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アレキサンドラ  作者: パンダカフェ
アルト編
14/25

追憶

 オルロフの軍がエスペラントに到着し、崩れた王宮でミルンの目覚めを待っていた僕達を、兵士達が見つけて治療院まで運んでくれた。


 そこで僕が目にしたのは、永遠の眠りについたシャーロットの姿だった。


 彼女の側には、オルロフが寄り添っている。

 僕に気付くと、彼は悔しさを滲ませた声で言った。

「すまない。間に合わなかった」


 部屋の隅から、小さな女の子を連れた男が僕に声をかける。

「アルト様……娘が、シャーロット様に何があったのかを知っております」

 父親に促されて、女の子が話し始める。

「あのね、シャーロット様がここに来た時、ベッドも床も病人でいっぱいだったの。お父さん達も連れて行かれちゃって、私はひとりぼっちで、だからシャーロット様にお願いしたの。みんなを助けてって」


 僕は、そう言われた時のシャーロットの表情を、容易に思い浮かべることができた。

 きっと、微笑んでいたはずだ。

 大丈夫だって、必ず助けるって、この女の子を安心させるために。


「そうしたら、シャーロット様はお庭に出て、空に向かって両手を上げたの。体が光り出して、あんまり眩しいから、私は目をつぶっちゃった。周りの呻き声が聞こえなくなってきて、目を開けたら、空からたくさんの光の粒が降ってくるのが見えた」


「苦しんでいた人達は元気になったけれど、シャーロット様はお庭に倒れて動かなくなっちゃった……。ねえ、シャーロット様はまだ眠っているの? 私、早くお礼が言いたいな」


