破壊
アイオライトとハリスが訓練場へ駆けつけると、倉庫が眩しい光に包まれた。
「倉庫の方だ! 急げ!」
アイオライトは叫ぶや否や、物凄い勢いで飛び込んで行く。慌ててハリスも後を追った。
倉庫に入ると、横たわるルークと、アレキサンドラに折り重なるように倒れ込むダニエルが見えた。
アイオライトがダニエルを引き剥がし、アレキサンドラを抱きしめる。ハリスは慌ててルークに駆け寄った。意識はなかったが、呼吸は安定している。見たところ、肩の腫れ以外には外傷もなさそうだ。次にダニエルへ近付こうとすると、アレキサンドラが制止した。
「そいつはこれ以上動かさない方がいい。治療院の医術師達を呼んできてくれ」
見ると、ダニエルの背中が焼け爛れている。ハリスは治療院へと向かって走り出した。
「ルーク、気が付いたか」
目を開けると、治療院のベッドの上だった。医術師がこちらを覗きこみながら、状況を説明してくれた。
俺が眠っている間に、倉庫の崩壊は老朽化が原因の事故として処理されていた。ダニエルはまだ治療中だったが、命に別状はないということだった。
俺がダニエルに向けて放った光が何だったのか、自分でもよく分からない。俺には魔力がほとんど無く、唯一使えるのは忘却術だけだったからだ。
忘却術と言っても、俺の魔力では術をかけるほんの少し前までの記憶しか消せなかったが。
幼い頃に、同じようなことがあったような気がするが、記憶が曖昧ではっきりとは思い出せない。
父さんは、もしも俺に未知なる力が発現したら、居合わせた者に対して必ず忘却術を使うよう言い聞かせてきた。
だが、この前は意識を失ってしまったので、アレキサンドラにかけた忘却術が成功したのかどうかは、判然としなかった。
治療院から宿舎に戻ると、もうすぐ昼食の時間だった。他の連中が来る前に食事を済ませてしまおうと思い、俺は食堂へ向かった。
「ルーク、訓練場の倉庫が崩れてきて怪我したんだって? 災難だったな。もう大丈夫なのか?」
と厨房のコックが声をかけてくる。
「うん、もう大丈夫」
俺はなるべく明るい声を出して答えた。
「大盛りにしといてやるよ」
コックはその言葉通り、皿にたっぷりと料理を載せてくれた。
「ありがとう」
そう言って隅のテーブルに着き、煮込み料理を口に運んでいると、午前の訓練を終えた訓練生達が食堂へとやってきた。
向かいの席に誰かが座る気配がして顔を上げると、アレキサンドラがいた。
「あ……」
言葉が出てこない。すると、アレキサンドラの隣にアイオライトもやってきた。
俺が動揺していると、横から声をかけられた。
「僕も一緒にいいかな」
そちらを見ると、ハリスが微笑みを浮かべながら立っている。
「ダニエルは怪我が治り次第、牢獄に入れる」
アイオライトが淡々と述べる。それから、俺の目を見て謝罪の言葉を口にした。
「一人で訓練場に残したことを後悔している。悪かった」
「あ……いえ……」
思いがけない言葉に、俺は戸惑いを隠せなかった。
俺の方を見ながら、アイオライトが話を続ける。
「ダニエルのしたことを知っているのは我々三人と、騎士団の中枢にいる数人だけだ。騎士団の名誉を守るためだけではなく、君のためにも詳細は公にしないという判断が下された」
自分の身に起きたことを思い出すと、いたたまれない気持ちになった。俺は断りを入れて席を立ち、一礼して食堂を後にした。
翌日からも、食事のたびにアレキサンドラは僕の向かいに座った。するとアイオライトとハリスもやってくる。毎回そうなので、食堂の隅のテーブルは、俺達の指定席のようになっていた。
食事の時だけではない。訓練からの行き帰りも、特に何か話しかけてくるわけではないのだが、気が付くと近くにアレキサンドラがいた。
何なんだろうと思いながらも、理由を聞けずにいた。
そして夜、共同浴場で体を洗っていると、隣に誰かの気配がした。まさか、と思って横を向くと、ハリスだった。
「アレキサンドラかと思った」
俺がホッとしたように呟くと、ハリスが笑った。
「確かに、最近のアレキサンドラはいつもルークの側にいるね」
「あいつは何で俺につきまとってくるんだろう」
「本人に聞いてみたら?」
ハリスに言われて、俺は言葉に詰まった。アレキサンドラを前にすると、何故か上手く話せなかったからだ。
話題を変えようと思い、気になっていたことを聞いてみる。
「ハリスとアレキサンドラって、あんまり共通点が無さそうなのに仲が良いよな。ルームメイトってだけで、そんなに親しくなれるもの?」
