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アレキサンドラ  作者: パンダカフェ
アレキサンドラ編
20/25

オルロフ

 夕食の後、アルトは約束があるからと言って席を立った。

 私とルークは目配せをして、気付かれないようにそっとアルトの後をつける。


 私は厨房から粉をもらって、袋に入れておいた。アルトを見失った時に帰り道が分かるよう、印を付けておくためだ。

 一応ランプも用意しておいたが、灯りをつけたらすぐに見つかってしまうので、追跡中に使うつもりはない。


 アルトは地下通路へ続く階段を降りて行く。

 彼が持つランプの灯りを頼りに、距離を置きながら後を追う。

 しばらく進んだところで、ふっと灯りが見えなくなる。


 曲がり角を曲がったのだろうか。

 私達は壁に手を添えながら灯りが消えた辺りまで足早に移動する。

 角を曲がると、私の少し先にいたルークが何かにぶつかる音がした。


 私は持ってきたランプに火を灯す。

 暗闇にアルトの姿が浮かび上がった。

「もう少し早く気付けていたら、追い返せたんだけどな」

 彼は困りきった顔でこちらを見ている。

「二人だけで戻るのは危険だし……君達を館まで送り届けている時間はないから、連れていくしかないね」


「誰に会いに行くの?」

 ルークの質問に、アルトは答えようとしなかった。

「目的地に着いたら、君達は隠れて待っていてくれ」

 私はアルトの指示に頷いたが、ルークは納得がいかない様子だ。

「隠し事ばっかりだね。そんなに信用できない?」

「気軽に会うことの出来る相手じゃないんだよ。それに……会わずに済むなら、それに越したことはない」

 アルトは真剣な表情で言った。


 地上に昇る階段の手前まで来ると、待っていてくれと手で合図された。

 アルトを見送ってしばらくすると、上の方で何か重たいものが動く音がする。

 微かに人の話し声が聞こえたかと思うと、足音が響いてアルトが戻ってきた。


「君達がいることに気付かれた。上まで来てくれ」

 ランプに照らされたアルトの顔は、緊張感に満ちている。

 嫌な予感がしたが、この状況では行くしかない。

 私達はアルトの後に続いて階段を昇った。


 出口から顔を出すと、そこは礼拝堂の中のようだった。周囲にはいくつもの棺が並び、その内の一つが、今出てきた地下通路への入口になっていた。


 部屋の中で人影が動き、少しずつこちらへと近付いてくる。

 ランプの灯りに照らし出されたのは、若い男の姿だった。

「招かれてもいないところへ顔を出そうとするなんて、ずいぶん躾が行き届いているんだね。アルト、君の自慢の息子とそのお友達を、僕にも紹介してよ」


 彼が言葉を発した途端に空気が張り詰める。

 この男は危険だ。

 絶対に敵に回してはいけない相手だということが、本能で分かる。


「息子のルークと、友人の娘のアレキサンドラです」

 アルトの声が固い。

 男がルークに視線を向けると、片方の瞳が光を放つ。

「へえ、ルークの魔力は大部分が眠っているのか。転生前の魔力が強過ぎて、新しい肉体にまだ馴染まないんだな」

「転生……」

 アルトが反応する。

「ルークには、君がよく知っている人物の魂が入っているよ。誰だか分かるだろう?」

 心当たりがあるのか、アルトはそれ以上何も聞かなかった。


 そして私の方へ目をやると、先程と同じように彼の瞳が片方だけ光る。

 男は、しばらく私を凝視した後に言った。

「お前……何者だ?」


 彼の目に射抜かれ、私の心臓は大きく脈を打つ。

 喉が渇いて貼り付きそうだ。


「魔力は感じられないが……」

 そう言って、男が私に向かって手を伸ばす。

 そこへ、ルークが間に入り込んできた。

「アレキサンドラに触るな」

 声が掠れている。

 ルークも、この男の禍々しさを感じているのだろう。いつもの勢いがない。


「勇気があるね。それとも、僕が誰だか知らないのかな?」

 男の声が苛立ちを含む。

 すかさずアルトが声を上げた。

「ルーク、下がりなさい。この方はオルロフ王の代理を務める、ジェラルド王子だ」


 それでもルークは動かない。

「勇敢な者ほど早死にするよ」

 ジェラルドが手を翳して呪文を唱えると、ルークの体が吹き飛んで壁に激突した。

 アルトが駆け寄って抱き起こす。


「大した術は使っていないよ。しばらくすれば目を覚ます」

 凍てつくようなジェラルドの声が辺りに響く。

「ただし、躾はし直した方がいいな。このままだと、そいつは転生前と同じ運命を辿ることになるぞ」


 ジェラルドは私に向き直り、有無を言わさぬ口調で命じた。

「お前の力は何だ? 今ここで見せてみろ」


 私は短刀を取り出し、自らの腕に突き立てた。抜き取ると血が溢れ出す。

 アルトが何か叫んだ気がしたが、極度の緊張にさらされている私には、何を言っているのか聞き取れなかった。


 いつものように傷口が塞がっていくのを、ジェラルドは興味深そうに見つめている。

 跡形も無く傷が消えると、ジェラルドは私の手から短刀を奪い、頬を切りつけてきた。

 先程と同じように、みるみる傷が癒えていく。

