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アレキサンドラ  作者: パンダカフェ
アレキサンドラ編
22/25

カーティス

 私がティナの持ってきた食事を食べ終わると、彼女は後片付けをして帰って行った。


 しばらくして、扉をノックする音が響く。返事をすると、先程帰ったはずのティナが顔を出した。

 忘れ物だろうか。そう思っていると、何も言わずにこちらへ近付いてくる。

 何だか様子がおかしい。ティナは私の目の前に立つと、声を出さずに口を動かした。唇の動きだけでは、何を言いたいのか分からない。


 なぜ喋らないのだろう。疑問に思っていると、再び扉をノックする音がした。

 私が返事をする前に扉が開き、ジェラルドが姿を現す。

 ティナの顔から血の気が引いていく。

「ずいぶん楽しませてくれるじゃないか」

 ジェラルドは忌々しそうに口の端を歪めながら、カーティスに命じる。

「連れてこい」

 カーティスが、怯えた表情のルークを連れて部屋に入ってきた。


「術を解け」

 ジェラルドに言われて、ルークが声を震わせながら呪文を唱える。

 苦悶の表情を浮かべ、唸り声を上げながら二人の顔や体が徐々に形を変えていく。

 そして、ティナに見えていた人物はルークの姿に、ルークだと思っていた人物はティナの姿へと戻った。


「よくも裏切ってくれたな」

 ジェラルドがティナを睨みつけると、ルークが叫んだ。

「違う! 俺が無理矢理に頼んだんだ!」

 ジェラルドはルークの言葉には耳を貸さず、ティナの顎に手を添えて持ち上げ、片方の瞳を光らせた。


 ルークの体が黒い靄に包まれていく。破壊の力を使うつもりだと気付いて、私は怒りが込み上げてきた。

 ジェラルドのすぐ側にはティナがいるというのに、何て馬鹿なことを考えるんだろう。


 ジェラルドがティナから離れ、こちらを向いて身構える。

 彼らが術を使う前に、私は狙いを定めてルークの首筋に手刀を振り下ろした。

「いい加減にしろ! ティナを巻き込んだのはお前だろう!! その上、この状況で破壊の力を使おうだなんて、頭がおかしいのか!?」

 ルークは既に気を失っているようだったが、私は怒りがおさまらずに罵り続けた。

「私は、誰かに助け出して欲しいなんて思っていないんだよ! 自分の身は自分で守る。他人を犠牲にするくらいなら、自分だけ死んだ方がましだ!」


 自分の中に、こんなにも激しい感情が眠っていたなんて知らなかった。熱く煮えたぎったものが心の奥から湧き上がり、抑えることができない。

 そして、こんなに腹が立って仕方がないのに、ルークのあまりの愚かさに憎しみすら覚えるほどなのに、どうにかして救う手立てはないかと考えている自分に、嫌気がさす。


「そうか。それなら、ルークの代わりにお前の命をもらおうか」

 ジェラルドが私の方へ近付いてくる。

「お前が身代わりになるというなら、ルークの命は助けてやる。ティナの処分も保留にしよう」


 ジェラルドが約束を守る保証など、どこにもない。

 それでも、二人が助かる僅かな可能性に賭けて、彼の言葉を信じるしかない。

「身代わりになります」

 私は跪いて答えた。


 ジェラルドが私に向かって手をかざす。

 私の体がいくら回復力に優れているといっても、呪術をかけられたらどうなるのかは分からない。

 覚悟を決めて目を閉じたが、何も起こる気配がしない。

 薄く目を開けて様子を窺うと、ジェラルドと目が合った。


「何故だ」

 ジェラルドが呟くように言った。

「何故こんな、どうしようもなく愚かな男のために命を捨てる」

 考えるよりも先に、私の口から言葉が溢れ出す。

「愚かでも、生きていて欲しいと思うからです」


 ルークはいつも、誰かを救うためだけに力を使う。

 私は、自分自身を守るために強くなろうとしてきた。

 化け物と言われたくなかったから。

 誰にも体を傷つけられなければ、この体質を知られることもない。忌み嫌われることもなくなる。そう考えたのだ。


 私は痛みを感じない。

 そう自分に言い聞かせながら、本当は心の中で悲鳴を上げていた。

 目に見える傷は癒えても、心を抉る言葉や視線はいつまでも消えず、記憶に残り続けた。

 だから感情を押し殺し、出来るだけ他人を遠ざけて、自分を傷付けない者とだけ過ごすようにしてきた。


 本当に弱くて愚かなのは、ルークではなく私だ。


「これまでの私にとって、力とは自分を守るためのものでした。でも、最後くらいはルークのように、誰かのために何かがしたい」


 私が話している間、ジェラルドは一度も目を逸らさなかった。

 しばらく沈黙した後、ジェラルドはカーティスに命じた。

「ティナとルークを牢に繋げ」

 それから、私に訊ねた。

「お前はルークを愛しているのか?」


「もし、命に換えても守りたいと願う気持ちを愛と呼ぶのなら、きっとそうです」

 答えながら、何かが腑に落ちた。

 そうか、これは愛なのか。

 両親に対する感情とも、ハリスとレイモンドに感じるものとも違うこの気持ちに、やっと名前をつけられた。