「僕達は幼なじみなんだよ。アレキサンドラの母親は王宮騎士団に所属していて、昔から王妃の護衛を担当しているんだ。僕の父さんは王宮専属の医術師で、アレキサンドラの両親とも親しいから、僕とアレキサンドラも子供の頃から一緒にいることが多かったんだ」
「そうか……二人とも、優秀な親の才能を受け継いでいるんだな」
俺はハリスに羨望の眼差しを向けた。
「それはどうだろうね。それに、僕もアレキサンドラも、何の努力もせずにここまできたわけじゃないよ。環境や立場は違っても、みんなそれぞれ自分にしか出来ない何かを探して、もがいているんじゃないのかな」
ハリスの話を聞きながら、俺はアレキサンドラに出会った日のことを思い出していた。
見習い騎士団の訓練で、体格のいい男達に囲まれたアレキサンドラは、まるで子供のように見えた。
そしてその華奢な体は、剣術のような接近戦では圧倒的に不利だろうと思われた。
だが、打ち合いの訓練でアレキサンドラの実力を目の当たりにした俺は、衝撃を受けた。
身軽な体を最大限に利用して素早く相手の剣をかわし、大柄な男達を翻弄しながら薙ぎ倒していく姿は、まさに圧巻だった。
持って生まれたものを嘆くのではなく、どうすれば強みに変えていけるのかを試行錯誤してきたのだろう。その姿勢に強く憧れたし、俺もそんな風に自分と向き合いたいと思うようになった。
黙り込んでいる俺に、ハリスが声をかけた。
「そのままでいると風邪をひくよ」
ハリスに促されて湯に浸かると、体の芯から温まっていく。凝り固まった心の中まで、ほぐれていくように感じた。
部屋に戻ると、同室のテオが俺に目をやり、からかうように言った。
「ルーク、お前最近アレキサンドラといつも一緒だな。でも、あんまり仲良くしてるとアイオライトに痛めつけられるぞ」
俺はムッとして言い返した。
「あいつが勝手についてくるだけだ。それにアイオライトは関係ないだろ」
「そうか、お前は新参者だから知らないんだな。アレキサンドラはアイオライトのものなんだぞ」
テオは意地悪な笑みを浮かべて続けた。
「嘘だと思うなら、夜中に別棟の入口に行ってみろよ。アイオライトと一緒にいるアレキサンドラが見られるぞ」
俺は頭にきて、返事をせずにベッドへ潜りこんだ。
別棟はアイオライトやダニエル、それから訓練生を指導する騎士達の宿舎として使われていて、見習い騎士達は許可が無ければ行き来は出来ないはずだった。
テオの話は出鱈目だ。そう自分に言い聞かせたが、その夜はなかなか寝付けず、夜中にそっと部屋を抜け出した。
部屋の前にしゃがみ込んで物想いに耽っていると、通路の奥から細い光が漏れ、別棟につながる扉が静かに開くのが見えた。遠目ではっきりしないが、あの小柄な体型はたぶんアレキサンドラだ。
心臓が早鐘を打つ。アレキサンドラらしき人影は、奥にいたもう一人と何か言葉を交わすと、こちらへ歩いてきた。別棟に通じる扉が閉まり、あたりは暗闇に包まれた。
俺は隠れる場所もなく、その場に座り込んでいた。アレキサンドラは俺に気が付いて足を止め、声をかけてきた。
「こんな夜中に何をしている」
「お前こそ何をしていたんだよ」
俺の問いかけに、アレキサンドラは平然と答えた。
「湯を浴びてきた」
言われてみると、髪が濡れている。
「何でこんな時間に別棟で……」
「アイオライトの許可は得ている」
アレキサンドラの口からアイオライトの名を聞いて、俺は冷静でいられなくなった。
「なんで……お前はそれでいいのかよ。もしアイオライトから無理矢理に言うことを聞かせられているんなら……俺、お前のことを助けたい」
しかし、アレキサンドラは何も言わずに歩き出した。
「おい!」
俺が呼び止めると、
「何を勘違いしているのか知らないが、私は全て自分の意志で行動している。お前の助けなどいらない」
振り向きもせずにそう言って、アレキサンドラは自分の部屋へと入って行った。
翌朝、ハリスとアレキサンドラが食堂へ行くと、ルークが食事を終えて席を立つところだった。
「今日はずいぶん早いな」
とハリスが声を掛けると、
「眠れなかったんだ」
と言って、ルークは足早に去って行った。
「どうしたんだろう」
ハリスが心配そうに呟くと、アレキサンドラが思い出したように言った。
「そういえば昨日の夜、別棟から出てくるところをルークに見られて、アイオライトとの仲を疑われた」
「本当のことを言えば良かったのに」
「わざわざ言うようなことでもない。そんなことより、ルークの監視は終わりにして、別の方法で確認する」
「別の方法って?」
