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アレキサンドラ  作者: パンダカフェ
アレキサンドラ編
17/25

エマ

 宿舎の夕飯の時間を過ぎてしまったので、私達もノアの家でご馳走になることにした。


 サイラスもそのつもりだったのだろう。食卓には、湯気を立てた煮込み料理や蒸し料理などがたくさん並び、食欲をそそる匂いを漂わせている。


 ノアも帰宅したので、みんなで食卓を囲む。椅子に腰かけて大きく息をついたノアは、ずいぶん疲れた顔をしていた。


「忙しそうだね」

 ルークが声をかけると、ノアはため息をつきながら言った。

「マルベノと交戦する可能性が出てきたから、呪術の対策を始めたんだが……難しくてね」

「呪術と魔術は違うの?」

 ルークの問いに、ノアが説明を始めた。


「魔術は、本人の持つ魔力に自然界のエネルギーを融合させて体から放出する。呪術は、呪薬と呼ばれる、動植物や鉱物を調合したものを使用したり、呪文によって悪魔の力を借りたりする。使用者の魔力によって効力は異なるが、効果が高いほど代償も大きい」


「代償?」

 ルークが聞き返す。

「そうだ、呪術がマルベノでしか発展しなかったのは、呪術師の多くが非業の死を遂げるからだ」


「マルベノはエスペラントと同じく小国で、常々存亡の危機に晒されてきた。だから、代償を払ってでも呪術を使用し、国を守ろうとしてきたんだ」


 ノアが一通り説明し終えると、ハリスが補足する。

「オルロフが王になってから呪術を廃止出来たのは、エスペラントの学術院の協力によって、呪薬の改良に成功したからなんだよ」


「エスペラントの薬は、ほとんどが外傷を治すものだけれど、マルベノの薬は病を癒す。オルロフ王は薬の供給を交渉材料にして、大国からの保護を取り付けたんだ」

 医術師の息子だからか、ハリスは薬に関してやたらに詳しい。


「呪術には未知の部分が多い。特に、悪魔との契約による呪術は謎に包まれている。私も一度しか見たことがーー」

 ノアはそこまで話すと、急に口をつぐんだ。

 私は食事の手を止めて顔を上げる。

 ノアは口を半開きにしたままサイラスを見つめていた。

 サイラスがノアの視線に気付き、戸惑った表情を浮かべる。

「ノア様、どうされましたか?」

 ピピの声かけに、

「いや、何でもない」

 と返事をしたものの、ノアは食が進まないようだった。


「調べたいことがあるから、お先に失礼するよ」

 ノアが席を立つと、ルークが縋り付く。

「待って! 俺、父さんを捜しに行きたいから、ノアの力でマルベノまで連れて行ってよ」

 ノアは困りきった顔で首を振る。

「無理だ。私の力は、自分か同伴者が行ったことのある場所にしか移動できないんだ。マルベノには足を踏み入れたことがない」


「それなら、入国許可証を発行してもらえるように、ノアからも王に頼んでよ」

 ルークが食い下がる。

「それも出来ない。王は、捜索隊の報告を待てと言っただろう? 不安な気持ちは分かるが、私達に任せておいてくれ。アルトのことは、必ず見つけ出すよ」

 ノアはルークを宥めると、話を切り上げて食堂を出て行った。


 私は、サイラスに訊ねてみた。

「サイラスは、マルベノ出身なのか?」

 彼は困惑しながら、目でルークに助けを求める。

「俺も聞いてみたけど、否定も肯定もしなかったよ」

 ルークの言葉を聞いて、私は考え込んでしまった。


 否定も肯定もしないのは、どうしてだろう。

 口止めされているのか、記憶に無いのか、それとも……幽閉でもされていて、どこにいたのかサイラス自身にも分からないのだろうか。


「筆談すれば、もっと詳しいことが分かるんじゃないか?」

 ハリスが提案すると、ルークは残念そうに肩を落とす。

「サイラスは読み書きが出来ないんだ」


「料理はどこで覚えたんだろうな。読み書き出来ないなら料理書も読めないし、独学でこんなに作れるようにはならないだろう。誰かに教わったはずだ」

 私が言うと、ハリスも同じことを考えていたようだ。

「これだけの腕前だから、どこかの店で下働きしていたのかもしれないな。サイラスについて調べていけば、きっとアルト様にも辿り着ける。マルベノへ行ってみよう」


 ハリスの言葉にルークが反応する。

