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アレキサンドラ  作者: パンダカフェ
アルト編
10/25

潜入

「護衛は引き受けられないが、情報を提供することは出来る」

 食事を片付けた後、ミルンは僕の依頼を断ったものの、協力を申し出た。


「私の祖父は、この酒場を隠れ蓑にして、密偵を使った情報収集を生業にしているんだ。今回はカバリロ王と王妃から極秘の依頼を受けたので、私が動くことになった。騎士団を辞したのはそのためだ」

「極秘なのにずいぶん詳しく教えてくれるんだな」

 ベンジャミンが訝しげに言うと、ミルンは話を続けた。

「王の許可を取ったから話しているんだ。我々はたぶん同じ目的で動いている。情報を共有した方が、早く解決に近付くはずだ」


 僕達が話をしていると、いつの間にかノアは床にうずくまって眠りについていた。

 ミルンはノアに毛布をかけてやると、これまでに分かったことについて語り始めた。


「事の発端は、カバリロ王妃の祖国ペルフィードで父王が亡くなったことにある。バルド王子が王位を継承してからは徐々に国交が途絶え、こちらが送った最後の使者は行方不明のままだ。そして、近隣諸国からは混血の者が姿を消しているという話が漏れ伝わってきている」


「我々が集めた情報を総合すると、バルド王は、混血の者達を攫って交配を繰り返し、戦闘に特化した人間兵器を作り出そうとしているようだ」

 ミルンがそこまで話した時、ベンジャミンが異議を唱えた。

「でも、ペルフィードは金髪の種族が大多数を占める国だ。彼らに魔術は使えない。私を攫って実験を強制していたのも、エスペラントを襲ったのも、魔術師達だったぞ」

「その魔術師達も、実験によって生み出された者達だとしたら?」

 ミルンに言われて、ベンジャミンは黙り込んだ。


「バルド王が魔力と武力の両方を手にしたら、世界の均衡は崩れる。唯一の希望は、エスペラントの王族が持つ破壊の力だけだ。この力ならば対抗できるかもしれない」

「ということは、その力を僕達が失えば……もしくは、バルド王が破壊の力を手に入れたらーー」

 僕が最後まで言い終わらないうちに、ミルンが言葉を繋いだ。

「世界はバルド王のものだ」


 静まり返った部屋の中で、ノアの規則正しい寝息だけが聞こえてくる。


「だが、これまで破壊の力を持つものは、エスペラントの王族の中にしか存在してこなかったはずだ」

 僕が言うと、ミルンは深刻な声で続ける。

「それは、王族の中で優れた能力を持つ者が王となり、選び抜かれた王妃と子孫を残してきたからだ。それと同じことが人体実験で行われているとしたら、破壊の力を持つ者が誕生するのは時間の問題だ」

 僕の背中を、冷や汗が伝う。

「そうなる前にバルド王を倒さねばならない」

 力強く言い切ると、ミルンはベンジャミンに向き直って問いかけた。

「そこで、ペルフィード国内の情報が少しでも欲しい。ベンジャミンが実験施設で目にしたものや耳にしたことを教えてくれないか」


 ベンジャミンは、記憶を辿るように目を閉じて腕組みをした。

「実験施設の窓からは、ほとんど光が入らなかった。いつも薄暗くて……外にはいくつか似たような建物が並んでいるのが見えたが、その中にぼんやり光る一帯があった。目を凝らすと、煌めく花が咲いていたんだ」

「花?」

 ミルンが聞き返すと、ベンジャミンが頷く。

「そう、虹色に輝く美しい花だった」

「この花か?!」

 僕はペンダントに埋め込まれた花びらを見せた。

「たぶん、同じものだと思う」

 ベンジャミンの答えを聞いて、僕は血の気が引いた。


「その花が咲いているということは、近くの建物の中に、癒しの力を持つ者がいるはずだ。それも、とびきり魔力の高い者が」

 僕が青ざめた顔で言うと、ミルンがこちらに目を向ける。

「どういうことだ?」

「姉の部屋の前にも、同じ花が咲いている。僕も母も癒しの力を持って生まれたが、虹の花を咲かせることは出来なかった。飛び抜けた魔力を持つ、姉だけが起こせる奇跡だと母に聞かされた」

