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アレキサンドラ  作者: パンダカフェ
アルト編
11/25

邂逅

 ローブ姿の二人が徐々に近付いてくる。

 この状況で我々から攻撃を仕掛ければ、他の者達まで呼び寄せてしまうことになるだろう。

 ここは、退くしかない。

 再びノアに瞬間移動をさせようとした時、ローブ姿の一人が被っていたフードを取って顔を見せた。

「エマ!」

 ミルンが驚きの声を上げると、エマと呼ばれた人物は唇に人差し指をあてて、僕達を手招きした。

 渡されたローブを羽織り、フードを被って彼らの後に続く。


 連れて行かれた先は、辺り一帯に異臭が漂っていた。

 近付くにつれて、人間や魔獣の遺体が山のように積み重ねられている光景が目に映る。

 吐き気をこらえてその間を進み、奥にある岩場へと案内された。

 抉れて空洞になっているところがいくつかあり、その中の一つを指差すと、エマが口を開いた。

「あそこに入って話そう。監視の魔術師どもは、処理場の奥までは入ってこないから安心してくれ」

「エマ……生きていたのか」

「久しぶりだな、ミルン」

 岩場の中へ入ると、二人は抱擁を交わした。

 ローブを着たもう一人の人物も、フードを取って顔を見せる。まだあどけなさの残る、美しい瞳をした黒髪の青年だった。


「エマは、祖父の仕事を請け負っている密偵の一人で、カバリロからペルフィードに送られた最後の使者だ」

 ミルンがエマについて教えてくれた。

 僕達も名乗ると、エマがこれまでのことを語り始めた。

「潜入中に捕えられてしまってね。男だと思われていたおかげで、実験材料にはならなくて済んだが」


 大柄で筋肉質の体型に、骨張ったいかつい顔立ちをしたエマは、確かに男性にしか見えなかった。


「希少種や魔力を持つ者は男でも実験施設行きだが、無能力者や魔力の無い者はこの処理場に送られるんだ。私も利用価値が無いと判断されて、痛めつけられた挙句ここに打ち捨てられた」


「もし女だと知られていたら、どうなっていたんだ?」

 僕は訊ねた。

「使い物にならなくなるまで、交配と妊娠、出産を繰り返すことになっただろうな」

 エマの答えに、僕は戦慄した。


 エマが黒髪の青年を指差しながら続ける。

「こいつの名はアイオライトだ。魔力が無いせいで処理場送りになったようだ。ところが、こいつは並外れた生命力を持っていて、この死体の山の中で生き延びたんだ」


「きっと変異種なんだろうな。仲間が欲しいのか、処理場の中からまだ息のある者を探し出しては、この岩場に運んでくる。ほとんどの者は『浄化』が間に合わずに死んでしまうがね……。私のことも、アイオライトが見つけてくれたんだ」


「浄化?」

 耳慣れない言葉に僕が聞き返すと、エマが答える。

「正式に何と言うのかは知らないが、私はそう呼んでいる。処理場の遺体や実験施設から排出される汚物は、溜まってくると燃やされるんだ。そうやって地下全体の汚染が進んでくると、さっき君達がいた建物の辺りから光が放たれる。そうすると、消し炭になった遺体や汚物は土に還り、澱んだ空気は澄み渡り、植物が芽吹く。私の怪我が癒えたのも、浄化の光を浴びたおかげだ」


