はちみつミルクとお高いアイス
「少しは落ち着けた?」
依玖は風呂から上がってきたもえをリビングのソファに座らせると、白地に三毛猫のキャラクターが描かれてあるマグカップをはい、と渡した。マグカップにはもえが小さい頃から大好きな温かいはちみつミルクが注がれており、中から湯気がふわふわと上がっていた。もえは依玖の言葉にゆっくり頷くと依玖から手渡されたマグカップの温かさとミルクの甘い香りにほっと息をつき、ふーふーと少し冷ました後にこくりとひとくち口にした。
「…おいしい。」
ほんの少しだけ笑顔を見せたもえの姿に依玖はよかった、と優しく微笑み、自分は音が沸かしてくれたお湯で作ったコーヒーが入ったマグカップを手にしてもえの横にそっと腰かけた。もえは隣に座った依玖の方を向いて座り直し、いっくん、と声を掛けた。
「今日は助けてくれて本当にありがとう。明日、警察に行ってちゃんと何があったか話してくる。」
警察にはもえの母親と二人で行って事情を説明しようと考えていた依玖はもえの力強い言葉に驚いた。でも、と依玖が止めようとするともえはにっこり笑って大丈夫だよ、と依玖の言葉をさえぎった。その顔を見て、これは何を言ってもきかない顔だなと長年の経験から察した依玖は困ったような笑顔でふう、とため息をついた。
「分かったよ。じゃあ明日の朝三人で一緒に警察に行こう。」
「うん。ありがとう、いっくん」
依玖は返事をする代わりにもえの頭をわしゃわしゃと撫でた。もえはわわっと驚き、依玖の手を止めようとしたがその顔は楽しそうだった。結構落ち着いているように見えるな、意外と大丈夫そうか…?依玖はもえの様子に安堵した。
依玖ともえのやり取りがひと段落着いたところで、キッチンからちらちら様子を窺っていた音は今だ!と楽しみにしていたハーゲンダッツを両手に三つ持ち二人のもとへ向かった。
「ねえ、二人とも、ハーゲン食べない?」
急に現れた音にもえは少し驚いて肩を跳ね上げたが、両手にハーゲンを持っておずおずとこちらを窺っている、まるでおもちゃを咥えて遊んでもらえるのを待っている大型犬のような音を見てすぐに笑顔になった。男の人が怖かったはずなのに音は全然怖くないのはおそらくこの男の人柄故なのだろう。もえはこの大型犬と仲良くなれればいいなと思えることが少し嬉しかったし、自分の精神状態が安定してきていることにも安心した。
「アイス、食べたいです。何味がありますか?」
話しかけても大丈夫か少し不安そうだった音は、もえの言葉に嬉しそうにニコニコとぱっと表情を変えて手に持っていたアイスをテーブルの上に広げた。
「バニラと苺と抹茶があるよ!もえちゃんどれがいい?」
「私、抹茶が食べたいです。…あの、お兄さんは?」
「俺ね、二宮音っていいます!音でいいよ!俺はねぇ、バニラがいいかなあ。あ、依玖さんは苺ね!好きでしょ?苺」
待ってましたとばかりにすごい勢いでそれぞれの食べたい味をぱぱっと振り分けると音は勢いよく依玖の隣に腰掛け、はい、苺!と依玖にアイスとスプーンを手渡した。依玖はそんな音をあきれた目で見ていたが、もえがくすくすと楽しそうに笑っているのを見てまあいいか、と苺味のアイスの蓋をぱかっと開けた。
深夜に皆で食べるハーゲンダッツはとてもおいしかった。