アルト
「ロビン!」
ティナが呼ぶと、生い茂った植物の間から、妖精のように可憐な女性が現れた。
彼女はティナを見ると、目を輝かせて駆け寄ってくる。
「母さん! ミートパイ焼いてきてくれた?」
見た目は大人びているが、仕草や話し方はやけに幼い。
「持ってきたわよ。食べる前に、こちらのお二人にきちんとご挨拶してちょうだい」
ティナに言われて、彼女はようやく私達の方を向いた。
「息子のロビンです。アイリス様と姿を入れ替えたので女性になっていますが、本来は男の子です」
ティナに紹介されたロビンは、
「こんにちは」
と言って無邪気な笑顔を見せる。
「アレキサンドラだ」
私が名乗ると、ルークも続けて挨拶した。
「俺はルーク。よろしくな」
ロビンはティナからミートパイの入ったバスケットを受け取ると、
「こっちにおいでよ」
と言って歩き出す。私達は彼の後に続いた。
ひときわ大きな樹木の陰に、椅子とテーブルが置いてある。
そこにいた人物の一人が、こちらに向かって大きく手を振った。
「父さん!」
ルークが叫んで走り出す。
アルトが無事だったことに安堵すると同時に、もう一人の人物の存在に気付く。
アルトと同じくらいか、少し年上だろうか。その人物はアイリスとよく似た雰囲気の女性で、銀色の髪が美しく煌めいている。
だが、まるで夢の中を彷徨っているかのようにぼんやりとしていて、私達の方には目もくれない。
「二人とも、捜しに来てくれてありがとう。心配かけて悪かったね」
アルトに声をかけられて、我に返る。
「ご無事で何よりです。それで……こちらの方は?」
私が隣の女性に目をやりながら訊ねると、アルトは穏やかな声で答えた。
「彼女はシャーロット。僕の姉だよ。アイリスは、シャーロットとオルロフの娘なんだ」
私とルークは、思わず顔を見合わせた。
シャーロット王女は、亡くなったはずだ。
私の心の声に応えるように、アルトが話し始めた。
「ティナの母親はリリーという名前で、婚礼を控えたシャーロットの侍女として、エスペラントにやってきたんだ」
「リリーは生前、シャーロットに呪薬を渡し、シャーロットは亡くなる前にそれを飲んで仮死状態に陥った。そのことを知ったオルロフは、彼女をマルベノに連れ帰って蘇らせたんだ」
「……そのことを、父さんは前から知っていたの?」
ルークの問いに、アルトは首を振る。
「知ったのは、ここに来てからだ。サイラスがリリーに似ていることに気付いて……マルベノで調べているうちに、別件に巻き込まれて帰れなくなった」
私はシャーロットを見つめた。
彼女はまるで人形のように身じろぎもせず、ただそこに座っている。
こんな状態で、果たして本当に蘇ったと言えるのだろうか。
「でも……さっきから何も喋らないし、俺達にも興味無さそうだよ。話に聞いていたシャーロットとは別人みたいだ」
ルークが言うと、アルトは目を伏せる。
「蘇りの呪術は、人格が破壊されてしまうそうだ。元々は奴隷として売り飛ばすために使われていた呪術だからね。生き返っても、元通りというわけではない」
アルトの言葉に、ルークは声を荒げる。
「そんなの、間違ってるだろ! 本人の意思を無視して蘇らせて、今の彼女はまるで生ける屍じゃないか!」
ルークの大声に反応したのか、シャーロットが怯えた表情になる。
アルトは優しく彼女の手を取り、席を立つ。
「その辺を少し歩いてくるよ。話の続きはまた後にしよう」
二人はゆっくりと木々の向こうへ歩み去った。
「動けないわけじゃないんだな」
と私が言うと、ティナが教えてくれた。
「身の回りのこともご自分でなさいますし、お食事も普通に召し上がります。それに、オルロフ様がお元気な頃は、よくこちらにいらっしゃって……アイリス様も含めて、ご家族とご一緒にいる時のシャーロット様は、とてもお幸せそうに見えました」
すると、ルークが眉間に皺を寄せて言い放つ。
「幸せかどうかなんて、本人にしか分からない」
彼は、オルロフの行為がどうしても許せないようだ。
「そうだな。でも、彼女が不幸なのかどうかということも、私達には分からない」
私はルークにそう言うと、ティナ達に断りを入れて、シャーロット達の後を追うことにした。
アルトの話していた別件というのが気になっていたからだ。
二人の歩いて行った方へ探しにいくと、一面に虹の花が咲いている場所を見つけた。
風に揺れながら、光の加減で色が移り変わっていく。
幻想的な光景から目を離せずにいると、
「気に入った?」
と足元から声がした。
見ると、アルトが地面に寝そべっている。
シャーロットの姿を目で探したが見当たらない。
アルトは近くにある小屋を指差す。
「シャーロットはあの中にいるよ。少し休ませようと思って」
そう言って体を起こすと、手招きして私を隣に座らせた。