 ジェラルドが私の頬に触れ、傷口が無くなっていることを確認する。

「アレキサンドラ、一緒に来い」

 彼はそう言って、短刀を私の手に戻した。


 アルトの方を見ると、微かに頷いた気がした。

 ここは、ジェラルドに従うより他はなさそうだ。


 ジェラルドの後に続いて礼拝堂を出ると、陰鬱な空気を纏った初老の男性が待っていた。

「カーティス、この娘を王宮に連れていく」

 カーティスと呼ばれた男は、私を一瞥すると、

「承知しました」

 と答えて、私達と共に王宮へと向かった。


 礼拝堂は王宮の敷地内にあり、宮殿までは歩いてすぐの距離だった。

 無言で長い廊下を進み、装飾を施された扉の前まで来ると、ジェラルドは呪文を唱えた。

 重々しく扉が開き、ジェラルドが部屋の中へと入る。カーティスに促されて、私もその後に続いた。


 天蓋付きのベッドの上に、誰かが横たわっている。

 気品のある顔立ちの男性だったが、眉間には深い皺が刻まれ、彼の人生が苦悩に満ちたものだったことを窺わせた。


「オルロフだ。僕がかけた呪いで、眠り続けている」

 ジェラルドが淡々と語り始める。


「この魔眼で見ると、相手の魂から様々なことを読み取ることが出来るんだ。幼い頃は愚にもつかない能力だと思っていたが、思いのほか役に立つ」

 そう言いながら、彼は片目を光らせた。


「だがアレキサンドラ、お前の魂は何かに守られているかのように厚いヴェールで覆われていて、何も読み取ることができない。そこで思いついたんだ。魂を入れる器に丁度いいんじゃないかと」


「オルロフについて知りたいことがあるのに、彼も魔眼を持っているせいか、意識に入り込もうとしても弾かれてしまう。だから、お前にはオルロフの魂を移す器になってもらいたいんだ。そうすれば、彼の記憶を探ることが出来るかもしれない」


 オルロフの魂を移す……そんなことをしたら、私自身の魂はどうなってしまうというのか。

 だが、拒否すれば命はないだろう。


「では、始めようか」

 ジェラルドは私の髪を鷲掴みにすると顔を近付け、先程とは反対側の瞳を光らせた。

 私は目眩がして立っていられなくなり、床に膝をつく。

 ジェラルドの唱える呪文に耳を塞ぎたくなるが、体がいうことをきかない。

 息苦しさを覚えながら、何かが私の中に入り込んでくるのを感じた。



「オルロフ様」

 呼ばれた方に顔を向けると、カーティスが馬車の横に立っている。

「私はここまでしかお供することが許されておりませんので、ここで失礼致します」

 カーティスが恭しく差し出した招待状を手に取り、オルロフは舞踏会が開催される館の中へと入っていった。


 会場に足を踏み入れた途端にざわめきが静まり、周囲の者達が目配せし合う。


 自分は招かれざる客だ。

 そのことを、嫌というほど思い知らされる。

 いたたまれない気持ちになり、会場を突っ切って中庭の方へと抜け出した。


 人のいない方へと進み、木陰の下に座り込む。

 カーティスには花嫁候補を探すようにと言われていたが、無理な話だ。

 呪われた国の王子に嫁ぎたいと思う者などいるわけがない。

 樹木に寄り掛かりながらふと見上げると、木の上に誰かがいた。


「見つかっちゃった」

 鈴の音のような声が空から降ってくる。

 軽やかに木の上から地面へと降り立ったのは、長い銀髪を煌めかせた若い女だった。

 初めて見る顔だったが、この髪色は……噂に聞いたことがある。たぶんエスペラントのシャーロット王女だろう。


「あなたも舞踏会を抜け出してきたの? 私はシャーロット。木の上にいたことは内緒にしておいてもらえる?」

 彼女は物怖じしない様子で微笑んだ。


「オルロフだ」

 名乗れば立ち去るだろう。

 そう思ったが、予想に反して彼女はオルロフの横に腰を下ろしながら話しかけてきた。


「知ってるわ! マルベノの王子でしょう? 『死神』って呼ばれているのよね」

 そう言って楽しそうに笑う。


 オルロフは呆気に取られて訊ねた。

「怖くないのか」

 シャーロットは目を細めて答える。

「全然。だって、噂なんてあてにならないもの。知ってる? 私は癒しの力が使えるから『聖女』なんて呼ばれているのよ。優しくてお淑やかだと勘違いされているの。全くそんなことないのにね。愚痴だってこぼすし、腹が立つこともあるし、意地悪な気持ちになることだってある。木登りは得意だけれど、ダンスは苦手だし、刺繍なんて大嫌いよ」


 そこまで言ってから、急に心配そうな声で聞いてきた。

「がっかりした?」


 オルロフは思わず笑い出す。

「全然。私も噂話は嫌いだ。世界に一人くらい、木登りが得意な王女がいたっていいじゃないか。それに、誰だって愚痴をこぼしたり腹を立てたりするよ。そんなの当たり前だ」


 オルロフの言葉に、シャーロットは瞳を輝かせて言った。

「私達、良いお友達になれそうね」


 戸惑いながらも、喜びが胸に込み上げてくる。

 誰かとこんな風に話せる日が来るなんて。

 オルロフは、生まれて初めて自分の心の内をさらけ出せる相手に出会えたような気がした。

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