 僕は、女の子の頭をそっと撫でながら、膝を折って目線を合わせた。

「シャーロットは疲れてしまったみたいで、なかなか目を覚まさないんだ。君がお礼を言っていたってことは、伝えておくから大丈夫だよ」


 女の子は安心したように笑顔を見せると、父親と一緒に部屋から出て行った。


 僕は、エマが言っていた「浄化」の話を思い出していた。

 シャーロットの行為も、たぶん同じような効果をもたらしたのだろう。


 女の子の話を聞いて、僕達が無傷だった理由が分かった。

 ノアのおかげで灰にはならずに済んだが、破壊の術を全て跳ね返せたとは思えない。

 焼け付くような痛みを覚えているから、それなりにダメージを受けていたはずだ。

 意識を取り戻した時に怪我ひとつ無かったのは、シャーロットが放った光を浴びたからに違いない。

 ノアとシャーロットが守ってくれなければ、僕の命はなかった。


 僕とオルロフは、長い間、黙ってその場に佇んでいた。


 呪術を操るオルロフは、冷酷な死神と呼ばれ、同胞の魔術師からも恐れられている。

 だが、悲痛な面持ちでシャーロットを見つめているオルロフからは、冷徹さのかけらも感じられなかった。


 オルロフがリリーを侍女として送り込んだのは、シャーロットを監視するためではなく、守るためだった。

 側近を偵察に寄越したのも、獣人が現れたことをリリーから知らされ、心配になったからだろう。

 そして、エスペラントが奇襲を受けたと知るや、兵を率いて駆けつけた。


 オルロフは、心からシャーロットを愛していたのだ。


 僕は、シャーロットから預かったペンダントを、彼女の手に握らせようとした。

 すると、手から小さな瓶が落ちて、オルロフが拾い上げる。


 しばらく小瓶を眺めていたかと思うと、彼は鼻を近付けて匂いを嗅いだ。

 僕の視線を感じたのか、

「香水の瓶のようだ」

 と言って、オルロフは小瓶を自分の服のポケットにしまった。


 僕は、彼の言動に少し違和感を覚えたものの、この時は喪失感に苛まれていて、特に深く考えることはなかった。


 僕とオルロフは、悲しみに沈みながら眠れない夜を過ごした。


 一夜明け、ミルンはノアと共にエマ達を迎えに行った。

 その後、ミルン達の報告を受けたカバリロ王は、兵を派遣してペルフィードの地下にいた人々を救出した。


 オルロフは、エスペラントの復興を支援すると約束した上で、事態が落ち着いたらシャーロットと婚礼の儀式を行いたい、と願い出た。


 死者との婚礼など、本来なら許されないことだ。

 けれど、オルロフの深い愛情に胸を打たれた僕は、その願いを受け入れた。


 どんな呪術をかけられたのか、シャーロットの亡骸は腐敗することなく、生前と同じ美しさを保ったままだった。


 そして、婚礼の儀式を執り行うため、オルロフはシャーロットを連れてマルベノへと出立した。



 そこからは、目まぐるしい日々を過ごすことになる。


 オルロフやカバリロ王の支援のおかげで、エスペラントは目覚ましい復興を遂げた。


 ペルフィードの地下から救出された人々の内、他国から攫われた人々は故郷へ帰り、行き場の無い人々や実験施設で生まれた者達は、エスペラントで暮らし始めた。


 癒しの力を持つ者は治療院で、研究者や学者は、ベンジャミンが創立した学術院で、その能力を存分に発揮した。


 だが、戦闘に特化された魔術師は扱いが難しかった。交戦的で、エスペラントの魔術師とは相容れない存在だったからだ。


 困り果てていた時、ノアが彼らの中に入って戦闘を繰り広げ、圧倒的な強さで従わせることに成功した。

 それ以来、ノアは魔術院の重鎮として扱われることになる。


 騎士団には、新たにミルンとエマ、それからアイオライトが所属し、立て直しを図った。

 初めは反発していた既存の騎士達も、彼らの実力を目の当たりにして一目置くようになり、人柄を知るにつれて敬意を表するようになった。


 僕は表向きは追放されたことになっていたので、厳密には王族ではなかったが、僕以外のエスペラントの王族が死に絶えた今、王の代理として奔走していた。


 そして月日は流れ、国民から正式な王を望む声が聞こえてくるようになった。


 僕はエマとミルン、そしてベンジャミンを呼び集めると言った。

「正式な王として、ベンジャミンにこの国を任せたい」

 エマとミルンは、僕の提案を真剣に吟味し始めたが、ベンジャミンは断固として拒否した。

「馬鹿なことを言わないでくれよ。私には王族の血なんか一滴も流れていない。それに、剣を握ったこともなければ、魔術が使えるわけでも無い。昔、私にそう言ったのはアルトだぞ」

 ベンジャミンは珍しく感情を露わにしながら言った。


「それでも、君が王に相応しいと思う。魔力も武力もないけれど、何よりも大事なものを持っている。ノアに人の心を教えてバルド王の野望を阻止したし、エスペラントの復興に力を尽くしてきた。それにーー」

 僕の話を、ベンジャミンが途中で遮る。

「バルド王を倒したのは、ノアとアルトだ」

「ベンジャミンがいなければ、ノアは味方になっていなかったよ」

「……私は人体実験に加担した罪人だ」

「それなら、破壊の力で多くの命を奪ってきた僕は、大罪人だ」

「でも、アルトのおかげで救われた人は、もっと沢山いるじゃないか」

「だからって、僕の罪が消えるわけじゃない」


 ベンジャミンが黙り込む。僕は話を続けた。

「学術院の研究成果も素晴らしいじゃないか。学術院で開発した数々の薬品は、癒しの力を持たない国々で飛ぶように売れているよ。おかげで、エスペラントのような小国でも、大国と対等に渡り合える」

 ベンジャミンがすぐに否定する。

「あれは私の力じゃない。オリバー達の努力の賜物だ」

「ベンジャミンはいつもそうだね。失敗の責任は自分が一人で背負うのに、成功したことは皆んなのおかげだって言う」

「それが……事実だからだ」


 僕は諦めずに説得を続けた。

「エスペラントは、自国を追放された人々が力を合わせて創り出した国だ。今この国には、実験施設で生まれて、行き場の無い人々がたくさん暮らしている」


「ベンジャミンなら、彼らの苦しみを理解し、寄り添うことが出来る。だから僕は、君にこの国の王になって欲しいんだよ」


 ベンジャミンは何も言わない。


「カバリロ王にもオルロフにも、ベンジャミンを次期国王に推す話はしてある。大臣も全員賛成してくれた。エマとミルンはどう思う?」

 僕が訊ねると、

「賛成だ」

 ミルンが短く答える。エマも賛同し、

「いいんじゃないか。文句を言う奴がいたら、私が黙らせてやるよ」

 と力強く請け負った。


「……勝手なことを言わないでくれよ。大体、どうしてアルトが王にならないんだ?」

 ベンジャミンに聞かれて、僕が答える。

「僕は、王女の遺体をオルロフに差し出し、死後の婚礼を許可した狂人だぞ。王になんかなったら、暴動が起きるよ」

 それから、少し間を置いて付け加えた。

「それに……ここには思い出が多すぎるんだ」


 僕の言葉を聞いて、ベンジャミンは再び沈黙する。


「引き受けてくれる?」

 僕の問いに、

「考えさせてくれ」

 とベンジャミンが答えた。



 話し合いの後、僕は魔術院へ行ってノアに会った。

「アルト! 久しぶりだね。忙しかったの?」

 ノアはずいぶん体が大きくなり、ミルンの厳しい指導によって言葉もかなり上達した。

「しばらく忙しかったけれど、もう落ち着いたよ」

 僕が言うと、フワフワと宙を漂っていたピピが会話に入ってくる。

「ノア様はご多忙ですから、手短にお願いします」


 ピピは、正体不明の存在ということで、地下にいたピピの仲間と共に、大きな樽へ入れて隔離されていた。

 研究者が分析しようと樽の蓋を開けた時には、ピピ達は全て一体化して一つ塊になっており、言葉まで話せるようになっていた。


 研究者達が危険はないと判断すると、本人の強い要望もあり、ノアが面倒を見ることになった。


「すぐに帰るよ。ちょっと伝えておきたいことがあってね」

 僕はピピに声をかけてから、ノアの方を向いて言った。

「ノア、僕と君は、ずっと友達だよ」

 ノアが聞き返す。

「トモダチ?」

「そう、友達。どんなに離れていても、大事で、大切な存在だ。困った時は、必ず助けにくるよ」

「大事で大切なトモダチか……いいね。うん、ずっとトモダチでいよう」

 ノアはそう言うと、嬉しそうに笑った。



 その日の夜、僕は荷物をまとめてそっと部屋を抜け出した。


 かつて祝福の庭があった場所に立ち、周囲を見回す。

 あの頃の面影はなく、虹の花や珍しい植物の代わりに、見慣れた草木が生い茂っていた。


 目を閉じると、シャーロットやディーク、そして父や母の顔が浮かぶ。


 僕は、時間を忘れて思い出に浸った。

 幸福な日々が、瞼の裏に蘇る。

 このまま夜の闇に溶けてしまえたらいいのに。

 叶わない願いを胸に抱きながら、僕はいつまでも月明かりを浴びていた。

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