 カーティスが人を呼び、ルークとティナを牢獄へ連れて行かせると、ジェラルドは部屋のソファに腰を沈めた。

「二人を助けるという約束を、本当に信じたのか?」

 彼は私を見据えながら訊ねる。

「……信じようと思いました」

 私が答えると、ジェラルドはしばらく間を置いてから言った。

「信じられる要素など、どこにもないだろう」


「本心は行動に表れます。あなたは、オルロフ様を呪いにかけましたが、命までは奪いませんでした。そして、アイリス様とシャーロット様のことを、何かから守ろうとしているように見えます。ルークの両親に対しても、危害を加える様子は窺えません。ですから、あなたが約束を守るという可能性に賭けました」

 ジェラルドは、私の話を黙って聞いていた。そしておもむろに口を開き、自分のことを話し始めた。


「オルロフは僕を後継者に指名した。様々な場所へ同行させ、各国の要人に紹介し、国政に携わる姿を一番近くで見せようとした。アイリスには読み書きすら身に付けさせず、外界との繋がりを禁じていたのに」

「本心は行動に表れると言ったな。オルロフが何を考えていたのか、彼の行動から分かることを教えろ」

 ジェラルドが私に命じた。


 たったこれだけの情報では、何も分からない。

 何故、昨日のようにオルロフの魂を私の体に移さないのだろう。記憶を探れば、確実なことが分かるのに。

 それに、オルロフの心中を推し量るならば、もっと適任がいるではないか。私は思わずカーティスの方へ目をやる。


 ジェラルドは私の視線を辿り、カーティスの方へ顔を向けて訊ねた。

「お前はどう思う?」

「オルロフ様のお気持ちを代弁するなど、恐れ多いことでございます」

 カーティスがやんわりと答えをはぐらかす。

「代弁ではない。カーティスの意見を聞いているんだ」

 食い下がるジェラルドの声には、威圧感があった。


 カーティスは躊躇いながらも静かに語り出した。

「オルロフ様は、昔のご自分とジェラルド様とを、重ねておられたように思います。呪いの国の王子として生まれ、人々に恐れられながら、オルロ様は誰にも心を開くことなく幼少期を過ごされました。しかし、シャーロット様との出会いで、オルロフ様は変わりました」

 そう言ってから、少し考えて言い直す。


「変わったというよりは、本来の姿を取り戻したという方が適切かもしれません。シャーロット様と交流を深めるにつれ、オルロフ様は『人々の幸福につながることがしたい』という願いを口にするようになりました」


「オルロフ様は、ジェラルド様の心の中にも同じ願いが息づいていることを、感じていたのではないでしょうか。そして、ジェラルド様ご自身がそのことに気付くのを、傍で見守りながら待ち続けていたように思います」

 カーティスの声が、部屋の中に温かく響いた。


「以上が、私の見解でございます」

 そう締め括ると、カーティスはいつものように部屋の隅に下がった。

 ジェラルドは立ち上がると、

「アレキサンドラをこの部屋から出られないようにしておけ」

 とカーティスに命じて立ち去った。


 翌日からの食事はカーティスが運んできてくれた。

 こちらの質問には一切答えず、無言で部屋の隅に待機して、私が食事を終えるとすぐに部屋を後にした。

 そのような状態が数日続き、部屋から出る許しを得た時には、全てが終わっていた。


 その日はカーティスだけではなく、ジェラルドも一緒に私の部屋を訪れた。

「来い」

 とだけ言われて、私は大人しく従った。

 礼拝堂の中から地下通路を経て、連れて行かれた先は、初めてシャーロットと会った、楽園のようなあの場所だった。


 ジェラルドに導かれるまま足を進めると、木陰の下に置かれた椅子とテーブルのところに、ルークの姿があった。

 彼の姿を目にした途端、足が止まる。

 無事だろうか。

 シャーロットのように、人格を失っているのではないか。

 そうでなくても、呪いをかけられて元のルークとは違ってしまっているかもしれない。

 様々な思いが胸の中で渦巻く。


 それらの不安を打ち消すように、ルークが私の姿を見て駆け寄ってきた。

「アレキサンドラ!」

 懐かしいルークの声が、耳に飛び込んでくる。

 近くまで来た彼が、私の頬に手を伸ばす。

「泣いているのか?」

 そう言われて、初めて自分の頬が濡れていることに気が付いた。


「大丈夫か?」

 心配そうに私の顔を覗き込むルークの目を見て、思わず彼の首に手を回して抱きついた。

「おい! どうしたんだよ?!」

 ルークだ。

 私の知っている、誰よりも強くて優しい心を持った、あのルークだ。

 ルークは戸惑いながらも、ぎこちなく私の背中に腕を回した。


 ジェラルドは木陰の下にある椅子に腰を下ろすと、テーブルに頬杖をついた。

 カーティスはジェラルドの傍に立ち、いつもと変わらない表情をしている。

 私の涙が止まるまで、二人は黙って景色を眺めながら待っていた。

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