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アレキサンドラ  作者: パンダカフェ
アレキサンドラ編
25/25

ルーク

 魔力の強化訓練を終えたルークは、ジェラルドではなくアイリスの護衛に就くよう命じられた。

 しかし護衛とは名ばかりで、実際にはアイリスの話し相手となり、彼女から要望があれば可能な限り叶える、というのが主な役割である。


 アイリスの最初の願いは、文字の読み書きが出来るようになることだった。

 ノアと手紙のやり取りをしたい一心で、彼女は懸命に読み書きの練習に励んだ。

 そして、文章が書けるようになると、書物を読む楽しさにも目覚めた。


 読書によって知識が増え、世界が広がると、彼女は自分の置かれた境遇に疑問を抱くようになり、自由に外を出歩きたいという願望を度々口にするようになった。



 私とルークは、マルベノに留まることが決まった日から、ティナの家を間借りしている。

 ルークと顔を合わせるのは朝晩の短い時間だけだったが、休日が重なる時は一緒に過ごすことが多かった。


 その日も休みが合ったので、ルークに誘われるまま町まで出かけて行った。

 店が立ち並ぶ通りを歩いていると、あちらこちらからルークに声がかかる。

 いつの間にか、町の人々と親しくなっていたようだ。


「警戒心の強いマルベノの人々に、よく受け入れてもらえたな」

 私は感心しながら言った。

「ティナの手伝いで、町のお店にはよく買い出しに来るからね。何度も顔を合わせているうちに、少しずつ仲良くなったんだ」

 ルークは彼らに挨拶を返しながら、最近見つけたという店へ私を連れて行った。


「一度食べると忘れられない味だよ」

 ルークはそう言って、いくつかの品を注文した。

 店主とも顔見知りのようで、にこやかに会話を交わしている。

 店の壁にもたれかかって待っていると、串刺しの肉を数本持ったルークが戻ってきた。

 差し出された肉を一つ受け取って齧り付く。途端に舌を刺すような辛味を感じ、むせ返った。

 ルークが笑いながら私の背中をさすり、瓶に入った水を差し出す。


「何だこれは」

 私は顔をしかめた。

「辛いけど、癖になる味だろう? ティナやアイリスはこういう料理を作らないから、たまに食べたくなるんだよね」

 ルークは美味しそうに串焼きを頬張っている。

 捨てるわけにもいかず、私は残りの肉を口に運んだ。

 先程と同じように辛味を感じたが、食べ進めていくと、後を引く味わいがあった。


「これを最初に食べた時、ジェラルドみたいだなって思ったんだ」

 ルークがよく分からないことを言い出したので、私は首を傾げた。


「口に入れた瞬間は、刺激が強すぎて拒絶したくなるんだけど、噛むほどにその美味しさが分かるっていうか……」

 ルークが言葉を探しながら私に説明を試みる。


「俺がアイリスの要望を伝えると、ジェラルドはいつもすぐに対応してくれる。文字の習得も、ノアとの外出も、オルロフが許可してくれたのは、ジェラルドが説得してくれたおかげだ」


