ジェラルド
舞踏会が終わるまで、オルロフとシャーロットは中庭で話し続けていた。
シャーロットの力について訊ねた時、
「癒しの力は命を削るから、きっと私は長生き出来ないわね」
と彼女が言った。
「王女の君が癒しの力を使うことなんて滅多にないだろう?」
オルロフが聞くと、シャーロットが答える。
「そんなことない。エスペラントには医術師がいるけれど、薬草での治療には限界があるもの。彼らの手に負えない時は、私が治癒魔法をかけるわ」
「どうして……」
「だって、苦しんでいる人を放っておけないじゃない」
彼女は当然のように言い放つ。
オルロフは胸が痛んだ。
「人を救うことのできる君と、人を苦しめる呪術を使う私は、対極の存在だな」
オルロフは呪いの国の王子として生まれたことを、自ら蔑んだ。
シャーロットはオルロフを見つめながら言った。
「私ね、夢があるの。いつか、傷や病を癒す薬を作り出したい。もちろん私にはそんなことが出来る力はないけれど、エスペラントには、優秀な学者や研究者がたくさんいるのよ。彼らならきっと、癒しの力に変わる薬を作り出せると思う」
それから少し目を伏せて続けた。
「でも、こんなの夢物語よね。弟のアルトは面白がって聞いてくれたけど、他の人達にはそんなこと出来るはずがないって笑われちゃった」
オルロフは、シャーロットの話に興味を持った。
「癒しの薬か……実現したら素晴らしいね。マルベノの呪薬は人を陥れるものだけれど、いつか人を救えるものに変えられたらいいのに……。出来ることなら、呪術に頼らなくても済むような国にしたい」
オルロフが話し終えると、シャーロットは興奮気味に身を乗り出す。
「きっと出来る!」
その時、舞踏会の終わりを告げる鐘の音が鳴り響いた。
シャーロットが立ち上がる。
オルロフは名残惜しい気持ちで座っていた。
「手紙を書くわね」
顔を上げると、彼女と目が合った。
シャーロットは笑顔を見せ、くるりと背を向けて去っていった。
手紙など来るはずがない。
約束したことすら、彼女はすぐに忘れてしまうだろう。
だから、期待なんかしていなかった。
でも、シャーロットからの手紙は本当に届いた。
差出人の署名を見た瞬間に胸が高鳴り、もどかしい気持ちで封を開ける。
書き出しこそ堅苦しい挨拶で始まっていたものの、読み進めていくと、彼女らしい飾らない文面で、日々の出来事が生き生きと綴られていた。
返事に何を書こうか迷っているうちに日が経ち、なかなか手紙を返せずにいると、二通目が届いた。
『迷惑ならもう送りません』
最後にそう書かれているのを目にして、急いで返事を書いた。
そこからは、途絶えることなく手紙のやり取りが続いた。
内容は他愛もないことばかりだった。
生まれ変わったらどんな人生を送りたいか。
他国に行くなら、どこで何をして過ごしたいか。
読んだ書物の感想や、身近で起きた面白い出来事について等々、お互い思いのままに綴った。
月日は流れ、彼女からの手紙は机の引き出しを埋め尽くすほどになった。
そんなある日、側近のカーティスから配偶者の選定を急かされた。
「王からも、そろそろ候補者を絞って話を進めるよう、仰せつかっております」
「誰でも構わない。適当に選んで、話を進めてくれ」
オルロフが気のない返事をすると、カーティスは珍しく自分の意見を主張した。
「国の将来を左右する問題です。ご自身で慎重に判断すべきことかと存じます」
「判断も何も、私に選ぶ権利などあると思うか? 死神と呼ばれる王子に求婚されたって、誰も喜ばない」
オルロフは、苛立ちをぶつけるように言った。
カーティスはしばらく沈黙していたが、おもむろに口を開いた。
「シャーロット様に、縁談が持ち上がっております」
「……そうか」
オルロフは、動揺を悟られないように短く答える。
「お相手は、バルド王です」
カーティスが続けると、オルロフは思わず反応した。
「バルド王? 彼には既に妻がいるはずだ」
「少し前に亡くなりました。これで二人目です。前の王妃も、若くして不審な死を遂げました」
「そのような相手からの求婚を、シャーロット王女が承諾するとは思えない」
オルロフは打ち消そうとしたが、カーティスが言い募る。
「バルド王は、カバリロ王妃の弟です。エスペラントはカバリロの庇護下にあります。バルド王から正式に求婚されたら、シャーロット様が断るのは難しいかもしれません」
「……何が言いたい?」
「今ならまだ間に合います。オルロフ様が先に正式な婚約者となれば、バルド王とシャーロット様の結婚を阻止できます。どうかご決断を」
バルド王の元へは行かせたくない。
かといって、呪われたこの国でシャーロットを幸せに出来るとは思えなかった。
求婚したところで、困らせるだけだろう。
「下がれ。二度とこの話はするな」
オルロフは冷ややかに言って話を切り上げた。
しかし、それからずっと彼女のことが頭から離れなかった。
数日後、シャーロットから手紙が届いた。
結婚することになるかもしれないこと。
そうなれば、オルロフとの手紙のやり取りは出来なくなるであろうこと。
そのような内容が、淡々と綴られていた。
彼女はもう決断しているのだ。
