お土産はフィナンシェ
泣いてしまったもえを心配し、後ろ髪を引かれるように依玖が一人で警察へ向かったのを玄関でもえと見送った後、音はしゃがんだままもえに優しく声を掛けた。
「もえちゃん、立てる?リビング行こっか」
音の言葉にもえはこくりと頷くと、音はもえに手を差し伸べて一緒に立ち上がった。そのまま手をつないで一緒にリビングへ戻りもえをソファに座らせると音はハンカチをポケットから取り出すとそっと差し出した。もえは差し出されたハンカチと音の顔を交互に見た後、ありがとう、とハンカチを受け取り涙を拭いた。
「いきなり泣いたりしてごめんなさい。私、また迷惑かけちゃった…」
少し落ち着いた様子のもえは自嘲したように笑った。その様子に、音はぶんぶんと頭を振ってもえの言葉を否定した。
「心配はするけど全然迷惑なんかじゃないよ!もえちゃんはなんにも悪くない。困った時はたっくさん頼ってくれていいんだよ」
真剣な表情で力強く説く音を見て、もえは一瞬驚いた表情を見せた後クスリと笑った。音はその笑顔を見ることが出来て少しほっとした。お茶入れるからちょっと待っててね、ともえに言い残すと音はキッチンへ向かいお湯を沸かして紅茶を入れた。砂糖とミルクはどうしようかと悩んだ末にもえに尋ねようとリビングをのぞき込むと、もえはソファの上で座りながら眠っているようだった。音はそっとソファに近づくと起こさないようにもえの首と膝裏を支えて横にならせ、音の部屋からブランケットを持ってきてもえにかけてあげた。
紅茶は自分で飲むことにした
* * *
そとにでられなくなっちゃった、と衝撃的な発言から数時間、依玖は警察署にもえの母である服部絵美と二人で事情説明をした。被害届を出すことになり残りの手続きを絵美に任せると依玖はもえと依玖の家に一緒に残ってくれた音に電話をした。三回目の発信音で音が電話に出た。
『もしもし、依玖さん?』
「もしもし、音、もう少しで全部終わりそうだ。残ってくれてありがとうな。助かったよ」
『いいんだ。もえちゃんが俺のこと大丈夫でよかったよ。…この後どうするの?』
「とりあえず一度帰るよ。もえのお母さんが暫く分の着替え持ってきてくれたからな」
『そっか…。じゃあ依玖さん帰ってくるまで俺もう少しここにいるね。もえちゃんは今落ち着いたのか眠っちゃったみたい』
「わかった。直ぐ帰るよ。お土産買って帰るな」
『やった、ありがと』
食べ物の話をしているのにいつもより控え目な音の声色に、寝ているもえのことを気にかけてくれたのかな、と依玖は感謝の気持ちでいっぱいになった。
電話を切ると、全ての手続きを終えたらしい絵美が依玖のもとへ歩いてきた。絵美の手には大きなボストンバッグが握られており、依玖は持ちます、と言って絵美から鞄を受け取った。
「依玖くんありがとう。中にもえの必要そうなものは入れておいたけれど、もし何か足りないものがあれば遠慮なく言ってね」
「はい、でも本当にうちでお預りしてもいいんですか?僕、一応男ですけど…」
依玖が心配して絵美にそう聞いたが、それを聞いた絵美はあははと笑い飛ばした。
「だぁ~いじょうぶよ!むしろ依玖くんより安全な子はいないでしょう。信頼してるのよ。迷惑かけるけどしばらくうちの子をよろしくね」
「はい、もちろんです」
軽く笑い飛ばしてはいるが絵美ももえのことが心配なのだ。最後は三回ほどよろしくね、と依玖に言い残し二人は警察署の前で別れた。依玖は音に約束していたお土産を買いに行くべく、何を買うか考えながら家に向かって歩き出した。