「きっと、あの建物の中に強力な癒しの力を持つ者がいるんだな……。でも、そんなことをさせられていたら、死んでしまう」

 僕の言葉を聞いて、エマは言いにくそうに目を伏せる。

「銀髪の遺体も捨てられていることがある……。でも、浄化は続けられているから、死んでも代わりがいるんだろうな」


 辛そうな表情のエマを見ながら、僕は思った。

 死臭漂う処理場の奥に身を隠し、いつ助けが来るのかも分からない状況で、一体どうやって正気を保っていたのだろう。

 もし僕だったら、希望を捨てずにいられただろうか。


「よく……生き抜いたな」

 僕が畏敬の念を込めて言うと、

「私は様々な拷問に耐える訓練を受けてきたからな。大抵のことには動じない。それに、ミルンなら私を探しに来てくれるはずだと信じていた」

 エマはそう言って笑った。

 ミルンが騎士団を辞してまで調査に乗り出したのは、きっとエマを探すためでもあったのだろう。

 二人の間には、強い絆があるのだということが伝わってきた。


「アイオライトが側にいてくれたのも心強かったよ」

 エマに声をかけられて、アイオライトが彼女の方を見る。

「こいつは記憶が無いみたいで、最初は言葉もろくに話せなかったんだ。名前も私が勝手につけた」

 エマはアイオライトの頭をガシガシと力強く撫でながら言った。アイオライトはされるがままだ。心なしか、少し嬉しそうな様子に見える。


「エマが生きていてくれて、本当に良かったよ。だが、水や食糧はどうしていたんだ?」

 ミルンが聞くと、

「水は、地下水が湧いているところから調達している。それと、食糧ならあそこにたくさんあるじゃないか」

 エマは死体の山を指差しながら答えた。

 ミルンが顔色を変え、沈黙が場を支配する。

 僕達の反応を見て、エマが言葉を補った。

「とは言っても、人間は食べていないから安心してくれ。比較的新鮮な魔獣を選んで食糧にしていたんだ」

 そしてノアの方をちらっと見てから、

「ちなみに、獣人も食べたことはない」

 と付け足す。

 エマの言葉に、張り詰めていた空気が少し弛んだ。


「この前、実験施設が一つ壊されて、魔術師の遺体が捨てられていたから、このローブを頂いておいたんだ。これのおかげで、今までより楽に処理場の外まで足を伸ばせるようになってね。さっきアイオライトから生きている人間を見つけたと聞いて、ローブを持って駆けつけたんだよ」


