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ラベンダースクワラン  作者: はとりべ みこと
四月
4/19

『たまねぎ の こうか は ばつぐんだ!』


 「依玖さん、今日はこの辺にしておかない?」


 二宮音(にのみやおと)は疲れ切った様子でギターを降ろしながら天城依玖に言った。

 依玖は疲れてヘトヘトな音の様子を見て少し笑うと、しょうがないとでもいうように持っていたドラムスティックを側のテーブルに置いた。


 「そうだね、今日はもう練習は終わりにしようか。音、今日夜ごはん食べてく?」


 依玖の言葉を聞いて音は顔を輝かせた。


 「食べてく!今日はねえ、依玖さんのロールキャベツが食べたいなあ。」


 「おまえはまたそんな面倒くさいものを…」


 依玖は音のちゃっかりした注文にじとっと少し嫌そうな顔を向けたが、音はなんだかんだ言いつつも依玖が希望を叶えてくれることを知っていた。その証拠に早速腰を上げてキッチンに移動した依玖は冷蔵庫の中からキャベツの玉とひき肉を取り出した。音はそんな優しい依玖が大好きだった。

 

 音が依玖と出会ったのは音がまだ大学生の頃だった。当時20歳だった音は兄の(そら)と二人でいろいろなバンドを結成しては解散、を繰り返していた。解散の原因は主に天と他メンバーの衝突だった。天は音もフォローがしづらい程なかなかに面倒な性格をしており、他のメンバーはみなそれについていけなくなっていくのだ。天もそのことは理解しているもののもともとの性格を変える気はないようで結局どのバンドも長続きはしなかった。

 そんなある日、たまたま知人の紹介で依玖と顔を合わせた音は依玖の優しく包み込んでくれるかのような柔らかい人柄に惚れ、どうしてもこの人と一緒に音楽をやりたいとまるでひとめぼれをしたかのような感覚に陥った。音は依玖と徐々に仲を深めていき、とうとう最難関である実兄の天と会わせるところまで成功したのだった。当初天は、どうせ上手くいきっこないんだから諦めろといったスタンスで依玖に接していたため恐らく第一印象は最悪だっただろう。しかし依玖はそんな感情を少しも見せないどころか、それとも本当に全く気にしていなかったのか、天の癖の強い性格にも順応して見せた。

 天もそんな依玖と一緒にいるのが居心地がよかったのか、いつの間にか依玖にとても懐きまるで自分の兄かのように接していた。そして音と天の二人は依玖に頼み込み三人で『malama』を結成したのだった。


 そんな大好きな依玖がキッチンでキャベツを一枚一枚丁寧にはがしている姿を見て思わずにっこりと笑顔がこぼれた音は、自分も何かしようと依玖の側に駆け寄った。


 「依玖さん、俺も手伝うよ!何すればいい?」


 「ん~、じゃあ玉ねぎみじん切りしてくれる?」


 「分かった!任せて!」


 音は腕を捲って気合を入れると早速手を洗い、玉ねぎの皮を向いてみじん切りをし始めた。勢いよくみじん切りを始めたはいいものの、玉ねぎはまるで切られたくないとでもいうように音の眼を攻撃し始めた。音の目からはみるみる大きな水滴がこぼれ落ち、依玖に早々に限界を告げた。


「依玖さん、俺目が痛い…。この玉ねぎ攻撃力高すぎるよ。」


 ぽろぽろと涙を流しながら音は依玖に玉ねぎの攻撃力について訴えた。キャベツを一枚ずつ湯がいていた依玖はそんな音の様子を見て面白そうにふふふと笑うとその辺にあったキッチンペーパーで音の目をごしごしこすってやった。音はごわごわした感触に少し痛そうに顔をしかめたが涙が邪魔だったので依玖のされるがままだった。

 依玖は音の少し甘えん坊のような子供っぽいところを好ましく思っていた。依玖は音をまるで本当の弟のように可愛がっていたし、音も依玖を兄のように慕っていた。


 「ほら、もう少しなんだからさっさと切っちゃえよ。ひき肉が玉ねぎを待ってるぞ」

 

 「う~、ひき肉さんもう少し待っててね」


 冗談を言いながら二人は着々と作業を進め、ロールキャベツのトマト煮込みが完成した。手強かったせいで少し粗くみじん切りされた玉ねぎは見た目の割にはいい味を出していたし、なにより2人で作ったロールキャベツはとてもおいしかった。


 夕食を食べ終えた2人は、ソファの上で食後のコーヒーを飲みながらゆったりとくつろいだ。


 「今日は兄貴来れなくて残念だったな~。せっかくロールキャベツ美味しく出来たのに。」


 音が残念そうにぽつりとつぶやいた。


 「しょうがないよ、今日は久しぶりに学生時代の友達と会ってるんでしょ?僕らはいつでも会えるんだからたまには友達に譲ってやらないと」


 「そうなんだけどね…。ね、依玖さん。今日泊まってってもいい?」


 音はまるでいい事を思い付いたかのように依玖に尋ねた。依玖は笑って音を見た。23歳という年齢の割にいつまでも兄離れできない弟の音は、よくこうして依玖の家に泊まっていた。依玖はこんなふうに甘えてくれる音が可愛かった。


 「いいよ、そう言うと思ってた。お湯張ってあるから先に風呂入ってきな。ハーゲン買ってきてるぞ。」


 「まじ!食べる食べる!俺急いで風呂入ってくる!」


 音はきらきらと顔を輝かせると急いでソファから立ち上がり自分の部屋へ向かった。音と天の兄弟は良く依玖の家に泊まるので、2人の着替えは貸してもらっているそれぞれの部屋に常に置いてあった。依玖が洗濯してくれたおかげで柔軟剤のいい香りがする下着とスウェットを手に取り部屋から風呂場へ向かうと、途中で誰かの電話が鳴っていることに気が付いた。自分のスマホが鳴ってるかもしれないとリビングに向かいかけたが呼び出し音はすぐに切れ、代わりに依玖の声が聞こえてきた。兄貴からかな、と深く考えることも無く音は再び風呂場に向かった。


 「急がないと。ハーゲンが俺を待ってる!」


 音の頭の中にはとにかくお風呂上がりのハーゲンのことしかなかった。


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