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アレキサンドラ  作者: パンダカフェ
ルーク編
1/25

覚醒

 まるで麦畑の海に紛れ込んだ、一匹の黒猫みたいだ。

 それが、アレキサンドラを目にした時の第一印象だった。


 見習い騎士団の訓練場で、金色の髪を振り乱しながら剣を振る男達の中、漆黒の髪を揺らして軽やかに剣を操るアレキサンドラの姿は、ひときわ目を引いた。


 その姿をぼんやりと目で追っていると、

「ルーク! 集中しろ!!」

 と、俺の肩に剣の柄が振り下ろされた。

「っ!!!」

 あまりの痛みに言葉が出てこない。

 うずくまりながら振り返ると、隊長のアイオライトがこちらを睨みつけていた。

「そんなにアレキサンドラが気になるか?」

 みんなの視線が自分に向けられているのが分かる。

「いや、母さんに似てるなと思って」

 思わず口をついて出た言葉に、自分の舌を噛み切りたくなった。何でこんなことを言ってしまったんだろう。母さんとは姿形が似ているわけでもないのに。

「ママが恋しくなったんだってよ!」

「大好きなママに抱きしめてもらってこいよ!」

 周りの訓練生達が口々に嘲り笑う。

 顔が熱い。

「ハリス! こいつをつまみ出せ!」

 アイオライトの怒声に、ハリスが飛び上がってこちらへ走ってきた。

「ごめんね、ちょっと動かすよ」

 ハリスが小声で囁きながら、痛みのない方の腕を持ち上げて自分の肩に載せ、俺を支えながら外へと連れ出した。


「アレキサンドラと親しくなりたいなら、僕達の部屋へ遊びにおいでよ」

 俺の肩に氷嚢をあてながら、ハリスが微笑んだ。

 見習い期間中、訓練生達には宿舎が充てがわれており、ハリスはアレキサンドラと同室だった。

「いや、黒髪で騎士団にいるから、珍しいなと思っただけだよ」

 俺は出来るだけ平静を装って言った。

「お母さんに似ているしね」

 と言いながら、ハリスは笑いをこらえている。

「あれは違うんだよ! 母さんも昔は騎士団にいたんだ。アレキサンドラって華奢で女みたいだからさ、なんか、母さんもこういう感じで訓練してたのかなって思って…」

「へえ、女騎士だったんだ。女の人で騎士団に入れるくらいなら、凄い腕前なんだろうね」

 俺は話を聞きながら、無意識にハリスの燃えるような赤い髪を見つめていたらしい。

「赤髪が珍しいの?」

 そう聞かれて、

「初めて見た!!」

 と興奮しながら答えると、ハリスが噴き出す。

「君、面白いね。僕も銀髪は初めて見たよ」

 そう言って、ハリスは俺の銀髪を指差した。


 この国の初代の王は金色の髪を持つ種族で、王妃は黒い髪色をした種族だった。

 金髪の人々は武力に優れ、武器を使いこなした。

 黒髪の人々は魔力を持ち、魔術を操ることができた。

 この髪色と能力の違いは差別と分断を生み、それぞれの種族に分かれて国を作り、いつしか対立し合うようになった。


 そんな中、髪色の違いを超えて愛し合う者も現れた。

 彼らは自国を追われ、名もなき未開の地へと送られた。そこでは、同じような境遇の者達が身を寄せ合うようにして暮らしていた。

 人々は力を合わせて未開の地を切り拓き、共に汗を流しながら少しずつその地を豊かにしていった。やがて多くの人が集まり、長い時を経てエスペラントという国が誕生した。


 彼らの子孫である混血児の中には、時々希少種が生まれた。

 輝く銀色の髪をした種族と、深い赤色の髪を持つ種族だ。

 銀髪の者は癒しの力を持ち、赤い髪の者は頭脳明晰で、さまざまな分野で国の発展に貢献した。


 だが、光が射せば影も生まれる。

 混血児の場合、どの髪色であっても、その特性を持たずに生まれてくる無能力者がいた。また、突然変異による特性の逆転もあった。

 故に、秩序の破壊と混乱を招くものとして、他国では混血児が忌み嫌われていた。


 ハリスは医術に優れた希少種で、見習い騎士団員達の訓練に帯同して治療にあたっている。

 アレキサンドラとアイオライトは変異種で、黒髪でありながら魔力は無く、その代わりに優れた身体能力と剣術の才能を持っていた。


 それに引き替えこの俺は、ここでの訓練が始まった初日から落ちこぼれ扱いされていた。

 他の訓練生と俺とでは、能力の差は歴然で、誰にも歯が立たなかった。


「騎士になりたいから首都へ行く」と言い出した俺を引き留めたのは母親だった。

「あんたは才能ないよ。やめときな」

 彼女はこちらを見もせずに言った。

 銀髪でありながら、癒しの力を持っていなかった俺は、幼い頃から母さんに剣術を叩き込まれていた。だから、応援してくれるとばかり思っていたのに。


 賛成してくれたのは、意外なことに父親の方だった。

「やれるだけやってみればいい」

 そう言って、渋る母さんを説得してくれた。

 その後、父さんは誰かに宛てて長い手紙を書き、返事が来ると、俺に首都の騎士団錬成所へ行くように言った。


 ハリスが湿布を取りに行っている間、一人でとりとめのないことを思い返していると、副隊長のダニエルが様子を見にきた。

「痛むか?」

 と言って、俺の腫れた肩にそっと触れる。

「うあっ!」

 俺は思わず声を上げた。肩にビリビリした痛みが走る。

「ひどく腫れているな。鎮痛剤を持ってきたから飲みなさい」

 と言って丸薬を取り出し、口を開けるよう俺に促した。

