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アレキサンドラ  作者: パンダカフェ
アレキサンドラ編
19/25

アルト

「ロビン!」

 ティナが呼ぶと、生い茂った植物の間から、妖精のように可憐な女性が現れた。


 彼女はティナを見ると、目を輝かせて駆け寄ってくる。

「母さん! ミートパイ焼いてきてくれた?」

 見た目は大人びているが、仕草や話し方はやけに幼い。


「持ってきたわよ。食べる前に、こちらのお二人にきちんとご挨拶してちょうだい」

 ティナに言われて、彼女はようやく私達の方を向いた。


「息子のロビンです。アイリス様と姿を入れ替えたので女性になっていますが、本来は男の子です」

 ティナに紹介されたロビンは、

「こんにちは」

 と言って無邪気な笑顔を見せる。

「アレキサンドラだ」

 私が名乗ると、ルークも続けて挨拶した。

「俺はルーク。よろしくな」


 ロビンはティナからミートパイの入ったバスケットを受け取ると、

「こっちにおいでよ」

 と言って歩き出す。私達は彼の後に続いた。


 ひときわ大きな樹木の陰に、椅子とテーブルが置いてある。

 そこにいた人物の一人が、こちらに向かって大きく手を振った。


「父さん!」

 ルークが叫んで走り出す。

 アルトが無事だったことに安堵すると同時に、もう一人の人物の存在に気付く。


 アルトと同じくらいか、少し年上だろうか。その人物はアイリスとよく似た雰囲気の女性で、銀色の髪が美しく煌めいている。

 だが、まるで夢の中を彷徨っているかのようにぼんやりとしていて、私達の方には目もくれない。


「二人とも、捜しに来てくれてありがとう。心配かけて悪かったね」

 アルトに声をかけられて、我に返る。

「ご無事で何よりです。それで……こちらの方は?」

 私が隣の女性に目をやりながら訊ねると、アルトは穏やかな声で答えた。

「彼女はシャーロット。僕の姉だよ。アイリスは、シャーロットとオルロフの娘なんだ」


 私とルークは、思わず顔を見合わせた。

 シャーロット王女は、亡くなったはずだ。


 私の心の声に応えるように、アルトが話し始めた。

「ティナの母親はリリーという名前で、婚礼を控えたシャーロットの侍女として、エスペラントにやってきたんだ」


「リリーは生前、シャーロットに呪薬を渡し、シャーロットは亡くなる前にそれを飲んで仮死状態に陥った。そのことを知ったオルロフは、彼女をマルベノに連れ帰って蘇らせたんだ」


「……そのことを、父さんは前から知っていたの?」

 ルークの問いに、アルトは首を振る。

「知ったのは、ここに来てからだ。サイラスがリリーに似ていることに気付いて……マルベノで調べているうちに、別件に巻き込まれて帰れなくなった」


 私はシャーロットを見つめた。

 彼女はまるで人形のように身じろぎもせず、ただそこに座っている。

 こんな状態で、果たして本当に蘇ったと言えるのだろうか。


「でも……さっきから何も喋らないし、俺達にも興味無さそうだよ。話に聞いていたシャーロットとは別人みたいだ」

 ルークが言うと、アルトは目を伏せる。

「蘇りの呪術は、人格が破壊されてしまうそうだ。元々は奴隷として売り飛ばすために使われていた呪術だからね。生き返っても、元通りというわけではない」


 アルトの言葉に、ルークは声を荒げる。

「そんなの、間違ってるだろ! 本人の意思を無視して蘇らせて、今の彼女はまるで生ける屍じゃないか!」


 ルークの大声に反応したのか、シャーロットが怯えた表情になる。

 アルトは優しく彼女の手を取り、席を立つ。

「その辺を少し歩いてくるよ。話の続きはまた後にしよう」

 二人はゆっくりと木々の向こうへ歩み去った。


「動けないわけじゃないんだな」

 と私が言うと、ティナが教えてくれた。

「身の回りのこともご自分でなさいますし、お食事も普通に召し上がります。それに、オルロフ様がお元気な頃は、よくこちらにいらっしゃって……アイリス様も含めて、ご家族とご一緒にいる時のシャーロット様は、とてもお幸せそうに見えました」


 すると、ルークが眉間に皺を寄せて言い放つ。

「幸せかどうかなんて、本人にしか分からない」

 彼は、オルロフの行為がどうしても許せないようだ。

「そうだな。でも、彼女が不幸なのかどうかということも、私達には分からない」

 私はルークにそう言うと、ティナ達に断りを入れて、シャーロット達の後を追うことにした。

 アルトの話していた別件というのが気になっていたからだ。



 二人の歩いて行った方へ探しにいくと、一面に虹の花が咲いている場所を見つけた。

 風に揺れながら、光の加減で色が移り変わっていく。

 幻想的な光景から目を離せずにいると、

「気に入った?」

 と足元から声がした。

 見ると、アルトが地面に寝そべっている。

 シャーロットの姿を目で探したが見当たらない。


 アルトは近くにある小屋を指差す。

「シャーロットはあの中にいるよ。少し休ませようと思って」

 そう言って体を起こすと、手招きして私を隣に座らせた。

 アルトが何に巻き込まれているのかを聞きたかったが、私なんかに教えてもらえるだろうか。

 どう切り出そうか悩んでいると、アルトが話し始めた。


「ここへ来てシャーロットの姿を見た時の気持ちは、言葉ではとても言い表せない。人格を失っていると知って衝撃を受けたけれど、それでも生きていてくれただけでいいと思った」


