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アレキサンドラ  作者: パンダカフェ
アレキサンドラ編
23/25

ティナ

 私が落ち着きを取り戻した頃

「お二人とも、こちらへ」

 とカーティスに呼ばれた。

 ジェラルドのところまで行くと、カーティスが羊皮紙を取り出してテーブルの上に置く。

 そこには、何やら見たことのない文字が書き連ねてあり、私には読むことが出来なかった。


「契約書です。こちらに血液を垂らしていただけますか」

 カーティスが私にナイフを手渡す。

 私が無言で顔を上げると、ジェラルドと目が合った。

「命ある限り、僕に忠誠を誓うという内容だ。裏切った場合は、ルークの命をもらう」

 そんな契約を結べるわけがない。

 どうすればこの場を切り抜けられるだろうと考えを巡らせていると、ジェラルドが信じられないことを口にした。

「ルークはもう契約したよ」


 驚きのあまり、私が言葉を失っていると、ジェラルドは薄く笑みを浮かべた。

「アレキサンドラとティナを救いたければ契約しろと言ったら、すぐにしたよ」

「内容は君のものと殆ど同じだ。僕への忠誠を誓い、裏切ればアレキサンドラの命をもらう」

「お前達は、自分の命だと簡単に投げ捨てるからな。お互い、相手のためなら何でもするだろう?」


 私は何も言えずに、ルークを見つめた。

「俺のせいでアレキサンドラとティナを危ない目に遭わせたから……二人を助けるためなら、どんなことでもするよ」

 ルークが真剣な眼差しで私を見つめ返す。

「こんな契約を結んだら、もう二度とエスペラントへは帰れないかもしれないのに……。意に沿わない命令にだって、従わなければならないんだぞ!」

 今さら言っても仕方がないとは分かっていたが、言わずにはいられなかった。

「それでも、二人に助かって欲しかったんだよ」

 ルークはいつも、自分のことより人の心配ばかりしている。


 私達のやりとりを見ていたジェラルドが、羊皮紙を私の前から取り上げる。

「嫌なら、アレキサンドラは契約しなくても構わない。その代わり、ルークには二人分の働きをしてもらおう。カーティス、これを破棄しておいてくれ」

 私は思わず、カーティスの方へ差し出された羊皮紙に手を伸ばした。

「契約なさいますか?」

 カーティスに聞かれ、私は頷く。


「やめろよ! 契約しなければ、アレキサンドラはエスペラントに帰れるんだぞ!」

 ルークに止められたが、私はナイフで指先を切り、傷が塞がらないうちに血を垂らした。

 血液が羊皮紙に触れた途端、書かれていた文字が滲んで消える。

「契約成立だ」

 ジェラルドが満足そうに微笑む。私がルークを見捨てる筈はないと、見抜いていたのだろう。


「明日、シャーロットの館へカーティスを迎えに行かせる。今日は最後の自由を楽しんでくれ」

 そう言うと、ジェラルドはカーティスを連れて立ち去った。



「ここへは一人で来たのか?」

 私が訊ねると、

「いや、ティナ達と来たんだ。みんなは向こうの小屋にいるよ。俺は……アレキサンドラが来るって聞いたから、ここで待っていたんだ」

 ルークが少し照れ臭そうに答える。


「ティナとルークが入れ替わった日は、どうやってあそこまで来たんだ? ティナに眠らされていたんじゃないのか?」

 私が問いかけると、ルークが説明してくれた。


「あの日は、ティナに勧められたお茶が好みの味じゃなくて……たぶん薬が入っていたんだろうけど、少ししか口にしなかったから、眠りについてからすぐに目覚めたんだ」


「それから地下通路へ行って、アレキサンドラが粉でつけた目印を頼りに礼拝堂へ向かった。でも、呪文が分からないから出口が開かなくてさ。困っていたら、アレキサンドラに食事を届けに行ったティナが戻ってきたんだ」


「アレキサンドラが無事だと聞いて安心したけれど、どうしても会いたくて……そうしたらティナが『顔を見たらすぐに戻ると約束してくれるなら、協力します』って言ってくれたんだ」


「部屋まで私に会いに来た時、何て言おうとしていたんだ?」

 私は気になっていたことを聞いた。

「『必ず助け出すから待っていてくれ』って伝えたかったんだ。あのまま連れて逃げるのは無理だと分かっていたからね。でも、すぐに見つかって……ティナとアレキサンドラには、本当に悪いことをしたと思ってる」


「あの状況で、ルークが破壊の力を使おうとした時には、怒りで震えたよ」

 私が眉をしかめると、ルークは慌てて言い訳をした。

「あれは、ティナが殺されるんじゃないかと思って……でも、本気で力を使う気なんてなかったよ。破壊の力を使う素振りを見せて、ティナから注意を逸らしたかったんだ」


 そこまで話を聞いた時、遠くから私達を呼ぶ声がした。

 ティナとシャーロットがこちらへ向かってくる。

 そして、その後ろからもう一人……

「サイラス……いや、アイリスか?」

 私が呟くと、ルークが教えてくれた。

「ロビンだよ。呪術が解けて、元の姿に戻ったんだ。ノアのところにいるアイリスも女性の姿に戻っているはずだから、きっとみんな驚いているだろうな」


 ティナは私達のところまでくると、テーブルにグラスを並べ、瓶に詰めた飲み物を注いだ。

 ロビンはグラスの中身を一気に飲み干し、ルークを誘って木の実を拾い集め、どちらが遠くまで投げられるか競争を始めた。


「アレキサンドラ様、ご無事で何よりです」

 ティナの笑顔を見て、私は心から安堵した。

 しかし、ジェラルドが無条件にティナを許したとは考えにくい。

「私達はジェラルド王子に忠誠を誓う契約を結ばされたけれど……ティナは?」

 私は不安な気持ちで訊ねた。

「私達一族は、姿を変える力を剥奪されました」

 ティナの答えに、胸が詰まる。

「私とルークのせいで……すまない」

 私が謝ると、ティナは微笑んだ。


「決してお二人のせいではありません。姿を入れ替える提案をしたのは、私の方ですから。それに、呪いの力を失っても支障はありません。むしろ、良かったとさえ思っています」