 ダニエルはアイオライトに比べると物腰は柔らかだったが、逆らうことを許さない雰囲気を醸し出していた。

 俺が大人しく口を開けて丸薬を飲み下すと、

「もうすぐ訓練も終わるから、しばらく休んでいなさい」

 と言い残して、訓練場へ戻っていった。


 ダニエルの後ろ姿を見送っていると、こちらを見ているアレキサンドラと目が合った。俺は思わず目を逸らす。

 戻ってきたハリスに湿布をしてもらってから訓練場へ行くと、みんなは宿舎へ帰るところだった。

「ここの片付けと掃除をやっておけ」

 アイオライトは吐き捨てるように言って、ダニエルと一緒に出て行った。


 ハリスは手伝おうとしてくれたが、そこまでしてもらっては申し訳ない。一人で大丈夫だからと固辞すると、ちょっと迷ってから忠告してくれた。

「ルークは最近入ったばかりだから知らないだろうけど、前に一人でいるところを襲われた訓練生がいるから、気をつけて」

「襲われたって?」

「男ばかりで、街にも出られずに長期間こんなところにいると、変な気を起こす奴もいるんだよ」

「どういうこと?」

「男を女の代わりにしようとする奴がいるんだ。無理矢理にね。とにかく、気をつけて」

 ハリスはそう言うと宿舎へ帰って行った。


 残された俺は、ハリスの言ったことは大して気にもとめず、片付けに取りかかった。

 訓練で使った木剣を倉庫に運んでいると、猛烈な眠気に襲われた。どうせ、夕飯の時間にはもう間に合いそうにない。少し休もうとして倉庫の床に横たわると、黴と埃の匂いがした。目を閉じると、俺はすぐに眠りの世界へと引きずり込まれていった。


 どれくらい時間が経ったのだろう。手足は鉛のように重く、瞼を開けようとしてもなかなか動かない。

 ようやく少し目が開くと、薄暗い視界の中に人の姿が見える。

 誰だか確かめようと目を凝らしていると、相手もこちらを見た。

「目が覚めてしまったか」

 ダニエルの声だった。

 俺は、何が起きたか理解出来ずに混乱した。

 ハリスの言葉が脳裏に蘇る。どうしてあの忠告をきちんと聞かなかったのだろう。後悔したが、もうどうすることも出来なかった。


 ハリスが食堂へ行くと、アイオライトの隣に座ったアレキサンドラと目が合った。

 アイオライトも気付いて、

「ハリス」

 と呼んだ。

 ハリスがアレキサンドラの向かいに座ると、

「ルークは?」

 とアイオライトが聞いた。

「たぶんまだ訓練場です。一人で片付けるのは時間がかかるでしょうから」

 ハリスが答えると、

「真面目にやればの話だ。今頃床にでも寝転がってるんじゃないか」

 アイオライトが眉をひそめる。

 ルークならやりかねない。ハリスはその姿を想像して笑ってしまった。

 アレキサンドラは何も言わずに無表情で食事を続けている。

「彼はどうして騎士になりたいんですかね? 向いているとは思えないんですが」

 ハリスの疑問にアイオライトは答えず、

「あいつのところへパンとスープを持っていってやれ」

 と言って、席を立った。


 ハリスの食事が終わるのを待って、アレキサンドラがようやく口を開く。

「私も一緒に行くよ」

「どこへ?」

 ハリスが聞き返すと、

「訓練場」

 と答えて、厨房へパンとスープをとりに行った。

 アレキサンドラが自分から他人に関わろうとするなんて珍しいな、とハリスは驚いた。


 訓練場の近くまで来ると、アレキサンドラは唇の前に人差し指を立てた。辺りは静まり返っていて、倉庫の明かりも消えている。

「ルークはもう宿舎に戻ったみたいだな」

 とハリスが呟くと、アレキサンドラは倉庫の窓を指差す。微かに人影が動いたような気がした。

「アイオライトを呼んできてくれ」

 アレキサンドラがハリスに耳打ちした。いつになく真剣な表情にただごとではない雰囲気を感じ取り、ハリスはアイオライトの部屋に向かって駆け出して行った。


 朦朧とする意識の中、俺はダニエルにもらった丸薬のことを思い出していた。きっとあれは鎮痛剤なんかじゃなかったんだ。

 ダニエルが俺のすぐ側まで来た時、倉庫の扉が勢いよく開いた。ダニエルが立ち上がるより早く、アレキサンドラが飛び込んでくる。体当たりでダニエルを吹き飛ばし、俺を背にして立ち塞がった。小柄なはずの体が、何故か大きく見える。


 ダニエルが剣を抜く。俺の心臓は縮み上がった。訓練生であるアレキサンドラは木剣しか持つことを許されていない。鋼の剣を持つダニエルとは勝負にならないだろう。

 ダニエルがじりじりと間合いを詰めて剣を振りかざした刹那、アレキサンドラは身をかわしたが、着地する時わずかにバランスを崩した。ダニエルはすかさず飛びかかってアレキサンドラを押し倒し、剣先を首筋に当てた。


 その時、俺は体の中から熱いマグマのようなものが湧き上がるのを感じた。周囲が黒い靄に覆われ、自分ではコントロール出来ない膨大なエネルギーが体中を駆け巡る。そしてそれは、全身から一気にほとばしり出た。

 身体から光が放出された次の瞬間、焼け焦げたダニエルの背中と目を見開いたアレキサンドラの顔が見えた。


 途端に古い記憶が蘇る。焼け爛れた魔獣の背中と、崖の上から必死で手を伸ばす父親の姿が脳裏をよぎった。

 俺は遠のく意識の中で、忘却術を試みた。しかし、そのまま世界は暗転した。

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