 エマが話し終えると、どこかから呻き声が聞こえてくる。

「今のは何だ?」

 ミルンが警戒した表情で聞くと、エマが答えた。

「この奥に、もう一人いるんだ。アイオライトが最近見つけてきたんだが……既に虫の息で、食糧も喉を通らなくてね。次の浄化までは持ちそうもない」

 僕は呻き声のする方へ向かい、間仕切りの布をめくった。


 そこには、呼吸をするのがやっとという状態で、赤髪の男が横たわっていた。

 男の顔は、誰かに似ている。もしや……

「ベンジャミン! こいつを知っているか?!」

 僕に呼ばれてベンジャミンがこちらへやってくる。

 そして男の顔を見るなり叫んだ。

「オリバー! オリバーだ! 私の弟だ!!」

 ベンジャミンは泣き崩れながらオリバーにしがみつく。

 僕は急いでオリバーの体に手をかざし、治癒魔法を施した。


 苦悶に歪んでいたオリバーの表情が、少しずつ和らいでいく。

 呼吸が落ち着き、静かに寝息を立て始めた。

「治癒魔法をかけた後は、休ませた方がいい。すぐには目を覚まさないだろうから、しばらくそっとしておこう」

 そう僕が声をかけても、ベンジャミンはオリバーの側を離れようとしなかった。

 無理もない。死んだものと諦めていた弟に再会できたのだ。

 僕はベンジャミンをその場に残して、エマ達がいるところへと戻った。


「オリバーが目を覚ましたら、ノアの力を使って一旦カバリロに戻ろう。王に報告をして、戦いの準備を整える必要がある」

 ミルンの提案に、エマが難色を示した。

「あまり悠長なことは言っていられないかもしれないぞ。近頃、監視の魔術師が激減しているんだ。そのおかげで、監視よりも先にお前達を見つけることができたわけだが……」

 エマは少し迷ってから続けた。

「少し前にも同じように監視が減ったことがあった。どこかへ攻撃を仕掛けるために、戦闘員として駆り出されたんじゃないかと思う」


「それは、たぶんエスペラントが攻撃された時だろう。ということは、今回もどこかを襲撃するために、既に動き出しているということか」

 ミルンが言うなり、僕はノアに近付いて頼んだ。

「ノア、僕をバルド王のところへ連れて行ってくれ」

「何をする気だ」

 ミルンに聞かれて、僕は答えた。

「破壊の魔術は、多くの人を犠牲にする。だが、バルド王と直接対決すれば、被害を最小限に出来る。ノアの瞬間移動の力があれば、それが可能だ」

 僕は焦っていた。

「何の準備もせずに、単身で乗り込む気か?! お前と同じ、破壊の力を持つものが側にいたらどうする!!」

 ミルンが声を張り上げる。僕も負けじと言い返した。

「だったら尚更だ! 相討ちになったとしても阻止してみせる。ノア、移動してくれ!!」

 だが、ノアは微動だにせず僕の目を覗き込むばかりだ。


「おい、どうしたんだ? 頼む、移動してくれよ!」

 僕はノアの両肩を掴んで揺さぶった。

 エマが僕とノアの間に入ってくる。

「落ち着け、アルト。ノアの瞬間移動の能力には、条件があるんじゃないか?」

 ミルンもエマの意見に同意した。

「確かにそうだな。知っている場所にしか行けないのかもしれない」

「でも、来たことが無いはずのエスペラントに現れたじゃないか!」

 僕が否定すると、

「それは、エスペラントをよく知る人物が一緒だったからじゃないか?」

 ミルンはそう言って、ベンジャミンがいる方を指差した。

「ここに瞬間移動した時も、ピピの仲間がいる花のところへ辿り着いた。確証はないが、どこへでも行けるわけではなく、本人や同伴者が居たことのある場所にだけ移動出来る能力なのかもしれないな」

 ミルンの話を聞いて、

「ということは、今のところはカバリロとエスペラントにしか移動できないわけか。それなら、やはりカバリロに戻るしかないな」

 とエマが言った。


 僕は、ずっと心に引っかかっていたことがあった。

 ノアが魔術を使って他者を攻撃したのは、僕の知る限り一度だけだった。

 その時しか魔術を使わなかったのは、結界を張った部屋に入れていたせいだと思っていた。

 だが思い返してみると、部屋から抜け出してリリーに見つかった時も、カバリロで暴漢に襲われた時も、ノアは威嚇しただけで、魔術での攻撃をしようとはしなかった。

 では、なぜあの時にだけ、魔術で攻撃したのだろうか。


「ごめん。先にエスペラントへ移動したい。確認したいことがあるんだ。何だかとても……嫌な予感がする」

 僕の表情を見て、ミルンは少し考えてから了承した。

「分かった。それなら、動ける者だけですぐに移動しよう。ベンジャミン達には、後で迎えに来ると伝えよう」

「二人だけ置いていくわけにはいかないから、私とアイオライトもここに残るよ」

 僕は、エマの申し出に感謝した。

「ありがとう。エマだって、すぐにでもここから出たいだろうに、すまない」

「大丈夫だ。行ってこい」

 エマが僕を安心させるように、白い歯を見せて笑う。

 強くて優しい笑顔だった。


「ノア、エスペラントへ戻りたいんだ。連れて行ってくれるか?」

 僕が訊ねると、ノアが身を寄せてくる。

 ミルンも近付いてきて、僕の手首を掴んだ。思わず彼女の顔を見ると、

「ここへ来る時も、お前の手を掴んだ気がする。触れている者だけが一緒に移動出来るんじゃないかと思う」

 耳元で言われて、僕は視線を逸らした。

 だったら、僕じゃなくてノアに触れても移動出来るはずだと思ったが、口には出さなかった。


 ノアの体が光り始める。再び全身が強烈な違和感に襲われ、僕達はエマとアイオライトの前から姿を消した。

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