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アレキサンドラ  作者: パンダカフェ
アレキサンドラ編
16/25

アレキサンドラ

 自分が普通の人間ではないと気付いたのは、いつの頃だっただろう。


 私の体は、怪我をしてもすぐに回復する。

 瞬く間に傷は癒え、腫れは引き、骨折は修復される。

 病には罹ったことがない。


 幼い頃はそれが当たり前だと思っていたが、成長するに従って、周囲からは好奇と畏怖の入り混じった視線を投げかけられるようになった。


「アレキサンドラは化け物だ」


 誰かにそう言われて、私はやっと自分が何者なのかを知ることができた。


 そうか、私は化け物なのか。

 だから、身体にも心にも痛みを感じることがないのか。

 ならば、人とは距離を置こう。

 化け物と人とが分かり合えることなど、ありはしないのだから。


 ずっと、そう思っていた。

 ルークに出会う前までは。



「そろそろ起きなよ、アレキサンドラ」

 目を開けると、ハリスが隣に座ってこちらを見下ろしている。

 昼食の後、木陰で休んでいるうちに、うたた寝していたらしい。

「もうすぐ午後の訓練が始まるよ」

 そう言うと、ハリスは遠くに見える人影に向かって大きく手を振った。

 ハリスの視線の先にいたのは、ルークだった。


 彼は私達に気が付くと手を振り返したが、そのまま歩み去っていく。

「何だか様子がおかしいな。いつもなら、僕達のところへ来るのに」

 ハリスの言葉が気になって、私はルークの元へと向かった。


 追いついて隣に並ぶと、青白い横顔が見える。

 考え事でもしているのか、こちらを向こうともしないので、腕を掴んで引き留めた。


「何かあったのか?」

 私が聞くと、ルークは泣きそうな表情になった。

 ハリスも駆け寄ってくる。

 ルークは声を絞り出すようにして私達に告げた。

「父さんが、いなくなった。マルベノに行くと言ってエスペラントを発った後、消息が途絶えたんだ」


 午後の訓練の始まりを知らせる鐘の音が響き渡る。

「訓練の時間だ。二人とも行かないと」

 ルークは言いながら、私の手をそっと腕からほどいた。


「訓練が終わった後、ルークのところへ行くよ。僕達でよければ、詳しく話を聞かせてくれ」

 ハリスが言うと、ルークは沈痛な面持ちで頷いた。



 夕方、二人でノアの家へ向かっていると、ハリスが何か言いたそうな顔でこちらを見ている。

「何だ?」

「いや……アレキサンドラが他人に興味を持つなんて珍しいなと思って。普段は自分から声をかけることなんてないからさ」

「ハリスとレイモンドには、私からも話しかけているじゃないか」

「僕達は物心ついた時から一緒にいるから、身内みたいなものだろう? ルークとは知り合ってから日が浅いのに、どうしてなのかなと思ったんだよ」


 ハリスに言われて、私はルークに自分の体質を知られた時のことを思い出す。


「打ち合いの訓練で怪我をした時に、ルークが近くにいたんだ。いつものように傷口がふさがっていくのを、周囲の者達は気味悪そうに見ていた。でも、その時にルークが言ったんだ。『羨ましいな』って」