「訓練中に追い込んで反応を見る」
「みんなが見ている前で危険じゃないか?」
ハリスは難色を示したが、アレキサンドラは意に介さず言った。
「大丈夫だ。手は打ってある」
訓練場の崩れた倉庫は取り壊され、代わりに柱を立てて布を張っただけの簡素なテントが設置されていた。そのテントの入口に、ローブを羽織った巨大な人影が見える。
アイオライトが近付いて声を掛けると、その人物は用意されていた椅子まで移動して座った。フードを深く被り、目元以外は布で覆われているため、どんな顔をしているのかは分からなかった。
「あれ……王宮魔術院のローブだぞ」
「なんでこんなところに魔術師が……」
訓練生達にざわめきが広がる。
「今日は打ち合いの訓練から始める。指名した相手と組むように」
そう言って、アイオライトは次々にペアを決めていき、最後に俺とアレキサンドラを組ませた。
すぐに開始の合図があり、体勢を整える間もなくアレキサンドラが攻撃をしかけてくる。間一髪で身をかわしたが、避けるのが精一杯で、俺は地面に倒れ込んだ。顔を上げた時には、アレキサンドラの木剣が俺の脳天に振り下ろされるところだった。
思わず目を瞑った次の瞬間、頭上でガツっと鈍い音がした。そっと目を開けると、アイオライトの剣がアレキサンドラの木剣を受け止めていた。
「そこまでだ。ルークは素振りをしていろ。アレキサンドラは俺と組め」
アイオライトの指示通り、俺は訓練場の隅で素振りを始めた。先程のアレキサンドラは本気だった。アイオライトが間に入ってくれなければ、死んでいたかもしれない。今頃になって実感し、恐怖で体が震えてくる。
俺をつけ回していたかと思えば、今度はこれだ。一体なんだっていうんだよ。俺は気持ちを落ち着かせるために、ひたすら素振りを続けた。
昼食の時間、アレキサンドラは食堂に現れなかった。俺はホッとしつつも、気になってハリスに訊ねた。
「アレキサンドラは?」
「先に行っててくれと言われたから、まだ訓練場だと思うけど……確かに遅いな」
ハリスが心配そうに答える。
そこへアイオライトが現れた。俺達のテーブルまで来て、訝しげな顔をする。
「アレキサンドラはどうした?」
そう聞かれて、俺は嫌な予感がした。
「訓練場にいませんでしたか?」
とハリスがアイオライトに訊ねる。
「いや、いなかったはずだが……」
アイオライトの答えに、俺は鼓動が速くなっていくのを感じた。
「あの……俺、ちょっと探してきます」
食べかけの食事を置いて、俺は急いで訓練場へと向かった。走りながら考えていた。もし、あのようなことをするのがダニエルだけではなかったら。もし、他にも同じようなことを考える奴がいたら。
不安に駆られながら訓練場に着くと、誰もいなかった。考え過ぎかと思い立ち去ろうとした時、倉庫代わりのテントの方から微かに声が聞こえた気がした。
俺は震える手で腰に差した木剣を抜き取り、音を立てないように近付いて行った。
布の隙間から中を覗き込むと、先程まで訓練場にいたローブ姿の魔術師が、アレキサンドラと向かい合っている。
俺の気配に気付いた魔術師は、アレキサンドラの耳元で何か呟いた。するとアレキサンドラが膝から崩れ落ちる。
俺は後先考えずにテントの中へ突っ込んでいった。
「アレキサンドラから離れろ!」
俺の声に、魔術師が振り向く。フードと布に覆われた顔からは、金色に光る目だけが見えた。
意識を失っているのか、アレキサンドラは目を閉じたままだ。その姿を見て、俺の中を凄まじい怒りが駆け巡った。コントロール出来ない感情が渦を巻き、辺りが黒い靄に包まれていく。
俺の体が光り出すと、魔術師は突風を巻き起こして俺を吹き飛ばした。
地面に叩きつけられた俺は、少しずつ意識が遠のいていく。まだアレキサンドラを助け出していないのに。
俺は必死に手を伸ばしたが、その手は空を掴んだだけで、どこにも届かなかった。
ルークが倒れ込むと、アレキサンドラは目を開けて起き上がり、魔術師に訊ねた。
「ノア様、今のが何か分かりますか?」
ノアと呼ばれた魔術師は、静かに語り出す。
「この力を持つ者は滅多に現れないのだが……たぶん、破壊の魔術だろう。他のどの魔術よりも破壊力があり、完全に覚醒すれば都市を一つ廃墟にすることもできる」
アレキサンドラは言葉を失った。
「このままでは周囲の者も、こいつ自身も危険に晒されることになる。ルークといったな。こいつはうちで預かる。アイオライトに、後で私のところへ来るよう伝えてくれ」
ノアはそう言い残すと、ルークを抱えて姿を消した。