「では、バルド王は人体実験によって、その奇跡的な力を持つ者を生み出すことに成功したわけだな」

 ミルンが唇を噛み締める。

「破壊の力を持つ者も、既に誕生しているかもしれない。覚醒する前に何とかしないと!」

 僕が思わず大声を出すと、ノアが体をビクッとさせて目を覚ました。怯えたようにベンジャミンの足元に顔を擦り寄せる。

「大丈夫だよ、ノア」

 ベンジャミンが優しく頭を撫でると、ノアは再び眠りに落ちた。


「ノアを育てていた部屋からも、虹の花は見えた?」

 僕が訊ねると、ベンジャミンは穏やかにいった。

「見えたよ。よく一緒に眺めていたんだ。私達にとって、唯一の心の慰めだったからね」

 ノアと初めて出会った時、虹の花に興味を示した理由がようやく分かった。

 そして、ノアにとってベンジャミンがどれだけ大切な存在かということも。


「ずいぶん懐いているんだな」

 安心しきった様子でベンジャミンに体を預けるノアを見て、ミルンが感心したように言う。

 ベンジャミンは慈しむような眼差しをノアに向けた。

「生まれた時から世話をしているからね」

「獣人はみんな人懐っこい性質なのか?」

 僕が訊ねると、ベンジャミンが答える。

「いや、凶暴なものが多かったよ。ノアは特別なんだと思う。最初は獣人の世話をするなんて怖かったけれど、ノアが少しずつ言葉を話すようになって、私を慕ってくれる姿を見ているうちに、何だか愛しく思えてきてね。いつしか大切な存在になっていた」


「ただ……成長していくに従って、ノアは私の言うことしか聞かなくなったんだ。監視の魔術師達を敵視するようになり、他の獣人達もノアに影響されていった」

 ベンジャミンは目を伏せて、自分を責めるように言った。

「だから……獣人の実験施設が破壊されたのは、きっと私のせいだ。私がノアを人間のように育ててしまったから、獣人は戦闘員として使えないと判断されて、処分されることになったんだ。」


「でも、ベンジャミンが深い愛情でノアを育てたから……誰かを慈しみ、大事に想う心を教えたから、ノアは殺戮兵器にならなくて済んだんだよ。ベンジャミンがいなければ、もっと早い段階で世界はバルド王に支配されていたかもしれない」

 僕は話を続けた。

「バルド王は、わざわざエスペラントまで追っ手を放ってノアを始末しようとした。そこまでして消し去る必要があったのは、彼らにとってノアの存在が大きな脅威だからだと思う」


 僕の言葉に、ミルンとベンジャミンが顔を見合わせる。

「なるほど。そうかもしれないな。ノアの存在は、我々にとって重要な対抗手段になり得るのかもしれない」

 ミルンはそう言ってから、これまでの話をまとめた。

「窓の外から光が届かなかったということは、実験施設は地下に作られている可能性がある。それから獣人だけでなく、魔術師や癒しの力と破壊の力を持つ者も生み出しているようだな」

