ミルン
マルベノへは、陸路よりも海側から船で向かう方が近い。
港で情報収集すると、銀髪が印象的なせいか、アルトを覚えている者が何人かいた。
やはり、同じ経路で向かったようだ。
乗船してからのルークは、酷い有様だった。
船酔いに苦しみながら、ほとんどの時間を横になって過ごし、たまに起き上がっては胃の中のものを吐き出している。
船の中では特にすることもないので、私は真っ青な顔をしたルークの横に座り、時々顔の汗を拭いてやった。
「俺、アレキサンドラには情けないところばかり見られている気がする」
ルークがため息混じりに呟く。
これまでのことを思い返しながら、
「確かにそうだな」
と私が言うと、ルークは傷ついた顔をして背を向けてしまった。
ハリスに、どうして自分からルークに関わろうとするのかと聞かれた時、私は「ルークが私を恐れないからだ」と答えた。
それもある。
けれどきっと、それだけではない。
投獄されたルークが涙を見せた時、傍にいてやりたいと思った。
彼の弱さに触れる度に、今までにない感情が湧き上がる。
ルークを通して、私まで心の痛みを感じたような錯覚を起こす。
そして、弱さの奥に潜む、彼の強さに気付かされるのだ。
ルークの心にあるものが眩しくて、私は時折目を背けたくなる。
でも、その光が消えてしまわないことを、誰より強く願ってもいる。
やけに静かだなと思ってルークの顔を覗き込むと、目を閉じて寝息を立てていた。
私も横になり、ランプの灯りを消す。波に揺られながら、いつの間にか眠りについていた。
下船した港町からマルベノまでは、それほど遠くなかった。
「フードは取るなよ」
入国する前に、私はルークに念を押す。
マルベノには混血の者がほとんどいない。
黒髪の人々の中で銀髪のルークが動き回るのは、目立ち過ぎてしまう。
「分かってるよ。布も巻いているから、万が一フードが外れても大丈夫」
彼はローブのフードを少し持ち上げて、頭に巻いた布を見せた。
入国した私達は、王宮のある首都を目指して進んだ。
サイラスがエスペラントに現れた時期と、オルロフ王が病に倒れた時期は重なっている。
二つの出来事に何らかの繋がりがあるとするなら、王宮に近い場所で情報収集した方がいいと考えたのだ。
「父親のことは尋ねるな。捜索隊と同じことをしても仕方がない。サイラスについて探ろう」
私の意見に、ルークも同意した。
「サイラスは見た目に特徴があるわけでもないし、本当の名前も分からないから、手掛かりは料理の腕前だけだな」
私達は、オルロフ王が病に罹ったのと同時期に姿を消した少年がいないか、料理屋を中心に捜し回った。
しかし、マルベノの人々は非常に閉鎖的で、私達が他国から来たと知ると一様に口を閉ざしてしまう。
数日経っても思うような結果は得られず、その日も徒労に終わろうとしていた。
宿に戻ろうとして人気の無い路地にさしかかったところで、背後に気配を感じる。
振り向こうとした時には、もう遅かった。
首に腕が巻き付き、
「大声を出すな」
と耳元で女の声が囁く。
隣を歩いていたルークが身構えたが、次の瞬間、驚愕の表情で呟いた。
「母さん……?」
背後の人物が腕を緩める。振り向くと、目つきの鋭い大柄な女がこちらを見ていた。
「説明は後だ。黙って付いて来い」
それだけ言うと、彼女は先に立って歩き出した。
連れて行かれた先は、ごく普通の民家だった。
扉を開けると、香ばしい匂いが外にまで広がってくる。
「ティナ、戻ったぞ」
ルークの母親が声を掛けると、奥の方から黒髪の女性が現れ、私達の姿を見るなり目を丸くした。
「ミルン様、こちらは…?」
「息子のルークと、その連れだ」
ミルンが答え、家の中へ入るよう私達を促した。
テーブルに着くと、ティナがミートパイと温かい飲み物を運んできてくれる。
彼女はすぐに下がろうとしたが、
「ティナも一緒に食べよう」
とミルンに言われて、空いていた椅子に腰掛けた。
ルークが何か言おうとするのを制して、ミルンは私に向かって言った。
「エマの娘の、アレキサンドラだな?」
頷きながら、「エマの娘」と言われることに内心辟易していた。
私は、この後に続く言葉がどんなものかを知っている。
エマの娘なのに、ずいぶん弱々しいな。
エマの子にしては、ちっとも愛想が無い。
エマの血を引いているなら、もっとーー
だが、ミルンの言葉は、今まで投げかけられたどんな言葉とも違っていた。
「珍しい目の色だな」
ミルンが私の目を覗き込む。
