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アレキサンドラ  作者: パンダカフェ
アルト編
12/25

陥落

「アルト様の行方は、未だ分かっておりません」

 報告を聞き終えると、ディークは近衛兵を下がらせた。

 側にいたトマスが声をかける。

「ご心配ですね」

「銀髪の希少種は、珍しいから目立つ。姿を見た者が全くいないとは考えにくい。ここまで見つからないのは、行く先々で忘却術でもかけているとしか思えない」

 ディークは険しい表情のまま、調査団を派遣した国からの報告書に目を通した。


「ノアとベンジャミンを、王宮の離れに移したと伺いました」

 トマスに言われて、ディークが顔を上げる。

「そうだ。魔術院も治療院も被害が大きかったからな」

「アルト様が去った今、誰がノアの世話をしているのですか?」

「食事だけは厨房から運ばせているが、あとは一緒にいるベンジャミンに任せている」

「その食事は、厨房の者が離れの入口に置いてくるだけだと聞きました」

 ディークは眉をひそめてトマスを見た。

「やけに食い下がるな。何が言いたい?」

「ここしばらく、彼らの姿を見た者がいないというのが少し気になりまして……。様子を見てきてもよろしいでしょうか?」

 トマスの申し出に、ディークは少し躊躇ったものの許可を出した。

「王からは、誰も立ち入らせないように言われているが……お前なら構わないだろう」

 ディークの了承を得て、トマスは離れへと向かった。


 戻ってきたトマスから、離れには誰もいなかったとの報告を受け、王宮内は騒然となった。

 直ちに行方を探させたが、一向に見つからない。


 そんな折、マルベノのオルロフ王子がエスペラントに向けて進軍しているという知らせが入った。

 そして、マルベノ軍の侵攻に備えなければいけない危機的状況の中で、不審な出来事が立て続けに起こり始める。


 まず、襲撃された魔術師達の避難所で、出された料理に毒物が混入された。食事を摂った者達は昏睡状態に陥り、回復の見込みは立っていない。


 その騒ぎと時を同じくして、騎士団の屋内訓練場に異臭が立ち込めた。騎士達は体の痺れを訴えて次々と倒れ、四肢の自由を奪われたままだ。

 トマス直属の精鋭部隊だけは、ノアを捜索中だった為に難を逃れた。


 死人は出なかったものの、治療院は先日の襲撃以来まともに機能しておらず、治療が追いつかない状態だ。

 かと言って、シャーロットに治癒魔法を使わせるには、患者の数が多過ぎる。一度に膨大な魔力を消費すれば、いかに彼女といえども命の保証はない。


 状況を確認した後、王の判断を仰ぐために、ディークはトマスと共に王宮へと向かった。

 この時、冷静さを失っていたディークは、王宮内の異変に気付けなかった。

 近衛兵の姿が消えていることに何の疑問も抱かず、王の間へと進む。


 そこでディークが目にしたのは、玉座の前の床に置かれた、王の頭部だった。


 ディークは言葉を失って立ち尽くした。

 次の瞬間、彼の背中と腹部に鋭い痛みが走る。見ると、剣が体を貫いていた。

「王の隣に、あなたの首も並べて差し上げましょう」

 耳元でトマスの声がする。

 剣が引き抜かれて、ディークは膝から崩れ落ちた。


 うつ伏せに倒れ込んだディークを、トマスが仰向けにする。そして、心臓の位置に剣先を当てた。

 トマスの背後には、いつの間にか精鋭部隊の者達も顔を揃えている。

「何故……」

 苦悶に歪むディークの顔を見下ろしながら、トマスが口を開く。

「あなたに破壊の力が覚醒してからというもの、この国の騎士団の地位は下がる一方だ。我々が千人いるよりも、あなた一人の方が遥かに戦力になる」

 トマスは剣先を少しずつディークの胸に沈めていく。


「他国の騎士団に引けを取らない能力を持ちながら、発揮できる場がない。同盟国の騎士達からは、混血のお飾り兵士と嘲笑われ、蔑まれる。どれほど耐えがたい屈辱か、お分かりいただけますか?」


