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アレキサンドラ  作者: パンダカフェ
アルト編
13/25

 僕達が王宮に足を踏み入れると、王の間へと続く階段の上で、人影がゆらめいた。

 目を凝らすと、立っていたのは精鋭部隊の一人だった。

 彼は踵を返して王の間へと入っていく。

 僕達が階段の下まで来た時、扉がゆっくりと開いて、トマスが姿を見せた。


「アルト様、王がお待ちです」

 トマスが笑みを浮かべると、すかさずノアが魔術で雷を落とした。

 トマスが飛び退いて避けると、ノアは氷の刃を出現させて投げつける。

 急いで扉が閉じられたが、氷の刃が勢いよく突き刺さり、扉を吹き飛ばした。


 やはりそうだ。

 僕の知る限り、これまでにノアが魔術で攻撃したのは、トマスだけだった。

 普段のノアなら、人間に対して無闇に魔術を使うことなどない。

 明確な殺意を感じ取った時にだけ、魔術で攻撃しているのではないだろうか。


 階段を駆け上がって王の間に飛び込むと、玉座に座っていたバルド王が立ち上がる。

「そちらから顔を見せてくれるとは、探す手間が省けた」

 と言って鎖に繋がれた王女を引き寄せ、

 喉元に剣先をあてる。

 王女は、気が触れてしまったかのように、小さな声でひたすら何か呟いている。


 僕は、魔術を使おうとするノアの前に立ち塞がって必死で止めた。

「だめだ! 姉さんが巻き添えになる!!」


 バルド王は、僕達を取り押さえようとするトマスを制し、銀盆に載せられた二つの首を持って来させた。

 それらが父と兄の首だと気付いた瞬間、あまりの衝撃に僕は立っていられなくなった。

 怒りとも悲しみとも違う感情が押し寄せてくる。

 後悔と自責の念に襲われて、僕は今の自分がどんな状況に置かれているのか分からなくなった。


 あのまま王宮に留まっていれば。

 もっと早く真相に気付けていたら。

 きっと、こんなことにはならなかった。


 膝をついて嗚咽する僕を見ながら、バルド王は穏やかに言った。

「繊細な王子だ。すぐに苦しみから解放してやろう」

 バルド王が言い終わらないうちに、王女は呟きをやめ、僕に向かって叫んだ。

「シャーロット様はご無事です!」

 その直後、王女とバルド王の体に異変が起きた。

 バルド王は、苦悶に顔を歪めて呻いている。

 二人の見た目が少しずつ変化していき、ついには完全に姿が入れ替わった。


 目の前の光景に、トマス達も僕達も混乱した。

 鎖に繋がれたバルド王が大声を出す。

「アルト様、破壊の魔術を使って下さい!」

 剣を握りしめた王女は、怒りに燃えた目で睨みつけると、バルド王に剣を突き立てる。

 バルド王に見えていた人物は、叫び声をあげながらみるみる人相を変え、倒れ込んだ時にはリリーの姿になっていた。


 呪術が解け、元の姿に戻ったバルド王が命じる。

「全員殺せ!!」

 まだ混乱して動けずにいるトマス達に代わって、バルド王の背後にいた魔術師達が一斉に攻撃を仕掛けてきた。

 灼熱の炎が僕達に迫り来る。


 ノアが僕の前に飛び出し、全身から魔力を放つと、光の壁が出現して魔術を跳ね返した。

 炎に包まれながら、バルド王が雄叫びを上げる。

「破壊神! 全てを滅ぼせ!!」

 破壊神と呼ばれた銀髪の少年が、虚ろな目で両手を天に向け、魔力を集め始める。


 迷っている暇はなかった。

 僕はノアの首根っこを掴んで後ろに投げ飛ばしながら叫んだ。

「ミルンを連れて瞬間移動しろ!」

 そして、全ての魔力を両掌にこめ、破壊神に向けて放った。

 破壊神の手からも光が放たれる。


 ノアが僕の横をすり抜ける。

 そして、先程と同じように光の壁で魔術を弾き返そうとした。


 声にならない言葉が、僕の頭の中を駆け巡る。


 無理だ

 跳ね返せない

 破壊の魔術は、他のどんな魔術をも凌ぐ

 どうして、逃げてくれなかったんだ


 大切なものを何一つ守れない自分に絶望しかけた時、不意に後ろから手首を握られた。

 振り返らなくても、誰の手か分かった。


 もしも生まれ変わりがあるとするなら、今度は必ず、自分からこの手を握ろう。


 僕は、全身に焼けるような痛みを感じながら、ゆっくりと目を閉じた。



 地下牢の中で、シャーロットは途方に暮れていた。

 リリーの姿のままでは、牢の鍵を開けたとしても、警備兵の前を通り抜けることはできない。


 他の牢の中には誰もいないようで、物音一つしない。

 静けさの中で、ふと気が付いた。

 そう言えば、いつからか警備兵の気配すら感じられなくなっている。

 何かあったのだろうか。


 ポケットの中に入れた鍵を握りしめながら悶々としていると、何の前触れもなく顔や体が形を変え始めた。

 体中が軋んで酷く痛む。

 前回姿を変えた時には、こんなことはなかった。

 痛みを感じさせないように、リリーがティーカップに薬を入れてくれていたのかもしれない。


 あまりの苦痛に、思わず

「誰か……」

 と助けを呼びながら気が付いた。

 声を出せるようになっている。

 黒かった髪が、銀髪へと変わっていく。