 そして、手を顎に当てて考え込みながら付け加えた。

「ただ一番の疑問は、ベンジャミンとノアがどうやってエスペラントまで戻ってこられたのかということだ」


 そうなのだ。それが何故なのか、どうしても分からない。

 ノアがベンジャミンを連れて逃げたのだとしたら、エスペラントまでの道中で騒ぎになっていたはずだ。たが、そんな話は聞こえてこない。

 しかも、ベンジャミンは瀕死の状態だったにもかかわらず、ノアはほとんど無傷だった。


「今日はもう遅いから、続きはまた明日にしよう」

 ミルンに言われて、今夜はもう休むことにした。

 ノアをベッドに連れて行こうとして揺り起こすと、眠そうに瞼を持ち上げながら起き上がる。

 その拍子に、ローブのポケットからピピの入った瓶が転がり落ちて割れた。


「ピーッ」

 飛び出してきたピピを見て、ミルンが素早く身構えた。

 僕は慌ててピピを掌に包み込むと、ミルンに頼んだ。

「空き瓶があったら欲しいんだけど、持ってきてくれない?」

「そいつは何だ?」

 眉間に皺を寄せたミルンが鋭い視線を送ってくる。

「何だかよく分からないんだけど、実験施設から付いてきたみたいで、ノアが気に入っているんだよ」

 僕が説明すると、ミルンの顔が険しさを増した。

「襲撃を受けて他国に保護を求めている状況で、そんな得体の知れないものを連れて歩いているのか?!」

「いや、でも瓶には結界を張ってあったしさ」

「簡単に割れてしまったじゃないか! こいつが危険なものだったらどうするんだ!」

 ミルンのあまりの剣幕に、ベンジャミンとノアはすっかり萎縮している。


 そういえば、襲撃されたのは、ピピを初めて見た日の夜だった。何か関係があるのだろうか。


 ピピは、いつの間にか僕の指の隙間からすり抜けて、虹の花びらが埋め込まれたペンダントにくっついて止まった。


 ミルンが手を伸ばしてピピに触れようとした時、ノアが僕に飛び付いてきてピピを手の中に包む。


「ノア、そいつはどこから連れて来たんだ? 元いたところに返してやれたらいいんだけどな」

 僕が言うと、ノアは僕の目を覗き込んだ。


「ニジノハナ」

「え?」

 ノアが呟き、僕が聞き返す。

「ピピ、カエス」

 そう言うなり、ノアの体が光を放ち始めた。

「ノア!」

 ベンジャミンが駆け寄り、ノアの身体に触れる。

 空間が歪み、内臓がねじれるような違和感が体中に広がっていく。

 ミルンが僕の腕を掴んだ瞬間、僕達は眩い光に包まれて意識を失った。


 激しく体を揺さぶられて目を開けると、ミルンが僕を見下ろしていた。

 周囲がやけに暗い。

 いつの間にか眠っていたのだろうか、とぼんやりしている僕の頬を、ミルンが平手打ちした。


 突然のことに目を瞬いている僕に、ミルンが抑えた声で囁いた。

「しっかりしろ。ベンジャミンとノアのところまで移動するぞ」

 ミルンの肩を借りながら、建物の陰に移動すると、ベンジャミンとノアが寄り添って座っていた。

 彼らの足元には虹の花が揺らめき、白いふわふわしたものがいくつも漂っている。


「ピピがたくさんいる……」

 僕が呟くと、ノアの袖口からピピが姿を現した。

「こいつらは、お前の仲間か?」

 僕がピピに訊ねると、そうだと言うように、

「ピーッ」

 と声を出した。


 ここは一体どこなんだろう。

 薄闇の中で目を凝らしながら辺りを見回す僕に、ベンジャミンが声をかける。


「あそこにあるのが、私達のいた実験施設だ」

 ベンジャミンの指差す先には、崩れた建物らしきものがあった。

「そして今いるこの場所が、ノアを育てていた部屋から見えた建物だと思う」

 暗くてよく見えないが、ベンジャミンがどんな表情をしているのかは想像がつく。

 僕は、ベンジャミンの肩にそっと手を置いた。


「これで、ノアとベンジャミンが突如エスペラントに現れた謎が解けたな」

 そう言うと、ミルンは話を続けた。

「瞬間移動が出来るとはね。追っ手を放ってでも確実に消し去りたいわけだ。ノアのこの力があれば、内部から攻撃されてしまうからな」


「ベンジャミンは知っていたのか?」

 僕が訊ねると、

「まさか。もし知っていたら、とっくに逃げ出していたよ」

 ベンジャミンは首を振って否定した。


 僕達はこの状況を受け入れるのに精一杯で、敵地にいるという危機感が足りなかったのだろう。


 ふと視線を感じて目をやると、ローブを着た者が二人、少し離れた場所から僕達の様子を伺っていた。

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