「オルロフ様が王になられてから、呪術を使う機会など滅多にありませんでした。それでも、悪魔との契約がある限り、私達一族は呪いから逃れられない。自分達から契約を破棄することは出来ないからです」


「けれど、今回はジェラルド様の力で、一族と悪魔との契約が破棄されました。私達は呪いから解放されたのです。姿を変える力は失いましたが、魔力はありますので不便はありません」


 話を聞いているうちに、ジェラルドの印象が少し変わった。

 罰を与えたというよりは、救いの手を差し伸べたかのように思える。

 私の表情から何か感じ取ったのだろう。ティナは話を続けた。

「あの時、私の裏切りを疑ったジェラルド様は、魔眼を使われました。そして、その後すぐに怒りを鎮められました。ですから、私とルーク様の行動に悪意も敵意もなかったことは、伝わっていたのだと思います」


 ふと気配を感じて目をやると、地下通路へ繋がる入口の方から、アルトとオルロフが歩いてくるのが見えた。

 ジェラルドが呪いを解いたのだろう。ずいぶんやつれてはいるが、足取りはしっかりしている。


 シャーロットがオルロフの方へ視線を動かした。その途端に、周囲の空気が変わる。

 生い茂った植物の色が濃さを増し、喜びが溢れ出すように輝きを放つ。


 私とティナは少し下がって道をあける。

 前を通り過ぎる時、オルロフは私達の方を見て軽く頷くような仕草を見せた。

 そして、そのまま真っ直ぐシャーロットのところへと進み、彼女の前で足を止める。


 二人が向き合う姿は、一枚の絵画のようだった。

 オルロフがシャーロットの手を取って立ち上がらせると、並んで歩き出す。

 ルークは呆けたように立ち尽くして、二人の後ろ姿を見送っていた。

「私達は先に、シャーロット様の館へ戻りましょうか」

 ティナが声をかけ、私達は帰り支度を始めた。


「後でシャーロットを連れて帰らないといけないから、僕は残るよ」

 アルトはそう言ってから、

「アレキサンドラ、話したいことがあるから、後で時間をくれないか?」

 と私に訊ねた。

「分かりました。館で待っています」

 私が答えると、アルトは笑顔で手を振った。



 夕食の準備が整った頃、ようやくアルトとシャーロットが館に戻ってきた。

 みんなで食卓を囲み、ティナの手料理を味わう。

 明日からはジェラルドのところに行かなくてはならない。

 ルークと一緒なのは心強かったが、不安な気持ちは拭えなかった。


 食事が終わって部屋に戻ると、ティナが呼びに来て応接間へと案内された。

 そこにはアルトとミルンがいた。

 勧められるまま、私はソファに腰を下ろす。


「ルークのせいで、不当な契約を結ばされたと聞いた。本当に申し訳ない」

 ミルンが謝罪の言葉を口にする。

「ルークは自業自得だから仕方がない。でも、アレキサンドラに関しては、契約を破棄してもらえるよう掛け合うつもりだ」


 アルトも話に入ってくる。

「ミルンは密偵としても優秀でね。今回もジェラルド王子が望む以上の結果を出した。僕も治癒魔法と破壊の魔術を使えるから、王子の役に立てると思う。僕達二人が忠誠を誓う代わりに、アレキサンドラを自由にしてもらえるよう頼んでみるよ」


 手を尽くして私を守ろうとしてくれる気持ちは、とても嬉しかった。けれども、二人の申し出を受け入れるわけにはいかない。

 私の覚悟を認めてもらうには、自分の気持ちを正直に伝えるしかないだろう。


「私は自分の意志で契約を結びました。後悔はありません。ルークの傍にいたいです。一番近くで彼を守りたいから」


 私が言い切ると、ミルンは言葉もなく立ち尽くした。

 アルトは驚きの表情を浮かべたが、私の気持ちを受け止めるように優しい声で言った。

「よく分かったよ。伝えてくれてありがとう」


 ミルンが我に返り、アルトを責める。

「勝手に話を進めないでくれ。エマとアイオライトが納得するわけないだろう!」

「アイオライトは納得しないかもしれないけれど……エマなら分かってくれるはずだよ。それに、アレキサンドラの人生だ。どの道を選ぶのか、決めることが出来るのは彼女だけだ」

 アルトが言うと、返す言葉を無くしたようにミルンは黙り込んだ。

「時間を取らせて悪かったね。もう部屋に戻ってもらって大丈夫だよ。あとは二人で話すから」

 アルトに言われて、私は応接間を後にした。


 部屋に戻ってベッドに潜り込み、これまでのことを思い返しているうちに、私は深い眠りへと落ちて行った。

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