 ディークは掠れ声で問いかける。

「だから、オルロフについたのか?」

 トマスが口の端を上げて嘲るように言った。

「まだお気付きにならないのですね。オルロフなど、従う価値はない。我々の命はバルド王の為にある」

 ディークは愕然とした表情を浮かべた。


「オルロフが勘付いて挙兵したと聞き、計画を早めることになってしまいましたよ。敵と味方を見誤るなんて、あなたは本当に人を見る目がない」

 トマスは、力を込めて剣を心臓に突き立てる。

「破壊の力は、自分の身を守るためには使えないんですから、側に置く者には細心の注意を払うべきでしたね」

 トマスの忠告は、息絶えたディークの耳にはもう届かなかった。


「王女はまだ見つからないのか? 必ず生きたまま捕らえろ。それから、魔術師と騎士の中から、実験材料や戦力になりそうなものだけ選別して隔離しておけ」

 トマスが命じると、

「他の者は、どうしますか?」

 と精鋭部隊の一人が訊ねる。

「使えないゴミは、破壊神に始末させればいい。バルド王と共に、こちらへ向かっているはずだ」

 トマスの声が、王の間に冷たく響き渡った。



 シャーロットは、暗闇の中でここ数日の出来事を思い返していた。


 アルトだけでなく、ノアとベンジャミンまで姿を消してしまい、王宮は不穏な空気に包まれた。

 シャーロットは、ノアが見つかるまで部屋から出ることを禁じられた。

 庭を見ながら物思いに耽っていると、リリーがお茶を運んでくる。


 ティーポットから毒味用のカップへとお茶を注ぎ、リリーが口に含む。

 しばらくして何事もないことを確認すると、もう一つのカップにもお茶を淹れた。

 リリーに勧められるまま、シャーロットはティーカップを口に運ぶ。

 ゆっくりと飲み干した後、ぐらりと視界が揺れた。庭の景色がぼやけていく。


 ティーカップの方に何か入っていたのだ。

 そう気付いた時にはもう、シャーロットの身体は動かなくなっていた。

 リリーが近付き、呪術を施す。

 部屋の鏡には、徐々に変わっていく二人の姿が映る。

 術をかけ終わった時、リリーとシャーロットの姿は完全に入れ替わっていた。

「お許し下さい」

 リリーは囁くように言いながら、自分の服とシャーロットのドレスを取り替えた。


 部屋にノックの音が響き、シャーロットの姿をしたリリーが扉を開ける。

「オルロフが挙兵して、こちらに向かって進軍中です。ディーク様より、リリーを拘束するよう命じられました」

 そう言うなり、近衛兵はリリーの姿になったシャーロットを捕らえ、引きずるように牢獄まで連れて行った。


 地下牢の中で寒さに震えていると、遠くから足音が聞こえてくる。

 足音は少しずつ近付き、シャーロットの牢の前で止まった。

 ランプの灯りに、見慣れた自分の顔が浮かび上がる。

 悲鳴を上げそうになったが、喉から洩れるのは呼吸音だけだった。

 呪術のせいなのか、先程からずっと声が出ない。


 リリーは、牢の鍵穴に何か流し込むと型をとり始めた。

「見張りに金貨を握らせて、少しの間だけ人払いをしました。時間が無いので手短にお話します」

 そう言って、リリーは異臭騒ぎと毒物混入によって、大多数の騎士と魔術師が戦闘不能に陥っていることを説明した。

「今、王宮内ではこの場所が最も安全です。もうじき、オルロフ様が兵を率いて助けに参ります。それまで、どうかご辛抱を」

 鍵穴から型を抜き取ると、リリーは足早にその場を立ち去った。


 いつの間にか眠っていたようで、繰り返し名前を呼ばれて、シャーロットは目を覚ました。

 再び牢の前に現れたリリーは、緊迫した表情でシャーロットに鍵を手渡す。

「牢の鍵です。まだ使わずに持っていて下さい。万一、私かオルロフ様がお迎えに上がる前に、シャーロット様が元のお姿に戻ることがあったら……その時は、すぐに牢の鍵を開けてお逃げ下さい」