「そんなこと言っても……許可証がなければ入国出来ないじゃないか」

「許可証を発行する権限を持つのは、王だけじゃないよ」

 そう言って、ハリスは微笑んだ。



 翌日、急いで昼食を終えると、私達はルークと落ち合ってレイモンドのところへ向かった。


 レイモンドには事前に訪問することを伝えてあったが、ルークが一緒に来ることは想定していなかったようで、彼の顔を見るなり不機嫌そうに横を向いた。


 ハリスが事情を説明して許可証の発行を求めると、レイモンドは条件を出した。


「許可証は発行してやる。ただし、行くのはルーク、お前だけだ。それから、父親を見つけ次第、二人で故郷の村に帰れ。二度と我々の前に姿を見せるな」

 レイモンドの厳しい口調を、ハリスが諌める。

「何もそんな言い方をしなくてもいいだろう?」

「こいつの父親のせいで、エスペラントとマルベノの関係は悪化しているんだぞ」


 ハリスとレイモンドが言い合いを始める。

「アルト様は正規の手続きで入国しようとしたんだから、何も悪くない」

「だが、余計なことをしなければ、何も起こらなかった。マルベノ側はアルトが入国した形跡は無いと言っているのに、王は捜索隊を派遣した。マルベノからしたら、許し難い行為だ」


 父親を悪く言われて、ルークの目が怒りに燃えている。

 私は二人の会話に割って入った。

「許可証は二枚発行してくれ。私も行く」


 レイモンドが呆気に取られて私の顔を見る。

「何だって? アレキサンドラが一緒に行くっていうのか? 何故? お前……そんな奴じゃないだろう」

 私は無性に腹が立った。

 レイモンドは、私のことを一体どんな奴だと思っているのか。

「レイモンドこそ、そんな奴じゃないだろう? 口は悪いが、これまでに困っている人間を見放すことなど決してなかった。私のことも、誰が何と言おうと友人だと言い張って守ってくれた。どうしてルークとアルト様にだけ、そんなに酷い態度を取るんだ?」


 レイモンドは私の問いかけに答えようとしなかった。

 苛立ちながら側近を呼び、マルベノへの入国許可証を二枚発行するよう指示を出す。

「勝手にしろ! ただし、身の危険を感じたら、そいつを置いてアレキサンドラ一人で帰って来い!」

 レイモンドは吐き捨てるように言うと背を向けた。


「許可証は三枚にしてもらえないか? 僕も一緒に行く」

 ハリスの願いは、即刻却下された。

「ハリスの同行は決して許さない。今すぐに三人とも出て行け!」

 レイモンドに部屋を追い出され、私達は扉の前で許可証の発行を待った。



 その夜、私は母の元を訪れた。

 母のエマは、不思議な人だった。

 彼女は、私の奇妙な体質を当たり前のように受け入れ、特別視することなく育ててくれた。


 訓練に明け暮れ、職務に邁進する母の姿は、世の人々が考える母親像とはかけ離れていたが、彼女の傍はいつも居心地が良かった。

 母の子として産まれたことを、私は幸運に思っている。


「何かあったのか?」

 母に聞かれ、

「顔を見ておきたくて」

 私は言葉少なに答える。

「まるで遠くにでも行ってしまうみたいだ」

 母は笑いながら、飲み物を出してくれる。


 ルークと行動を共にするには、しばらく留守にする理由が必要だった。

 私は、ハリスの考えた言い訳を口にする。

「ルークが故郷の村へ帰るので、彼の魔力が暴走しないよう、護衛を兼ねて私が付き添うことにした」

 果たして信じてもらえるだろうか。

 不安に思いながら母の方を見ると、優しい笑顔を浮かべていた。


「そうか、分かった。アイオライトには私の方から話しておくよ」

 あっさりと信じてもらえたことに拍子抜けしたが、これで心置きなく出発できる。

 すぐに準備を始めようと立ち上がり、母の部屋を後にする。


 廊下の角を曲がろうとした時、扉の前で見送っていた母が、私の背中に声をかける。

「向こうにいる捜索隊に会ったら、よろしく伝えてくれ」

 私が驚いて振り向くと、彼女はさっきと同じ笑顔で小さく手を振り、ゆっくりと扉を閉めた。


 全部、分かっていたのだ。

 それでも、行かせてくれるのだ。

 母の娘で良かったと、改めて思った。

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