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アレキサンドラ  作者: パンダカフェ
アレキサンドラ編
24/25

アイリス

 翌朝、カーティスに連れられて王宮に着いた私達は、ジェラルドの護衛を命じられた。

 ただし、魔術師として不完全な状態のルークは、眠っている魔力を引き出すために、しばらくの間は訓練が課せられることになった。


 当面の間は、私と数人の魔術師でジェラルドの護衛をすることになる。

 他国から来た余所者で、魔術を使えないにも関わらず要職についた私は、王宮内で完全に孤立していた。


 この時になってようやく、これまで自分がどれほどたくさんの人に守られていたのかを知った。

 両親がいて、心を許せる幼馴染がいて、信頼できる大人達が周りにいてくれた。

 彼らの存在がどれほど心の支えになっていたのか、身にしみて分かった。



 ジェラルドの護衛につく前に、カーティスからマルベノ国内の情勢や、他国との関係を教わった。


 マルベノでは、ジェラルドが成長するに従って、オルロフを引き摺り下ろそうとする勢力が現れた。

 オルロフはそのことを把握していたが、「全ての者に自分のやり方を理解し、賛同してもらうことなど不可能だ」と考え、彼らを警戒しつつも排除することはなかった。


 だが、反逆を企てる者達は勢力を増し、国内だけでなく他国の有力者と繋がりを持ち、呪術を武器に暗殺を請け負い、奴隷の売買にも関与するようになる。

 さすがのオルロフも見過ごせなくなり、彼らの調査に動き出そうとした。

 そこへジェラルドから反逆者を誘き寄せる案を持ちかけられ、オルロフは了承する。


 ジェラルドが王の代理になると、裏切り者が次々と擦り寄ってきた。

 魔眼を使えば身近な反逆者を捕らえるのは容易い。

 しかし、マルベノの呪術師を利用しようとする他国の者は、この先も必ず現れる。見せしめとして、暗殺や奴隷の売買を依頼する他国の者を吊し上げたい。

 ジェラルドがそう考えていたところへ、アルトが現れ、彼を探しに来たミルンとも出会うことになった。


 ミルンは引退した密偵を集めて捜索隊を結成し、瞬く間にアルトの所在を突き止め、マルベノが直面している問題についても調べ上げていた。

 そして、アルトの身柄と引き換えに、ジェラルドが必要とする証拠を揃えると約束した。


 証拠が集まると、ジェラルドはすぐに行動に移した。

 暗殺のターゲットとなった相手には依頼主の証拠を渡して恩を売り、奴隷の売買を依頼した国については、各国の要人が集まる場で証拠を晒して吊し上げ、見せしめにした。

 請け負った自国の反逆者達は、被害のあった国へ引き渡し、好きなように始末してもらった。


 こうして自分の手は極力汚さず、無用な血を流すこともなく、ジェラルドは問題を解決に導いた。


 これらの話を聞いて、ジェラルドは私の想像以上に賢く、思慮深い人物だということが分かった。



 よく晴れた日の朝、ジェラルドの部屋で護衛についていると、カーティスが知らせを届けに来た。

「本日、アイリス様がマルベノにお戻りになります」


「分かった」

 ジェラルドは少し顔を上げたが、短い返事をしただけで、そのまま読んでいた書簡に目を戻す。


 カーティスはすぐに退出し、部屋には沈黙が流れる。

 ジェラルドは日中、自室で執務にあたる際には私しか室内に入れず、他の護衛は部屋の外に立たせていた。

 他の者達から疎まれている私としては、ジェラルドと二人だけの方が内心やりやすかった。


「会いたいか?」

 突然聞かれて、一瞬何のことか分からず戸惑ったが、すぐにアイリスのことだと思い当たる。

 彼女とは特別親しかった訳ではないが、投獄されたルークのために差し入れを作ってもらったり、何度かノアの家で食事をご馳走してもらったりと世話になっていた。どうしているのか気になっていたので、会いたい気持ちはある。


