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アレキサンドラ  作者: パンダカフェ
アルト編
15/25

螺旋

 僕は、地下通路へ向かいながら、ミルンのことを考えていた。

 最後に気持ちを伝えようかとも思ったが、悩み抜いた末にやめた。


 どのような返事をもらったとしても、この先の人生を共に歩めるわけではない。

 彼女には騎士団という、居るべき場所があるのだから。


 考え事をしながら歩いていたせいか、すぐそばに来るまで、地下通路の入口に人がいることに気付かなかった。


「遅かったな」

 暗がりからミルンの声が聞こえて、僕は耳を疑った。

「何で……」

「ピピから、アルトの様子がおかしいと聞いて、見張らせていたんだ。旅支度をして部屋を出たと聞いたから、先回りして待っていた」


「ピピの奴……正体不明の浮遊物のくせに、やけに勘がいいから困る」

 僕が憎まれ口を叩くと、ミルンの笑い声が聞こえた。


「目的地まで護衛してやる」

 ミルンの申し出を、僕は断った。

「護衛はいらないよ。君には……騎士団という居るべき場所があるからね」


 薄闇の中で、ミルンがどんな表情をしているのかは分からなかった。


「エスペラントの森で開催された、魔獣狩りを覚えているか?」

 唐突に昔の話をされて当惑したが、僕はその時のことを良く覚えていた。

 ミルンと出会った日だったからだ。


 あの日、同盟国の王族達が見守る中、各国から選りすぐりの騎士が代表となって、魔獣狩りが行われた。

 ミルンは唯一選出された女騎士として、注目を集めていた。


 競技は終盤に差し掛かり、騎士達はそれぞれの国の威信をかけ、魔獣を狩り立てた。


 しかし、功を焦った一人の騎士が、魔獣の巣から子を奪い、親を誘き寄せようとしたことから事態は急変した。


 怒り狂った魔獣の親が、その騎士を爪で引き裂き、牙で噛み砕く。

 それだけでは収まらず、見学していた王族達の方へと怒りの矛先を向けた。


 恐怖に慄き固まる王族達の前に、いち早く駆けつけて剣を構えたのが、ミルンだった。


 飛びかかってくる魔獣に怯むことなく、渾身の力で剣を突き立てると、大声で指示を出した。

「王族の皆様を安全なところまでお連れしろ!」

 他の騎士達が一斉に動き出す。


 僕は騎士達の先導で移動しながら、彼女のことが気になって振り返った。


 止めを刺そうとしたのか、ミルンが剣を振りかざす。

 その時、魔獣の子が親の元へと走り寄り、牙を剥いてミルンを威嚇した。


 ミルンは、少しの間そのままの体勢でいたが、剣をゆっくりと下ろすと、魔獣に背を向けた。


 僕と目が合い、見られていたことに気付いたミルンは、バツの悪そうな顔をした。



「一部始終を見られていたと知った時、魔獣に止めを刺さなかったことを咎められるのではないかと思った」


「だが、後日カバリロ王に呼ばれて言われた。アルトが私のことを『勇敢で誠実で、慈愛の心を持ち合わせている、本物の騎士だ』と褒めていたと」


「それからずっと、アルトの言葉に恥じない生き方をしようと心がけてきた。私がカバリロの騎士団に戻らず、エスペラントの騎士団に所属したのは、すぐ傍でアルトを守るためだ。だから、一人では行かせない」


 ミルンはそう言って、ランプに明かりを灯した。

 暗闇に彼女の姿が浮かび上がる。


 ミルンは化粧もしていないし、ドレスも宝石も身につけていない。

 でも僕の目に映る彼女は、これまでに会ったことのあるどんな王妃や王女よりも、綺麗だ。


 僕達は地下通路への扉を開け、新たな世界へと一歩踏み出した。



 僕が昔の話を終えた時には、サイラスの淹れてくれたお茶はすっかり冷めていた。


 息子のルークは、身じろぎもせずに何事か考え込んでいる。


「それじゃあ、父さんはそろそろ寝るよ」

 僕が立ち上がろうとすると、ルークは僕を引き留めた。

「待って、あともう一つだけ教えて。父さんは、俺に破壊の力があることを知っていたの?」


 僕は躊躇いがちに答える。

「……知っていたよ。山の中で父さんが魔獣に襲われた時、ルークの力が覚醒した。魔力を放った反動で、ルークが崖から落ちて……必死で治癒魔法をかけた。それから、忘却術もね」


「どうして忘却術をかけたの?」


「力を使って欲しくなかったからだよ。でも、父さんが間違っていたと思う。力を使うかどうかを決めるのはお前自身であって、父さんが決めることじゃないもんな」

 僕は話を続けた。

「ルークの見た目は父さん似だけれど、中身はディークに似たところがあるんだ。真っ直ぐで、嘘がつけなくて、すぐに熱くなる」


 ルークがムッとした顔をする。


「褒めてるんだよ。感情表現が豊かで、自分のことより人の心配ばかりしている。そんなディークが、父さんは大好きだったんだ。自慢の兄だったよ」


「俺は俺だよ。ディークじゃない」


 ルークに言われて、僕は心を見透かされたような気がした。

 時々、ルークにディークを重ねてしまうことがあったからだ。

 ディークが過ごせなかった平穏な日々を、ルークに与えてやりたかった。


 でも、ルークが騎士になりたいと言い出した時、僕が歩ませたい方向へと導くのは、もうやめようと思った。

 僕のものでも、ディークのものでもない、彼自身の人生なのだから。


「そうだね、ルークの言う通りだ」

 僕が素直に認めると、ルークの表情が和らいだ。

「片付けておくよ」

 そう言って、ルークは二人分のカップを手に取り、居間を出て行く。


 僕は客間に入ると、ベッドに倒れ込んで泥のように眠った。



 翌朝食堂に行くと、ルークが座って待っていた。


「ノアはまだ寝ているの?」

 僕が聞くと、ピピが答える。

「既に朝食を済ませて、魔術院へ向かいましたよ」


 食卓には焼きたてのキッシュと、冷やしたトマトのスープが用意されている。


 キッシュの中にはベーコンやキノコ、チーズがたっぷり入っていて、塩気と卵のまろやかさが混じり合い、絶妙な味わいを生み出していた。外側のタルト生地もサクサクの歯応えだ。