「初めは残虐な暴君だと思っていたし、今でも言葉や態度は冷たいと感じるけれど……本当は温かい心の持ち主のような気がする」


 ルークの感性はしなやかだ。

 相手を第一印象で決めつけることなく、柔軟に考えを変化させていく。


「私もそう思うよ」

 と言うと、ルークは嬉しそうに笑った。



 アイリスとノアは頻繁に手紙のやり取りを続け、二人がエスペラントで過ごす時間は回を重ねるごとに長くなっていった。

 そしてついに、アイリスはある決断を下す。


「ノアと一緒に、エスペラントで暮らしたい」


 アイリスの願いは、オルロフにとって受け入れ難いものであった。どうにかして諦めさせようとしたが、彼女の気持ちは揺るがなかった。

 度重なる話し合いの末に、とうとうオルロフが折れ、アイリスはノアと共に暮らす許しを得た。


 そして、アイリスがマルベノを去る前日、ジェラルドのところへノアが挨拶に訪れた。


「ジェラルド様がオルロフ様を説き伏せて下さったと伺いました。心よりお礼を申し上げます」


 ジェラルドは、礼を述べるノアを見つめながら、片目を光らせた。

「面白いものを連れているな。見せてもらおうか」

 ジェラルドに言われて、ノアはローブのポケットからピピを取り出して訊ねた。

「ピピのことですか?」


 ジェラルドはピピに手を伸ばして手のひらの上にのせると、再び片目を光らせる。

 ピピは萎縮しているのか、普段よりずっと小さい姿になっていた。


「アレキサンドラ、お前が他の人間と違う理由が分かったぞ」

 ジェラルドはそう言うと、ピピを指差した。


「こいつは、バルド王の父親が異種族の女に手を出して生ませた、混血児の魂だ。ピピは生前、優秀な頭脳を持った赤毛の希少種だった」


「ピピは陽の当たる場所で生きることを許されなかったが、実験施設を与えられ、次第に奴隷を使った人体実験にのめり込むようになった」


「その過程で、アレキサンドラの父親も生み出されたんだ。失敗作として廃棄されたが、強靭な生命力を持つ変異種だったおかげで、生き延びたようだな」


「アレキサンドラの体質は、父親からの遺伝が大きいのだろう。だが、たぶんそれだけではない。アレキサンドラの魂と肉体は、強い力に守られている。本人か親が、どこかで祝福の力を授かったはずだ」


 ノアは思い当たる節があったようで、何か言いたそうな顔をした。

 そのことに気が付いたジェラルドに促され、ノアが口を開く。

「実験施設のある地下に潜入した際、アレキサンドラの両親は、癒しの光を何度も直接浴びたと言っていました」


 ノアの話を聞いて、ジェラルドは納得したようだ。

「きっとその影響だな。そこに父親の強靭な生命力が相まって、アレキサンドラは異常に優れた回復能力を持って生まれたのだろう」


 そこまで話してから、ジェラルドは私達に訊ねた。

「秘密裏に行っていた実験で、ピピが何を生み出そうとしていたか分かるか?」

 私には見当もつかなかった。ノアも沈黙している。


 ジェラルドは私達の答えを待たずに話を続けた。

「友人だ。心から理解し、信じ合える。そんな相手を切望して、ピピは人体実験を繰り返した。様々な動植物から抽出した薬剤を投与し、改良を重ね、理想の友人を生み出そうとしたんだ」


 ピピは今までに見たことがないくらい縮こまり、このまま消えてしまうのではないかと思うほどだった。


「実験に失敗し続け、希望を失ったピピは、自ら命を絶つ。だが、執着の強さ故に、魂は散り散りになっても彷徨い続けた。長い年月の後、ノアに出会えたことで、ようやく求めていた安らぎを手に入れたというわけだ」


「数々の悲劇も、アレキサンドラの体質も、全ての元凶はこいつだ。お前達が望むなら、今すぐにピピを消滅してやるが、どうする?」


 訊ねられて、ノアはゆっくり首を振るとピピに向かって手を差し出した。

 ピピはよろめきながらノアの方へと戻っていく。

 ノアの大きな手が、優しくピピを包み込んだ。


 ジェラルドが私を見つめて問いかける。

「お前はどうしたい?」

 私の答えは決まっていた。

 ピピがいなければ、悲劇は起こらなかったかもしれない。けれど、ノアやアイオライト、そして私が存在しているのは、ピピのおかげでもあるのだ。


 過去の出来事が何か一つでも違っていたら、ノアが誕生することはなく、父と母が結ばれることもなく、私とルークが出会うこともなかっただろう。

 だから、私にはピピを断罪するつもりは微塵もなかった。


「何も、聞かなかったことにします」

 私が言うと、ジェラルドはノアとピピを退室させた。


「アレキサンドラも、今日はもう下がっていい。夕食を済ませた頃にカーティスを迎えにやるから、ルークと一緒にオルロフのところへ行ってくれ。大事な話がある」

 ジェラルドはそう言うと、部屋の外にいる護衛と私を交代させた。



 夕食の後でしばらくすると、カーティスが迎えに来て、私とルークはオルロフの元を訪れた。

 オルロフは、何も書かれていない羊皮紙を二枚、机の上に広げて待っていた。


「ジェラルドとの契約を、破棄してやろう」

 オルロフはそう言うと、短剣で自らの指先を切って血を垂らした。

 羊皮紙に血が触れ、文字が浮かび上がる。オルロフは内容に目を通し、呪文を唱え始めた。

 いきなり羊皮紙が燃え上がったかと思うと跡形もなく消え去り、後には灰すら残らなかった。

「これで二人は自由だ。アイリスとノアは、明日の朝この地を去る。エスペラントへ帰るつもりなら、一緒に行くといい」


「何故、契約を破棄していただけたのですか?」

 私が訊ねると、オルロフは穏やかに答えた。

「ジェラルドから、アイリスの気持ちを尊重するようにと進言されたので、私も彼に、アレキサンドラとルークの解放を要求したんだ。お互いに、大事なものを手放す決断をしたということだ」