「会いたいです」

 私が答えると、

「明日、アレキサンドラとルークは休暇を取って構わない。シャーロットの館でアイリスに会えるよう手配しておく」

 ジェラルドが淡々と口にする。

「ありがとうございます」

 礼を述べたが、黙殺された。

 その後は、いつも通り無言の時間が続いた。



 翌日、ティナが迎えに来てくれて、一緒にシャーロットの館へと向かう。


 館の中へ入り応接間の前まで来ると、ルークが誰かと楽しそうに話している声が漏れ聞こえてきた。

 ティナがノックをしてから扉を開ける。

 そこには、ルークとノアが向かい合って座っていた。


「久しぶりだな、アレキサンドラ」

 ノアの温かい笑顔に、張り詰めていた気持ちが緩む。

「ノア様……」

 胸がいっぱいになり、それ以上言葉が出てこなかった。

「マルベノから迎えが来たらしいんだけど、アイリスが無事に帰れるか心配で、ここまで付いてきたんだってさ」

 ルークが私に事情を説明する。ノアは相変わらず面倒見がいい。

「アレキサンドラに渡すものを預かってきたよ」

 そう言って、ノアは手紙の束を私に手渡す。

「帰るまでに返事を書いてくれれば、私からみんなに届けるよ」

 手紙の差出人のところには、両親やハリス、そしてレイモンドの名が記されていた。

「すぐに返事を書きます」

 私は手紙を胸に抱き、懐かしい彼らの顔を思い浮かべた。


 ティナに呼ばれて食堂に行くと、テーブルの上にはご馳走が並んでいる。

 厨房の方から、アイリスが顔を見せた。

「ルークもアレキサンドラも、来てくれてありがとう。ティナ達と一緒にご馳走を作ったの。たくさん食べてね」

 少年の姿をしていた頃のサイラスと、美しい女性の姿に戻った目の前のアイリスが、同じ人物なのだという実感がまだ湧かない。


 私達はテーブルにつき、料理に手をつけた。

「やっぱりアイリスの作るものは最高だな」

 ルークが感嘆の声を上げ、ノアも同意する。

「そうだな。もうこの料理を食べられなくなると思うと、残念でならないよ」

 アイリスが頬を染める。

「いつも料理を褒めてくれてありがとう。ずっとお礼を言いたかったの。孤児院では酷い仕打ちを受けたけれど、ノアのところにいる間は、本当に幸せだった」

 話しながら、アイリスの目が潤む。

「ノアと離れたくない……このまま一緒にいられたらいいのに」

 彼女の頬を涙が伝う。

「また会いに来るよ」

 ノアが優しい声で慰めると、アイリスは涙を拭いながら頷いた。



 丸一日休むのは気が引けたので、食事を終えてしばらくしてから、私は任務に戻ることにした。

 帰りはロビンに送ってもらい、礼拝堂から王宮にいるジェラルドのところへと向かう。

 私が顔を見せるとジェラルドは少し驚いたようだったが、すぐに部屋にいた護衛を下がらせ、今から任務に就くよう私に命じた。


「アイリスの様子は?」

 珍しくジェラルドが私に話しかけてくる。

「お元気そうでした。ただ……」

 私が言い淀むと、彼は刺すような目でこちらを見る。

「お前に魔眼が効かないのは知っているだろう。言いたいことがあるなら言え」


「……アイリス様は、ノア様と離れがたいご様子でした」

 私の言葉は、ジェラルドにとって想定内だったようで、彼は既に今後の対応を考えていた。

「ノアは瞬間移動の能力があるそうだな。あの獣人には、定期的にアイリスをエスペラントへ連れ出してもらうつもりだ。彼女をいつまでも閉じ込めておくわけにはいかないからな」


 私は、ジェラルドの言い方にいつもとは違うものを感じて、普段なら決して口にしないようなことを言ってしまった。

「オルロフ様に呪いをかけた際、アイリス様をエスペラントへ行かせたのは、外の世界を見せるためだったのですか?」

 訊ねた後で、余計な質問をしてしまったと後悔した。

 怒りを買うか、無視されるかのどちらかだろうと考えていると、意外なことにジェラルドは話を続けた。


「オルロフは、外界との繋がりを断つことでシャーロットとアイリスを守ろうとしていたようだが……オルロフが命を落とせば、彼女達に未来は無い」


「オルロフに甦りの呪術をかけられているシャーロットは、彼の死と共に術が解けて命を失うだろう。そして、一人残されるアイリスは外の世界を知らず、悪意にさらされたこともなく、出来ることといったら料理だけだ。そんな状態で反逆者の手に渡れば、悲惨な末路を辿るのは目に見えている」


「だから、オルロフが眠っている間に外の世界に触れさせようと、エスペラントにいるオリバーにアイリスを託した。彼は昔、呪薬を改良する際にエスペラントからマルベノに派遣されていて、オルロフからとても信頼されていたからな」


 オリバーはベンジャミンの弟で、ハリスの父親でもある。私も、彼のことは子供の頃から知っている。


「オリバーには詳細を伏せ、マルベノの問題が解決するまでの間、アイリスを預かってもらうことにした」


「万が一にも、アイリスが王族の関係者だと悟られないよう、ロビンと姿を入れ替えさせて孤児を装い、孤児院からオリバーに引き取ってもらう手筈になっていた」


「しかし、孤児院で虐待を受けたアイリスは人間不信になり、オリバーにも拒否反応を示した。だから、獣人のノアのところへ行かせたんだ」


「皮肉なものだな。あのように恐ろしい見た目をした獣人の方が、人間よりもずっと大切にアイリスを慈しんでくれたのだから」


 話し終えると、ジェラルドは私の顔を見て眉をひそめる。

「何か言いたそうだな。はっきり言え」

 彼に命じられて、私は疑問を口にした。

「何故、私にこのような話をして下さったのですか?」


「お前が聞くから答えてやったんじゃないか」

 ジェラルドは苛立ったように言うと、その日はもう二度と私に話しかけようとしなかった。


 ジェラルドの横顔を見ながら、カーティスの言葉を思い起こす。


 ジェラルドの心にも、オルロフと同じように「人々の幸福につながることがしたい」という願いが息づいている。


 本当にそうなのかもしれない。

 ジェラルドのことを知るにつれ、何故オルロフが彼を後継者にしようとしたのか、私にも理解できるような気がした。

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