 恐る恐る顔を触り、元の姿に戻っていることを確信した。


 王女の姿なら、ここから出られる。

 シャーロットは牢の鍵を開け、急いで地下牢を後にした。


 警備兵は姿を消していて、人の気配がしない。

 階段を駆け上がって地上へ出ると、地響きがして王宮が崩れ始めた。


 すぐに外へ飛び出し、治療院へと足を向ける。

 リリーの話では、騎士や魔術師が治療を必要としているということだったし、王宮からも怪我人が運ばれてくるだろう。


 父やディーク、そしてリリーのことも心配だったが、近衛兵が避難させてくれているはずだ。

 自分が今すべきことは、苦しんでいる人々を救うことだ。


 シャーロットが治療院に着いた時、そこには地獄絵図が広がっていた。

 ベッドだけでなく床にも人々が並べられており、自力では食事も排泄もままならない状態で横たわっている。

 意識のある者は助けを求めて呻き声を上げていたが、ほとんどの者が昏睡状態に陥っていた。


 震える足で奥へと進み、医術師達を探していると、

「シャーロット様……」

 どこからか、か細い声が聞こえてくる。

 声のした方へ見にいくと、小さな女の子が目に涙をためて座り込んでいる。

 駆け寄って抱きしめると、女の子は泣きじゃくりながら話し出した。

「騎士団の偉い人達が来て、お父さん達を連れて行っちゃったの」


 女の子の顔には見覚えがあった。確か、ここに勤める医術師の娘だ。

 治療院の庭で遊んでいるのを、何度か目にしたことがある。

「今までどこにいたの?」

「お父さんに、あそこに入っていなさいって言われて隠れてた」

 そう言って、女の子は戸棚を指差した。

「心細かったでしょう。一人でよく頑張ったわね」

 シャーロットの言葉に、女の子は声を上げて泣いた。


 アルトの言っていた内通者というのは、騎士団の中枢にいるのかもしれない。

 だとしたら、一刻の猶予もならない。


 治療院にいる、おびただしい数の患者と、崩れた王宮で怪我を負っているであろう人々。

 彼らを一度に救うには、自分の持てる全ての魔力を解放するしかない。

 だが、そんなことをすれば、命を落とすことになるだろう。


 アルトの言葉が、胸にこだまする。


『命を削って、心を擦り減らして、自分を犠牲にして生きることが正しいって、本気で思ってる?』


 でもきっと、正しいとか間違っているとか、そういうことではないのだ。


 自分には癒しの力があって、目の前には助けを必要としている人がいて、だから全力を尽くして救おうとする。

 ただ、それだけのことなのだ。


 もし今ここで自分の命を惜しみ、力を使うことなく生き永らえたら、生涯ずっと自分自身を許すことが出来ない気がした。


「シャーロット様……お父さんとみんなを助けて」

 女の子の切実な訴えに、シャーロットは優しく微笑みながら頷いた。


 シャーロットは女の子を椅子に座らせると、治療院の庭に出た。

 全ての魔力をこめれば、王宮にも届くはずだ。

 目を閉じて集中し、魔力を溜めていく。そして、一気に放った。


 凄まじい光が辺り一帯を照らし出し、光の粒が雨のように降り注ぐ。

 光を浴びて、人々から消えかけていた命の灯火が、再び燃え上がるのを感じた。


 薄れゆく意識の中で、頭にオルロフの顔が浮かぶ。

 オルロフの隣で、彼が目指す国の実現を見届けたかった。


 草の上に崩れ落ちた時、指先がポケットに入れた小瓶に触れた。

 リリーの言葉を思い出し、最後の力を振り絞って瓶の蓋を開け、中身を飲み干す。


 シャーロットは穏やかな表情で横たわったまま、動かなくなった。



 頬をくすぐられるような感覚に目を開けると、ノアが僕の顔を舐めていた。

 飛び起きて自分の体を確認する。どこにも痛みはなく、外傷も見当たらなかった。

 ノアの体も調べたが、かすり傷一つ無い。

「ミルンは?」

 僕が訊ねると、ノアは

「イキテル」

 と言って、ミルンのところまで連れて行ってくれた。

 瓦礫に挟まって意識を失っているミルンを、ノアと一緒に引っ張り出す。

 やはり彼女も怪我は無さそうだ。


 バルド王やトマス、そして破壊神と呼ばれた少年はどうなったんだろう。


 僕が不安そうな表情を浮かべていると、

「ミンナキエタ」

 ノアが言い、

「消えた?」

 と僕が聞き返すと、

「キエタ」

 とノアが繰り返した。


 ノアの光の壁が、相手の破壊の術を跳ね返したのだろうか。

 そうだとすれば、僕の術と相まって、かなりのダメージを与えたはずだ。

 灰となって消えたとしても、おかしくはない。


「助かったのはノアのおかげだよ、ありがとう。魔術を跳ね返す力があるなんて、思いもしなかったよ。それにしても無茶するなあ。どうして逃げなかったんだ?」

 僕が聞くと、

「アルト、ダイジ」

 とノアが答えた。

 僕は言葉を失って、ノアの顔を見つめた。


 そうか、ノアも僕と同じように、大切なものを守りたかったんだな。


「僕も、ノアが大事だよ」

 言葉にした後、涙が溢れて止まらなくなった。

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