アルトが何に巻き込まれているのかを聞きたかったが、私なんかに教えてもらえるだろうか。
どう切り出そうか悩んでいると、アルトが話し始めた。
「ここへ来てシャーロットの姿を見た時の気持ちは、言葉ではとても言い表せない。人格を失っていると知って衝撃を受けたけれど、それでも生きていてくれただけでいいと思った」
「僕はね、オルロフの気持ちが痛いほど分かるんだ。もし僕が彼と同じ状況に置かれたら、きっと同じことをする」
「でも……ルークの言う通り、僕とオルロフは間違っているのかもしれないね。シャーロットの気持ちを考えずに、自分達の願いを押し付けているんだから」
生きていてくれるだけでいい。
そう言われて、自分らしさを失っても尚、誰かに必要とされながら命を繋ぐ日々とは、一体どんなものだろう。
考えてはみたけれど、答えは見つからなかった。
それに、シャーロット本人が語らない以上、どんな答えを出したとしても、全ては推測に過ぎない。
だから結局、私達は自分が正しいと思うことを信じるしかないのだ。
「誰かが間違っているというわけではないと思います。正しいと信じるものが、それぞれ異なっているというだけで」
私がそう言うと、アルトは意外そうにこちらを見つめた。
「アレキサンドラは、どうしてルークと一緒に来ようと思ったの?」
難しい質問だった。
どうしてなのか、自分でもよく分からない。
強いて言うなら……
「ルークを一人で行かせたくなくて」
私の答えに、アルトは目を細める。
私は思い切って聞いてみた。
「連絡もせずにマルベノから帰ってこなかったのは、どうしてですか?」
「オルロフが病に倒れたのではなく、呪いをかけられていると知ったからだ。僕は頼まれたんだよ。全てが片付くまでは、ここで大人しくしていてくれって」
「誰にですか?」
私の質問に、アルトは少し迷ってから答える。
「今日の夜、その人と会うことになっているんだ。君とルークもここに足止めされることになると思うから、詳しい話をしてもいいかどうか聞いてみるよ」
アルトはそう言って立ち上がると、小屋の方へシャーロットを迎えに行った。
ティナ達のところへ戻ると、ミートパイを平らげて満足そうな顔をしたロビンが、アルトの方へやってくる。ルークは、気まずそうに私達から目を逸らした。
「そろそろ行きましょうか」
ティナの声かけで、私達は再び地下通路へと階段を降りていく。
ティナの家に帰るのかと思ったが、連れて行かれた先はもっと立派な建物だった。調度品も比べ物にならないくらい豪華だ。
「こちらは、シャーロット様のお住まいです。お二人のお部屋もすぐにご用意させます。ここにいる者は全員、私達の一族ですので、ご安心下さい」
そう言ってティナは使用人達に指示を出し、私とルークは応接間に通された。
応接間で待ちながら、アルトから聞いた話を、かいつまんでルークに伝えた。
「オルロフ王は呪いをかけられているのか……。呪術の国なんだから、王の呪いを解くことくらい簡単に出来そうだけどな」
ルークの疑問はもっともだ。そもそも、呪いを防ぐ対策はされていなかったのだろうか。
そこへ、ティナがやって来た。
「お部屋のご用意が出来ましたので、ご案内いたします」
彼女の後について歩きながら、ルークが訊ねる。
「かけられた呪いは、どうすれば解くことが出来るの?」
「基本的に、呪いをかけた者にしか解くことは出来ません」
「じゃあ、呪いをかけた呪術師が命を落としたらどうなるの?」
「その場合も呪いは解けます。かけた本人が解くか、死ぬか。あるいは……王家の方々と同等の力を持つ者ならば、他者がかけた呪いを解くことも可能かもしれません」
「王家の力ってそんなに凄いんだ」
「敵う者はおりません。もし存在したら、その者が新たな王となるでしょう」
ティナとルークの会話を聞きながら、ますます疑問が深まった。
では、王家の頂点に君臨するオルロフに呪いをかけることが出来たのは、一体誰なのだろう。
私とルークの部屋は隣り合っていた。
ティナが下がると、ルークが小声で囁く。
「今夜、父さんが誰に会うのか気になるから、後をつけて確かめてくる」
「やめておけ。明日になればわかることだ」
私の素っ気ない対応に、ルークは気を悪くしたようで、怒ったように言い返してきた。
「相手に口止めされたら、何も教えてもらえないかもしれないだろ。俺は、何が起きているのかちゃんと知りたい。絶対に行く」
まるで子供みたいだ。
すぐに感情的になって、衝動的な行動をする。
いつか痛い目に遭うだろう。
たが、自業自得だ。
勝手にすればいい。
そう思うのに、どうしても彼を放っておくことが出来ない。
「一緒に行ってやる」
それだけ言うと、私は扉を開けて部屋へ入り、深いため息をついた。