 私の話を聞いていたハリスが笑い出す。

「何がおかしいんだ?」

「ルークらしい言い方だなと思って。それで?」

 ハリスに促されて、私は話を続けた。

「ルークが私のことを恐れないから、私も距離を置く必要がない。それだけだ」

 私の言葉にハリスが微笑む。

「おかしいか?」

「おかしくないよ。アレキサンドラがルークに出会えて良かったなと思ったんだ」


 ルークの話題になったついでに、私は疑問に思っていたことを口にした。

「あいつは、私の怪我がすぐに治ることを知っているのに、どうしていつも私を助けようとするんだろうな」

「それは……治ると分かっていても、傷付いてほしくないからじゃないか? アレキサンドラだって、ルークが怪我をするのは嫌だろう?」


 私はしばらく考えてから答えた。

「そうだな。ルークが怪我をするのも嫌だし、泣いている姿も見たくないな。この感情は何だろう」

 ハリスが優しい声で言う。

「さあ、何だろうね。一緒にいるうちに、いつか分かるんじゃないかな」


 この感情が何なのか、それが分かる日が来たら、私も少しは人間に近付けるのだろうか。



 ノアの家に着いて来訪を告げると、サイラスが顔を出す。

 私達が来ることを知らされていたようで、ルークの部屋へと案内してくれた。


 私達が椅子に腰掛けると、ルークは弱々しい声で語り始めた。

「父さんがマルベノへ向かったことは確かなんだ。でも、マルベノに問い合わせたら、入国した形跡が無いと言われたらしい」


「行き先を変更したのかもしれないぞ?」

 ハリスの意見に、ルークが首を振る。

「母さんには、エスペラントを出る時に『調べたいことがあるから、マルベノへ寄ってから帰る』って、手紙で知らせている。変更するなら、改めて何か連絡があるはずだ」


「でも、マルベノには入国していないんだろ?」

 私が訊ねると、ルークは含みのある言い方をした。

「マルベノ側は、そう主張している」


「つまり、エスペラントからマルベノまでの道中で何かトラブルが起きたか、もしくは、マルベノ側が嘘をついている可能性があるわけだ」

 ハリスがまとめると、ルークは頷く。

「俺は、父さんがマルベノにいるような気がする。ピピが言っていたんだ。サイラスに別れの挨拶をしていた時の様子がおかしかったって。その日の朝食の席でも、サイラスの声を治せるか聞いたら、父さんはじっと彼のことを見て何か考えてた」


「サイラスが関係しているって言うのか? 彼はエスペラントの孤児院にいたんだろう? マルベノとは無関係じゃないか」

 私は疑問視したが、ルークは考えを曲げなかった。

「俺には家に帰ると言ったのに、その後サイラスと顔を合わせてから、突然マルベノ行きを決意している。関係あるとしか思えない」


 ハリスもルークの意見を後押しした。

「サイラスがエスペラントの孤児院にいた期間は、実はとても短いんだ。その前はどこにいたのか分からない。それに……ノアのところへ来た経緯も異例だ」

 その話は初耳だった。

「異例って?」

 私が聞くと、ハリスが話し出す。


「サイラスが孤児院で虐待されているから助けてほしい、という差出人不明の嘆願書が、王宮や治療院宛に届いたんだ。正直言って、孤児院での虐待は少なくない。巡回している医術師達も知っている。だけど、どうすることも出来ないのが現状だ」


「だが、サイラスについての嘆願書は届き続けた。そこで、僕の父親が医術師の代表として視察に行ったんだ。そうしたら、確かに酷い虐待を受けていて、その上サイラスは声を出せないことが分かった」


「ノアが新しい使用人を探していることを知って、父が相談を持ち掛け、サイラスが雇われることになったんだ」


 ハリスが話し終わると、ルークが質問した。

「それはいつ頃の話?」

「……マルベノのオルロフ王が、病に倒れたという話が広まった頃だ」

 ハリスが言うと、ルークは難しい顔をして考え込んだ。


 言われてみれば、サイラスには少し不自然なところがある。

 料理の腕前にしてもそうだ。

 パイやタルトを生地から作れる少年など、滅多にいないだろう。


「ただ、サイラス自身が悪意を持って何かを企んでいるようには思えない」

 私が言うと、ハリスも同意する。

「サイラスは何かに巻き込まれて、声を奪われ、国を追われたのかもしれないな」

 ハリスが言うと、ルークは決意を口にした。

「もしそうなら、父さんはマルベノ国内で危険な目に遭っている可能性がある。俺……捜しに行くよ」


 ルークの顔は、真剣そのものだった。

「お前が一人で行ったところで、何も出来ないだろう。捜索隊に頼んで任せた方がいい」

私が言うと、

「捜索隊は既に派遣されているんだ。でも、手掛かりすら掴めていないらしい。闇雲に捜しても見つからないと思う」

ルークは見るからに焦っていた。


「捜索隊ですら見つけ出せないんだから、ルーク一人ではもっと難しいよ。もう少し落ち着いて考えよう」

ハリスが懸命にルークを宥めていると、

「皆さん、夕食の準備が整いましたよ」

と言って、ピピが私達を呼びに来た。

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