「外で見た時と部屋の中とでは、僅かに色が違って見える」
それから、ついでのように付け足した。
「虹の花みたいだ」
私が何も言えずにいると、ルークが痺れを切らして話に割り込んできた。
「そんなことより、説明してくれよ! 何で母さんがマルベノにいるんだ?!」
興奮するルークとは対照的に、ミルンが冷静に答える。
「アルトを捜しにきた。捜索隊の隊長は私だ」
ルークは周囲を見回しながら、
「捜索隊って言ったって、他にはティナしかいないじゃないか。大体、母さんが捜索隊にいるなんて聞いてないぞ!」
と怒りを露わにする。
「アルトを見つけ出したから、他の隊員には別の仕事をしてもらっている。ルークに言うと面倒なことになりそうだったから、捜索隊に私がいることは黙っておくよう、ベンジャミンに頼んだんだ。結局は面倒なことになってしまったが」
ミルンが言うと、ルークはますます怒り出した。
「面倒って何だよ!!」
そう言ってから、やっと気付く。
「父さんを見つけたのか……? どうしてすぐに教えてくれなかったんだよ!」
信じられないという様子のルークに、
「こちらにも事情があってな。心配かけてすまなかった」
そう答えたミルンは、全然悪いと思っていなさそうだった。
ルークは、何を言っても無駄だと思ったのか、話を中断してミートパイに齧り付く。
途端に表情が変わった。
「サイラスが作るミートパイと同じ味だ」
彼の呟きを聞いて、ティナが口元を綻ばせる。
「ティナ、二人をアルトがいる場所まで案内してくれないか? その間に、片付けておきたいことがあるんだ」
ミルンが言うと、ティナはすぐに立ち上がり、
「では、準備をして参ります。ミートパイを召し上がったらお声かけください。アルト様のところへご案内致しますので」
と言って退席した。
ルークは一気に平らげ、私を急かす。
「悪いけど、急いで食べてくれないか。早く父さんの無事を確認したい」
私は黙々とパイを食べながら、ティナとサイラスの関係について考えていた。
ティナの案内で、隠し扉から地下に降り、ひんやりとした地下通路を進んで行く。
先頭を歩くティナの背中に、ルークが話しかけた。
「父さんは、どうしてティナのところに?」
「アルト様は、この国で私の息子について調べていたんです。それで、こちらの事情に巻き込んでしまって……」
「ティナの息子ってーー」
「ロビンという名です。そちらの国では、サイラスと呼ばれていたようですね」
ルークは質問を続けた。
「ティナがサイラスに……ロビンに料理を教えたの?」
「正確にはロビンではなく、ロビンと姿を入れ替える前の、アイリス様という方にお教えしました」
私達はティナの話に混乱した。
そのことを察したのか、ティナが説明を加える。
「私の一族は、悪魔との契約によって力を手に入れ、代々王家に仕えて参りました。王家の方々に重宝されたのは、姿を入れ替える術が使えたからです」
ルークが首をひねっているので、私は話を整理する。
「つまりアイリスという人物は、ロビンと姿を入れ替え、今はサイラスとしてエスペラントで暮らしている、ということか?」
「その通りです」
ティナが言うと、ルークはまだ理解しきれていないという様子で質問をした。
「サイラスが口をきけないのは、呪術のせい?」
「そうです。術をかけられた者は、言葉を話せなくなります。この術は相手を陥れるために使われることが多いので、その場合に余計なことを喋られては不都合が生じますから」
ルークは次々に訊ねる。
「どうして自分の息子とアイリスっていう人の姿を入れ替えさせたの?」
「アイリス様をお守りするためです」
「守るって……何から?」
ティナが答えを躊躇う。
「申し訳ございません、私がお話しできるのはここまでです。詳しいことは、アルト様にお聞き下さい」
途中にいくつも別れ道があったが、ティナは迷いなく進んで行く。
「よく道順を間違えないね」
ルークが感心したように言うと、ティナが私達に注意を促す。
「命に関わりますから。別の出口に続いている道もありますが、それ以外の道には罠を仕掛けております。危険ですから、私から離れないようにして下さいね」
ルークが黙り込む。薄暗くてよく分からないが、きっと青い顔をしているに違いない。
最後に長い階段を昇り、ようやく目的地へと辿り着く。
ティナが呪文を唱えると、重そうな岩がゆっくりと動き出す。
その向こうに広がっていたのは、色とりどりの花が咲き乱れ、見たことのない珍しい植物が生い茂る、楽園のような光景だった。