「お互いに、大事なもの」

 オルロフは確かにそう言った。

 アイリスがオルロフから大切に思われているのは、誰の目にも明らかだ。

 しかし、私とルークはジェラルドにとって特別な存在ではないはずだ。


 どういう意味なのか知りたかったが、オルロフはそれ以上話す気がないようで、カーティスを呼ぶと私達を下がらせた。


 地下通路を歩きながら、カーティスがおもむろに口を開いた。

「これは独り言なのですが……ジェラルド様はお二人と出会われてから、魔眼を使われる回数が減りました」


 私とルークは顔を見合わせる。

 何か言うべきか迷っているうちに、カーティスは再び話し始めた。


「アレキサンドラ様には魔眼を使っても意味がありませんし、ルーク様は裏表のないお人柄ですから、魔眼を使う必要が無かったのでしょう」


「呪いの力は魅惑的ですが、心を蝕みます。ジェラルド様は魔眼を使う度に深く傷付き、人間というものに失望し続けてきました。それでも、魔眼を使うことをやめられなかったのです」


「けれども、お二人と過ごす時だけは、魔眼を使わずにいられる。そのことが、ジェラルド様にとって大きな救いになっていたことは、想像に難くありません」


「ジェラルド様は、お二人が大切な存在だと気付いたからこそ、縛り付けておくわけにはいかないとお考えになったのかもしれません」


 カーティスが話し終えた頃、ティナの家に繋がる出口が見えてきた。

 私達は、カーティスにお礼と別れを告げた。


「いつかまた、お会いできる日を楽しみにしております」

 カーティスは最後にそう言って、私達を見送ってくれた。



 ティナとロビンは既に寝室へ行ったようで、家の中は静まり返っていた。

 私とルークは無言のまま、それぞれの部屋に入った。


 突然の出来事に、気持ちが追いついていかない。この先、どうすればいいのだろうか。

 ベッドに座りながら一人で考えていると、遠慮がちにノックの音が響いた。扉を開けると、ルークが立っている。


 部屋へ招き入れ、椅子を勧めた。

「俺……マルベノに残ろうと思う」

 ルークは、迷いのない口調で言った。


「ジェラルドには、契約なんか無くても裏切らない人間がいるってことを知って欲しいし、いつかジェラルドが心底信じられる相手を見つけられるまで、近くで支えてやりたいって思うんだ」


 そして、ちょっと間を空けてから

「まあ、断られるかもしれないけどね」

 と付け加えて笑った。


 ルークの決意を聞いて、私も自分の気持ちを素直に伝えようと思った。


「私もマルベノに残る」


「何で?」


「ルークと一緒にいたいから」


「……どうして?」


「愛しているから」


 返事が無いのでルークの方を見ると、彼はこちらを見つめて固まっていた。


「聞こえなかったか?」

 私が訊ねると、ルークが急いで答える。

「いや、聞こえた。……聞こえたけど、信じられない。だって、俺だよ? 散々迷惑かけて、危険な目に遭わせて、情けないところばっかり見せて、それなのに俺のこと愛してるって……そんな筈ないだろう?」


「信じられないなら、それでも構わない。ただ、私はルークの傍にいたい。でも、ルークが同じ気持ちじゃないなら、私は明日ノア達と一緒にエスペラントへ帰る」


 私の言葉に、ルークは大きく息を吸って話し始めた。


「俺は、アレキサンドラのことを男だと思っていた時から、ずっと憧れていたんだよ。自分の弱さに向き合う強さがあって、冷静に見えるけど胸の奥には熱い感情を隠し持っている。そんなアレキサンドラのことが、とても好きだ」


「俺のこの気持ちは、アレキサンドラが男でも女でも、たとえ人間じゃなかったとしても、きっと変わらない」


「だからたぶん、アレキサンドラと同じ気持ちではないと思う。だって、俺の方がもっとずっと深い愛情を抱いていると思うから」


「こんな俺でよかったら、これからも一緒にいて欲しい」


 ルークが、そっと私の手を握る。


「一緒にいてやる」

 私が言うと、ルークは白い歯を見せて笑った。


 この日、決して消えることのない火が、私の心に灯された。


 この先の道に何が待ち受けていたとしても、私はきっと歩き続けることが出来るだろう。


 どんな暗闇にも、いつか必ず光が差し込むということを、今の私は知っているからだ。

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