 そう言って一度立ち去りかけてから、戻って来て液体の入った小瓶をシャーロットの手に握らせた。

「それから……もしも、もしも死を覚悟する場面に遭遇することがありましたら、これを飲み干して下さい」

 それだけ伝えると、リリーは急ぎ足で地下牢を後にする。

 残されたシャーロットは、手のひらに載せられた鍵と小瓶を見つめ続けていた。



 バルド王は破壊神を連れて、戦闘に特化した魔術師達と共に、闇夜に紛れて移動していた。


 実験施設の存在を知ったのは、父王の急逝後だった。

 いつから、何の目的で行われていたのかは定かでないが、秘密裏に人体実験が続けられていたようだ。

 バルド王は実験の規模を拡大し、希少種の学者や研究者を攫ってくることで、飛躍的に成果を上げていった。


 そして、実験によって生まれた希少種の中から、ついに破壊の力を持つ者が覚醒したのだ。

 この破壊神がいれば、もはや騎士団を率いて進軍する必要などない。

 このまま、他国に気取られることなく、オルロフよりも先にエスペラントへ辿り着けるだろう。


 トマスには、開発した兵器の一部を渡し、エスペラントの兵と第一王子の力を封じるよう命じてある。有能で信頼の厚いトマスなら、容易く任務を遂行するだろう。


 無能と言われていた第二王子に破壊の力があるとは思わなかったが、怖気付いて王宮から追放されたというではないか。

 そのような腑抜けが我々に対抗してくるとは考えにくいが、念のため始末しておく必要がありそうだ。


 唯一の懸念は、ノアと呼ばれる獣人の存在だ。

 強力な魔術を使いこなすだけでなく、瞬間移動まで出来るとは想定外だった。他にも力を隠し持っているかもしれない。

 何よりも厄介なのは、ノアに心があることだ。

 研究者に肩入れして反旗を翻すなど、とんでもない失敗作だ。

 破壊神の力で、必ず灰にしてやる。


 夜明け前、陥落したエスペラントの王宮に、バルド王が到着した。

 トマスの案内で玉座に座り、虚ろな目をした破壊神を横に立たせる。背後には連れてきた魔術師達が並ぶ。


 玉座の前に置かれた二つの首を見て、バルド王は満足げに微笑んだ。

「ご苦労だったな」

 バルド王が、トマスと精鋭部隊の面々に声をかける。

 彼らの足元では、鎖に繋がれた銀髪の王女が震えていた。

「シャーロット王女は、ご希望通り生きて捕らえました。近衛兵は全て始末してあります」

 トマスの報告に、バルド王は目を細める。


「貴女の婚約者が到着したら、この破壊神の力をお目にかけよう。軍勢もろとも一瞬で灰になる様は、さぞ壮観だろうな。楽しみだよ」

 バルド王の言葉に、王女の瞳から涙が溢れ出す。

「悲しまなくても良い。オルロフ亡き後は、私の王妃として迎え入れてやろう」

 王女は俯きながら、奇跡が起こることを祈り続けていた。



 その頃、祝福の庭に人影が三つ姿を現した。

「もうちょっと気分良く瞬間移動ができれば、言うことないんだけどな」

 アルトは腹をさすりながら呟く。

 内臓がひっくり返るような違和感が、なかなか消えない。

「そんなことより、ここはどこだ?」

 ミルンが周囲を警戒しながら訊ねる。

「姉さんの……シャーロット王女の部屋の前にある庭だよ」

 アルトはそう言ってから、耳を澄ませた。

「様子がおかしいな。人の気配がしない」

 ノアが鼻をうごめかしながら歩き出したので、アルトとミルンも後を追う。

 不安が胸の中で膨らんでいく。

 アルトは、頭に浮かんだ嫌な想像が現実にならないことを、心から願った。

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