「僕はね、オルロフの気持ちが痛いほど分かるんだ。もし僕が彼と同じ状況に置かれたら、きっと同じことをする」


「でも……ルークの言う通り、僕とオルロフは間違っているのかもしれないね。シャーロットの気持ちを考えずに、自分達の願いを押し付けているんだから」


 生きていてくれるだけでいい。

 そう言われて、自分らしさを失っても尚、誰かに必要とされながら命を繋ぐ日々とは、一体どんなものだろう。


 考えてはみたけれど、答えは見つからなかった。

 それに、シャーロット本人が語らない以上、どんな答えを出したとしても、全ては推測に過ぎない。

 だから結局、私達は自分が正しいと思うことを信じるしかないのだ。


「誰かが間違っているというわけではないと思います。正しいと信じるものが、それぞれ異なっているというだけで」

 私がそう言うと、アルトは意外そうにこちらを見つめた。


「アレキサンドラは、どうしてルークと一緒に来ようと思ったの?」

 難しい質問だった。

 どうしてなのか、自分でもよく分からない。

 強いて言うなら……

「ルークを一人で行かせたくなくて」

 私の答えに、アルトは目を細める。


 私は思い切って聞いてみた。

「連絡もせずにマルベノから帰ってこなかったのは、どうしてですか?」

「オルロフが病に倒れたのではなく、呪いをかけられていると知ったからだ。僕は頼まれたんだよ。全てが片付くまでは、ここで大人しくしていてくれって」

「誰にですか?」

 私の質問に、アルトは少し迷ってから答える。

「今日の夜、その人と会うことになっているんだ。君とルークもここに足止めされることになると思うから、詳しい話をしてもいいかどうか聞いてみるよ」

 アルトはそう言って立ち上がると、小屋の方へシャーロットを迎えに行った。



 ティナ達のところへ戻ると、ミートパイを平らげて満足そうな顔をしたロビンが、アルトの方へやってくる。ルークは、気まずそうに私達から目を逸らした。


「そろそろ行きましょうか」

 ティナの声かけで、私達は再び地下通路へと階段を降りていく。

 ティナの家に帰るのかと思ったが、連れて行かれた先はもっと立派な建物だった。調度品も比べ物にならないくらい豪華だ。


「こちらは、シャーロット様のお住まいです。お二人のお部屋もすぐにご用意させます。ここにいる者は全員、私達の一族ですので、ご安心下さい」

 そう言ってティナは使用人達に指示を出し、私とルークは応接間に通された。


 応接間で待ちながら、アルトから聞いた話を、かいつまんでルークに伝えた。

「オルロフ王は呪いをかけられているのか……。呪術の国なんだから、王の呪いを解くことくらい簡単に出来そうだけどな」

 ルークの疑問はもっともだ。そもそも、呪いを防ぐ対策はされていなかったのだろうか。


 そこへ、ティナがやって来た。

「お部屋のご用意が出来ましたので、ご案内いたします」

 彼女の後について歩きながら、ルークが訊ねる。

「かけられた呪いは、どうすれば解くことが出来るの?」

「基本的に、呪いをかけた者にしか解くことは出来ません」

「じゃあ、呪いをかけた呪術師が命を落としたらどうなるの?」

「その場合も呪いは解けます。かけた本人が解くか、死ぬか。あるいは……王家の方々と同等の力を持つ者ならば、他者がかけた呪いを解くことも可能かもしれません」

「王家の力ってそんなに凄いんだ」

「敵う者はおりません。もし存在したら、その者が新たな王となるでしょう」


 ティナとルークの会話を聞きながら、ますます疑問が深まった。

 では、王家の頂点に君臨するオルロフに呪いをかけることが出来たのは、一体誰なのだろう。


 私とルークの部屋は隣り合っていた。

 ティナが下がると、ルークが小声で囁く。

「今夜、父さんが誰に会うのか気になるから、後をつけて確かめてくる」

「やめておけ。明日になればわかることだ」

 私の素っ気ない対応に、ルークは気を悪くしたようで、怒ったように言い返してきた。

「相手に口止めされたら、何も教えてもらえないかもしれないだろ。俺は、何が起きているのかちゃんと知りたい。絶対に行く」


 まるで子供みたいだ。

 すぐに感情的になって、衝動的な行動をする。

 いつか痛い目に遭うだろう。

 たが、自業自得だ。

 勝手にすればいい。


 そう思うのに、どうしても彼を放っておくことが出来ない。

「一緒に行ってやる」

 それだけ言うと、私は扉を開けて部屋へ入り、深いため息をついた。

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