六逆純子が見せた場所 五
目が覚めると、私はベンチの上に横たわっていた。
「やっと起きた」
傍らに座る純子が、ほっとしたように吐息を吐く。頭の下には枕がわりに、純子のカバンが敷かれていた。
「気を失ってたの?」
「うん。長いこと眠っていた。背負って帰ることも出来ないから、目が覚めるまでここで待ってた」
日は沈みかけていた。賑わっていた沢山の親子連れは家路につき始め、数える程しか残っていない。
「…ねえ純子ちゃん」
「何?」
「また、あの場所に行くことは出来る?」
聞きたいことは山程ある。でも、私の頭を満たしていたのは、その考えだけだった。
純子は目を伏せながらかぶりを振った。
「もう…二度と行くことは出来ない。一度だけって、彼等と約束したから」
「あそこに、私の両親がいるって知っていたの?」
純子は気まずそうに答える。
「あれは…予想外だった。ただ私は、自分の見ている世界を…少しでも知ってほしくて、それで誘ったの」
そう言って、純子は目を伏せると、私の顔色を伺うように続けた。
「…怒ってる?」
「ううん、怒ってないよ。色々驚いたけど、両親に会えたのは嬉しかった」
ほんの少しだけ、救われたような気がした。何かが変わったわけでも、痛みが消えた訳じゃないけど。
「なんで私を誘ったの?」
死者が眠る秘密の場所。それを何故私にだけ教えてくれたのか。彼女にとって、私は何なのだろう。
「純子と友達になりたかったから」
単純過ぎる理由に、私は目を点にする。
「それだけ?」
「それだけ。学校のみんなは、私を憐憫の目で見たりするけど、千秋は違った。普通の人みたいに、普通に…話しかけてくれた。それが嬉しかったの」
「あなたと友達になりたい」真っ直ぐな目で純子は言った。恥ずかしげも無く、正面から。
それがとても可笑しくて。私は声を出して笑った。
「どうしたの?」
純子はキョトンとした顔で首をかしげる。
「純子ちゃんってさ、めちゃくちゃピュアなんだね。なんか意外だったから」
「私は変なことは言ってない。自分の気持ちを伝えただけ」
純子は首を傾げる。
久しぶりに、笑った気がする。
両親が死んだあの日から、私は人に嫌われるのを極度に恐れた。みんな両親みたいに、私に愛想を尽かして、私を置いて居なくなる。そんな考えが、頭の中にいつもこびりついている。いつからか、心の底から笑えなくなっていた。
口角を上げて、相手が喜びそうな嘘を吐く。嫌われたくなくて、置き去りにされるのが嫌で、自分を殺す。そんな卑怯な人間になっていた。
「じゃあ、今日から友達」
私が手を差し出すと、純子が私の手を握る。
「うん…今日から友達」