手紙を読んでそう感じた。
シャーロットにとって、自分は簡単に切り捨てられる存在だったのだと思うと、胸が苦しくなった。
こんな気持ちになるくらいなら、出会わなければよかった。
そう思いながら封筒に手紙を戻そうとした時、中に小さく折りたたまれた紙片が入っていることに気が付いた。
開くと、走り書きのような文字で短い言葉が書かれていた。
「あなたの隣にいたい」
目にした瞬間、オルロフの胸に嵐のような感情が吹き荒れた。
「カーティス!」
大声で呼んだ。すぐにカーティスが部屋の扉を開けて姿を見せる。
「エスペラントに使者を送れ。シャーロット王女に結婚を申し込む」
オルロフの口調に、もう迷いはなかった。
「承知しました」
カーティスはいつもと同じように、けれども僅かに喜びを滲ませた声で、返事をした。
そこまでオルロフの記憶を辿ってから、ジェラルドは目を閉じた。
再び目を開いた時には、瞳から光が消えていた。
オルロフがシャーロットに執着する理由が、ようやく分かった。
呪術の廃止にこだわったのも、彼女の影響だろう。
オルロフには敵が多かった。
古来よりマルベノの呪術師達は、他国から暗殺の依頼を請け負ったり、奴隷の売買に手を染めたりして、権力者に利益をもたらしてきた。
彼らとって、呪術の廃止を唱えるオルロフは、排除すべき厄介者であった。
それは、先代の王にとっても同じだった。
蘇らせたシャーロットとの婚姻を許す代わりに、自分の子を孕ませた女をオルロフの公妾にあてがい、彼の子供として育てさせた。
そして時期が来たら、オルロフではなく公妾に産ませたジェラルドを次の王に据える気でいた。
だが、ジェラルドが幼い頃に先代の王は不慮の事故で亡くなり、オルロフは新しい王として呪術を廃止へと導く。
オルロフの改革はうまくいっているように見えたが、呪術の復活を望む者達の思いは燻り続け、ジェラルドを取り込んでオルロフを亡き者にしようとした。
しかし、ジェラルドは他人の意のままに操られることを何よりも嫌った。
だから、自分を利用しようとする連中を罠にかけ、排除することにした。
オルロフに呪いをかけたのは、他の者に手を出させないようにするためだ。
「あなたを呪いで眠らせ、死の淵を彷徨っているように装い、裏切り者や反逆者を全て炙り出す」
とオルロフに告げた時、彼は一つだけ条件を口にした。
アイリスとシャーロットの安全を確保すること。
この条件を受け入れると、オルロフは大人しくジェラルドの呪いにかけられた。
オルロフを殺さなかったのには、いくつか理由がある。
一つは、オルロフが自分に対して敵意を見せなかったからだ。
自分の子ではないと知っているにも関わらず、先代の王が亡くなってから、オルロフはジェラルドをすぐ傍に置き、後継者として育ててきた。
二つ目は、オルロフがジェラルドの思想や言動に、一切口を出さなかったことだ。
ジェラルドは、オルロフと違って呪術を使うことに抵抗が無かったし、残虐非道な性質であることを自負していた。
王位を譲れば、過去と同じように呪術が蔓延る国となることは明白だった。
それなのに、どうして自分を後継者にしようとしているのか。
ジェラルドはオルロフの本心が知りたかった。
彼もまた自分を利用しようとしているのではないか。
そうであるならば、他の裏切り者と共に、オルロフを始末しなくてはならない。
ジェラルドが、再びアレキサンドラの体に移したオルロフの魂に触れようとした時、カーティスが声をかけた。
「ジェラルド様、これ以上は体が持ちません」
ジェラルドはアレキサンドラに目をやった。顔色は悪くないし、呼吸に異常も見られない。
「大丈夫だ。こいつは強い祝福の力に守られている。これくらいのことでは、肉体も魂も損なわれることはない」
「その娘ではなく、オルロフ様の方です。呪術で弱っている体に、これほど長い時間、魂が不在では……非常に危険です」
カーティスが必死に訴える。
オルロフの方を見ると、確かに顔色が良くない。
「分かった。続きは日を改めて行う」
ジェラルドが言うと、カーティスは安堵の息を漏らした。
喉の渇きに目を覚ますと、私は天蓋付きのベッドの上にいた。
「気が付かれましたか、アレキサンドラ様」
声のする方へ顔を向けると、ティナが心配そうにこちらを見ている。
声を出そうとしたが、掠れて上手く話せない。
その様子を見て、ティナがグラスに水を注いで持ってきてくれた。
一息に飲み干すと、やっと気持ちが落ち着いてくる。
「ゆっくりお休みいただくようにと、ジェラルド様から仰せつかっております。簡単なものですが、朝食をお持ちしました。召し上がれそうですか?」
ティナはそう言って、木の実がぎっしり詰まったパンとチーズ、それから瓶に詰めた冷製スープをベッドの傍にあるテーブルへ載せた。
「ルークは……」
私が訊ねると、
「ご無事ですよ。ただ、目を覚まされた途端に、アレキサンドラ様を助け出すと言って飛び出して行こうとするものですから……アルト様のご指示で、再び眠っていただきました」
その光景が目に浮かぶようだった。
ジェラルドを相手に、ルーク一人で何が出来るというのか。
私は呆れると同時に、彼らしいとも思った。




