、次はもっと頑張るぞってなりますから」
ミハイル王子の心の奥からなにかが湧き出てきて、思わず泣きそうになった。
それは喜びだった。初めて本当に、全力で本心で付き合える友達ができたかもしれないことへの。
だけどどうしても、心のどこかでユーグも逃げだしてしまうんじゃないかという不安が、拭いきれない。
「本当に? もしも何度も何度も僕が勝っても、ユーグは逃げない?」
聞いてから、しまったと思った。
失礼なことを聞いてしまった。
だけど一度口から出た言葉を、後から引っ込めることはできない。
「逃げませんよ。安心してください。ミハイル様に勝とうが負けようが、僕が変わる訳じゃないですから」
――本当に、平気なんだ。
ユーグがあまりにもあっさりと、当たり前のことのように言ったので、ミハイル王子は今度こそ、心から安心することができた。
「ユーグ、大好き!!」
「うわっ!!」
思わずミハイル王子は、ユーグに抱きついた。
8歳のユーグは、ふらつきながらも、5歳のミハイル王子をなんとか受け止めた。
「ありがとう!!」
「? どういたしまして? うーん、なにがでしょう」
「学友になってくれたこと」
「それは……僕も勉強がいっぱいできて、助かりますし」
「うん!」
「……他にも勝とうが負けようが、気にしないような子もいると思いますよ。ジャックロードとか、今度声をかけてみます?」
「うん!! へへへっ」
これはユーグが、ミハイル王子と一緒に学ぶ学友に選ばれたばかりの頃の、二人だけしか知らないお話し。
「王子が空気読まなすぎる」シリーズをお読みいただき、ありがとうございます。
皆様に読んでいただき、また様々な方法で応援していただいたおかげで、4日後の6月18日に書籍が発売することになりました。(コミカライズ企画も進行中です)
担当編集様と何度も話し合い、納得いくまで時間を掛けて丁寧に作り上げました。
原作小説に色んなエピソードが追加されています。(恋愛に強い担当編集様のおかげで、ラブ度が少しアップしています)
ナタリーやミハイル王子、ユーグやジャック、他にも色んなキャラクターたちが、くろでこ先生の手によって可愛らしいイラストにしていただいています。
どのキャラクターも想像通りを通り越し、期待以上に可愛い、格好良いのです。(個人的にはファルコ様の微笑みに撃ち抜かれました)
是非お手にとってご覧ください。
2巻、3巻と続いて、ナタリー達の物語がもっともっと広がっていきますように。