 トマトのスープは、酸味よりも甘さが引き立ち、冷たい喉ごしが心地良い。


「サイラスの作る料理は絶品だな。昨夜の晩餐会で食べたものより美味しく感じるよ」

 僕が言うと、ルークも頷く。

「俺もそう思った。王宮の方が良い食材を使っているはずなのに、サイラスの作る料理の方が断然美味しい」


 僕達に褒められて、サイラスは照れながらも嬉しそうだ。


「父さん、治癒魔法でサイラスの声が出るようにしてあげることは出来ないの?」

 ルークから訊ねられて、僕は曖昧に答える。

「病気や怪我なら治せるけれど……サイラスの場合は、そういうわけでは無さそうだからな」


 ノアからは、孤児院での虐待がきっかけで、声が出せなくなったのではないかと聞かされていた。

 だが僕は、違うのではないかと思い始めていた。


 耳は聞こえているのに、声を出すことが出来ないなんて、まるで誰かに呪いでもかけられているみたいだ。


 呪術といえば、マルベノのオルロフだ。

 サイラスの症状について訊ねれば、何か分かるかもしれない。

 だが……

 僕の胸に、過去に覚えた違和感が蘇ってくる。

 オルロフがポケットにしまった小瓶は、本当に香水の瓶だったのだろうか。

 しかし、今更こんなことを考えてもどうにもならない。


 それよりも、僕はサイラスに似た顔の人物を、どこかで見たことがあるような気がする。


 僕があまりにも長いことサイラスの方を見つめていたものだから、

「人の顔をジロジロ見るのは失礼ですよ!」

 とピピに注意されてしまった。


 朝食を終えると、僕は帰り支度を始めた。

 部屋に来たルークが、

「もう帰るの?」

 と意外そうに聞く。

「そうだよ。母さんが待っているからね。ルークも一緒に帰るか?」

「いや……もう少しここで頑張ってみる」

 自分の力と向き合う覚悟を決めたのだろう。

 頼もしさと同時に、一抹の寂しさも感じた。


 サイラスにお礼を言ってから出発しようと思い、台所を覗く。

 彼は野菜の皮を剥きながら、昼食の下拵えをしていた。


「サイラス、いろいろとありがとう。そろそろ自分の家に帰るよ」

 僕が声をかけると、顔を上げてこちらを見た。

 その時、サイラスの顔が記憶の中の人物と重なった。


 リリーに似ている。


 僕は動揺した。

 リリーはバルドの剣で体を貫かれ、命を落としたはずだ。


 彼女の子供だろうか? しかし、それにしては幼い。

 あれから長い年月が経っているのだ。子供というよりは、孫にあたる年頃だろう。


 彼女には故郷に残してきた子供がいて、その子が成長してサイラスを産んだとすれば、辻褄が合う。


 しかし、そうだとしたら、サイラスはどうしてエスペラントの孤児院にいたのだろうか。

 しかも、声を失った状態で。


 螺旋を描くように、過去の出来事は現在へと繋がっている気がした。


「ジロジロ見るのは失礼だと言ったでしょう!」

 ピピの声で我に返ると、僕はサイラスにお別れを言って、王宮へと向かった。


 王に会いたいと告げると、僕の顔を見てすぐに案内してくれる。


 王の間に入ると、ベンジャミンが笑顔で出迎えてくれた。

「昨夜は飲み過ぎていたけれど大丈夫だったか?」

 僕は返事もそこそこに、マルベノへの入国許可証を発行してくれと頼んだ。


 ベンジャミンは眉間に皺を寄せて、僕を止めた。

「マルベノに行くのか? 今はマルベノ国内の情勢が不安定だから、やめておいた方がいい」


「何があったんだ?」


「オルロフが国王になってからは呪術が廃止されていたんだが、しばらく前に病に倒れて……公妾の息子、ジェラルドが王の代理を務めるようになったんだ。それからというもの、呪術を復活させようという動きが盛んになっているらしい」


 オルロフは亡きシャーロットを正妻の地位に据えたまま、跡継ぎを公妾に産ませていた。


「尚更気になる。許可証をくれ」

 僕が言うと、ベンジャミンは呆れた顔をする。

「本当に君は相変わらずだな。せめて護衛を連れて行ってくれよ」


「探りを入れるだけだから、護衛はいらない。よっぽど信頼できる人物でなければ、側に置くのは危険だしね。信用できるのはエマとアイオライトくらいだけれど、二人とも職務があるから連れて行くわけにはいかないよ」

 僕の決意が揺らぎそうもないと思ったのか、ベンジャミンはため息をつきながら、側近に入国許可証を準備させた。


 王の間を出て、王宮の外へと向かう途中で、僕はアレキサンドラとハリスに出くわした。


「やあ、昨日は王宮に泊まったのかい?」

 僕が声をかけると、

「そうです。アルト様もですか?」

 とハリスに聞かれた。

「いや、僕とルークはノアの家に泊まったんだ。ちょっと急ぐから、これで失礼するよ。ルークのことを、よろしくね」

 そう答えて、足早にその場から立ち去った。


 アレキサンドラとハリスは、風のように去って行くアルトの後ろ姿を、しばらく見送っていた。

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